76話 大冒険の後に
大氷河に行って大成功を収め、宿場町に帰ったその日。
「おぉぉかぁぁえぇぇりぃぃ!!」とレトが突っ込んできて、その後宿場町のポケモン達の質問攻めにあった。とりあえず座らせてくれと食堂になだれ込み、それからはどんちゃん騒ぎである。
大氷河の神秘的な光景、フリズム、そして巨大な浮遊結晶のこと――土産話やお宝でとりあえず盛り上がりまくった。
自分たちの家に帰ったのは、朝方であり、いつ帰って来たのかなんて定かではない。
ただ覚えているのは、帰ってすぐベッドになだれ込んだことだけである。
そして昼。太陽は真上まで上ってしまったころ、ようやく御月が目を覚ました。
「あー……ねっむ……。いまなんじだよ……」
珍しく本気の寝起き声で御月が呟く。がしがしと頭をかくと、隣で幸せそうに眠るクレディアとフール。
窓を見るに昼と推測するが、起こそうとは思わなかった。いつもなら叩き起こしているだろうが、昨日が昨日である。帰って来たばかりだというのに思い切りはしゃいだのだ。疲れているのも無理ない。
というか御月も疲れていた。朝食という名の昼食を作ろうと思わないほどには。寝たとはいえ、全快ではないのだ。
(あー……眠い、眠い)
ぐっと伸びをして、とりあえず陽の光にあたろうと外に出る。昼の太陽は容赦なく自身を照り付けるが、目は覚める。
「おーーーい! 御月ーーーー!!」
「あ?」
家の中に入ろうとした瞬間、呼ばれた自身の声。さらに呼び声に聞き覚えがありすぎて、御月は足を止めた。
いつも来る場所から声の主――レトは現れない。訝しげに様子を見ていると、家の裏から「こっちこっち!」と声がした。
「何なんだ……」
家の裏を見ようと足を動かすと、今度は家を真正面から見て左側から「こっちだよー!」と声がする。
(なるほど、俺をからかって馬鹿にしようと)
「うっさい。逃げ回ってねぇで出てこい。俺はお前と違って暇じゃねぇんだよ」
「逃げ回ってるのとはちょっと違うんだよなぁ……」
「あ?」
何かレトが言っているが、正直今の御月にとってどうでもよかった。とりあえずこの馬鹿馬鹿しい遊びに付き合っているのが心底面倒だった。いつもなら少しだけ付き合ってやるのだが、本気で家に入ろうかと考えるほどである。
ただその意図はレトには伝わるはずもなく、「これでどうだ!」と言い出した。
「ハハハハハハー!」「フッフッフッフッフ!!」「俺がどこにいるかわかるかー!?」
なんだか色んな所から、レトの声が聞こえる。レトが複数いるような、そんな感じ。
「見たか! 俺の分身の術を!!」
そこで、御月の目が一気に冷え込んだ。元々温かくなかったが。
ずかずかと家の裏まで行く。そして「やっぱりか」と呟いた先にあるのは、フリズム。
『ハハハハー! 見たか! 俺の分身の――』
同じ声が反響しているフリズム。
どうせ至るところにフリズムが置かれているのだろう。そうして自分が複数いると相手に思わせる。まあ何ともくだらない遊びだと御月はため息をつく。クレディアだったら騙されたかもしれないが、生憎フールと自分はそこまで単純ではない。
家の正面まで行くと、まさにレトが「まいったか? ははははー!」と録音している最中で、御月は足音なく後ろに回ると、容赦なく頭に拳骨をくらわせた。
「いっっでぇぇぇぇぇぇ!!」
「くだんねぇ遊びしてんじゃねぇよ。あとあんま家の周りチョロチョロしていると低血圧のフールが起きて来るぞ」
そう言うと、拳骨に拠ってできたたんこぶをさすりながら涙目を浮かたレトは「うげぇっ」と漏らした。機嫌悪いフールがどれだけ危険かよく分かっている証拠だ。
はぁとため息をついて、家を見る。まだあの2匹は起きてきそうにもない。
「で? お前は何やってんだよ」
「いやぁ、フリズムって面白いから、こんなことできるよなってつい……。……いやぁ、これも皆が大氷河の冒険を大成功させたおかげだダナー」
御月の絶対零度ともいえる目線に、レトは思いっきり目を逸らす。
ただこの様子を見ると、フリズムをいたく気に入った様子だ。留守番役はあんなことになったので、他のメンバーはひどくレトのことを気にしていたのだ。だからこそこの様子はかなり嬉しいし安心するものだろう。
「お前の留守番のおかげでもあるがな」
「あー……まあ結局あれはズルかったから何ともいえないよなー。ま、お前らが楽しかったっぽいからいいけどさ。俺も俺で宿場町のポケモンと色々話せたし」
「楽しそうな留守番で何よりだ」
そんな会話をしていると、「んー」という声とともにクレディアが家から出てきた。
「あぇ……みっくんだけ、なくて、レッくんもいる……おはよ……」
完全に寝ぼけている。体力がないのに長旅させられ、帰ってすぐにどんちゃん騒ぎ。クレディアはまだ疲れが完全に取れてないのだろう。
起きるためにゆるゆると頭を振っているクレディアは小さい子供のようだ。
「おいクレディア、無理に起きなくてもいいぞ。さすがに今日は仕事しねぇし」
「……ん、んー。おきる……ずと、ねるの、もった、ないから……」
必死に起きようとしているのは分かるのだが、今にも寝そうである。
「んーん、」ぶんぶんと頭を振った後、クレディアはぐにぐにと自分の頬を揉んでから、ようやくほぼ開いてなかった目を開けた。
「おはよう……レッくん、お留守番だいじょーぶだった……?」
少しずつ起きているようではある。
先ほどよりしっかりとした口調で、ふにゃふにゃとした笑顔を浮かべながら問いかけてきたクレディアにレトは苦笑した。
「あー……別に留守番自体は楽しかったし、何もな……あ!」
話している途中、レトがぽんと両手を叩く。
その様子にクレディアと御月が首を傾げると、「そういえば」とレトがちょっと難しい顔をして首を傾げた。
「何もなかったってこともなくて……何か、光の玉が時々宿場町から見えるんだよ」
「光の玉?」
「おう。遠くの方で空高くのぼっていくのが見えたんだ。シュダに聞いても今まで見たことないって言うし、皆で「ありゃなんだろ?」って話し合ってたんだけど……全くわかんねぇんだよな」
へぇと2匹が相槌をうつが、見ていないから正直何とも言えない。
「花火みたいなものじゃないの?」とクレディアが聞けば、「それとは違うんだよなぁ」とレトがうぬぬと唸る。どうやらうまく説明できないらしい。
「丘の上からだとよく見えるぜ。けっこう頻繁に上ってるみたいだから、そのうち見れるんじゃないかな。また見えたら知らせるわ。
それぐらい。じゃあなー、ってフリズム忘れてる!!」
「おう。二度とあの遊びを俺にやるなよ。やったら次は特注の針を食らわせてやる」
「じゃ、ジャアナー」
苦笑いの棒読みで、レトは去って行った。止める気はないらしい。
ただ留守番をしたレトは、フリズムで「留守番でも楽しめた。土産ありがとう」という気持ちを表現したかったのかもしれない。今回はこれ以上咎めるのはよしてやろう。
そして御月はだんだん頭が覚醒してきた様子のクレディアを見た。
「で、俺はレアさんのところ行くけどクレディアはどうする?」
「フーちゃんは起こさなくていいの?」
「疲れてるんだろうし別にいいだろ。昨日メンバーの中で最後まで熱弁してたのアイツだし」
それに起こしたとして起きるか微妙なところである。元々フールは寝起きがよくない。
「そっかぁ」と納得したのかしてないのかわからない返事をして、クレディアは笑った。
「私はレーヴ畑の様子みてからリィちゃんとせんせー探してくるよ。せんせーには昨日会えてなかったし」
「そうか」
畑に向って行ったクレディアを見送り、御月は宿場町に向かう。迷うことなく食堂に入ると、机や床に倒れ伏しているポケモンが何匹もいた。
思わず顔を顰めると、「あら、御月」と聞きなれた声が自分の名を呼んだ。
「昨日あれだけ大騒ぎしたってのにあんたは元気だねぇ。今日はバイトできる状態じゃないよ」
「さすがに食堂入った瞬間に察した。これでいいのかよ」
「まあいいじゃないか。久々にとびっきり明るいニュースが入ったんだ。私も楽しかったしね。今は寝させてやんな」
からからと笑うレアを見て、さすがママさんと御月は苦笑いした。
「そういやレアさん、俺らがいない間なんかあった? レトから光の玉のことだけは聞いたんだけど」
「光の玉以外ねぇ……。別に何もなかったと思うけど」
「ふーん。ならいいや」
この調子では怪しい者がでたとか喧嘩があったとかもないのだろう。ないならないにこしたことはない。
御月がそう思っていると、「そういえば」とレアに話しかけられた。
「フールとクレディアはまだ寝てるの?」
「いや、フールは寝てるけどクレディアは活動しに行った。畑見てからリゲルとユノさんに会いに行くって」
「あー、ユノってあのキリキザン? 彼大丈夫なの?」
「大丈夫って何が」
いきなり話題にされたユノの事に不思議そうな顔をする御月。というかレアがユノのことを知っていることも意外である。
レアは気にした様子もなく「だって」と続けた。
「前にさ、遠い地方で村が一つなくなったみたいな話あったでしょ」
「あー、それめっちゃ前じゃね?」
「5年前くらいだったかしら。彼、そこの村出身だよ」
「……ユノさんが? マジで?」
とんでもないことを聞いたと御月が顔をしかめる。眉間にはしわがよっている。そんな御月の様子を意に返さず、レアは涼しい顔である。
「何でそこの村がなくなったか分かる?」
「災害とか……過疎ったとか?」
「違う違う。狂ったポケモンが暴れまわったらしい。警察も手を付けられないほどにね。そこでそれを止めたのが彼だっていう噂。ただ暴れはじめたその日運悪く彼がいなかったらしくてね、一日中暴れられて、止めたはいいものの廃村になったんだとさ」
「へー……」
「まあそんな噂のおかげでそれはもう喧嘩売られまくってるだろうから、クレディア達が巻き込まれてないか心配って意味」
噂に過ぎないが、でもその噂が彼だという確証はある。右目に傷のあるユノ≠ニ名乗るキリキザンなんてそうそういないだろう。
どうせクレディア達は「大丈夫」というのだろうが、どんな輩がいるか分からない。関わるのを止めろとは言わないが、それを頭に入れておいてはほしい。今のところ問題になってないところを見ると、ユノ自身が上手くやっているのだろうが
そこでレアはふと首を傾げた。御月が何も言わないためだ。
「御月?」
「えっ、あ、あー……、……まあユノさんなら大丈夫だろ」
明らかに不自然な返事をし、目を逸らした。
何かを隠しているのか、それとも思い当たる節があるのか、妙な御月の態度にレアは突っ込んだ。
「何か知ってんのかい」
「いや、別に…………ユノさんについても村についても、初耳だっただけ」
話したくないのか、明らかに自分の考えを話す気はなさそうである。
レアが「ふーん」と言うと、御月はバツが悪そうに眼を逸らした。御月にしたら何ともへたくそな誤魔化し方である。いつもならもっと上手くやるだろうに。
その姿がおかしくてレアが笑うと、御月はひどく不満げな表情を浮かべた。
「まあいいよ。来てからしばらく経っても何も問題おきてないってことは上手くやってくれてるんだろう。クレディア達が変なことしなければ大丈夫かな」
「……まあ、フールはそんな会ってないし、クレディアも節度は守ってるから多分大丈夫。それにユノさん賢いし」
「そうかい。無用な心配だったね。悪い悪い」
それを聞いて疲れたと言わんばかりに顔を机に伏した御月に、レアはまた笑うのだった。