遺。 - 供養話(くようばなし)
僕が、死ぬまでの話
『死にたい』
『どうでもいい』
『疲れた』
『殺されたい』
『楽になりたい』
『ゲンガーに連れていかれたい』
とある町のはずれ。
仕事の休憩中の僕の頭を今日も去来する、この言葉達。それらを
日記代わりの手帳に、書きなぐる。
今まで千回――いや一万回は反芻されたであろう言葉達が、
僕の中でずっと、鳴り響いていた。
あなぬけのヒモを首に巻いて、人生から抜け出そうともした。
(ちなみに、もやい結びは難しかった)
夜中に適当に道路に飛び出して、車に轢かれようともした。
(思い返すと迷惑をかけるやり方だが、
その時は正常な状態では無かった気がする)
丑三つ時の森を歩き、いたずら好きの
ゴーストポケモンに連れて行ってもらおうともした。
しかし、結局踏み切れず、惰性で日々を過ごしている。
それにもう何かを変えようとする気力も無い。
以前、表通りのベンチで項垂れていると、前を二人の少年が通った。
『畜生、ごめんな。次は勝たせてやるから。
『さっきのたいあたり、良かったぞ!』
そう肩に乗せたポケモンに話しかけているところを見ると、
二人ともトレーナーなのだろう。
通り過ぎるまで僕は、目を逸らした。
こういう子供を見かけるたびにそうしていた。今の自分には、
この生き生きした姿は――背中すらも――眩しすぎる。
最近、この子達と同年代で新しいチャンピオンに輝いたという子は、尚更だった。
大通りは、嫌いだーーそんな思考を最後に、そこへは、もう行かなくなった。
どうか、自分のようにはならないようにと願う。

僕も、かつてポケモントレーナーだった。
十歳の時、研究所の最初の3匹から、フシギダネを選んだ時は、
これから待ち受けるであろう冒険に、心を躍らせていた。
しかし、じわじわと差をつけられ、1年ほどして心が折れ、
逃げるように故郷へ帰った。
それなりに期待されていた分引け目やらも余計に感じて、
すっかり周囲の人からもポケモンからも心を閉ざした。
現実逃避のためにのめりこんだゲームは、電源を切ればそれで終わりだが、
人生の電源は、中々切れない。



結局自分からは、逃げられなかった。

やがて、フシギダネ達に申し訳なくなり、全て逃がした。
直前彼らは、悲しい目をしていた。
遅れて旅立った姉弟は、いずれも充実した日々を送っているらしいと
手紙で知った。
気を使ってくれた家族にも耐えられなくなり、小さな荷物で家を出ていった。
家族とはそれきりだ。
先々の行きついた場所で「やり直せるかもしれない」と淡い期待を抱いては、
要領の悪さにより失敗を重ね、自分でそれを打ち砕き続けている。
そして今日も、つまらないことで失敗した。いろんな人に謝った。

「とうとう記憶力も壊れたか」
自虐的な、乾いた笑みを浮かべる。――果たして本当に笑えているのだろうか?
最近ではもう、感情もわからない。
そんなことを考えながら、それとなく顔をあげる。スピアーが目の前に居た。

「……」

少しだけ、驚いた。

「おい」

間もなく背後から、いら立ちのこもった声がする。
職場の上司――このスピアーの持ち主だった。

「ここにいた……何をこんな所で油売ってんだ」
スピアーに探させていたのだろう。
「またやらかしたな……これで何回目だ?イシツブテとサイホーンを
足さずに割ったような脳しやがって」
少し離れたところから、抑えた怒りをぶつけられるが、
どうしてだろう。何も感じなかった。
その時の僕の目は、どこか遠くを見ていたと思う。

――これで、死ねるんじゃないか?

唐突に、そんな言葉がよぎった。
それを皮切りに、思考の波が押し寄せる。
――おそらく上司は自分の幾度ものミスによりかなり苛立っているだろういや考えるまでもない明らかだそうなるといつものようにスピアーに光線を撃たせてヤキを入れてくるはずそこで少しほんの一二メートル動くそうすれば死ねるヤキを入れるのは周囲の人から隠れて行われるここら辺はトレーナー同士のバトルが多いので少なくとも音では気づかれないだろうそうだ今なんだ今死ねるんだただそこへ飛ぶだけでいいんだーー

「答えろよ。おい……またヤキ入れるぞ?」

相手が何か言っているが、耳にはほとんど入らない。
その間にも脳は、不自然なほどに回転し続ける。

――来る来るぞ予想通りだずれているあの方向かあそこに飛ぶだけでいいんだ体のこの辺にあたれば死ねるああなんて楽なんだろうこれまで何十回も死のうとしたのが馬鹿みたいだいいじゃないかこれでようやく死ねるんだから何だか楽しくなってきた最近気分がジェットコースターのように上がったり下がったりしたけれどこれは一番上だ下なんて見なくていい怖いから落ちたら苦しいだけだぞさあ死ね死ねよ少し飛ぶだけでいいんだから――

「こいつッ……やれッ」
反応しない部下に痺れを切らした彼が、スピアーに指示を出す。

放たれたそれは、自分へは直撃しないものだった。予想通り、
ポケモンを使って少し脅すつもりだったのだろう。しかし、

なんだか、現実ではないみたいだった。意識がふわふわしていた。

――もう、どうでもいい。

その軌道上に、身を投げ出す。

無意識に自分は、『死にに行った』

光線が身体をーー内臓を貫く。
辺りに鮮血と肉の焼ける匂いが飛び散ったが、不思議と何も感じない。
そのまま、倒れこんだ。

時の流れがひどくゆっくりに感じられる。

「――」
「殺人」という予期せぬ事態に直面した男の狂ったような絶叫が、
遠くに聞こえた。

不意に、今までの人生で見た光景が、蘇ってくる。
走馬灯というものだろうか。

子供の頃は、自由に夢を描いていたな。けれども――
全部、諦めた。

最初に、チャンピオンになることを諦めた。
次に、ポケモン図鑑を完成させるのを諦めた。
続いて、旅を続けることを、諦めた。
ポケモンの研究者になることを、諦めた。
タマムシ大学の講師になることを、諦めた。
トレーナーズスクールの先生になることを、諦めた。
ポケモンドクターになることを、諦めた。
ポケモンブリーダーになることを、諦めた。
ポケモン童話の作家になることを、諦めた。
ポケモンソムリエになることを、諦めた。
ポケモントレーナーで居続けることを、諦めた。
家族と一緒に居続けることを、諦めた。
友達で居続けることを、諦めた。
生まれ育った町に居続けることを、諦めた。
新しい場所でやり直すことを、諦めた。
そして、将来を、諦めた。
最後は、生きることを諦めた。

どうしてもっと早くこうしなかったんだろう。
しかしやっとーーこの地獄から解放される。

程なく来る死に、どこか安堵感を覚えた僕は、口を緩ませた。
――そして。

めのまえが まっくらになった


カレハ ( 2021/02/09(火) 09:18 )