62話 隠された事情
丘の上まで行くと、話し込んでいるシャオとフィーネの姿が見えた。この前クレディアが渡したスカーフを、シャオは黄色、フィーネは緑色のスカーフを首に巻いて。
少しずつ近づいていくと、2匹もフールたちに気づいた。そしてにこりとフィーネが微笑む。
「あら、フールちゃんたち。いいところに」
そんな言葉がくるとは思わず、フールたちは「いいところ」という単語に首を傾げる シャオとフィーネはどこか機嫌がよく、嬉しそうだ。もっとも、フールたちの心はそれとはまったく逆だが、今は努めてそれを表情に出さなかった。
シャオもにこりと笑う。
「もうじき研究が終わりそうなんだ。早くて明日には大氷河に行けるかな」
「ほ、ほんと!?」
「えぇ。みんなで大氷河へ大冒険よ」
その言葉に、頑張ってやっていた明るい表情が崩れた。代わりに現れたのは、暗く、なんとも言えない顔で。
フールたちの表情の変化に、2匹が目を丸くする。
するとフール少し後ろに控えていた御月が前にでて、2匹の前に立った。
「その大氷河のことなんですけど……ちょっと問題が」
御月がセロに言われた「誰かが残らなければならないこと」「シリュアが残るといっていること」、先ほど行われた会話の内容を全て伝える。
全て伝え終わった後、2匹は困ったような顔をして見合わせた。
そして再びフールたちの方を向けた。
「誰かが留守番に残るのは分かるんだけど……。……僕個人の意見として言わせてもらうよ。シリュアが残るのは反対だ」
シャオははっきりと「シリュアが残るのは反対」と言った。しかしそれはシリュアが留守番役になるのが反対なだけで、留守番についてではない。
あまりにはっきり述べたシャオに、フールは目を瞠った。
しかしとりあえず勘違いされないよう、しどろもどろになりながらもフールは言葉を探して意見を述べる。
「え、っと…………そりゃあ、私もこんな決め方、反対だし……」
「あぁ、そうじゃなくて。どんな決め方でもシリュアを留守番にするのは反対ってこと」
はっきりと、今度はきちんと自分の言った意図を明確に伝えてきた。
「何故、」とフールが言う前に、シャオの隣にいたフィーネが「……そうね」とシャオに同意した。
「私も、シリュアが残るのは反対だわ。……皆はその様子じゃ、そう言っている意味が分かってないわよね」
「う、うん。……何で? 何でシリュアが留守番をそこまで反対するの? 何か特別な理由が……?」
すると2匹は再び顔を見合わせ、アイコンタクトして頷いてから、話し始めた。
「…………みんな、シリュアが友達を作りたがらないことは知ってる?」
――それは、最初の出会いのとき。
「友達になってほしい」と願ったクライに対して、シリュアが放った言葉。
〈私、友達は作らないことにしてるの〉
〈こんな世の中だからね……友達とか信用していないの。せめて強ければ友達として少しは考えてもいいんだけど……強ければ、とりあえずはお互い支えあえるからね〉
頑なに友達≠拒んだシリュア。
冷たく鋭い視線を、フールは今だ鮮明に覚えていた。
「……知ってる。友達≠ヘ信じられないから、でしょ?」
「えぇ。……でもね、シリュアがそう言うのも理由があるの」
「理由……?」
フールを筆頭に、全員が首を傾げた。
シャオは目に暗い色を示しながら、静かに伏せた。
「……シリュアにもね、前に大切な友達がいたんだよ。名前はリッター。リッター・ルツァーリ。種族はケルディオで、シリュアは「リタ」と呼んでいたそうだ。
彼はかつて大氷河に向かい、そしてそこから消息を絶ったポケモンだ」
「だ、大氷河に向かった!?」
新たな事実に、シャオとフィーネ以外が目を丸くする。
シリュアの昔の大切な友達=Bリッター。ルツァーリ。そのリタというポケモンが、大氷河に向かい、消息を絶った。
御月はシリュアの友達≠ヨの憎悪、シャオたちが頑なにシリュアを大氷河へ行かせようとする思惑、だんだんそれがパズルのようにはまっていくのを感じた。
「シリュアは心配してずっとリタを探したようだけど……結局は何も分からなかったらしい。どこにいるのかも、無事なのかも、何も。
でも、しばらくしてシリュアに手紙が届いた。彼から、ね。
今もシリュアはその手紙を持っているはずだ。僕らもこの話をシリュアから聞いたときその手紙を見せてもらってね。……その手紙にはこう書かれていた」
その手紙の内容を、シャオは言った。
『本当は大氷河なんかには向かわなかった。単にシリュアから離れたかっただけだった。もう友達じゃない。だから忘れてほしい』
身勝手な手紙。あまりに酷な手紙。
絶句した。何も言えなかった。ある者は怒りに震え、ある者は呆然とし、ある者は何とも言い難い表情をした。
クレディアはぽつりと零した。
「向かって、なかった……って……じゃあ、う、嘘、だった、の? シーちゃん、嘘、つかれたの?」
震える声で、クレディアが小さく問いかける。シャオたちは応えなかった。
レトは行場のない怒りを、叫んだ。
「な、何だよその手紙!? 「離れたかっただけ」とか「友達じゃない」とか!! 何なんだよソイツ!? おかしいだろ!!」
「レト、怒ったって仕方ない。本人は此処にいないんだから。とりあえず落ち着け」
冷静に制したのは御月だった。レトはその正論に黙るしかなかった。
フィーネは俯き、悲しそうな顔をした。
「シリュアも驚き、悲しんだでしょうね……。そのショックは計り知れない。
信じられない、それでも大切な友達≠セったからこそまだ信じたい……。色んな気持ちが混じって、何を信じていいのかわからなくなる。
それからだって言っていたわ。「友達を作らなくなった」のは」
仕方ないことだろう。酷い裏切られ方だ。
フールはそう思った。そしてすぐシリュアのあのときの発言、態度、全て納得した。全て、仕方なく思えた。そうなってしまって、仕方ない、と。
「僕たちがシリュアと出会ったのはその後。僕たちの研究――つまり大氷河に行くということを知ると、シリュアは自分の過去を打ち明け、そしてこう頼んだ」
〈私も一緒に大氷河へ連れて行って。お願い〉
頭を深々と下げて、そう頼んできた。
懇願した様子、シリュアは真剣だった。本当に真剣だった。「何でもするから」。そうまで言った。
「……きっと、大氷河に行けばリタのことが何かしらわかると思ったんだろう。シリュアは、今でも、彼を信じていたいんだ。手紙の彼≠カゃなくて、自分がいつも接していた彼≠ェリッター・ルツァーリだと」
シャオが喋り終わると、場が風の音だけとなった。
そして暫くしてから、静かにシャオがまた喋りだした。
「だから僕はシリュアが大氷河に行かないというのは反対だし……。
……それに、此処に来てからシリュアについては驚いてるんだ。僕らと初めに出会ったときとはまるで違って明るくなった」
「明るく……?」
「えぇ。たぶん、この宿場町に来てから変わったんじゃないかしら……? 『プロキオン』に出会って、宿場町の皆に出会って……相手を信頼する気持ちが戻ってきてるんだと思うの。
彼――リタのことも、心の奥にずっと潜んでた「信じたい気持ち」が大きくなってるんじゃないかな」
そんなに変わったのか。その事実に皆は驚いた。
フィーネはすうと息を吸い込むと、真剣な表情で続けた。
「だからこそ、私はシリュアには大氷河に来てほしい。少しでも、彼についての情報が分かるかもしれないのなら。少しでも真実に近づいて、シリュアの信じる気持ちが取り戻せるかもしれないのなら。
それが、シリュアのためだと思うから」
フールも、その意見には大きく頷けた。
今少しずつでも変わって、戻ってきているのなら。シリュアは大氷河にいって、リタについて調べるべきだ。何か、真実が分かるかもしれないのなら。
それでも、大氷河に誰かを置いていくことには変わりない。
確かにシリュアの場合、事情が事情だ。しかしそれで特別扱いをして誰かを置いて行くのは、シリュアだって嫌だろう。
難しい顔をしていたからか、シャオが苦笑交じりで話しかけてきた。
「シリュアは絶対に大氷河に行かせたい。……僕たち個人の意見だけどね。
とりあえず僕たちの意見は置いとくとしても、留守番役の決め方は変えてほしいな。こんな公平じゃないやり方では、さすがに誰が留守番になろうと納得できない」
公平じゃない。そうだ、シリュアが誰の意見も聞かずに「行かない」と言っただけ。
その決め方では、いけない。それはフールも重々承知している。
「そう、だよね……。……うん、アリガト。もうちょっと、考えてみる」
けれど、根本的な解決策が思い浮かばないフールは、こう言うのが精一杯だった。