68話 誰かの跡
雪の洞窟ダンジョン内を歩く。“神秘の山”に向かって歩く一向は、もうかなりの距離を歩いていた。ここ3,4日はダンジョンで寝泊まりもしている。それほどの距離だった。
進んでいる間、フールだけでなく、他のメンバーも気になっていることがある。数分に一度、クレディアが雪に足をとられて転ぶことだ。
「ふにゃっ!」
またしても転ぶ。これで何度目か。もう誰も分からない。
クレディアは起き上がり、へらりと笑って「冷たい!」と言う。何故そうやって笑うことができるのか、みんな不思議がる。当たり前だろう。
ぴたりと止まり、フールが問いかけた。
「……クレディア、楽しい?」
「すごく!!」
とびっきりの笑顔でそう答えられては、もう何も言えない。
正反対で、フールたちの顔色は少し悪かったりする。この寒さの中、普通でいろというのが無理な話だ。クライなどさっきからくしゃみを連発している。
しかしクレディアは全く平気な様子だ。
すると御月が訝しげに訊ねた。
「クレディアお前、体力は大丈夫なのか?」
御月が気になったのは、クレディアの体力。
ずっとそうだったが、クレディアは少し歩いただけですぐにバテるほど体力がない。その上この寒さだ。本人は平気そうとはいえ、体は堪えているはずで、体力はさらに削られているはずである。
その心配を吹き飛ばすように、クレディアは嬉しそうに笑った。
「だいじょーぶ! せんせーがね、大氷河にいったらいっぱい歩くだろうからって、ちょっと前から走り込みしろって言われて、ずっとやってきたの!」
「なるほど。……ユノさん様様だな」
最後の御月が言った「ユノさん様様」の意味は分かってないようだが、ユノがほめられたことだけは理解したクレディアは「せんせーだもの!」と胸をはった。
一方、フールは普通に驚いていた。クレディアがそんなことをしていたとは、と。
前からこそこそ何処かへ行くのはユノさんの所に行ってたからか、フールは納得した。そして安堵した。変なことしてなくてよかったと。
ダンジョンの敵はシャオとフィーネ、そしてシリュアがいるから大したことはなかった。クライも成長しており、足を引っ張るようなことはない。フールと御月は言わずもがな。
問題をおこすのはクレディアだけで、他は安定していた。
そして暫く歩いていると、洞窟から外に出た。
上を見れば雲がゆったりと流れており、太陽がギラギラと辺りを照らしている。
「あっ、こ、こんなに近く“神秘の山”が……!」
「きれー……!」
全員が少しそちらの方へ寄っていく。
“神秘の山”の表面の氷は透き通っており、太陽の光に反射して煌々とした光を放っている。名の通り、本当に神秘的な山だ。
「ようやくここまで……あと少しか」
シャオが嬉しそうに顔をほころばせる。
しかしシリュアが「でも」と言った。
「……この先を進むのは難しいみたいよ」
シリュアはフールたちより少し先で立ち止まっていた。そして呆然と辺りを見渡していた。
フールたちも駆け寄り、その風景に驚いた。
「う、嘘!?」
目の前に広がる、大きなクレバス。
先ほどは背後にあったクレバス。どうやらあれで終わりではなかったらしい。さらに奥にも、大きなクレバスがあり、それは『プロキオン』の行く道を塞いでいた。
回り道のルートを探すも、それさえも見当たらない。
するとフィーネががっくり肩を落とした。
「あぁもう! せっかくここまで来たのに……」
「向こうまで行くのはどう考えても難しそうだな……」
御月が呟いた通り、向こうまで行くのは難しすぎる。
クレバスがもっと小さいものだったら何とかなったかもしれないが、幾分クレバスの規模は大きすぎる。
するといきなり「見て見てー!」とクレディアが声をあげた。
びくりと全員が体を揺らし、そちらを見た。ほんの少し離れ場所で、クレディアはしゃがみこみながらこちらに向かって「おいでおいで」と言ったように手を振っていた。
(また何か変なもんでも見つけたかな……)
ぐっとため息を飲み込み、フールはクレディアの方へ向かう。
皆がきたことを確認すると、クレディアは氷の地面を指さした。
「見て見て! 丸い綺麗な円! こんなに綺麗に丸ができるなんて凄いよね!!」
やっぱりくだらない。さすがクレディアだ。全員がそう思った。
フールも最初こそそう思ったのだが、すぐさまその円に不信感を覚えた。何故こんなところにこんなにも綺麗な円があるのか。近くを見ても、氷がえぐれた様子はない。何故ここだけ氷がえぐれているのか。
そして何故かその円に親近感を覚えた。見たことがある、と。
(思い出せ、何で見た? 似たようなものを見たことがある。どこで? いつ?)
頭の中の記憶のタンスを開けまくり、似たようなものを探す。
そして、探り当てた。
「……あ、」
ふとフールは後ろを振り返って、シャオとフィーネを見た。2匹は不思議そうな顔をしている。
フールはそれどころではなかった。「これだ」と思った。
「そう、そうだ。マグナゲートを呼び出したとき、地表からのびた光の渦、その渦にそっくりなんだ。形と大きさ、そう、それだ」
自分に言い聞かせるように、フールが呟く。
その呟きによって、2匹も合点がいったようだった。2匹は円を確認し、頷き合った。
「確かに、間違いない。これは、マグナゲートを呼び込んだ跡だ」
「……くぼみが薄い。氷の削られ方からして、かなり前に呼び込んだみたいね。クレディアちゃん、ナイス!」
「ん? ナイス? うん、ありがとう!」
何だかちぐはぐな会話だが、成り立ったのだからいいとしよう。
シャオは円を見ながら呟いた。
「使われたエンターカードはスタンダードなもの……地脈の呼び込み方も複雑じゃないけど…………これは大したものだね」
「シャオ、多分だけど組み合わせ方は分かるわ。推測だから、上手くいくか分からないけど、やってみる価値はあると思うの」
うん、と2匹は頷いた。
何も言わず、フールとクライとシリュアは下がった。御月はクレディアの首根っこを掴んで下がらせた。
シャオがボードを置くと、フィーネがエンターカードを置く。そして目を閉じると、あの丘と同じ現象がおこった。光の柱が現れ、まばゆい円が現れた。
だが、丘とは違う現象がおこった。
光の柱がいくつもいくつも連なり、山の方向へと向かっているのだ。まるで、行く道を示すかのように。
それを見てシャオは「やっぱり」と言った。
「これはマグナゲートの跡……しかもここから“神秘の山”へ抜けるためのものだったんだ」
「えっ、えぇ!?」
「……つまり、誰かがここでマグナゲートを呼び込んで“神秘の山”へ向かったってことになるわね。私たちと同じダンジョン研究家か、それともこの辺りに住んでいるポケモンがエンターカードと似たしくみを使って向こうにわたる橋として利用していたのか……」
フィーネが難しい顔をして呟く。
未知の大氷河。分からないものばかりがごろごろ転がっているため、シャオやフィーネも判断がつかないのだろう。
「そういう謎も、とにかくあそこ……“神秘の山”へ行ってみればわかりそうね」
光の柱がのぼている方向を見た。そこには“神秘の山”が気高くそびえたっている。
するとマグナゲートの円が点滅しだした。
「こ、この光って時間がたつと消えちゃうんじゃ……!?」
「急がなきゃ! 皆、はやく!」
「クレディア遊ぶな!」
「え、えっ?」
慌てて円の中に『プロキオン』が入る。氷を触っていたクレディアも然りだ。
そして『プロキオン』と光はその場から姿を消した。
目を開けると、さっきの風景とは一転して雪も氷も全くない、薄暗い洞窟に『プロキオン』は立っていた。
皆が辺りの様子を確認する中、クレディアは落胆の声をあげた。
「あぁ〜……あとちょっとで氷のお花できたのに……」
さっきクレディアがいじっていた氷でどうやら花を作っていたらしい。御月は「そういえば何か針もってたな」と思い出した。あの針で氷を削って花を作ろうなど、何故あんなときに考えたのか。
相変わらずのクレディアのマイペースに呆れる。御月は無意識にため息をついた。
その間にフールとシャオ達で話は進んでいた。
「メンバーはさっきと同じね。問題はなかったでしょ?」
どうやらまたメンバーを分けて進むらしい。
クレディアは元々そういうことに口を挟むようなことはしないし、御月も別に問題はないと思っていたので何も言わなかった。
誰も何も言わないのをフールは肯定ととった。
「よしっ、じゃあ行こうか」
「おーー!」
先ほどまで落ち込んでいたというのに、何という切り替えの早さ。それにメンバーは苦笑をしたり、呆れたり。
当のクレディアはただその様子に不思議そうに首を傾げるだけだった。