63話 晴れない
フールたちの家の前。シリュアとルフト、フィーネ、シャオを除く『プロキオン』メンバーは円になって、難しい顔をしていた。
重々しくフールはため息をついた。
「……シリュアが友達を作らない理由にそんなワケがあったなんて」
「しっかしリタって奴はひでぇ奴だな!! 嘘までついて、さらにあんな手紙まで……!! 許せねぇ!!」
少し顔を赤くしてまで激怒しているレトに、フールは違和感を感じた。それは御月も同じようで、訝しげな顔をしている。
それに気づいてレトが「何だよ」と言うと、フールは「いや……」と言いながらまじまじとレトを見た。
「……君、シリュアのことかなり嫌ってなかったっけ? シリュアじゃなくてそのリタって奴にそんなに怒るの、何か変だなぁって……」
するとレトがびしっと固まった後、しどろもどろに言い訳を言い始めた。
「い、いや、き、嫌いだよ!! 嫌いだけど!! そ、それとリタって奴が酷いのは話が別だろ!?」
「あー……うん、ソウダネ……」
「な、なんだよその言い方!! 俺は――」
何とか弁解しようとしているレトの傍らで、クライは俯いた。
(シリュアも、本当は大氷河に行きたかったんだ……。それなのに残るって言い出したのは……やっぱり……あの時、僕が妙に張り切って「大氷河に行きたい」とか「頑張る」とか言っちゃったから……。
きっと、僕を大氷河に行かせようとしてくれたんだ。でも……)
口を噛んで、クライは顔をあげた。
そして未だ口論しているフールとレトの声に負けないよう、声を出した。
「みんな。シャオさんたちの、言う通りだよ。シリュアは大氷河に行くべきだと思う」
「クライ……」
「だ、だから……ぼ、僕が残っ――」
「わぁぁぁぁぁぁぁ!! ちょっと待て! 待てってば!! な?」
レトが必死に「残る」と言いそうになったクライを止める。しかしクライは涙目で「でも……」と渋る。
その様子を見ながら、フールは目を伏せた。
「…………レトの言う通り、誰が残ってもすっきりしないの。だからシリュアみたいに自分の気持ちに嘘をつくのはよくない。それはクライ……君にも言えることだよ」
「うぅ……」
フールの言葉を聞いて、クライは何も言えなかった。
本当の自分の気持ち、それは「大氷河に行きたい」のだから。嘘をついて「大氷河に行きたいとは思っていない」という度胸は、クライにはなかった。
するとふぅと息をついて御月が声をあげた。
「……俺が残ろうか? 埒があかねぇ」
「ダメよ。私、知ってるんだからね。レアさんが「大氷河に行くってなってから御月のテンションが分かりづらいけどほんの少し上がった」って」
「レアさん……」
御月は頭を抱えた。余計なことをしてくれたなと、今この場にいない、自分がよく世話になっている食堂の店主を思い浮かべた。
フールがクレディアを見ると、クレディアはどこか不機嫌そうな顔をしていた。
納得いかなさそうな、不満ありげに、少し怒っているような。それでいてどこか悲しそうな。しかし何だかそれはクライや御月に、ではなさそうな様子だ。なんとなく、ヴィゴとヴェストと最初に戦ったときの様子に似ていた。
その様子にフールが訝しんでいると、不意にレトが「そうだ!」と声をあげた。
「くじにしようぜ! くじ!!」
「く、くじ……?」
いきなりのレトの提案に、戸惑ったようにフールが声をあげる。レトは大きく頷いた。
「そう。『プロキオン』全員でくじをする。勿論シリュアもな。そこで当たりを引いた奴が留守番だ。誰が残るにしろ煮え切らねぇんだ。だったらいっそ運まかせにした方がいいだろ」
「くじ、か……。ホントにそれが一番いいのかな……」
フールはやはり迷いがあるのだろう。どうしても、はっきりと「そうしよう」といえないようだ。
戸惑ったように、クライがレトに問いかけた。
「シ、シリュアが当たりを引いたら……?」
「シリュアが残る。その時は俺がシャオ達を説得するさ。
……みんな「行きたい」んだ。でもみんな遠慮して「残る」って言う。そしたら譲ってくれた奴らはこうやって悶々と悩む羽目になる。それじゃ埒が明かねぇ。
公平に決めるには、もう、これしかねぇんだよ」
レトの言葉は、もっともだ。
これでは埒があかない。やり方も誰かが「こうする」と強引に決めなければ、何も始まらない。チームを解散させたら元も子もないのだから。
御月は考える素振りをみせてから、仕方ないといったように溜息をついた。
「……俺もレトに賛成だな。当たり引いたとしても恨むのは自分の運。一番手っ取り早く、なおかつ公平だ。
フール、気に入らねぇかもしれねぇが、もう他に方法がない」
「…………う、ん」
それでも返事にはまだ迷いが残る。どうしても「決定だ」と言えない。
そんな様子のフールを見て、レトは小さくため息をついてから、強引に事を進めることにした。
「くじは俺が今晩にでも作る。明日までには用意しておくから、皆そのつもりでな」
言うだけ言って、レトは去って行った。
レトの背中を見ながら、フールはやはりやりきれない気持ちでいっぱいだった。
しかし、他に公平に決める方法がない。自分では、もっとすっきりとしたやり方を提案できない。だから、何も言えない。
「……心が晴れないけど、仕方ない、か…………。……ごめん、今日のところは各自解散。私、ちょっと色々考えたい」
返事も聞かず、フールは足早に去って行った。
そんな様子に御月はため息をつき、残っているクレディアとクライに話しかけた。
「こればっかりは仕方ないよな……」
「……うん。他に、方法がないし、ね」
再び沈黙。こればかりは何ともしようがない。
御月は何も喋らないクレディアを見た。どこか上の空で、話を聞いているようにはとても思えない。
さすがに違和感を覚えた御月はクレディアに話しかけた。
「おいクレディア。お前いま何考えてる?」
「……え? あ、えっと、ごめん。聞いてなかったや」
名前を呼ばれてようやく我に返ったらしい。クレディアはへらりと笑った。
いつもなら追及はしない。けれど御月はどうも追及をやめられなかった。
「留守番決めること以上に、お前は気にすることでもあったのかよ。あの話の中で」
まるで責めるかのような雰囲気になってしまったのに、御月は「しまった」と思った。しかし聞いておきたかったのだ。ここまでチームが暗くなっているときに、それを放っておいてまで気にする事柄を。
見た所クレディアの様子が変わったのは、シャオからシリュアの昔の話を聞いてからだ。
御月の言葉にぴたりと、表情も、動きも、クレディアは止めた。
「…………そうだね。あった、よ」
ぎこちない笑顔で、クレディアは肯定した。
クライは今までみたことのないクレディアの様子に首を傾げた。作ったような、無理した笑い顔を見るのは初めてだった。
ただ御月は違う。何度か見ている表情。いつもはここで止まる。
今日の御月は、いつもなら超えない一線に、踏み込んだ。
「……シリュアの話を聞いて、昔の自分でも連想したか?」
「えっ、」
御月の発言に、クライが驚きの声をあげて、クレディアを見る。
クレディアの表情は分からない。俯いてしまったから。
それを見ながら、御月はため息をつき、そして頭を抱えた。頭の中である声が反響したからだ。
〈だから、私はクレディアが自分から話してくれるまで待とうって思って〉
フールがああ言っていたのに、何故いま聞き出そうとしてしまっているのか。
そうじゃない。きっと違う。この役目は自分じゃない。そして、これはいま聞くべきことではない。
御月が「この話はやめよう」、そう言おうとした時だった。
「違うよ」
クレディアから、声がかかった。
見ると、作った笑顔でもない、かといっていつもの気が抜けるような笑顔でもない。ただ何を考えているかわからないクレディアの表情が、そこにあった。
「私とシーちゃんは、違う。違う、違うの。一緒にしちゃ、いけないの。一緒じゃないの。だって、だって、私は、わたし、は……」
クレディアはそれ以上は何も言わなかった。顔に暗い影をおとして、俯いた。
クライはどうしていいのか分からないのか、クレディアと御月の顔を交互に見た。御月はただ黙って考えていた。
今なら聞き出せる。きっと、聞けば答える。
しかし、いまそれを自分が聞くべきなのだろうか。いまそれを言わせるべきなのだろうか。
堂々巡りをした後、御月は長い溜息をついた。
「……クレディア、お前は話したくないんだったら話すな。お前には「言わない」って選択がある。まるで選択がないみたいにぜんぶ話すのやめろ」
言いたくないのなら「言いたくない」と言えばいい。言うにしろ言わないにしろ、うやむやにして逃げられるくらいだったら「言いたくない」とはっきり言ってもらった方が、御月としてはよかった。
クレディアもそれを理解したのか分からないが、少し苦笑いのように笑った。
「ごめんね、言いたくないわけじゃないんだ。ただ、言ったら…………」
不自然に、言葉を切った。
クレディアは空を見上げた。相も変わらず青色がどこまでも広がっていた。
「言っちゃったら、本当に、認めちゃう気がするの。でも……私だって、シーちゃんみたいに…………私だって、まだ、」
――まだ、信じていたいの。貴方を。
そう言ってから笑ったクレディアに、御月もクライも、何も言えなかった。
何を言っても、無駄だと思った。何を言っても、届かないと思った。自分たちでは、解決できないと思った。
だからこそ、言葉は、でてこなかった。
「…………ごめん」
小さな小さな謝罪は、一体誰に向けたものか。
クレディア以外、それが分かるはずもなかった。