67話 未踏の地
真っ直ぐ進むと、かなり広い場所に出た。いくつもの岩が地面から突き出ており、所々にある穴には水がたまっていた。
「あ、シャオ。あれ、」
フィーネが指をさした場所、そこにはオレンジ色の光をほんわりとともした置物がいくつも並べられており、次に進む道を示していた。
それを見てシャオが「うん」と頷いた。
「間違いない。地脈の狭間……その入り口だ。ここまでは予想通りだね」
「えぇ。さ、皆。ここからが本番よ」
先を見ていた2匹が振り返り、後に続いてたフールたちを見た。
「この先から不思議のダンジョンが広がってる。ただ、エンターカードで地脈を無理やり捻じ曲げているせいで、不思議度もどうなっているのかわからない」
「つまりこの先は何が起こるか、私たちにとっても完全に未知ってこと。だから注意してね」
「うん、わかった」
2匹の言った注意事項を聞いて、フールは頷く。他も頷いたり、「はい」と返事をした。「はーい!!」といちばん元気よく返事をしたのは言わずもがなクレディアである。
「じゃあ、」とシャオが言葉を続けようとしたとき、フールが「あ、待って」と遮った。
「前にシャオたちを襲ってきた奴らいるじゃない? ……今思ったんだけど、アイツらがここまで襲ってきたりってことはないのかな?」
「あ……た、確かに。宿場町から出たわけだしまた襲ってくるかも……」
オロオロとしだすクライ。フールの表情も少し険しい。
しかしその不安を振り払うように、フィーネは「ううん」と首を横にふった。
「大丈夫。エンターカードで呼び出したダンジョンは特別なの。全く同じエンターカードで入ってこない限り、私たちを探し出すのは難しいはずよ」
「そもそも彼らがエンターカードを持っているかどうかも分からないしね。もし持っていないのなら会う確率は0%だ」
「そっか」
フールは若干だが安心したという表情をみせた。
御月はクレディアをちらっと見て「……会ったら終わりだな」と呟いた。クレディアにも聞こえていたようで、よくわからないと言った風にこてんと首を傾げていた。
それに苦笑しながら、シャオはフールに話しかけた。
「とりあえずメンバーを2つに分けようか。これじゃあ動きづらいだろうし。フールちゃん、なるべく偏りがないようにメンバーを編成してもらえるかな?」
「ん、分かった。……どうしよっかなぁ」
うーんと、メンバーを見ながらフールは考える。メンバーが多いうえ、今から行くのは未知の場所。選ぶのが慎重になるのだろう。
その間、クレディアは辺りをきょろきょろと見ていた。
「ふわぁぁぁ……凄いね! ねっ、みっくん!!」
「お前は何を見てもすぐ「凄い」っつーだろ」
「だって凄いんだもん!」
笑顔でクレディアが言い放って、またふらふらとフロアをうろつきに行く。思わず御月はため息をついた。「落ち着きがない」と。
するとくすくすと笑う声が聞こえてきた。御月がそちらを見るとシャオとフィーネだった。
「何か面白いことでもありました?」
「あぁ、敬語じゃなくていいよ。いやね、新鮮な反応だと思って」
「こんなに素直な反応なかなか見ないものね」
「……いや、多分これから見慣れる」
多分、というより絶対だな。言ってから御月はそう思った。
クレディアが近くにいる限り、始終こんな感じだ。最初こそ振り回されまくった御月ではあったが、今はそれも少なくなっていた。まあ2匹も程々になれていくことだろう。
パンッと音がなった。同時に「はい、決まり!!」とフール。
「シャオとフィーネは別々になってもらうことにしたわ。やっぱり詳しいポケモンがいたほうがいいしね。
私とフィーネとクレディア。シャオと御月とシリュアとクライ。いい?」
それぞれが頷く。そして、ほんわりと照らされている道を見た。言われた通りのチームに分かれ、ゆっくりとダンジョンへの道へと進んでいった。
「あっ、フーちゃんふわふわ! 飛び込みたい!」
「やめなさい!!」
駆け出そうとするクレディアの襟首を粗雑にフールは掴み、敵のエルフーンに駆け寄っていくのを防いだ。さすがのフィーネも苦笑である。
そのエルフーンの隣にはメグロコがいたが、他に敵がいる様子はない。
「2匹なら何とかなるかな。……っていても私にとってどっちも相性悪いんですケド」
「クレディアちゃんがメグロコで、私とフールちゃんでエルフーンと戦ったらいいんじゃないかしら?」
「そうしたいのは山々なんだけど、クレディアだからねー」
「大丈夫だよ! せんせーと修行したから!」
「ユノさんの修行は信用できてもクレディアの実力は信用できないんだよなぁ」
フールは気にせず辛辣な言葉をぼやく。クレディアは「えー」と不満げにするだけで、文句を言わない。辛辣≠ニいう言葉を知っているかどうかも危ういほどに。
ふふ、とフィーネは笑った。
「それじゃあ私がエルフーンをやるから、2匹はメグロコをよろしくね」
「えっ、あ、ごめんね、フィーネ」
「大丈夫よ。戦闘は慣れてるから」
するとフィーネは駆け出し、遠距離から攻撃を始めていった。本当に手馴れている様子だ。
ほー、とそれを見たフールはクレディアを見た。
「負けてらんないね。とりあえずクレディア、グラスミキサーできる?」
「失敗率3割だよ!」
「何て微妙な」
フールは思わず頭を抱えそうになったが、今はそれどころではない。
とりあえずとフールがメグロコがいる方向を見たら、もう既にいなかった。穴が見えることから、穴を掘るでこちらに向かっているのだろう。
ため息をついて、フールは強く地面を蹴った。
「フーちゃん?」
「クレディア、ちょっと手ぇ離さないでね。あと合図したらグラスミキサー」
クレディアは黙った。何故ならフールが目を瞑り、集中していたから。邪魔をしたらいけないと思ったのだ。
暫くすると、フールはいきなり目を開いた。
「ふわぁ!?」
「――クレディア、あそこ!」
いきなりでんこうせっかで移動したため、クレディアが驚きの声をあげる。2匹がもといた場所には、メグロコが地面から出てきている。
クレディアは戸惑いながらも、技に集中した。
「グ、グラスミキ、うなっ!?」
グラスミキサーは不安定な状態でメグロコに突っ込んでいった。そしてクレディアは何故か後ろに転がっていた。
何で反動きてんの。そう思いながらフールはメグロコの背後に忍び寄り、
「かわらわり」
メグロコを仕留めた。きちんと気絶していることを確認してから、クレディアの方へ駆け寄る。
クレディアは寝転がったまま、何故か起き上がらない。
上から覗き込んでも、気絶している様子はない。目は開いているし、瞬きしている様子を見るとどう考えても起きている。
「クレディア?」
心配になったフールが声をかけた。クレディアは寝転がったまま上を見ていた。
「……洞窟の天井ってすごいね、ボコボコしてる」
「心配するからいきなり何かするのやめてくれる? 怖いから」
フールはクレディアに手を差しだし起き上がらせる。
フィーネの方も無傷で終わったようで、ただクレディアだけが汚れる結果となった。フールがぱんぱんとクレディアについた砂を払う。
「何で反動おきたの。失敗率3割じゃなかったの」
「イメージって大切だね!」
「いい加減慣れて!?」
思い切りツッコんだフールと、どこまでもマイペースのクレディアに、やはりフィーネはおかしそうにくすくすと笑った。
ダンジョンを出ると、凄まじい光に包まれた。
目を瞑っていたクレディアだが、いきなり体が冷えたため目を開いた。
「わぁっ……!」
そして感嘆の声をあげた。
先ほどの洞窟のような場所とはうってかわって、そこは雪景色が余すところなく広がっていた。隣ではフールとフィーネが驚いている。
クレディアが一歩踏み出すと、見事に足をとられて転んだ。
「いたた……、……! 雪! 雪だ!」
雪を見た途端、子供のようにクレディアははしゃぎだす! 触って「冷たい!」と言うが、表情はとても楽しそうである。
いきなり後ろから光の柱が現れた。フールは身構えるが、フィーネは「あら、」と呑気な反応を示した。
すると宿場町の丘の上で見た、あの赤い円が現れ、まばゆく光ってから御月たちが現れた。4匹ともやはり冷たい空気に驚き、縮こまる。
「外……? ……クレディア何やってんだ」
「雪! 冷たいね!!」
御月は冷静に状況を確認しながらも、はしゃいでいるクレディアに声をかけた。呆れられた目で見られようが、クレディアはとても楽しそうである。
クライとシリュアは「わぁ……」と感嘆の声を漏らしていた。
シャオも状況確認のためか辺りを見渡していたのだが、突然「あっ」と声をあげた。
「あれは……山だ!」
その声に反応して、全員がそちらを見た。クレディアだけは立ち上がるのにもたついて遅れたが。
シャオの言う通り、後ろを見ると大きな山がそびえたっていた。手前にあるのは大氷河。そこへつながるように、自分たちの前には道が開かれている。
「す、すごい……」
「きっと……あれが言い伝えに隠された“神秘の山”だ。もしそうなら大結晶もきっとあそこに……」
シャオが呟くのを、皆ぼけーっと聞いていた。というよりも、氷の山に目を囚われていたと言った方が正しいのか。
そうしていると今度はフィーネが「あっ、大きなクレバス!」と声をあげた。全員が振り返ると、フィーネは山とは反対の方向を見ている。つられるようにそちらを見て、またしても全員が驚いた。
巨大なクレバスがいくつも連なっている。圧巻されるほど、迫力がある。
するとフィーネはにっこり笑いながらシャオに駆け寄った。
「後ろには“神秘の山”……、……シャオ! 計算通りだったわ! 私たち巨大なクレバスを超えられたんだわ!」
「やったね、フィーネ!」
シャオとフィーネがハイタッチをする。心底嬉しそうな表情は、先ほど子供のようにはしゃいでいたクレディアの表情と少し似ていた。
ひとしきり盛り上がったところで、シャオが微笑んだ。
「“神秘の山”っていう名はね、不思議な現象が起きることからつけられたらしいんだ。詳しいことはまだ分かってない。でも、僕はその現象こそものを空中にうかせる現象じゃないかなって思ってるんだ。
つまり、あそこには物体を浮遊させる大結晶があるんじゃないかなってね」
「へぇ……。裏付けとか研究してきた結果だね、そりゃあ……」
感心してフールがそう言うと、フィーネがおかしそうにくすくす笑い出した。
「そうだったらいんだけど、ちょっと違うのよね」と笑いを堪えるようにフィーネが言うと、「フィーネ!」とシャオが声を荒げた。心なしか顔が赤い気がする。
フィーネは「ごめんごめん」と謝りながら、フールたちを見た。
「もちろん研究はしたし、情報も沢山あつめたの。でもね、残念ながらちゃんとした裏付けはないのよ。全ては言い伝えや噂、根拠のないおとぎ話から考えたものなの」
「え……、…………マジ?」
「ほんと」とフィーネが茶目っ気に言うと、「マジか」とフールが再び繰り返した。
「誰も行ったことがないって言われてるんだから、誰も真実なんて知らないさ」
「シャオ、言い訳したところで変わらないわよ」
「フィーネ、ちょこっと黙ろうか」
刺々しい言い合いではあるが、2匹の間に漂う空気は穏やかである。誰かが「これが恋人の空気か……居づらい」と呟いた。
その空気をぶち壊すように、フールがぱんっと手を叩いた。
「まあとりあえず、その真相を確かめるために早く進みますか。ここもメンバー分かれていく?」
「ううん、ここからは皆一緒にいった方がいいわ。何が現れるか分かったものじゃないもの。皆で力を合わせて進みましょ」
「ん、わかった。それじゃ行くよ! クレディア!!」
クレディアの方を振り返ると、大きな雪玉を作っていた。もう呆れる以外なにもできない。
しかしクレディアはクレディアで「行くよ」と言われて悲痛な顔をする。
「え……、ゆ、雪だるま……」
「作ってないで行くよ!!」
そうしてクレディアを引っ張って、『プロキオン』一行は再出発するのだった。