72話 迷子の厄介
無言で進んでいると、クレディアが口を開いた。
「ここはダンジョンになってないんだね」
「隠し通路だから。さっきの場所、秘密の場所≠チて言ったでしょ。あそこ、本当は入れないように、環境と目の錯覚を利用して、あそこに繋がる道を隠してるんだよ。クレディアさんが通ったのはこれと同じような隠し通路だと思うよ」
「へぇ……その隠し通路は、ぜんぶ慧くんが作ってるの?」
「他の皆は強いから、必要ないんだ。オレはさ、強くないし、とびぬけて頭がいいわけでもないから、こうやって安全な通路を確保しなきゃやっていけないんだ。ここに住んでるポケモン皆、気性が荒くないわけじゃないからさ。
まあ、クレディアさんみたいに偶然こうやって入ってきちゃうポケモンもいるけど」
困ったもんだよね、と言う慧に、クレディアは「ごめんね」と笑って返した。
またしても会話がとぎれ、沈黙がうまれる。何度か話題を切り出して会話をしたクレディアだったが、やはり途中で途切れてしまうので諦めた。
そして歩いて数十分、慧がほんの少し広い場所に出てから止まった。
「クレディアさん、平気?」
「だ、だいじょーぶ……だい、じょーぶ……」
大氷河に向かってから、ほとんど歩きっぱなしだったせいで、鍛えた体力もほとんど意味はなく、クレディアは息があがっていた。
そんなクレディアを見かねてか、慧は「少し休もう」と提案した。
「クレディアさん、もしかして体力なさすぎて、ついてきてるのに気づかれずに仲間に置いてかれたの?」
「ち、違うよ……。私が勝手に進んじゃったから、はぐれちゃったの。……心配してるだろうなぁ」
落ち込む素振りをみせるクレディア。
いつもいつも迷惑をかけてばかりだと、自覚はある。いつもは「仕方ない」ですまされるが、今回の迷子はどう考えてもクレディアの落ち度だ。言い訳もできない。
クレディア≠ェいたから追いかけた。そんな言い訳、彼女たちに言えるはずがない。
黙っていたクレディアをみて慧は首を傾げ、そして静かに立ち上がった。
「クレディアさん、ちょっとここにいて。少し様子みてくるよ。少し揺れてるし」
「揺れてるの?」
「微弱だけどね。普通のポケモンなら気づかない程度の揺れだよ。クレディアさんわかんないかもしれないけど、ここけっこう不安定な場所だから、普通の場所より揺れるんだ」
「そうなんだ……。様子みにいくなら、私もいくよ」
慧1匹だけ動いてもらう、というのもきがひけてクレディアはそう提案したのだが、慧は首を横にふった。
「まだ体力ちゃんと回復してないの、分かってるよ。いいから少しでも休んでて。オレが戻ってきたらすぐ動くから」
「うぅ…………ごめんね」
「気にしないで」
そう言って、慧は炎が灯っている道を歩いて行ってしまった。
ぼんやりとその背中を見ながら、クレディアは嘆息した。「役に立てない」。それがどこまでも憂鬱にさせる。
しっかりしなくちゃ。クレディアは両頬を叩いた。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
いつもの口癖を口にしたら、クレディアは自然といつものふわりとした笑顔になった。
場所はかわって“グレッシャーパレス”の内部。そこでは声が響いていた。
「クレディア! 何処にいるの!?」
「……此処にも……いない、ね」
どれだけ呼びかけても、返事はない。
ダンジョンを1つ抜けて広い場所に出た『プロキオン』。それでもクレディアは見つからない。
「……おかしい。クレディアの足と体力を考えたら、普通は見つけられてるはずなのに」
「すれ違ったのかしら……?」
「少しだけここで待つ? クライくんも少しエラそうだし」
「ご、ごめんね……」
シャオの言う通り、クライの息はあがっていた。クレディアを探すためにスピードを速めたのと、息苦しさがまだ続いていることからだろう。
丁度いいところにクライは座り、深呼吸をして息を整える。
その間に他のメンバーはクレディアについて話し合う。
「……まあ、クレディアのことだからしぶとく生きてるとは思うんだけど」
「しぶとくって……」
「でもここは未踏の地だぞ。何があるかもわかんねぇ。クレディアが無事なんて保障はほぼねぇよ」
そう、忘れてはならないのは此処が未踏の地だということだ。
もしよく来る場所であれば、ここまでの不安が募ることはない。そしてクレディア1匹だけ迷子というのが、更にそれを手助けしていた。
フールはぎゅっと拳を握った。もっときちんと見ておくべきだった。その後悔だけが頭に残る。しかし反省は後だと、すぐに首を横にふって気持ちを入れ替える。フールはどこまでも冷静だった。
そんなフールの様子を見ながら、御月はぽつりと呟いた。
「いつものようになりふり構わず誰かに声をかけて襲われてなきゃいいんだけどな……」
「ちょっと御月。怖いこと言わないでくれる?」
「本当にありえそうだから怖いわね」
そんな会話をして、『プロキオン』は黙り込んだ。
――本当にそんなことになってたらどうしよう。
もうそんなことしか考えられなかった。迷子がクレディアでないのならこんなことは考えない。しかし不幸にも迷子はクレディアだ。
するとフールが大きなため息をついた。
「これが御月だったら気にしないのに……」
「おいそれどういう意味だ」
「に、2匹とも喧嘩はダメだよ」
見つけられないためか、苛々しはじめて喧嘩をおっぱじめようとする2匹をクライが牽制する。フールはそれにバツが悪そうな顔をし、御月は涼しい顔を崩さなかった。
それを見てシャオは苦笑する。フィーネは気にせず口を開いた。
「クレディアちゃんのことだから、道草して色々な物に触っていると思ったのだけれど……それらしい形跡もないわね。ここを通ってないのかしら?」
「でも……道は1本道だったわよ」
「……見落としていた所でもあったのかな。抜け道とか……」
かなりのスピードで進んでいたが、シャオたちは周辺には目を配って細心の注意を払いながら進んでいた。それでもクレディアの跡が全く見当たらなかった。
クレディアの性格を考えたらおかしいことだ。もし同じ道を進んでいたならば、1匹であれ「あれは何だろう」と様々な物に触れているはずだ。彼女ははぐれる前も独断で色々な物に触れていた。それなのにその痕跡が1つも見当たらないのはどう考えても変なのだ。
いきなり場にバチンッという音が響いた。全員が驚いてそちらを見た。
「……とりあえず、うだうだ考えたって仕方ないよね。ここ通ったにしろ、抜け道いったにしろ、“グレッシャーパレス”にはいるはずなんだから、いつか見つけられるわ」
先ほどの音はフールが自分の両頬を叩いた音だったらしい。気合を入れたのか、先ほどの苛々を振り払うためか分からないが、どこかすっきりした顔をしていた。
周りが呆然としているのにも構わず、フールはクライを見た。
「クライ、まだ辛い? 行けるようなら早く先に進もう」
「あっ、だ、大丈夫です! 息苦しいのはあるけど……体力は回復したから」
「そう。でも辛くなったら遠慮なく言ってね。倒れたら元の子もないから」
「はい!!」
それだけ言って、フールは息を深く吸い込み、静かに吐いた。静かだと思えば、いきなり片手をあげて道をビシッと指さした。
「さぁ行くよ! なりふり構ってられるか!!」
言うだけ言って、フールはずんずんと進み始めた。
そんなリーダーの後ろ姿を見ながら、他の『プロキオン』はひそひそと聞こえないように話す。
「……もうコイツ適当になってきてねぇか。あれだろ、見つかずイライラしすぎて頭壊れたんだろ」
「み、御月……もうちょっとオブラートに包もうよ……」
「壊れたというより、気持ちが言葉のままなんじゃないかしら」
「元気がいいのはいいことじゃないか」
「そうね。でも勢いそのままでいったら少し怖いけれど」
「あのね、聞こえてるからね君たち」
ひくひくと頬をひきつらせて振り返ったフールを見て、他5匹はしらーっと目をそらしたのだった。
閉じていた目をゆっくり開き、低くしていた姿勢を戻す。耳を澄ませるのもなかなかに気力がいるもので、その者――慧は少しばかり疲労を感じた。
大きく体を伸ばし、小さな欠伸をかく。
「……クレディア=B間違いなく、クレディアさんの仲間だね」
1枚の氷の壁を隔てて聞こえたのは、クレディアの安否を気遣う声。どう考えてもクレディアの仲間で間違いはないだろう。
これは案外すぐにでも合流させれそうだな。
慧はのんびりとそんなことを考えた。そしてクレディアがいる方へ足を向け進もうとして、止まった。
「…………あっちの方向って、確か」
自分の頭の中にある地図を思い浮かべて、慧は苦い表情をした。
「どうしようかな……オレ、あんま説得は得意じゃないんだけどなぁ……」
そう言いながら、慧は先ほど止めた足を進めた。