73話 氷との戦い
クレディアを除く『プロキオン』が進むにつれ、道はだんだん暗くなっていき、視界が狭まってきた。外から入ってきた光が入ってこなくなってきていた。
そこでようやくフールが口を開いた。
「暗くなってきてるけど……みんな、大丈夫?」
「大丈夫だよ。皆、いるね?」
シャオがそう問いかけると、個性様々な返事が聞こえてきた。どうやら全員きちんといるらしい。
仲間の姿さえとらえにくい暗さになっている場所を進むのはかなりの恐怖だ。フールが体内に電気をため、少しでも辺りを明るくしようとしたときだった。
ゴリ、ゴリッ……。地面をえぐるような、そんな気味の悪い音が耳に入ってきた。
「皆、止まって!!」
フールは咄嗟にそう叫んだ。
よく耳を澄ませば、それは前方から来ていることが分かった。距離は遠くもないが、近くもない。進む速さもさほど速くない。
この暗闇の中で戦うのは無謀だ。それならばいっそ、後ろに下がってきた道を戻るか。
考えがまとまって、フールが再び叫ぼうとしたと同時。
「ウオォォォォォーーーーーーーッ!!」
「っ!?」
重くて低い、かなり大きな音、否、雄叫びが場に響いた。瞬間に眩しい光が入ってきて、目が開けられなくなる。
明るさに慣れ、ようやく目を開いたところでフールは目を丸くした。
「な、なに、コイツ……」
「う、うわぁぁぁぁぁっ!?」
クライが悲鳴をあげた。他のメンバーも驚愕している。
前の前にいるのは自分たちの体の何倍もある大きさの、ポケモン。ゴルーグが目の前に、壁のようにそびえ立っていた。
暗さで見えなかったが、結構な大きさのフロアに『プロキオン』は出ていた。しかし6匹はそれを気にしているよ余裕などなかった。
(さっきのはコイツの足音!?)
大きさの威圧感に圧倒されるなか、後ろから冷たい冷気が流れ込んできた。
いち早く気づいたフィーネが後ろを振り返る。
「後ろにもいるわ!!」
「えっ!?」
言われて後ろを見れば、フリージオ2体が後ろの道を塞いでいた。
前の道はゴルーグ、後ろの道はフリージオ。完全にフロアに閉じ込められた。
「……進ませたくないってことかね、これ」
「だろうな」
そうとしか考えられない陣形に、フールは笑った。もうどうにでもなれと。
「あたしがあのデカブツをやる!! 皆はそこの2匹よろしく!!」
「えっ、1匹でやる気!?」
フールは構わずゴルーグに突っ込んでいく。
たった1匹でやるというフールにシャオたちが驚いていると、御月が心底面倒くさいといったように息をはいた。
「あー……相性悪いし、フールの方は俺が加勢するから、他よろしく」
「そ、そう……。早く終わったら加勢するわ」
「頼みマス」
少し戸惑いがちで、フィーネとシャオ、シリュアとクライといった組み合わせでフリージオに立ち向かっていった。
それを見送ってから御月はだるそうにフールとゴルーグを見る。
「かわらわり!!」
「シャドーパンチ」
フールは結構ノリ気ではあるが、相性的にダメージはない。せいぜい技を打ち消すのが精一杯なのだろう。
(あいつクレディア見つけられてねぇから苛々してんな……。あの中入ったら俺がボコされる気がしてならねぇ)
しかし「俺が加勢に入る」と言ってしまった以上、それを実行しないのは気がひける。それにフールが覚えている技がかなり相性が悪いことを御月はきちんと頭の中で理解していた。
(仕方ねぇ、か)
ぽつりと頭の中で呟き、御月は鞄の中からぎらりと光る針を数本だし、ゴルーグの方へ向かった。
ビリビリと地面が揺れた。クレディアでも気づくほどに。
氷に腰かけていたクレディアは立ち上がり、辺りを見渡す。揺れはどんどん強くなり、パラパラと小さな氷の粒が落ちてくる。
「慧くん、大丈夫かな……」
様子を見に行ったっきり、まだ帰ってこない慧を思い浮かべた。
この大きな揺れはきっと何かあるに違いない。クレディアはそう考えるも、慧に「待ってて」と言われたのだから下手に動けない。
立ってあたりを見渡していると、慧が進んでいった方向から戻ってきた。
「慧くん! 大丈夫だった?」
「オレは平気。それよりクレディアさんの仲間みつけた。ちょっとマズいことになってるから急ごう」
「マズいこと? この大きな揺れにも関係してるの?」
「うん。詳しいことは進みながら話すよ。足元に気を付けてね」
「う、うん」
揺れて不安定な地面を踏みながら、2匹は先へ進む。クレディアは揺れる地面に四苦八苦しながら歩く。
一方の慧は慣れっこのようで、クレディアの様子を窺いながら、事情を話し始めた。
「クレディアさんの仲間の場所、だいたいわかったよ」
「えっ、ほんとうに?」
「うん。でもちょっと面倒なことになってる。
その人たちが進んだ先に、ゴルーグがいるんだ。ソイツはそこを縄張りにしてて、少しでもそれを侵すと怒って襲ってくるんだ。知り合いだったら別なんだけど……」
うん? とクレディアが慧の言っていることを頭でまとめる。
ゴルーグというポケモンは縄張りを侵すと襲ってくるらしい。その縄張りにフールたちが入るとどうなる? もちろん知り合いなわけがないので戦闘になる。
そのことにようやく気付いてクレディアが間抜けな声をあげた。
「えっ、え、それって大丈夫なの?」
「いやー……大丈夫かどうかはオレには何とも……」
「えぇっ!」
それってぜんぜん大丈夫じゃないよ! とクレディアは言いそうになったが、なんだか慧を責めているみたいになりそうで、口を閉じた。
慧は疲れましたと言わんばかりの声音で話を続けた。
「まぁ、俺が頑張って説得はしてみるけど……もしそれで逆上なんかしたら、クレディアさんは仲間を連れてすぐ逃げてね」
「え、えっ、でも、慧くんは……」
「俺は大丈夫。グレッシャーパレスの道は全部覚えてるから。クレディアさんが逃げたら逃げたで、すぐ俺も逃げるよ」
そう言って慧はクレディアの方を振り返り、微笑んでみせた。それにつられてクレディアもふわりと笑った。
ぐわっとゴルーグが急に体を前に出し、それに驚いてフールが体を固める。するとその隙をついたように、フールの腹にシャドーパンチが入った。
「っぐ……!!」
「チッ、すいへいぎり!!」
フールが壁に吹っ飛ばされると同時、御月がゴルーグに技を打ち込む。壁かゴルーグ自体かは分からないが上へ上がり、ゴルーグの頭を打った。そのためゴルーグの巨体がぐらりと傾く。
壁に体を激突させたフールはせき込み、「いったいなぁ……」と言いながらふらりと立ち上がった。
(技、やっぱり私と相性最悪ね……)
ゴルーグのタイプは地面とゴースト。フールは電気が主流で、あとはノーマルと格闘が使えるぐらいで、それは全てダメージを与えられない。
逆に御月は効果抜群の悪タイプの技があり、相性がいい。
「……御月の援護、ね」
できるかは微妙だけど、そう小さく呟いてフールは息をついた。
でんこうせっかで移動し、つい最近覚えたかげぶんしんでゴルーグの周りを囲む。少しの場しのぎにしかならないが、御月が気づかれずにゴルーグの背後に近づくには十分だ。
慎重に、素早くゴルーグの後ろに立った御月は思い切り勢いをつけた。
「だましうち!!」
完全に不意を突いた形で、御月の攻撃がきまり、ゴルーグの巨体が傾いた。
よしっとフールがゴルーグと距離をとる。御月もすぐさまゴルーグから離れ、御月の隣に立った。
「っし、よくやった御月」
「お前 相性考えて誰を相手するか考えろよめんどくせぇ」
「……悪かったわね」
頭が冷えてきたのか、バツが悪そうにフールが謝った。御月は小さくため息をつく。
ゴルーグは大きな図体を、氷の地面をえぐりながら立て直す。「そりゃあ一発では倒れてくれないよな」と御月は顔をしかめた。
さてどうする。2匹がそう考えようとした直後、
「マグニチュード」
「「え、」」
「6!!」
ゴルーグが地面に思い切り拳を叩きつけた瞬間、フロア全体が大きな揺れに包まれる。
「う、っ!!」
「くっそ……!」
地面に踏ん張って何とか堪えるものの、フールにとってこれは大ダメージだ。
ようやく揺れが収まったかと思うと、踏ん張るので必死だった御月の前に、いつの間にかゴルーグの巨体があった。
「シャドーパンチ」
「ぅぐっ……!!」
もろに腹に重いパンチが決められ、御月の体がふっ跳び壁に思い切りぶつかった。その時に衝撃の重さを伝えるかのように、ドンッと大きな音をたてる。
「っは……ごほっ……!」
呻きともとれる咳が御月の口からこぼれる。未だゴルーグは御月から意識がそれていないようだった。
まずい、と思いフールは体に電気を溜める。
「10万、ボルト!!」
体が後ろに吹っ飛ばないよう、慎重に電気を溜めて技を放つ。色々と気にしたために威力は少し下がってしまったが、ゴルーグの意識が自分に向いたから結果オーライだとフールは口角をあげる。
さて、これからどうするかな。御月の復活を待つのが最優先。時間稼ぎが問題。
ちらりと御月を見ると、まだせき込んでいる。よほど強烈な一発が決まったらしい。しかしあの様子ならだいたい数分で御月も復活するだろう。
「……っし、きなさいよ! 相手してやるわ!!」
マグニチュードでかなりのダメージを食らってしまったため、技が当たるわけにはいかない。
(一応、いい技があるっちゃあるんだけどさぁ……)
そう考えながら、シャドーパンチを打ち込もうとして来るゴルーグの拳を避ける。
念のためにかげぶんしんをして、ゴルーグの目をくらます。しかし先ほども見た技だ、見破られるのも時間の問題だろう。
やはり攻撃せねば、と思うフールだが乗り気じゃないのには理由がある。
それを覚えたのはこれまた最近なのだが、あまり成功率が高くない。だから上手くいくか心配なのだ。それに失敗すればゴルーグの重たい一撃を食らうこととなる。
(隙をみて、隙を……、)
その時だった。
適当にかげぶんしんを殴っていたゴルーグが、拳を上に上げた。
(――マグニチュード!!)
しかしそれに注目したのは、身構えるためではない。技をはなつ一瞬を、フールは見逃さなかった。
「草結び!!」
マグニチュードをしようとしていた動かないゴルーグの足元に、草が現れ足に巻き付く。
ゴルーグがそれに気がつき逃れようと足を動かした――瞬間、ぐっと草がきつく結ばれ、ゴルーグの巨体が見事にひっくり返る。
「御月ラスト!!」
きっとまだ万全じゃないだろうけど、今が大チャンスなのだ、そう叫ぶ。
御月は不愉快そうに顔を歪めていたが、本人もチャンスだとわかっていたのか、叫んだ時にはゴルーグに突っ込んでいた。
「だまし――」
そして、止めの一撃を放とうとした時
「ま、待って待って待って!!」
ゴルーグの前に、目の前に緑色が、さらに聞き覚えのある声が飛び込んできて、御月は思わず動きを止めた。
ぴたりと止まると、その目の前に立った緑色――クレディアはふにゃりと微笑んだ。
「よかったぁ……、やっぱり喧嘩してた」
つい先ほどまでどこを探してもいなかったクレディアは、そんな意味不明な言葉を発した。
文句を言おうか、それとも一発拳を入れてやろうか、そんな物騒なことが御月の頭をよぎったが、緊張感のない笑みに完全に毒気を抜かれた。そして「はぁぁぁ……」と深い深い溜息をついた。
「クレディア……、お前どこいってた」
「え? あっ、あのね、迷子になってたの!」
だろうな、そうじゃない。しかしそれさえ言うのも憚れた。
すると次は黄色い物体――フールがクレディアに飛びついた。
「クレディア無事でよかったぁ!!」
「わっ、フーちゃん危ないよ……!」
いきなり飛びついてきたフールを、何とかクレディアが受け止める。かなり危ない形で。
そんな2匹の戯れに呆れつつ、御月はゴルーグを見る、と、そこには見覚えのない姿があった。
(マグマラシ……?)
普通のマグマラシとは色の違う、薄い茶色の毛並みを持つマグマラシが、ゴルーグに話しかけていた。いつの間にかフリージオまでいる。
きょろ、と辺りを見渡すと疲れたと言わんばかりに座るクライとシリュアと、不思議そうにこちらを見やるシャオとフィーネの姿。いきなり戦闘が中止されたんだからそりゃそうだなと御月は納得した。
とりあえず何も言わずにいると、ゴルーグとフリージオが動いた。
自分たちが入ってきた道を戻っていくところを見ると、もう戦闘する気はないらしい。
それに気づいたクレディアが、マグマラシの方を見た。
「慧くん、大丈夫だった?」
「大丈夫。ちょっと退いてもらっただけだから」
クレディアが慧と呼んだマグマラシはそれだけ言うと、何もないフロアの壁に近づいて、振り返った。
「もう迷子にならないようにね、クレディアさん。それじゃ、おれは戻るから」
「あ、うん! 色々とごめんね、ありがとう慧くん! またね!!」
クレディアがそう言うと、慧は苦笑いのようなものを浮かべてすっと消えた。
「えっ、き、消えた!?」
「あっ、何かね、目の錯覚を利用した隠し通路があるらしくって、それで帰ったんだと思うの」
クレディアがそう説明すると、「はー」と感心したようにフールが息をはいた。
御月は慧がいた方向をじっと見つめていたが、ふと視線をはずしてクレディアの方を見た。
「あれ、誰だ?」
「慧くん、っていうの。隠し通路を使って“グレッシャーパレス”で住んでるんだって。私、ちょっとその隠し通路に入っちゃって、それで迷子って言ったら、慧くんが皆のところまで連れて来てくれたの」
「なるほど、道理で見つからなかったわけだ」
いつの間に近くに来ていたのか、シャオが苦笑交じりでそう言う。見ればフィーネもクライもシリュアもこちらへ来ていた。
しかしなおもクレディアはわからないといった顔をしていた。
「普通の道は通ってなかったんでしょ? 隠し通路っていうんだから。私たちは普通の道を通ってたんだから会わないって意味よ」
「ぁ……迷惑かけてごめんなさい!」
今気づいたという風にばっとクレディアが頭を下げる。苦笑はしていたが全メンバー「気にしてない」という風なことを返事した。
それは御月も同じなのだが、傍目から見ながら「つくづくクレディアに甘いな全員」という感想を抱いた。これがフールや御月なら反応は違うだろうが、これはクレディア特権だなというのも思った。
「さて、じゃあクレディアも見つかったことだし、安心して先に進みますか」
フールがそう言うと、全員が頷く。そうして『プロキオン』はようやく全員揃って“グレッシャーパレス”の先を進むのだった。