69話 “グレッシャーパレス”
「わぁっ……! 雪、一面、雪!! あっ、」
マグナゲートを抜けると、クレディアが言った通り雪景色が一面に広がっていた。
クレディアの声に反応して、前にいたシャオたちが振り返る。どうやら今回はクレディアたちの方がつくのが遅かったらしい。それもクレディアがふらふらと迷子になったりしたせいだが。
「見てごらん、」とシャオに言われそちらを見ると、雪よりもっと驚くべき風景がひときわ目をひいた。
少し向こう。
そこには、氷の山――いや、城のようなものがそびえたっていた。ソレはとがった氷の柱が重なるようにして、三角の形を作っていた。
「すご……」
「ここは……外?」
「……のように見えるけど、違うみたいよ」
フィーネの問いかけに、シリュアが首を横にふる。そして徐に上を見た。
「太陽はさしこんでいるけど、ここは外でも屋外でもない。周りは――」
見れば、キラキラと光る氷の壁。
それは外から眩しい光をうけ反射したり、その光を通したりと色々だ。まるで生きているかのように、それは輝きを放っている。
「――氷で全部をおおわれている。ここは“神秘の山”の中、だと思うわ」
「や、山の中!?」
フールがぎょっとする中、シリュアは冷静に「えぇ」と頷いた。
確かに目をこらせば太陽と思わしき光の丸が見えなくもないが、ここが“神秘の山”の中というのはいまいち実感がわかない。しかし周りを見る限り、シリュアの考察が正しいのだろう。
すっと目を細め、シャオは中心部になる氷の城を見た。
「……きっと、あそこに大結晶があるはずだ」
そう呟くと、シャオは全員を見渡し、姿勢を整えた。
「改めて、ありがとう。ここまで来れたのも皆のおかげだ」
シャオがお礼を言ってお辞儀をすると、くすくすとフィーネが笑った。
「やぁね、まだ終わってないじゃない。シャオったら早とちりさんなんだから」
「場ごとにきちんとお礼を言うのも大切だよ、フィーネ」
(空気が微かに甘くなったと感じるのは俺だけなのか……)
「あと一歩だねー! お土産いっぱい持って帰らないと!」
(……俺だけかも)
シャオとフィーネのやりとりを聞いて、そしてクレディアのマイペースな発言に、御月はもう疲れ果てていた。しかし口には出さない。何故ならフールが煩そうだからである。
しかしクレディアのあと一歩、というのは間違いではない。
今回の目的――大結晶があるかもしれない場所まで、ようやく来たのだ。それさえ確認できれば、この冒険は成功である。
「じゃああそこに……って、何かなぁ。誰かあそこに名前つけて」
「唐突だなオイ」
「しょーがないじゃん」
氷の城、それを何と言えばいいのか分からないためにフールは無茶を言い渡す。御月がすぐさまツッコむが、一言で片づけられた。
するとやはりというべきか、クレディアが元気に手をあげた。
「はい! “グレッシャーパレス”! グレッシャーは氷河で、パレスは王宮! 氷のお城にはピッタリだと思うな!!」
「よし、もう何でもいいからそれ採用。じゃあ行くよ」
「もう適当じゃねぇか……」
「ま、まあいいんじゃない? それに“グレッシャーパレス”って格好いいよ!」
「そうね。クレディアはなかなかいいセンスの名前をつけたと思うわ」
クレディアが名づけた“グレッシャーパレス”という名前に異論はでなかった。というか反論するのが忘却だったのだろう。
気にせず、フールは「行くよー」と歩いていく。
クレディアはその後を元気よくついていき、他のメンバーも慣れたようについていく。
一番後ろの御月は諦めたような、そんな嘆息をついていから他のメンバーの後ろを歩くのだった。
歩いていくと、氷の柱がいくつも床から出ていた。それはまるで道を作るかのように、連なっている。床は氷で外から光があたり、模様のように雪の結晶がうつって光り、幻想的だった。
クレディアは落ち着かない様子で辺りを見渡している。クライも同様だ。
すると先頭を進んでいたフールが「あ、」と声を漏らした。見ると、どうやら洞窟の穴を見つけたようだ。
「中もダンジョン化してるのかな……」
「でしょうね。気を付けて進まないと。何があるか分からないし……」
「これからは分かれずいかない方がいいかもね。“グレッシャーパレス”は僕らにとっても未知だ。何があるかわからない」
「……そうね」
フールはふと後ろを見た。そこには目を輝かせているクレディアの姿。
無意識にため息をつく。空気をよんでクライが「ク、クレディアさん。もう行くみたいですよ」と声をかけたことによって、クレディアも辺りを見渡すのをやめた。
そうして、『プロキオン』は穴をくぐる。
中に入ってみても、床と壁はやはり氷だそれは光に反射してピカピカと光り、眩しいくらいだ。氷は地面から岩のように突き出たり、壁には結晶が連なったりもしている。
こんな場所を見ることは、ここ以外ではほとんどありえないだろうな。
フールはそんなことを思いながら歩く。
クレディアはもちろん、他のメンバーももの珍しそうに辺りを見渡しながら進んでいる。初めてみる光景ばかりなのだ。仕方ないだろう。
しかし1匹だけ例外が、御月だけは普通に進んでいた。
とりあえずフールは辺りを見終えたのか、そのことに気づいて御月に声をかけた。
「御月は見なくていいの? もったいない」
「興味ねぇ……」
面倒くさそうに返す御月の言葉は、まんまの気持ちを表しているのだろう。
しかしその言葉もそうだが、態度にしてもフールからしては気に食わなかった。せっかく未知といわれる場所に来たというのに、こうなのは如何なものかと思ったのだ。
ぐっと御月を引っ張り、びしっと周りの氷を指さした。
「少しは綺麗! とか珍しい! とか思わないわけ!? 感性がないのか君は!!」
「引っ張んな。いーだろ別に」
「折角きたのに損しかしてないね!?」
「うっせぇ!」
引き下がらないフールにイラついたのか、御月も声を張り上げて対応する。
さすがに煩くなって気づいたのか、クレディアがひょっこりやってきて、フールと御月の間でへらりと笑った。
「見て見て! この氷の中、お花みたいな結晶があるんだよ! 綺麗でしょ?」
「「……はぁ」」
どう足掻いても、クレディアが入ってくると空気が和らぐ。
不思議と言い合いが「どうでもいいか」と思えてしまい、2匹はため息をついた。クレディアはため息の意味がわからず首を傾げている。
するとそれを見ていたシャオ達が笑った。
「ある意味クレディアちゃんは喧嘩の制裁役だね」
「そうね。いいトリオだと思うわ」
くすくすと笑われていることに、御月がむっとした顔をする。それすらも笑い、なだめるようにシャオは御月の頭を撫でた。
フールは「制裁役……?」といって信じられないような目できょとんとしているクレディアを見ている。そんな2匹はフィーネが頭を撫でた。それにたいして、クレディアは嬉しそうに顔をほころばせる。
あはは、とクライが苦笑いに近いものを零した。
「なんか……親子みたいだね……」
「確かに。大きすぎる子供だけどね」
クライとシリュアがそんな会話をしていたなんて、それどころじゃない5匹は知る由もない。
所かわって宿場町の食堂。
そこには『陽炎』とレトという、なんとも見慣れない面子がいた。
「ブッハハハ! 『スーパーエモンガーズ』! 更に拒否!! やべぇ、笑い死ヌ……!!」
「いっそのこと死んでしまえばいいのに……チッ」
「てか何でんなに笑うんだよ!?」
「お前正気か。その名前は僕も嫌だ」
だが仲がよさそうに会話をしていた。シャドウがいつもと変わらず爆笑しているおかげかもしれない。
今は『プロキオン』結成までの話を簡潔に聞かせており、「『スーパーエモンガーズ』を御月に「拒否」と言われた」話をしていた。シャドウは爆笑し、そんなシャドウにドライは「死ね」といい、水芹はありえないといった顔でレトを見た。
レトはそんな様子に納得できず、ぎゃーぎゃーとわめく。
すると、ぽつりと、ゆっくりとアリスが、呆れを含んだ声で呟いた。
「でも…………クレディアなら、格好いい、って、言いそう…………」
「……まあ、クレディアだしな」
「クレディアちゃん素直だもんね〜。そんなところが可愛いんだけど!!」
「クレディアだからで納得される謎……!!」
バンバンと机を叩きながらシャドウが爆笑していると、レアさんから「暴れるんじゃない」とお咎めを受けた。
レトは「そう! クレディアは賛同してた」と自慢げに言う。またシャドウが噴出した。アリスと水芹はやれやれといった風にため息をついた。
不意に、ずっと笑っていたシャドウが食堂を見渡した。
「そういや他のメンバーハ? お前以外に他の奴……ルフト、だったっけ。残ってんダロ?」
「あぁ、ルフ兄なら……相変わらず放浪してんじゃねぇかな。この前めっちゃ葉っぱつけて帰ってきてきてオバケみたいだったんだぜ。思わず叫んじまった。……怖かったからじゃねぇからな!?」
「典型的な、怖いって思ってる人が、いう言葉……」
「怖くねぇってば!」
「うるさいわね。これだから男は……。ていうかアリスの言う通りじゃない。そこまで焦っといてなにが怖くないだか」
「言い訳はやめろ、見苦しい」
「お前ら何なの!?」
「総攻撃!! クッ……ブァッハッハ!!」
「お前は笑ってないで助けろよ!!」
それなりにレトも楽しげに過ごしているのを、『プロキオン』が知るのはもう少し後。