夢と星に輝きを ―心の境界―








小説トップ
7章 役目
81話 最小かつ慎重に
「とりあえずクレディア、もう一回、ムエルから聞いた情報を話してくれる?」

「あ、うん。えっとね、」

 フールから説明を促され、クレディアはもう一度サザンドラのこと、自分が呼ばれた理由、そしてムエルが今“ゲノウエア山”のふもとにいて、助けを求めていることを伝えた。
 そしてすべて話し終えた後、「ふむ」とフールが考える素振りを見せてから、全員のほうを向いた。

「誰かムエルやサザンドラってポケモンについて情報もってる?」

「残念ながら知らないわね……」

「ん〜っ、ワシもわからんだぬぅ……」

 みんな悩ましい表情で首を傾げるばかりであり、どうやら誰も情報を持っていないらしい。何も情報がない、ということにフールは「そっかぁ」と気を落とした。

「にしてもクレディアの話からしたら、そのサザンドラってやつは相当やばそうだよな。かなり凶暴で誰にも止められないって話だろ? みんなで束になってかかって勝てるのかよ……」

 レトが苦々しい顔をして呟く。その発言に対して一部の『プロキオン』メンバーは表情を暗くした。
 クレディアの話が本当であるならば、サザンドラはそこらへんのお尋ね者とは違う。ダンジョンで戦ってはいるものの、そんなポケモンの相手をできるほど実力があるのかというと微妙なところである。
 しかし年長者組はそうでもないらしく、顔色を変えた様子はなかった。

「うーん、あまり弱気になりすぎるのもよくないけど、別にサザンドラを倒すことを考えるよりは、とりあえずはムエルって子の救出を優先させた方がよさそうだね」

「そうね。私たちはサザンドラについてほとんど何も知らないし、最悪の可能性も考えておかないと。こっちまでサザンドラに追われる羽目になって、宿場町にまで災いがふりかかるようなことだけは避けなきゃいけないわ」

「とりあえず目的はムエルというポケモンの救出。ただしサザンドラには見つからずに行動するようにする。ムエルを見つけたら安全を確保し、すぐにパラダイスに戻ってくる」

「ムエルってのがサザンドラの情報をもっと詳しく持ってるかもしれないし、サザンドラを倒すってのを考えるのはそれからでいいかもな」

 シャオ、フィーネ、シリュア、ルフトが冷静に分析する。あまりに頼りになる4匹に対して、思わずフールは「おおぅ……」と仰け反ってしまった。
 そんなフールの様子を気にすることなく、シリュアはいたって真剣な顔でフールのほうを向いた。

「ちょっと不安だけど、今回のムンナの救出は大勢で行かない方がいいかもしれないわね」

「そっか、そうだよね。じゃあ私とクレディアで行くわ」

「いや、俺も行く。クレディアが不安だ」

 御月が自ら同行者に立候補したことに、フールはちょっと目を丸くしたがすぐに納得した。
 クレディアはいつものダンジョンでも、のほほんと迷子になったり敵に話しかけたりと、とんでもない行動が絶えない。御月としても状況が状況なので今回クレディアがそんなことをする可能性は低いと分かっているが、そもそも戦いもまだ素人のクレディアを、サザンドラの近くまで行くというのにフールだけに任せるのは危険だと思ったのだ。
 そんな御月の思いをフールも感じ取り、「じゃあ3匹で、」で決定しようとした時だった。

「やめとけ。心配なのは分かるが、できるなら最少人数で行った方がいい」

 まさかルフトが待ったをかけると思っておらず、全員が目を丸くした。いつもなら全員の話し合いではルフトは何も発言しない、発言を促されても茶化すだけだからだ。

「クレディア、今回ばかりは慎重に行動できるな?」

「う、うん。ムーちゃんや宿場町の皆に迷惑をかけないためにも、見つからないように、頑張って動くから。みっくん、頼りないかもしれなけど、私は大丈夫だよ」

 クレディアがそう言うと、何とも言えない複雑そうな表情をしながらも、御月は「分かった」と言って下がった。

「ゲノウエア山っていうと南にある火山よね。ここからだとかなり離れているし、エンターカードを使った方がよさそうね」

「そうなると組み合わせを考えないとね。ゲノウエア山のふもとに直接ぬけられるダンジョンを探してみよう。距離はあるけれど大氷河と違って組み合わせは難しくないはずだから、そんなに時間はかからないはずだ」

 よし、とフィーネとシャオが顔を見合わせて頷いてからフールの方を向いた。

「丘の上でエンターカードの準備をしてくるわ。フールちゃん達は準備ができたら来てくれる?」

「わかった。よろしくね」

 それじゃあまた後で、と言ってからクレディアとフールと御月以外は丘の上に向かった(ルフトは逃げようとしてレトに引きずられて行った)。
 全員が去ったのを見届けてから、フールはちょっと苦い顔をして呟いた。

「私とクレディアだけかぁ……。そうした方がいいとはわかってるけど、やっぱり怖いわね」

 ムエルの救出のためにも、宿場町に迷惑をかけないためにも、サザンドラに見つからないよう最少人数で行った方がいいことは理解できる。ただフールとしては、クレディアと2匹だけでサザンドラの凶暴さから逃げきれるかどうかはやはり不安だった。
 だよな、と御月もフールに同意し、それからクレディアを見た。

「クレディア、ほんとに大丈夫か?」

「うん。できるだけムーちゃんも宿場町の皆も危険に晒したくないし、がんばる」

 いつになく真面目な表情で、クレディアはぐっと胸の前で拳を握った。

「何もできないのは、嫌だよ」

 そう言って、きゅっとクレディアは口を結んだ。いつもと違う様子のクレディアに、フールと御月は首を傾げる。
 しかしそれの束の間で、いつものように「じゃあ準備いこ!」とへらりと笑うので、2匹は特に気に留めることなく宿場町へ準備に向かった。



 3匹が準備を終えて丘の上に行くと、すでにフィーネとシャオがエンターカードを何枚か並べており、レト達がその作業を傍で見守っていた。
 そしてそこから1番遠く、階段の傍らで眺めていたルフトが階段から上がってきたクレディアたちに気付き、「お、主役のおでましだな」と茶化した。

「エンターカードのほうは順調そう?」

「あちらさんは準備できたそうだから、リーダー達待ちだな」

「そっか。シャオ、フィーネ、こっちも準備できたよ!」

 フールが声をかけると、一斉に皆がこちらを見た。そしてフィーネはクレディアとフールの姿を一通り見てから首を傾げた。

「荷物が少なくないかしら。行きはエンターカードを使ってゲノウエア山までのマグナゲートを呼ぶけど、帰りは自力で帰ってこなきゃいけないのよ?」

「フィーネの言う通り、たぶん長旅になると思う。本当に準備はそれで大丈夫?」

「うん。それにあんまり荷物を抱えてると、動きづらいし。最低限必要なものは入れてあるから大丈夫よ」

「みっくんも手伝ってくれたからね!」

「……いや、お前は自分の管理をもうちょっと自分でできるようになれよ」

 長旅になるのを見越して荷物を用意したのはほとんど御月だった。クレディアはいつも通り直感で荷物を選び、御月に呆れられ、御月にあれこれ指南されながら荷物を選んだ。
 ひとまず大丈夫そうだと思ったのか、シャオは「じゃあマグナゲートを呼ぼうか」とエンターカードを並べ始めた。

「またアレが見られるのかぁ。やっぱりドキドキするね」

「滅多に見れるもんじゃないからなー」

 アレ、というのはマグナゲートを呼び出した際の光のことである。見るのは大氷河に行くとき以来だった。
 よし、と言ってシャオが最後のエンターカードをはめる。次の瞬間、ボードに光が集まりだし、一瞬でマグナゲートへの入り口である光の円を作り出していた。

「無事に呼び込めたね」

「えぇ。クレディアちゃん、フールちゃん。あとはこの円の中に入ればゲノウエア山のふもとにつながるダンジョンに行けるわ」

「うん、ありがとう」

 ふぅとフールが深く息を吸い込んで吐いた。
 不意に右手が温もりに包まれ、見るとクレディアがフールの手を握っていた。視線に気づくとへにゃへにゃとした笑みを向けられ、力の入ってたフールも思わず笑い返した。

「気をつけるんだぞ」

「無理はするなよ。ムエルってやつを見つけたらすぐ帰って来い」

「がんばるだぬ〜!」

「無事に帰って来てね……!」

 仲間たちから激励を受け、クレディアとフールは力強く頷いた。
 
「わかってる。とにかくサザンドラに見つからないように、ムエルを救出してくるわ。あと絶対に無理はしない。
 ……よし。クレディア、いこう」

「うん!」

 2匹が手を繋いだまま光の円に足を踏み入れる。たちまち2匹の姿は消え、マグナゲートの入り口である光もなくなり、元の丘の風景に戻った。
BACK | INDEX | NEXT

アクア ( 2020/10/03(土) 18:43 )