人物写(じんぶつしゃ)
バス停
人間と喋るポケモンが、ほのかに交流をしている世界で――

やっぱり、都会に1匹で行くのは危険だったかな。
僕――ヒノアラシは、すっかりぎゅうぎゅうになったバスの車内を見回しながら、
軽い不安を覚える。
人間はみんな巨大だ。特に自分の、50センチしかない小さい体には、
埋もれないように、座席の上にしがみつくように立つ。けれども周囲から発される
圧迫感はほとんど変わらなかった。

――あの停留所までの辛抱だ。

心に言い聞かせるうちに扉が開く。しかし――

「どうしよう……」

着いたはいいものの、僅かしか動けない。

「すみません。少し、前を空けて……」

上げた声は、隣の学生の声にかき消される。
そればかりか、窓の景色がだんだんと変わってゆく。

「そんな……っ……ぐっ」

力が緩んでいたのが災いし、8キログラムの身体が
ボールのように投げ出される。

オレンジの柱が眼前に迫った、その時。

「っと。危なかった……」

長い腕が前に出され、僕を受け止めてくれた。

「あ。運転手さん、降ります」

穏やかだけれども、不思議とよくとおる声だった。
応援団でもしているのだろうか――混乱する頭の隅で一瞬考えるが、
すぐに我に返った。まずは礼が先だ。

「ありがとうございます」

丸みのある体を軽く2つに曲げる。

「いいよ。それよりも、大丈夫かい?
丁度僕も目的地が近いけれど、案内しようか」
「……すみません。お願いします」

この親切な方は、代わりに料金まで支払ってくれた。

「どうしてそこまで、という顔だね。
ごめん。実はさっき、ちらりと見えたんだよ。
買い物のメモが。浮いたお金で、もっといいプレゼントを買ってあげて」

その言葉に、来週に誕生日を迎える幼馴染を思い浮かべた僕は、再度お礼を言う。

「あの……この御恩は決して忘れません!せめてお名前を……」

恩人は、笑って答えた。

「――名乗るほどの者では無いよ。
ただ、当たり前のことをしただけさ。
――それじゃあね」

カレハ ( 2021/02/16(火) 10:09 )