夢と星に輝きを ―心の境界― - 4章 不穏な影
59話 小さな変化
 シャオとフィーネが仲間に加わった日。――つまり大氷河に行くことが決まった日。
 その話をしていた丘に、クライは1匹ぽつんと星を眺めていた。今日は大きな満月が姿を現しており、辺りを月明かりが照らしている。
 自然の音しかない、静寂の場に、クライのものではない足音がした。
 それはクライの近くまでいくと止まった。

「クライ。隣、いいかしら?」

 そこでようやくクライが気づいた。
 バッとクライは顔をあげ、声をかえた人物を見る。そして目を瞠った。

「シ、シリュアさん……!? あ、あわわわっ……」

 クライは赤面して、そして慌て始める。
 そこにいたのはクライの想い人であるシリュア。そんな人物が此処に来るなどと予想できただろうか。
 シリュアはにこりと微笑んだ。

「驚かせてごめんなさい。一緒しちゃお邪魔かしら?」

「そっ、そそそそんなことないです! どうぞ!!」

 慌てながらも、何とかクライは言った。
 静かにシリュアが隣に座る。クライは好きな人物が隣に座っていることにドキドキしていた。頭の中では「何を言えばいいんだろう」と懸命にサーチしていた。
 するとシリュアの方が先に発言した。

「仲間なんだから、別に敬語も敬称もつけなくていいのよ。レトや御月の時みたいに接してくれて構わないわ」

「えっ、……ええ、ええぇっと、……シ、シリュア……は、どうして此処に……?」

 躊躇いながらも、クライは砕けた言葉で話しかけた。
 それにシリュアは満足そうに微笑んでから、星空を見ながら「気分転換に散歩してたの。そしたら貴方を見つけたから」と答えた。

「クライこそどうしたの? 夜こんなところに1匹で佇んだりして……」

 その言葉に、シリュアをずっと見つめていたクライは空に視線をうつした。

「ま、前にここから見た蜃気楼を、大氷河の蜃気楼を思い出したくて……。此処にこれば思い出せるかなって思って」

「…………行ってみたいのね。大氷河に」

 静かにそうシリュアが言うと、クライはおずおずとした話し方が消えた。 

「……うん。僕、一流の冒険家になりたいんだ」

 クライは真剣な声音で、しっかりと一語一語紡いでいく。シリュアは空を見ながら、その言葉をきちんと聞いていた。

「そして世界中の困っているポケモンを助けたい! 苦しんでいるポケモンに勇気や希望を与えたい! ……それが僕の夢なんだ」

 最後の方は笑みを交えて、クライは言い切った。
 クライが言い終わると同時に、場に沈黙がおりた。
 そしてクライがはっとなり、少し顔を赤くしてから、シリュアを見た。

「あっ、ああっ……へ……へ、変ですか!?」

「ううん。変じゃないわ。…………あの時は、ごめんね」

「は……はい…………」

 シリュアが謝るときに少し視線をよこしたことによって、クライは真っ赤になった。
 風がさぁっと吹く。それが鮮明に聞こえるくらい、とてもとても静かな夜で、閑静とした場だった。


 その2匹とはまた別に、丘に向かっているポケモンが1匹いた。
 レトだ。丘に続く階段をゆっくり上りながら、「うーん」と小さく唸った。

(何か眠れなくて散歩してたらここまで来ちゃったな……。どうしよ……)

 どうなるわけでもないのに此処まで何故きたのか。
 悶々と考えながらレトが階段を上り終わると、彼は見覚えのある姿をとらえた。

「あれ? あそこにいるの……シリュアかな?」

 何をしているんだろうか。そう思いながらレトはシリュアの方へと近づく。
 そして、もう1つの姿をとらえてバッと木の影に隠れた。

(ク、クライもいる……! うわぁぁぁぁ、コレ俺かんっぺき邪魔モンだよな!? くっそ、何か意味不明にドキドキしてきたぞ……!)

 出ていくべきか、それともこのまま隠れ続けるか。
 レトが悩んでいると、静かにクライの声が聞こえてきた。

「……僕にはそんな夢があるんだけど、理想と現実の差は激しくて……何をやってもダメで。でも『プロキオン』に入って、皆と出会って、今はそれが少しずつ変わってる気がするんだ。
 いや、相変わらずダメなところもあるんだけど……それでも……自信ってほどじゃないんだけど、なんか明るい気持ちで頑張れるようになってきたんだ。そう思ってたところに今日大氷河に行く話がでてきて……」

 どうやら『プロキオン』に入ってからの自分の変化についての話をしているらしい。
 意識せず、レトは聞き耳をたてていた。
 そんなレトに、クライとシリュアは全く気付かず、話は続いた。

「あの時ボク思ったんだ。大氷河に行きたいッ!……って。
 きっといろんな経験ができそうな気がする。自分の殻を破れそうな気がする。だから僕、大氷河に絶対に行きたい」

 クライがそう告げると、シリュアはふと微笑んだ。

「そっか。クライは今すごく成長しているのかもしれないわね。新しいものをどんどん吸収しているときなのかも。大氷河で何か見つかるといいわね。私も応援するわ」

 その言葉に、クライが少し顔を赤くしながらシリュアを見た。

「ほ、本当!?」

「えぇ。頑張ってね!」

 にこりと満面の笑みを見せれれば、もうアウト。
 ぼふんっと真っ赤になり、クライは頭の中のキャパシティーが超えそうになりながら、誤魔化すために息を大きく吸った。

「よ、よぉぉぉぉうし! ボク頑張るっ! ぐぁぁぁんばるぞぉぉぉぉぉぉぉぉうっ!」

 それにシリュアが楽しそうに笑い、クライは真っ赤になった。

 木の影からすべてを見ていたレトは、気まずそうに頬をかいた。
 そして苦笑をこぼす。

(うぅっ……出ていくタイミングを完全に逃しちゃったな……)

 するとふと先ほどのクライの言葉が思い浮かんだ。
 レトは思い出しながら、ぼけーっと宙を見た。

(……でも……最近クライが明るいなと思ってたけど……なるほどな。少しずつ自信がついてきてるんだな。
 そういうことだったら……)

 大きな丸い月と、キラキラと光る無数の星々を見た。まるでそれは自分たちの可能性を、希望を表しているようで。
 レトはにっと笑って

(もちろん俺も応援するぜ!頑張って一緒に大氷河を冒険しような! クライ!!)

 親友に、心からのエールを送った。



 同じ夜。
 フールたちの家の前に、1匹のポケモンが立っていた。

「……叶わない願掛けみたいなこと、しちゃったな」

 ぽつりと寂しそうな声音で呟いたのは、クレディアだった。
 右手首についている桃色のリボンを見ながら――否、リボンについている黄色のヘアピンを見ながら。

「馬鹿だなぁ、私……」

 家にもたれかかりながら、ズルズルとクレディアは地面にぺたんと座った。

「…………分かってるのに。……自分で、認めてるくせに」

 それでも拒むの。嫌だって。絶対に認めたくないって。
 すーっと頬に温かいモノが流れた。それは重力に従って、下に落ちていく。

「貴方の言う通りだったね……。やっぱり、馬鹿で、泣き虫だ」

 変わりたかったんだ。ううん、何か変わってるはずだよ。本当に? 彼女たちの近くにいるおかげで、変わったはず。私≠ヘあれから何か変わった?

 わ、たしは――……。


 ねえ、私≠ヘどう変わりたいの?


 まるであの時のクレディア≠ェ自分の中にいて、自分に話しかけているようだった。
 クレディアはそっと目を伏せ、頬に伝う涙を拭った。目一杯に広がる星空を見上げた。キラキラしていて、少し眩しい。
 それをクレディアはしっかりと見据えた。

「…………変わるの。変わらなくちゃ。じゃないと、私はいつになっても、前に進めない」

 そう、しっかりと、言い聞かせるように、呟いた。
 静かに、どこかの花が揺れた。

■筆者メッセージ
割り込みしてごめんなさい。
あの3匹イベントをすっかり忘れていたので追加を。
アクア ( 2014/09/28(日) 23:27 )