覚書(おぼえがき)
物が乱雑に置かれた一室。
小説の執筆に行き詰まった男が、ううんううんという声を漏らしながら、
その場を右往左往し続けるのを、ケーシィは見ていた。

男の頭の中の声が、このエスパーポケモンに響いている。

「本当にこれでいいんだろうか」「こんな文章じゃだめだ」「仕上げないと」「そもそも題材はあっているのか?」「終盤が粗いまま」「うまく書けない」

部屋の状態は持ち主を表す。どこかで聞いた知識は、嘘ではないのかもしれない。

――書いてみればいいのに。

ぽつりと、心中で呟く。

パソコンに表示されたプロット――物語の設計図は、そう悪いものでもない。
少しばかりキーボードを動かしてみれば、
何か湧き出てくるものがあるかもしれない。
同族が言っていた。以前自分が見た小説は、冒頭の掴みも無ければ、伏線も、
落ちすらも無かった。しかしかつてないほど心を揺さぶられたと。
ちなみに価格は40円。文字数は表題を含めて52文字だったそうだ。

つまり、それが趣味ならば、一般的な意味で
「上手く書く」必要などない。
それでもなお、「上手く書きたい」のなら、
まずは20点を目標にしてみるべきなのではないだろうか。
この男が
がちがちに構えるから、「金縛り」にあったように筆が動かなくなり、
「くろいきり」に視界をふさがれたように視野が狭まるのだ。

もっとも、この男について自分はほとんど知らない。
勝手に窓の外から思考を数時間だけ読み取っているだけなので、
分かったようなことは言えないのだが。

とは言え、この男は自らの作品に真摯に向き合っていることは事実。
それとなく手助けをできないものか――
そうしてケーシィは、超能力を発動させた。



次の瞬間、視界がまるきり変わる。見知らぬビル街。
一瞬混乱した後、しくじった、と思った。



これは、テレポートだ。

カレハ ( 2021/01/31(日) 23:40 )