夢と星に輝きを ―心の境界―








小説トップ
7章 役目
77話 大喧嘩
 ふわふわとした、空間。最近は全くなかったから、忘れていた。

「……これは、久しぶりだなぁ」

 夢の中だと理解するのは容易だった。この空間は特殊すぎるから、私にとっては合図のようなものだ。
 普通の夢なら夢と感じるのに、これは夢だとはあまり感じられないから。

《……クレディア……さん……。聞こえ、ますか……》

「……! 前よりよく聞こえる……」

 ただ、何かもやのようなものがかかっていて、途切れ途切れになって聞こえない。それでも、私の名前は前よりはっきりと聞こえる。
 あとちょっと。そうやって耳を澄ますけれど、頭がぼんやりしてくる。

「もう少し、……もう少し、なのに……」



 はっとクレディアが目を覚ませば、見覚えのある天井。
 どうして目を覚ましてしまったのだとクレディアが頭を抱える。「うぅぅ……あとちょっとだったのに〜……」と呻いていると、「おい」と声をかけられた。

「朝っぱらから何だお前」

「……おはよう、みっくん……またダメだったよ……」

「は?」

 ぐぬぬと唸るクレディアに、御月は首を傾げるばかりである。
 そして満足したのか、ちょっと情けなく眉をさげながらクレディアはのそのそとベッドから起き上がってきた。

「夢を見たの。あの、「助けて」っていうやつ。詳しくはフーちゃんが起きてから言うね」

「あぁ……。まあフールが起きてからにするか」

 何回も同じ話をするのは面倒なため、フールが起きてからと今はその話題をせず、2匹はいつも通り朝食を作り始める。
 最初こそ包丁の持ち方さえ危うかったクレディアだが、物覚えがいいのか、才能があるのか、それとも御月の教えがいいのか、今では何の問題もなく料理できるほどになっていた。自分の手を切りそうになるということも、火傷しそうになることも全くない。
 一通りできると、いつも通りフールが「ねっむ」と言いながら起きた。「何でそんなタイミングよく起きんだ」と御月が一度聞いたら、「美味しそうな匂いがするから」らしい。

 3匹で朝食を食べ終わってから、クレディアは夢の話を切り出した。

「前よりね、ずっと聞こえやすくなってるの。私の名前、しっかり聞こえたし」

 クレディアがそう言うと、2匹は少し考える素振りを見せた。そしてフールが顔をあげた。

「聞き取りやすくなってるってことは、やっぱり波長があってきてるんじゃないかな。その調子でいけばきっと声の主がどこかにいるか分かると思う。場所がわかったら助けに行きましょ」

「まあ……声のやつができればもっと早く交信してくれるのを願うしかないな……」

 御月の言う通り、あちらからしか接触ができないため、こちらからは動きようがない。「助けて」と言われても、あちらが詳細を伝えないことには調べようもないのだ。
 「今は手詰まりだな」と御月から言われ、「そっかぁ」とクレディアが肩を落とすと、フールが苦笑した。

「大丈夫だって。信じよう。それに、私たちだって協力するしね」

 にっこりと笑ってそう言ったフールに、クレディアは「うん!」と元気よく返した。


 ――まさかこの後に、あんなことになるとは思わず。


 家の外に出てきても、まだメンバーが来る気配はない。ルフトは知らないが、今日はフィーネとシャオ以外は特に用がないから家の前に集まると言っていた。
 とりあえず楽な姿勢にして、何を言うまでもなく3匹は待つ体勢を作る。

「ルー兄今日は来るかなぁ」

「さあ……ていうか俺この前みたの川に何故か落ちてる姿だったんだが。本人笑ってたけど」

「川遊び? 私もやりたいなぁ」

「ルフ兄じゃあるまいし風邪ひくからやめとけ」

 別になんてことのない、どうでもいい雑談。御月にいたってはルフトに失礼である。


「ねえ、クレディア。御月」


 そんな雑談をしていたら、少し堅い口調でフールがクレディアと御月の名を呼んだ。
 2匹が不思議そうにフールを見る。フールはちらりと2匹を見た後、地面に視線をうつして俯いてしまった。そして口をごもごもとさせてから、発言した。

「私ね、クレディアがこの世界にやって来たのって、ただの偶然じゃなくて、何かしら意味とか役目があると思うの」

 朝の話の続きかと御月が納得する。クレディアも先ほどからほわほわとした笑顔を引っ込め、真剣にフールの話に耳を傾けていた。

「それはその声の主を助けることかもしれないし、もっと別のことかもしれない。
 私はそれが何なのか知りたいし、クレディアはそれが分かったのならそれをすべきだと思う。やり遂げるべきだと思うの」

 「でもね」と言ったフールの声は、どこか震えていた。


「もし……もしもだよ? それが終わったら……役割を果たしたら。……クレディアは、やっぱり自分の世界に帰ることになるのかな……?」


 クレディアは目を丸くした。御月は目を逸らした。
 今までクレディアはそこまで考えていなかったのだ。この生活が楽しくて、新たな発見がいっぱいあって、頭の中から「後のこと」がすっぽ抜けていたのである。

「どうなんだろー……。考えたことなかったや……」

 んぐぐと唸るクレディアに、「そ、そうよね。クレディアも分かんないよね」とフールが苦笑いを浮かべた。クレディアもつられてへらりと笑う。
 御月は何も言わない。黙って聞いているだけだ。
 フールは笑みをひっこめて、何かを考えるように俯いた。そして意を決したように顔をあげて、クレディアの方を向いた。

「……あ、あのね、ど、どうなるか分かんないなら、……わたし、私は……私はずっと一緒にいたい! ずっと一緒にいてほしいの!!」

「えっ」

 思ってなかった言葉に、クレディアは目を丸くした。
 「ずっと一緒にいてほしい」。その言葉にある意味は、「この世界に残ってほしい」。――残酷な言い方をすれば「元の世界に帰るのは止めてほしい」。フールにとっては、そんな考えで行ったわけではないかもしれない。ただ、純粋な言葉なのかもしれない。
 ただクレディアはフールの唐突なお願いに目を白黒させることしかできなかった。どう返事をすればいいのか、クレディアは分からなかった。
 
「クレディアがよければ、ここで一緒に、」


「――お前、自分が何言ってんのか分かってんのか」


 あまりに必死な様子のフールに、思わずクレディアが頷きかけた所だった。低い、少し怒気を含んだ声がそれを止めさせた。
 声の主である御月は、顔を歪めていた。瞳は、怒りと戸惑いを浮かべていた。

「……わ、わかってるわよ。でも、」



「わかってないから言ってんだろうが!!」



 気まずそうに呟いたフールの声をかき消す御月の怒鳴り声に、びくりとクレディアが身をすくませる。フールもびくりと体を揺らすが、クレディアほど動じていなかった。

「クレディアには帰る場所があんだよ。……ちゃんと迎えてくれる家族がいる」


《ごめんなぁ、あんまり帰ってきてやれなくて――》


 そう言われて、クレディアの脳裏をよぎったのは、申し訳なさそうに微笑んで、頭を撫でてくれる大好きな父親の姿だった。

「……私だって、クレディアは初めての友達で、家族みたいなものなんだもの。ただ、……ただ、お願いしてるだけなんだし、別にいいでしょ!?」

 鋭くにらみつけて来る御月に負けじと、フールが声を荒らげる。

 いつもの戯れの喧嘩とはわけが違う。2匹とも互いを強く睨みつけ、瞳は怒りの色で染まっている。辺りの雰囲気も、ぎすぎすと心を刺してくるようだった。
 こんな喧嘩を見るのは初めてのクレディアは、2匹の顔を交互に見ることしかできない。

「お前のは押し付けてるようにしか見えないから言ってんだよ!」

「なっ、別に押しつけてなんかいないわよ!!」

「コイツがあんなこと言われて「いいえ」なんて言えるとでも思ってんのか!?」

「私はクレディアに押し付けたいわけじゃ、」

「唐突にあれやこれや言われて「ずっと一緒にいて」だなんて押し付けにしか考えらんねぇだろうが!」

「そんなことないわよ! 君さっきから何なの!? 違うって言ってるでしょ!?」

「何が違うんだよ! お前の初めての友達で家族みたいなものでも、クレディアは向こうの世界に本当の家族がいんだよ!! なのにこっちに留まれってか!?」

「っ、君に何がわかるって言うのさ!!」

 ヒートアップしている言い合いに、話に関係あるはずのクレディアは何も言えない。口を挟む暇がなくて、自分の意見さえ言えやしない。
 そんなクレディアの様子はまるっきり気づかず、2匹は怒鳴り合う。

 ただ、「お前の初めての友達で家族みたいなものでも、クレディアは向こうの世界に本当の家族がいんだよ」という御月の言葉は、かなりフールに効いたらしい。
 思い切り泣きそうな顔になってから、フールは思い切り叫んだ。



「そりゃあ君みたいに家族や友達に囲まれて幸せに生きてきた奴に、私の気持ちなんて分からないでしょうけど!!」



 クレディアは、その言葉に息をのんだ。
 知らない。だってフールはあの時すぐに寝ていたから。御月が、どういう境遇のもとに生きていたのか、フールは、知らない。


《母親は、とんでもないロクデナシだった。お前の父親とは正反対。お前の父親がお前に愛情を必死に注いだのなら、俺の母親は俺に恐怖を生みつけた》


 きっと彼は、普通の家族との幸せとは、遠いところで、生きていた。


「――言いたいことはそれだけか」


 怒鳴り合っていた声とは一変して、御月は静かに、本当に静かに呟いた。
 クレディアとフールが御月を見る。そこには、感情の色が消え失せ、無表情に冷たい瞳をした御月がいた。怒っている訳でもない、本当に、無≠セった。

「あ、」

 そこで、フールはようやく地雷を踏んだことに気づいたらしい。ようやく冷静になったのか、フールは顔を青ざめさせる。両手で口をおさえるがもう遅い。出てしまった言葉は、取り消せはしない。
 くるりと御月は背を向けて、センターの方へ向かう。そしてぴたりと止まって一言、

「俺だってお前の気持ちなんて分かりたくないね」

 それだけ言って、すたすたと歩いて行ってしまった。顔は、見えなかった。

 どうしよう、とクレディアがそろりとフールを見ると、暫く呆然としていた後に、フールの目からはぼろぼろと涙が零れた。
 何か言わないと、とクレディアが口を開こうとすると、「おーーい!」というレトの声。タイミングが最悪である。それはすぐにレト含めた3匹も気づいたようで、フールを見た瞬間ぎょっとした顔をした。

「なっ、え、ど、どうした? 御月も変だったけど……」

「……みっくん、何か言ってた?」

「今日俺は休む、って……」

 シリュアが困った顔をして答えてくれた。
 どう説明していいのだろうか。というかどこから説明すべきなのだろうか。そもそも一応喧嘩の話題の当人ではあるが、喧嘩をしたのは自分じゃないのに他の人たちに言ってもいいのだろうか。
 様々な思考が絡まって、クレディアも困った顔を浮かべるしかない。

「も、もぉ、き、きょっぅ、ほっといて……!!」

「え、ちょ、フール!?」

 嗚咽を漏らしながら、フールも去って行ってしまった。咄嗟のことで、4匹とも追うことはできなかった。
 となると必然的に、3匹の目線はクレディアに向く。

「……何があったの?」

「どう説明したらいいんだろうなぁ……」

 大好きな2人がこんな喧嘩をしてしまうなんて、思ってもみなかったから。
 クレディアはただただ困った顔をするほかなかった。

■筆者メッセージ
お久しぶりです。「闇黒」でも言いましたが、アクアの近況が気になった方はサイトの方を見て下されば(そんな大した報告はありません)。

久しぶりの更新の初っ端から険悪ムードにしてすみません。
ゲーム内容と異なった流れですが、実は御月というキャラクターを作った時点でこの場面はこんな感じにすることにしてました。もう1話はほぼできているので来週ぐらいに更新されるかと思います。
アクア ( 2020/03/08(日) 15:01 )