80話 応えたい
ふわりふわりと、宙に浮いているような感覚。これは私の夢の中。最近同じことが起きていたから、すぐに何か声が聞こえるように神経をとぎすます。
やはり声が聞こえた。でもなんだか靄がかかっているように、はっきりと聞こえない。
《……さん……ク…………ディア…………さん》
「聞こえ、ますか…………」
あ、と思ったその瞬間、
「クレディアさん!!」
「……!! き、聞こえるよ!!」
今度は、はっきりと聞こえた。
すると声も驚いたようで、息をのんだ後に「よ、よかったぁ〜」と私にも安堵しているのが分かる声が返ってきた。
そして、私の目の前に、じわりと影ができる。影の輪郭がはっきりとしてくる。ついに見えたその声の主は、見たことのあるポケモン。
私がこの世界に来る前に見た映像で、3つの首もったドラゴンポケモン――サザンドラに追いかけられていたムンナだった。
「……貴方は、サザンドラに追われていた子?」
そう聞くと、ムンナはに私に向かってにこりと微笑んだ。
「はい、ようやく通じましたね。改めてはじめましてクレディアさん。私、ムエルと申します」
「はじめまして。知ってると思うけど、私は、クレディア・フォラムディ。えぇと、ムーちゃんはいま大丈夫なの? 声が聞けるってことは、無事、なんだよね?」
「……なんとか。まだ追われていますが……でも、サザンドラの追走が激しく、だいぶ疲れが溜まってきてしまって……」
私の問いかけに、ムーちゃんは微笑みをひっこめて困った顔になる。無事ではあるけど、ムーちゃんの状況は芳しくないみたいだ。
「どうしてムーちゃんがサザンドラに追われているか聞いてもいい?」
「そうですね……。それを説明する前に、まずサザンドラについてお話します。
あのサザンドラは3つの恐ろしい頭で目の前のあるものを全て食いつくし、破壊の限りを尽くすポケモンです」
なるほど、と頷く。私の世界でもサザンドラというポケモンについて、強くて危険だから注意するようにと説明されることがある。それはこの世界でも一緒らしい。
「そのせいで世界のバランスが崩れ始めました。このままだといずれ世界に危機が訪れます」
「世界に危機……?」
とんでもないワードが出てきて、思わず眉間に力が入る。そしてなんだか胸がバクバクしてきた。
宿場町の皆は、「何か良くないことが起きるんじゃないか」という不安を抱いていた。私は、あまりその感覚が分からなかったけど、もしかして、皆が感じていたのはコレのことなんだろうか。
「あのサザンドラは自分さえよければいい、暴れられればいいと思っているんです。ポケモンたちが、世界がどうなろうが知ったことではない、と……。なんとかしたいのですが、サザンドラはあまりにも狂暴で……誰に止めることができません。
仕方なく私は人間の世界に助けを求めました。私は夢の中に入ることができます。そして私が入った夢というのが、クレディアさんの夢だったんです」
「わ、わたし? で、でも、私は……」
そんな誰にも止められないサザンドラを止める手立てとして、助けを求められた。そんなこと言われても、私は自信がない。何と言っても私はフーちゃんたちに何度も「戦えない」と言われているのに。
でもムーちゃんはそんなことを知らないからか、「私はクレディアさんに必死に呼びかけました」と続けた。
「しかし同時に私が助けを求めていることをサザンドラに気付かれてしまって……。そして私はサザンドラに追われることになったのです」
「そうだったんだ……」
「それ以来ずっと私はサザンドラに追われ続けています。まだ何とか逃げ回っていますが……このままだと、いつかは……」
自分の目的を邪魔する何者かを用意される前に、用意しようとしている人物を消そうとする。サザンドラにとっては妥当な判断ではあるかもしれないけど、それは悪いことだ。
ムーちゃんは最悪の未来を予想してか、顔を俯かせて青ざめさせていた。
不安に決まっている。命を狙われているのだ。でもこの世界の皆のために何とかしようとしているんだ。
私は、その助けに呼ばれたのだから、応えなくては。
きゅっと唇を結んでから、覚悟を決めて口を開いた。
「それで、ムーちゃんは今どこにいるの?」
「えっ?」
「私がこの世界を助けられるのなら、私は助けたい。でも、まずムーちゃんを助けないと。ムーちゃんもこの世界の一員なんだから」
私の想いをそのまま伝えると、ムーちゃんはじわりと涙を浮かべて「あ、ありがとうございます……!」と震えた声で頭を下げた。
こんな私で何ができるかはわからないけど、応えると決めたのなら、それ相応のことをしなければ。
「私は今ゲノウエア山という、森に囲まれた火山のふもとにいます。すみません、よろしくお願いします……!」
「わかった。ゲノウエア山のふもと、だね」
しっかりとその地名を頭の中にインプットする。なんとしてでもムーちゃんを救わなければ。
「あ、あとね、1つだけ聞きたいことが――」
「うぁ! あ、あぁ……き、来た……」
「え?」
1つ気になったことを聞こうとしたと同時、ムーちゃんが真っ青な顔で震え始めた。
――来た?
「あ、あいつが来て……! すみません! 夢から離れます!! では――!」
「――ま、待って!!」
がばりと起き上がった後、何かを掴もうとしたクレディアの手は空をきる。そしてぱちぱちと瞬きをしたあと、クレディアは深く溜息をついた。
「やっぱり、夢だったんだ……」
未だバクバクとなる胸をそっと両手で押さえてから、クレディアは隣を見た。思わず声を出してしまったが、フールも御月も起きた様子はない。
それに安堵しながら、クレディアはベッドに寝転がった。
(ムーちゃんの言ってたことを整理すると……サザンドラというポケモンが暴れまわって、そのせいで世界にっ危機が訪れようとしている。それを止めようとムーちゃんは人間の世界にいた私に助けを求め、それに気づいたサザンドラがムーちゃんを襲い、ムーちゃんは逃げ回った末 今はゲノウエア山のふもとにいる……)
一気に情報が頭の中に入ってきてパンクしそうだ、と思いながらクレディアは目を瞑った。
(フーちゃん達は協力してくれるって言ってたけど、助けを求められたのは私。ほんとは私一人で何とかできたらよかったけど……サザンドラを私一人で止められるとは思えないし、今回の世界の危機が、皆の不安と関係しているとしたら、私一人の問題にはできない……。
朝になったら皆に相談しないと……)
ある程度 考えがまとまってきて、クレディアに睡魔が訪れる。ふぁと欠伸を一つしてから、クレディアの意識は落ちていった。
「それでね、私、ムーちゃんを助けに行きたくて、」
「「「待て待て待て待て」」」
掲示板の前には『プロキオン』全員と、セロ、ヴィゴ、ヴェストが集まって、頭を抱えたり、難しい顔をしたりと、様々な反応を見せていた。
クレディアの発言を途中でさえぎったのはフールと御月とレトで、フールは「いったん待ちなさい」とクレディアの両肩を掴んで静止した。クレディアは頭にはてなマークを浮かべている。
クレディアが夢を見た後の朝、「話がある」と言ってクレディアが話し始めた内容はこんな感じだった。
「私ね、実は違う世界から来た人間で、こっちの世界に来た時にツタージャになっちゃったの。この世界に呼ばれたのは昨日の夢でムンナのムーちゃんが、サザンドラっていうポケモンが大暴れしているせいで世界に危機が訪れようとしてて、それを止めてほしくて私に助けを呼んだって言っててね、それがサザンドラにバレて今ムーちゃんが大変な目にあってて、」
そして冒頭の発言に戻る。
一気に嘘みたいな情報が入ってきて、フールと御月以外は何が何だかといった顔をしている。フールと御月は「とりあえずでクレディアに喋らせるんじゃなかった」と後悔していた。
不思議そうに首を傾げるクレディアに、フールは「ちょっと待っててね」と黙らせてから、メンバーに向き直った。
「ごめん、隠すつもりはなかったんだけど言い忘れてたの。最初から喋ってればよかったわ。
最初から説明すると、元々クレディアは人間で、それも違う世界の人間らしいの。それで、夢の中で助けを求められて、気付いたらツタージャになって、この世界にやってきた。ここまでオーケー?」
「いや、全然オッケーじゃねぇけど!?」
レトが理解できない! といった調子でツッコミを入れる。突拍子もない話をしているのだから当然の反応ではあるが、フールは「細かいことは私にもわかんないのよ」と返すしかなかった。
すると恐る恐るクライがクレディアに問いかけた。
「そ、その……ほんとにクレディアさんは、人間、だったんですか……?」
「今はツタージャだけど本当に元々は人間だよー。証拠がないから証明はできないんだけどね」
へらりとクレディアが困ったように笑うのを見て、クライは「あ、いえ、信じてないわけではないんですけど……びっくりして」と慌てて弁解した。
「足形文字が読めなかったり、技がうまく出せなかったりっていうのが、まあ今んとこの微妙な証拠ってとこだな」
「異常なまでの天然も人間だからか?」
「それは人間云々じゃなくてクレディアの本質だろ」
ルフトの発言に御月は冷静に返した。フールも「クレディア独特のもんだよね……」と何ともいえない表情をし、クレディアは意味を理解していないのかにこにこと微笑んでいる。
「と、とにかく! クレディアがこの世界にきた直後に私と出会って、行く当てがなさそうだったから私がお願いしてパラダイス作りを手伝ってもらってたの。それで昨日ようやく、夢の声の主からクレディアがこの世界に来た意味を教えてもらえた。
その声の主はムエルっていうムンナ。ムエルはサザンドラというポケモンが大暴れしていることによって、世界に危機が訪れているけど、誰も止められないから、別の世界の誰かに助けを求めた――それがクレディア。つまり、クレディアはサザンドラを止める手立てとしてこの世界に呼ばれたってことね。ここまでオッケー?」
フールの説明に、「オッケー」と返す者はいない。ただ皆 何とも言えない顔をしていたり、難しい顔をして何かを考えこんだりしている。
当然だろう、と御月は全員を眺めた。あまりにも突拍子のない話だ、混乱するのも無理はない。
「まあ……信じられんよな。そこまで話がトンでちゃよ……」
ヴェストが難しい顔をしながら頭を掻く。話をしている最中もぽかんとしていたため、よほど混乱しているのがよく表れていた。
「これは信じろって方が難しいだろ、フツー」
「そうだよなぁ。俺も信じられ――」
「あら? 私は信じるわよ」
ヴィゴがヴェストに賛成しようとしたその時、反対の意見を述べたのはシリュアだった。
「クレディアが嘘をつくような子じゃないことは知ってるしね」
「うん、クレディアさんなら……」
「それにこんな嘘ついてもしょうがないし、なんといっても仲間だしな! 信じるに決まってるだろ!!」
「ワシも信じるだぬ〜」
シリュアに続き、クライ、レト、セロまでもが「信じる」とクレディアに面と向かって笑いかける。それに対してクレディアはそっと笑った。
「俺も信じられ……信じられなくはないかな。はははーーーっ!!」
そしてシリュアがそういったからか、ヴェストに同調しようとしていたヴィゴはあっさり掌をひっくり返した。フールに冷たい視線を向けられたのはいつも通りである。
御月は先ほどから何も言わないフィーネとシャオを見ると、どちらも難しい顔をしていた。
「……フィーネさんとシャオさんは?」
「あー……うん。いや、クレディアちゃんの言うことが嘘とは思ってないし、勿論信じるんだけど……。まあ、こういうトラブルに僕らは遭遇する運命なのかもなぁってね」
「はい?」
「話すと長いからこの話は後にしましょう。私たちはクレディアちゃんの話を信じるし、勿論 協力もするつもりよ。それでルフト君は?」
「俺? まあ信じるにしても、クレディアに助けを求めたのは間違ってる気はするがな」
「そこツッコんだら終わりって思わないかルフ兄」
ルフトの軽口はともかく、『プロキオン』の大人3匹も信じてくれるようだ。
それを見て、クレディアはほっと息をついた。どう考えても1人でどうにかできる問題ではなくなってしまったので、皆が信じて手伝ってくれるというのは、クレディアにとってとてもありがたかった。
フールは全員の信用を確かめてから、「よしっ」と意気込んだ。
「じゃあ、これで決まりだね。私たち『プロキオン』は、全員で、全力で、クレディアをバックアップするよ。いいね!!」
「「「「「おぉ−−−!!」」」」」
フールが拳を天高く突き出すのに合わせて、メンバーも掛け声とともに同じように拳を挙げる。
クレディアはその光景を見て、眩しそうに目を細めた。
(……私なんかの力で何ができるか、わからないけど、皆の世界の為に、私は私ができることをしないと)
握った拳が少しだけ震えていたのには、誰も気付かない。