65話 出発の前に
宿場町に近づくにつれて、フールの涙と嗚咽は止まった。クレディアはただフールの後ろを黙ってついて来ていた。
そして丘の上に行くと、シャオとフィーネが何やら話し込んでいた。
「シャオ、フィーネ。おはよ」
「おはよー!」
フールの調子はいつものように戻っており、それにクレディアは戸惑いながらも自分も同じ調子で挨拶をする。
するとシャオとフィーネはとても明るい笑顔を向けた。
「あぁ、おはよう。待ってたよ」
「2匹とも喜んで! エンターカードがついに完成したの!!」
興奮冷めやらぬといった感じでフィーネが言う。
するとクレディアもフールも、ぱぁっと明るい笑顔になった。
「じゃ、じゃあ出発は今日……!?」
フールがわくわくを抑えられないといったような様子で聞くと、シャオはにっこりと笑って頷いた。
「そういうことになるね。でもとりあえず皆を呼んでこないといけないし、フールちゃん達は準備をしてきたらどうかな」
「準備は御月に任せたから大丈夫。……クレディアは強引に連れてきちゃったけど、他にやりたいことあった?」
今更だけどごめんね、と申し訳なさそうに謝るフールにクレディアは首を横にふった。
「んー、時間があるなら、ちょっとだけせんせーとリィちゃんのとこに行ってきてもいい?」
「うん。でもあんま長い時間はダメだよ」
「わかった!」
クレディアは嬉しそうに頷いてから、丘の上から去っていった。
それからフールはくるりと向きをかえて、少し自嘲した笑顔を作ってシャオとフィーネに「あのね、」と話しかけた。
「結局、留守番役はくじで決めたの。クライになったわ」
「そう……。残念ね、みんな一緒にいけないなんて。……シリュアは何て?」
「納得はいかなさそうだったけど、一応は承諾してくれたよ」
そっか、とフィーネとシャオが複雑そうな顔をして頷いた。
どうあったって、気分が晴れることはない。残るクライにできることは、クライの分まで冒険して発見して、それをクライに教えることだけだ。
フールはしっかりと心の中でそれを唱えて、強く強く前を見据えた。
「じゃっ、私は皆をよんでくるね!」
そう言って、丘の上を後にした。
失敗したなぁ。クレディアはそんなことを思いながら宿場町の周辺を駆け回る。
探している相手、リゲルとユノは一向に見当たらない。フールに「あまり長い時間はだめ」と言われてしまっている以上、悠長に探している暇はない。しかし見つからないものは見つからない。
いつもなら草原でリゲルの発明品お披露目会をしたり、偶然バッタリ会ったりするのだが、探しているときに限ってなかなか見つからない。
「ここも違う……。どうしよ……」
見つかる気が全くしない。レーダーでもあればいいのに……。
すると元気で無垢な声がクレディアの耳に届いた。
「あっ、クレディアなのだ! おーーーい!!」
この声は、とクレディアが後ろを見る。
少し遠いところからリゲルが大きく両手を振っていた。隣にはユノもいる。いつもながら仲がいいことだ。
それに微笑みながら、クレディアは2匹のもとへ向かった。
「よかったぁ、見つかって! 捜してたの。あのねっ、今日なんと大氷河に行くことになりました!」
予想通りユノは相変わらずの様子だった。リゲルは数回瞬きしてから、ぱぁっと花が咲いたかのように表情を明るくさせた。
「ついに! クレディア、ついに特訓の成果がでるのだ!」
「ねっ、せんせーの特訓の成果がばりばり出ると思うの!」
きゃっきゃっと喜ぶ♀2匹の傍ら、ユノは静かに見守っていた。
リゲルと一しきりはしゃいでから、いつもの笑みをクレディアはユノに向けた。
「特訓の成果、じゅうぶんに果たしてきます! え、っと……頑張ります!」
「……怪我はするなよ」
「りょうかいです!」
びしっと敬礼するクレディアに、ユノは静かに目を伏せた。これ以上何かを言うつもりはないという合図だ。
するとリゲルがくいっとクレディアの右手を引っ張った。
「ということはマグナゲートというのをまた呼ぶのだな? 発明者としてリィも見ておきたいのだ!」
「じゃあ一緒にいこっか。せんせーはどうす……どうします?」
「お前らだけで行け」
「「はーい!」」
ユノの言葉に、一緒に元気よく返事をして、クレディアとリゲルは丘の方へと向かっていった。
その後ろ姿を見て、何だかクレディアの年齢がよく分からなくなってきたユノだった。
マグナゲートを呼び込む、ということもそうだが、大氷河に行くということにも胸を躍らせる2匹。どうしても早足になってしまうのは仕方ないことだろう。
そんな中、前に見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あっ、アーちゃん! 『陽炎』みんな揃ってる!」
「クレディアちゃんおっは――うぐっ!!」
勢いよくクレディアに抱き付こうとしたドライを止めたのは水芹だった。「何すんのよ! 折角のあたしの愛の抱擁を!」「気持ち悪い」容赦のない言い合いが始まる。
そんな2匹を笑いながらシャドウが話しかけてきた。
「ヨー、クレディア。リゲルも一緒カ」
「あれ、シャウくん達、リィちゃんと知り合い?」
「せんせーと一緒に発明品の開発をしてたときに会ったのだ。アリスは凄いぞ! ばんばん意見が出てくるのだ!!」
どうやら知らぬ間にかなり仲がよくなっていたらしい。
シャドウはぽんぽんとリゲルの頭に手をのせ「相変わらずちっこいナー、水芹2号カ!! ブッ、これなかなかイイナ……!!」と言って笑っている。リゲルは「普通なのだ」と言っている。シャドウはとにかく水芹の視線に気づくべきだろう。
アリスは賑やかな面子とは真逆で、ゆっくりとクレディアに話しかけた。
「フールが、今日、大氷河いくって」
「うん、そうなの! ……あっ、アーちゃん達もマグナゲート見に来たの?」
そう尋ねると、アリスはこくりと頷いた。この様子では丘の上はかなりのポケモンになりそうである。
ドライがまだ何かわめいているのを抑え込んで、水芹が話しかけてきた。
「とりあえず死なないようにな」
「だいじょーぶ!」
「その「だいじょーぶ」がどれだけ信用ならないのか分かっていってるのか」
水芹がため息をつくと、ドライが「クレディアちゃんに謝れ女男ー!!」といってまた喧嘩になる。いつになっても終わりそうにない。シャドウは隣でヒーヒー言いながら爆笑である。アリスは呆れているが。
するとリゲルはクレディアを見上げながら尋ねた。
「クレディア、時間だいじょうぶなのだ?」
「あっ、だ、大丈夫じゃないかも! 早く行かないと!」
慌てた様子でクレディアが「早くいこっ」と言い合いをしている『陽炎』を急かす。
それぞれ苦笑をこぼし(1匹は目を輝かせて嬉々とした様子で)、丘の上へと向かうのだった。
フールがパラダイスを見渡すと、御月の姿が目に入った。声をかけようとしたのだが、御月もフールに気づいたようで真っ直ぐ向かってくる。
そして御月は止まると、フールにぼすっと荷物を手渡した。
「……今度から自分でやれ」
「ごめんごめん、ありがと。あと御月だけだったの。今日、大氷河に行くから。もう準備できたっぽいから丘行くよ」
「へーへー」
面倒くさそうに返事をする御月に不満げな顔をしたフールだったが、気を取り直して丘へと向かう。
その道の途中で、フールは口を開いた。
「御月は大氷河に何があると思う?」
「あ?」
突拍子もない質問に、御月は素っ頓狂な声しか出なかった。
前を歩いていたフールはくるりと振り返り、御月を見て笑いかける。
「お宝? 珍しいポケモン? 見たことのないような不思議?」
つらつらと言葉を並べていく。
本当はフールはこんな話をするつもりはなかった。ただ「沈黙が重いなー」と思って、自分の思いを暴露することにしたのだ。
思い通り御月は「何言ってんだコイツ」みたいな目で見ている。
「――私はね、私の夢や目標に繋がる物がそこら中に転がってると思うの」
ポケモンパラダイスのための、アイディアや道具。
未知の場所であるからこそ、今自分が作ろうとしている、目指しているもののヒントが大量にあると思っているのだ。
普通の場所でも転がっているヒント。未踏の地ならなおさら。
フールはそう考えていた。
「私のだけじゃないわ、クレディアの医者になる夢のだって、シリュアやレトは聞いたことないけど……でも、2匹の持っている夢や目標のだって、きっとあると思うの。
クライの立派な冒険家になるっていう夢のヒントもあるとは思うけれど……そのヒントは私たちが伝えるしかないね」
最後の言葉は、心が痛んだ。やはりこれだけはどうあったって晴れやしない。しかし今はその話ではない。
にこりと、フールは微笑んだ。
「御月の夢や目標のヒントも、あるといいね」
何てことない、ただの世間話。
フールにとってはそのつもりだった。しかし、御月にとってはそうではなかった。一瞬、視界の端に自嘲した笑みを浮かべる御月がかすめた。
「――俺なんて、もう償いしか残ってないのに」
「……え?」
まさか続きがあるとは思わなかったフールは、元の方向に戻そうとした体を固め、御月を見る。
しかし、表情がいつもの御月に戻っていた。
「早く行くぞ。もう全員揃ってるだろ」
「えっ、ちょ、」
すたすたと前にいたフールをぬいて行ってしまう御月。
呆然とフールは御月の背中を見る。先ほどのは何だったのか。
「何なのよー……」
結局わからず、フールは頬を膨らませるのだった。