79話 推測
フールと御月の喧嘩から一週間ほど。あれから2匹は何事もなく、『プロキオン』は普段通りに依頼をこなしたり、自分のやりたいことを各々好きなようにやったりと、変わらない日々を過ごしていた。
ただ今日に関しては違う事が起こった。家から出たところ、レトが慌てた様子で走ってやって来たのだ。
「おーい! ちょうどよかった!」
「おはよ、レト。どうかしたの?」
あまりの急ぎようにフールが首を傾げると、レトは弾んだ息を整えながら答えた。
「前に、話したよな? 光が空にのぼっていくって話」
「あぁ、俺たちが大氷河いってた時に見えたってやつだろ?」
「そうそう! それが今見られるんだよ」
「「ほんと!?」」
レトの言葉に、クレディアとフールがきらきらと目を光らせる。好奇心旺盛とはこのことだ、と御月が呆れた目をしたが2匹は気付いていない。
2匹の様子にレトは笑いながら大きく頷いた。
「あぁ、丘の上で見られるぜ。俺もさっき見てきたところだし」
「そっか! ありがとねレト!! クレディア、御月、いくわよ!!」
「おーー!!」
「……はいはい」
「転ぶなよー」
見れると聞いた瞬間に元気よく駆けていくクレディアとフール。呆れたように溜息をつきながら返事をする御月と、からかい半分で忠告するレトの言葉は聞こえていないようだった。
「ホント……何だろうな、あれ」
「さぁ……全く分からねぇな」
3匹が丘に行くと、ワシボンのワエト、コアルヒのビゴの2匹が先に丘にいて、何かを眺めながら呟いている。
「ちょっと失礼」とフールが断りを入れ、2匹の隣に並び、丘の先の光景を見た。
「あっ、あれ、あれだよね!? 光の玉って!!」
「ほんとだー!!」
壮大な緑と青が続く光景の先、はるか遠く、本当に小さくではあるが、きらきらと金色にきらめく光が1つ見えた。
暫く見ていた3匹だが、唐突にフールが首を傾げた。
「レトは空をのぼってるって言ってたけど……あれ、空中で止まってない?」
「いいや、間違ってないぜ。あの光は上へ上へとのぼってる」
フールの問いに答えたのはビゴだった。
「そうなの?」とフールが聞くと、ワエトとビゴは頷いた。
「動きがものすごく遅いせいで止まってみえるだけで、すごくゆっくりのぼってるんだ」
「そうなんだ……。にしても、綺麗で神秘的な光景ね」
フールはもう一度 光を見た。遠くからでも綺麗な光に見える。
しかし、ワエトは「そう、なんだよな……」と歯切れ悪く呟いた。それにフールが心底不思議そうに首を傾げた。
「なに? 私なにかおかしなこと言った?」
「い、いや……。俺も綺麗だとは思うんだ。けど……これは考えすぎかもしれないだが、俺はこの町に生まれてから今まで一度もあんな光は見たことがない。ここにきてこう頻繁に見せられるとよ、なんか、よくわからないけど不安になるんだ……」
「不安……」
「ほら、よく言うだろ。何かの前触れって」
ワエトがもう一度光をちらりと見た。ビゴも同じ気持ちなのか、浮かない表情で光を見ている。
クレディアは首を傾げ、御月は「なるほど」と頷いた。
「あの光が何なのか分かってないからなおさらだな」
「そうなんだよ。なんか不吉な予兆みたいな……何かよくないことが起こりそうな気がしてならないんだよなぁ。考えすぎかっても思うんだけどよ」
「……気持ちは分かるけど、こればっかりはどうしようもないだろ」
「だよなぁ」
御月がワエトとビゴと話すのを聞いて、クレディアはふと前の事を思い出した。
「宿場町周辺で怪しいポケモンがうろついている」というお知らせのときだ。宿場町に出歩くポケモンはほとんどいなくなり、その後に食堂に行ったときの事だ。
〈このままだと、そのうち良くないことが起きるんじゃないか。明るい未来など来ないのではないか。……そんな、漠然とした不安が〉
〈かといって、不安があるからといってどうすりゃいいかも分からねぇ……。何かモヤモヤした感じなんだよな……〉
あの時も皆なにか不安を抱えていた。今に始まったことではなく、自分がこの世界にやって来る前から、漠然とした不安があると言っていた。
クレディアは意図せずぐぎゅっと拳を握った。
(みんながそんな気持ちになってるの、やだな)
何とかしたいとクレディアは思った。
かといって、この不安を払うことができるわけではない。そもそもクレディアはこの光に関しても「不安」と感じていない。だからこそクレディアは余計に口を挟めなかった。
「……いずれ分かるといいけど」
ぽつりと独り言のように呟いたフールの言葉に、御月もワエトもビゴも曖昧にうなづくだけだった。
あの後フールが依頼を選び、メンバーの選出となった。そこでクレディアは選出メンバーから外されたため、宿場町をぶらぶらと歩いていた。
あてもなく景色を楽しんでいたのだが、前にいる人物を見て、ぱぁっと綻ばせた。
「ルー兄ここにいたんだ! フーちゃんが来てない! って怒ってたよ?」
「あぁ、クレディア。リーダーは明日には忘れてるから大丈夫さ」
「何してるの?」
「ん? ただ空を眺めてただけ」
そっかぁ、とクレディアは頷いてからルフトの隣に座った。座ってもいいか聞かないのは1度ルフトに聞いたとき「俺にそういうの聞かなくていい」と言われたからである。
空を眺めてた、と聞いてクレディアはふと気になったことを尋ねた。
「ルフ兄は見た? 空に上がっていく光の玉」
「あぁ、見たよ。それがどうかしたか?」
「皆があれが何か気になってるから、私も気になっちゃって。ルー兄はなんだと思う?」
「クレディアは何だと思ってる?」
「え。うーん……」
逆に質問を返されて、クレディアは首をひねった。
フールたちの不安そうな所しか気にしていなかったため、あの光の玉が何であるかはまったく考えていなかった。だからこそ、クレディアは答えられなくて困ってしまう。
ううんと悩んでいると、くつくつルフトが笑い始めた。
「別に答えを求めてるわけじゃないさ。考えて分かるもんでもないだろうしな」
「……ルー兄はあれが何なのか分かってるの?」
「さあ? 分かったら苦労しないだろ」
「そっかぁ。何か分かったらフーちゃん達も安心できると思ったんだけどなぁ……」
しょぼん、とクレディアが肩を落とすと粗雑にぽんぽんと頭を撫でられた。慰めてくれているらしい。
ふとクレディアは空を見上げた。雲一つない気持ちのいいくらいの快晴。どこまでも青いキレイな空が続いている。
「誰かの魂、とかじゃないよね」
クレディアは思わず呟いた。単なる予想にしか過ぎない。しかし一向に返事がこないことを不思議に思ってクレディアはルフトを見た。
ルフトは純粋に驚いているようで、目をきょとんとさせていた。
「ルフ兄?」
「……あぁ、悪い。軽く予想外だったもんで。だってそれって誰かが死んでるってことだろ?」
「んん、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど……何て言うのかなぁ」
うまい言葉を探してクレディアが唸る。
「生きてるって感じるっていうか……」
「……あの光の玉が?」
「なんて言うんだろう、UFOとか……それも違う気がするしなぁ」
「お前は唐突に訳のわからないことを言うよな」
「あ、そっか。うーん……こういう時に説明できる力があったらいいのに。言葉って難しいね」
必死に説明しようとしてぐぬぬ、と唸るクレディアの姿を見て、ふとルフトが笑った。
「どうせアレの正体も分からないんだから、説明できなくてもいいだろ」
「ルー兄はあの光、何だと思うの?」
「ん? そうだな……」
先ほどは質問を返されて聞けなかったが、答えたくないわけではないらしい。
少し悩んでから、ルフトはクレディアの方を向いてにやりと笑った。
「世界滅亡へのカウントダウンかもな」
そのルフトの答えに、クレディアはきょとんと目を丸くした。そしてぱちぱちと瞬きをした後、急にばっと立ち上がった。
「えぇぇぇ! い、いつ? いつ滅亡しちゃうの? 今日は何日目?」
「…………ぷっ、くくくっ……!!」
おろおろとするクレディアを見て、ルフトは一瞬呆けた顔をしたが、じわじわと口元が緩んでいき、そして遂には笑い出した。その様子を見てクレディアは頭にはてなマークを浮かべる他ない。
一通り笑って満足したのか、ルフトはまだ少し笑いながらぽんぽんと地面をたたいてクレディアに座るよう促した。
「悪い悪い、冗談だ。本気にするな」
「……あっ、予想だもんね。びっくりしちゃった!」
ルフトの言葉を受け、クレディアが先ほど座っていた場所にまた腰を下ろした。
「うぅん、いつか分かるのかなぁ」
「今は考えても仕方ないんだし、ダラダラ過ごしてりゃいい。そのうち分かるさ」
ぽん、とクレディアの頭に右前足を乗せて、軽く笑った。
「お前はただリーダーの夢に付き合ってやったらいいよ。本気になることはない」
「……うん?」
「時間なんてすぐに過ぎる。今のうちに楽しんどけ」
「んと……ん、そうだね。時間は有限だもんね!」
ルフトの言うことをいまいち理解しているのかしていないのか、頭にはてなマークを浮かべながら話を聞いていたクレディアだったが、最後は元気よく頷いた。
そしてルフトが「さて」と言って立ち上がった。
「それじゃ、俺はまた辺りを放浪してくるかな。リーダーにもそう伝えといてくれ」
「はぁい!!」
手を挙げて元気よく返事をしたクレディアを一瞥してから、ルフトは去っていった。「あたりを放浪しに行った」なんてフールに伝えようものなら怒ること間違いないなのだが、それに気づくクレディアでもない。
ルフトを見送った後、ばっとクレディアは立ち上がった。
「よし、今のうちに皆が楽しくなるようなこと考えよ!」
どこまでも前向きな発言をして、クレディアはるんるんと鼻唄を歌いながらその場を離れたのだった。