75話 大成功
リタ。リッター・ルツァーリ。シリュアの親友で、絶交の手紙をいきなり送り付けた、シリュアが友達≠信用できない原因。
そして彼は、この“グレッシャーパレス”に来ているというメッセージを残した。
「先に進む」――その言葉が真実であれば、この場所にも来ているはずなのだ。そして同じ道を、たどっているはずなのだ。
何か1つでも、何でもいい、小さな手がかりを。
そんな思いを抱えながら、しっかりとシリュアはグレスを見つめた。
「――いや、ここには来ていない」
しかし、そんな願いもむなしく、グレスからはそんな返答が帰ってきた。
「え、えぇぇぇぇぇ!? そ、そんな……。だって道中でリタが残したプリズムもあったのよ? そんなわけ、」
「外からここに来たポケモンはお前たちが初めてだ」
「…………。」
フールの抗議もむなしく、グレスからはいたって落ち着いた答えが帰ってくる。
どこかで違う道を辿ったのか、可能性は低いが途中で引き返したのか。……それとも道中で何かあってたどり着けなかったのか。
「……もういいだろう。悪いが、我はもう行くぞ」
「あっ、あ、あの!!」
グレスが飛ぼうとした矢先、クレディアが大きな声をあげて引き留めた。
怪訝そうにグレスがクレディアを振り向く。先ほど怖がった相手だというのに、クレディアはしっかり目を向けて、笑顔で言った。
「助けてくれて、ありがとう!!」
「……、……あぁ」
お礼を言われたことに対してグレスは驚いたようだが、すぐさま表情を戻して返事を返した。
何だかせんせーみたいだなぁとクレディアが呑気に考えていると、グレスは翼を大きくはためかせて上へと飛んで行った。その際に嵐のような風がおき、目を閉じて足を踏ん張る。
そして目を開くと、見覚えのないものが『プロキオン』の目の前にあった。
「た、宝箱……? いつの間に……」
フールの言う通り、そこには赤と金の、まさに宝箱の典型といっていいものがあった。キラキラと光り、高級感を醸し出している。
これ開けても大丈夫なんだろうか、皆が迷っているとどこからか声がした。
《多くの試練を乗り越えよくぞここまでたどり着いた。それは称賛に値しよう。そこにあるものは我からの褒美だ。受け取るがよい》
それはグレスの声。どうやら先に行けない代わりをくれるらしい。
フールは「ありがとう!」と先ほどグレスが飛んで行った上の方を見ながら叫んだ。
ふぅとフールは息をつくと、ため息をついた。
「リタが此処まで来てなかったって……一体どういうことだろう」
グレスはリタは来ていないと言った。しかし、道中で拾ったリタのフリズムには「先へ行く」と言っていた。あの後 帰ったとは考えにくい。
それならば考えられる可能性は1つ。
「フリズムを残した場所からここに来るまでの間に何かが起きた、ということよね……?」
もしかしたら怪我でもして、帰ったのかもしれない。もしかしたら道を間違えて道を戻ったのかもしれない。
もしかしたら……、そう考るとキリがない。
「ボク、リタは絶対此処に来てたと思ったのに……。だって1匹で大氷河をこえてきた実力者だもん」
「何があったんだろう……」
「皆、もういいわ」
そう言ったのは、シリュアだった。見ると、少し困ったように微笑んでいた。
「シリュア……」
リタの行方は、一番シリュアが気になっているはずだ。
しかしシリュアは至極落ち着いた様子で、リタの音声が入っていたフリズムを取り出して、それを見つめた。
「確かにリタが此処に来てなかったのは謎だけど、でも考えたって分からないもの。リタが残したフリズムの声が手紙の内容とは食い違うのも分からないし」
フリズムの声と、手紙。全くの正反対の内容と、リタの様子。
確かに分からないことだらけで、どちらが真実でどちらが嘘なのか、見当もつかない。考えてもしょうがないというのは正論だ。
しかし何だかシリュアがリタのことを完全に諦めている様で、フィーネは困った顔をした。
「でもシリュア、」
「違うのよ、フィーネ。投げやりになっている訳じゃないから心配しないで」
しかし、やはり落ち着いた様子で、穏やかにシリュアは微笑んだ。
「フリズムにあったリタの声……あの声は紛れもなく私の知っているいつものリタよ。手紙のリタは様変わりしていたけれど、でも、フリズムのリタは何も変わってない。
……変わってないの、なにひとつ、私の親友だったリタと、何も」
その声は寂しそうで、それでも明るい声音だった。
「そこまできて……やっと気づいたの」
シリュアが顔をあげて、『プロキオン』のメンバーを見た。
「私はリタから手紙が来て、それを読んだ時からずっと友達≠ェ信じられなかった」
嘘をつかれた。騙された。裏切られた。結局友達≠ネんて名ばかり。信じたって得はない。信じたって、自分が傷つくだけ。
もう、友達≠ネんて信じない。友達≠ネんて、いらない。
「でもね、その気持ちを植え付けたのはリタじゃない。私に不信感を植え付けたのは……受け付けたのは、手紙を見て失望した、私自身の心だったの。手紙を読んで、勝手に失望して……ただ私が私を守るために勝手に作り出したものだったのよ」
手紙だけで、リタが自分を裏切ったと思った。自分が接していたリタは全て偽物だと決めつけた。手紙を書いたとき、リタがどう思っていたのか考えもしなかった。
酷いポケモンだったのだと、そう思い続けた。
もう二度と、友達≠信じて、傷つきたくなかった。
それでも、
《では僕は行く! これを聞いているであろう君にも幸運を!!》
「まだ分からないこと沢山ある。であれば真実もまた別のところにあるかもしれない」
あの楽しそうな声は、自分が知っている、優しい友達≠フリタなのだ。
一緒にいるのが楽しかった。一緒に探検するのも面白かった。他愛のない会話をするのも楽しくて仕方なかった。
一緒にいて、楽しかったのだ。
だからこそ、もう一度、
「――私は、私は信じたい。もう一度、リタを、あの優しいリタは偽物なんかじゃないって、信じたい。
友達≠チていうのが、いいものだって、信じたいの」
今度こそ信じて、また一緒に笑いあいたい。
「シリュア……」
その言葉に、変化に、皆それぞれだが驚いているようだった。
最初クライが「友達になってほしい」と言ったとき、とても冷たく「友達なんて信じられない」と言ったシリュアが、「信じたい」と、はっきり言ったのだ。
シリュアが踏み出した、大きな、一歩だった。
ぽろりと、涙が流れた。「ごめんなさい」と、謝りながら、シリュアは『プロキオン』全員に笑いかけた。
「これまで私、ずっと嫌なポケモンだったわ。でもね、皆に会えて、一緒にここまで来て、やっと信じる気持ちを思い出すことができた。……本当に、本当に、ありがとう」
ありがとう、そう言いながら涙を流すシリュアにそっとフィーネが寄り添ってぽんぽんと前足を叩いて宥める。
それを見ながら、フールは小さく息をついた。
(よかった……。シリュアのことだけでも、この冒険は大成功だ。とても良い方向に思い直してくれたし……)
実はというと、フールはシリュアが仲間に入ってから割とシリュアの友達≠ヨの意識をかなり気にしていた。
仲間になる際に、フールはシリュアに条件をだした。「少しずつでも皆を信じて、皆と信頼しあうこと」。それを守るためにシリュアはシリュアなりに努力をして、信じるためにメンバーと積極的に会話をしたりしているのを。
ようやく、実を結んだ。
「……今回の冒険は大成功ね! 色んなものを見れたし、色んなことが学べたわ!!」
「そうね! 大氷河を超えたし、氷山の中にも驚いたし」
「氷のお城も見れたしね!! クレディアさんがつけた名前がまさか本当にグレッシャーパレス≠セったし!!」
明るい話題に、シリュアが顔をあげる。そこにはもう、暗い表情はなかった。
「僕は大結晶がほんとに存在して驚いたね。実物を拝めなかったのは残念だったけど……」
「私は何といってもフリズムかなぁ! 私の一番の宝物!!」
「レッくんにもプレゼントしようね〜、きっと驚くだろうなぁ」
それぞれ今回の冒険の感想を述べていく。辛かったこと、焦ったこと、嬉しかったこと、感動したこと、どれもこれも経験できてよかったものだった。無駄なものなんて、何一つない。
わいわいと話していると、「ま、」と御月が終止符を打った。
「あの宝箱の中身をもらって帰るとしますか」
「そうね。此処にずっといると怒られちゃいそうだし」
グレスは「立ち去れ」と言った。あまり長居するのは彼に悪い。
宝箱を見て、うんと頷いてから、フールはくるりと『プロキオン』メンバーの方を向き、とびっきりの笑顔で、言った。
「これをもって、さいっっこうの思い出をもって、パラダイスに帰ろう」
そして、思い切り拳をつきあげ、
「今回の冒険は、大成功だーーーーーーーーッ!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」」
こうして、『プロキオン』の大氷河の冒険は幕を閉じた。