66話 君のためなら
丘の上、いつもならまばらにポケモンがいるのだが、今日は沢山のポケモンが集まった。中心には『プロキオン』が揃っている。
フールは辺りを見渡して、メンバーが揃っているのを確認した。
「……うん、揃ったよ。じゃあシャオ、フィーネ、よろしくね」
「えぇ」
するとシャオが見たことのあるボードを取り出した。不完全なマグナゲートを呼び出したときに使用したものである。
それを見るや否や、わくわくと周りの野次馬が騒ぎ出した。
「ようやく見られるんだな。完成されたダンジョンの入り口が……!」
「ん〜っ、何だか凄そうだぬ。楽しみだぬー」
未知のものに全員が目を輝かせる。
シャオとフィーネはその間に太陽のエンターカードを2枚、そして月のエンターカードを1枚セッティングした。これでボードにはあとエンターカードが1枚だけ入るような隙間だけになった。
あとは1枚はめるだけ。しかしシャオは1枚をまだはめず、フィーネに問いかけた。
「それじゃあフィーネ、準備はいい?」
「えぇ、大丈夫よ」
「……じゃあ皆、危ないから下がっててもらえる?」
シャオがそう言うと、全員が黙って下がって距離を取った。
それを確認してから、シャオは最後の1枚のエンターカードをはめた。そしてシャオとフィーネは目を伏せた。
徐々にボードにパワーが集まる。そして一瞬間で、赤い円がボードを軸に地面に展開された。その円は重なり合い、光を放って光の柱を作った。
眩しさに目を閉じた野次馬は、おそるおそると目を開ける。そして目を丸くした。
「すげぇ……!」
「こ、これがマグナゲートか!!」
円を囲って範囲を示すように、いくつもの赤い線が空中でくるくると回っている。ボードがあった場所には白と赤の、まばゆい円があった。そこからはエネルギーがあふれ出ている。
全員がその光景に息をのんでいると、フィーネが「やった!」と声をあげた。
「完璧! やったわ、シャオ!」
「あぁ! これでやっと……やっと大氷河へ行ける!」
ひとしきり歓喜した後、2匹は『プロキオン』のメンバーの方を振り返った。
「あとはあの光の中にだいたい10から20秒くらい入ればダンジョンへ行ける。僕たちは調べたいことがあるから先に行くね」
「マグナゲートは時間が経つと消えちゃうから気を付けて」
「わかった」
フールが頷くと、シャオとフィーネは顔を見合わせ頷き、光の中に入った。
「皆も早くね!」
すると数秒後、吸い込まれるように2匹の姿が消えた。それに「おぉ……!」と歓声があがる。
それを見届けた後、フールはメンバーを見た。
「それじゃあ行こうか」
「レッツゴー!」
「クレディア、ちょっと黙ってような」
全員が頷き、光の中へ入る。
するとクライが近くに寄ってきた。光の中にぎりぎり入らないラインまで。
「皆! 気を付けて……お土産 期待してるからね! 帰ってきたら……」
そこで、全員の頭が真っ白になった。
「大氷河がどんなところだったか……教えて、ね……」
ボロボロと、クライの目から涙が零れたから。
驚いたのはクライ自身もだった。「あ、あれ? な、何で……」と言って涙を必死に拭っている。しかし涙はあふれるばかり。
「クライ……」
フールが苦い顔をした。
行きたかった。その一言に尽きるはずだ。今日の朝まで、行くかもしれない可能性は残っていたのだ。今こんな状態でも、仕方ないだろう。
すると俯いてたレトが顔をあげた。
「泣くな、クライ!!」
そしてニカッとレトらしい笑顔を見せた。粗雑に持っていた鞄をレトは御月に向かって投げた。御月は何でもないような顔でそれを受け取る。
レトは素早く動き、クライの背を、押した。
「えっ……?」
光が増す。そろそろ移動させられる。
円の中にいるのは、フール、クレディア、御月、シリュア、――そしてクライだった。行くはずのレトは、円の外にいる。
呆然としているメンバーに、レトは叫んだ。
「公平とか言ったのは俺だけど悪い! 俺はクライにどうしても行ってほしい!! だからお前が行け!!」
「レ、レト……!?」
「絶対に心に残るような冒険を!!」
驚きの声をはねのけるように、レトは叫んだ。そしてこちらに来るのを拒むように。
「ワクワクするような冒険して、すんげぇ発見して、無事に帰ってこい!! そんで大きくなって帰ってこい!!」
光がさらに勢いを増す。
最後、レトは涙目で、自嘲した笑みを浮かべた。
「ずるくて、ごめんな。クライを、よろしく」
「ダメだっ! レト――」
クライが言い切る前、丘の上から5匹が、そして光が消えた。
よろりとレトは先ほどまでまばゆい光を放っていた場所へ、5匹がいた場所へ無意識に向かう。そして力が抜けたように、崩れ落ちた。
「ふっ……ぅえ゛ぇぇ……!」
嗚咽がレトの口から洩れる。両の拳は力を入れすぎて震え、泣いているせいで体も小刻みに震えていた。ぽろぽろと涙がこぼれ、地面にしみを作った。
これで、よかった。俺は後悔していない。
レトはそう思った。それと同時に、こんな思いが胸を占めるのだ。
俺も、クライと、皆と一緒に大氷河へ行きたかった。
それでも誰かが残らなければならないのなら。誰かが辛い思いをしなければいけないのなら。親友が、あんなに強い思いを持っていきたいと望んでいるのなら。
きっと、この選択は間違っていない。
いつの間にか傍らにルフトが立っていた。そしてその場に似合わずいつものようにクックッと笑う。
「まさかそうくるとは思わなかった。御月の様子を見る限り、元からああするつもりだったんだろ?」
「っ……クライ、が、行けんなら、これで、いんだよっ……!」
嗚咽交じりで、レトがそう返すとルフトはさらにおかしそうに笑った。
するとそっとシャンリがレトの肩に手をおいた。
「元気出して、レト。センターに戻って…………Xルーレットやろ?」
「どんな励まし方だよ!!」
「あぁ……よろしく、な……」
「ってやるのかよ!?」
ヴィゴが忙しなくツッコむ。またしてもルフトの笑い声が、丘の上に響いた。
レトはぐいっと乱暴に涙を拭った。
(絶対に、絶対に何か見つけて、大きくなって帰って来いよ! クライ!!)
心の中で、親友にエールを送りながら、前を向いた。
混乱状態のようにダンジョンへ送られた5匹は、真っ暗な場所にいた。ぴちょん、と水が落ちる音が何度も反響する。どうやら洞窟内のようだ。
フールは体内に電気をため、少しだけ辺りを明るくする。すると他の4匹が見えた。
すかさず御月はクレディアの回収してフールの近くに寄る。
「どこだ、此処」
「さぁ? ダンジョンだとは思うんだけど……」
「……! 向こうから声が聞こえるわ。……シャオとフィーネね。こっちよ」
シリュアに先導されながら、5匹が進む。
するとようやく光が差し込んできて、そしてシャオとフィーネの姿を確認することができた。2匹もこちらに気づいたようで、にこりと微笑む。
「皆、きたわね。……って、あら?」
フィーネが首を傾げた。
それも当然だろう。残るのはクライと聞いていたのに、そのクライはこの場にいる。そしているはずのレトがいないのだから。
クライも気まずそうな顔をして、俯いてしまう。
「レト……」
「レッくん…………ずるいなぁ」
クレディアがむすっとした顔をする。クレディアだって、自分が残ればいいと思っていた1匹。納得いかないのは仕方ない。
同調するようにシリュアも苦い表情を見せた。
「……ホント、最後の最後になって……ずるいわね……」
「ああするしかなかったんだよ。俺は聞いてたから何とも言えねぇけど……悪い」
荷物を受け取る際、落ち着いていた御月。やはり、とフールは思った。知っていたのだ、と。
ただ御月の謝罪は何の意味もなさない。誰に対してなのかもよく分からなかった。
すると、不意にフールが全員に頭を下げた。
「……ごめんね」
その場にいる全員が目を丸くする。しかしフールは続けた。
「私、リーダーなのに、こんなやり方になっちゃったから……。きっと、他に策が、最善策はあったのに」
「フーちゃん、」
彼女を責めるのは筋違いだ。彼女が謝ることはない。クレディアはそう思って止めようとした。
しかしフールはばっと顔をあげた。しっかりと、前を見据えて。迷いのない目で。
「でもね、レトが残ってくれたのなら、私たちはその優しさに全力で応えなきゃいけない。じゃないと失礼よ。いつまでもうじうじしてる暇はないの。レトだって、そんなの望んでないわ。きっと沈んだまんまじゃ怒るもの。
だから、私たちは今は前を向く!! 絶対にこの冒険、成功させるよ!!」
フールの言葉は、全員の胸に強く強く響いた。その言葉に全員が、しっかりと頷いた。