54話 謎の追手
とにかく足を動かせ。何も考えずただひたすら。嫌な記憶が呼び出される暇もなく、ただ無心に駆けろ。
エーフィの頭の中ではこういったことがぐるぐるとまわっていた。
「っ……はぁっ……」
呼吸のことなど忘れてしまったかのように、ただひたすら足を前に動かす動作を繰りかす。
しかしすぐさま足を止める。
「っ……!!」
行き止まり。広い場所に出たが、進めそうな場所はない。進める場所は、ただ1つ。自分が入ってきた場所だ。
しかしエーフィは後ろを見て、顔を強張らせた。
「ブニャニャニャニャッ。まったく……すばしっこいから疲れるにゃっと!」
疲れた様子もなく、後ろからポケモン――ブニャットが入ってくる。
エーフィは冷や汗をたらしながら、一歩一歩、慎重に後ずさる。ブニャットもじりじりと詰め寄ってくる。
「でも……とうとう追いついたにゃっと」
「っ……! 」
まずい、どうすれば。いま私はちゃんと戦える状態じゃない……!
詰め寄ってくるブニャットとにらみ合いを続けながら、エーフィは後ずさる。そして頭の中で必死に考える。
しかしその思考も、すぐさま打ち切られてしまう。
「ドクドクドクッ! おい、ファット! お前はまだいいロッグ!」
「!」
いきなり声が聞こえ、エーフィはびくりと体を揺らす。
ブニャット――ファットの周りを見るが、誰もいない。だとするとどこに、エーフィがふと後ろを見た瞬間だった。
「俺なんか――先回りする役なんだからな!!」
「なっ……」
行き止まり――崖になっている場所から、ドグロッグが現れた。下から、飛び跳ねる形で。そんなことを考えもしなかったエーフィは絶句した。
そんなエーフィの様子を意にも介さず、2匹はのんびりと会話を交わす。
「ちょー疲れたロッグ」
前にはファット、後ろにはドグロッグ。どうするわけにもいかず、唯一残されている横の方へとエーフィは足をずらす。しかし横にズレていっても、結局あるのは崖。行き止まりには違いない。
エーフィは頭の中で考える。うまく酸素が回っていない状態で、必死に。
「あらログッド。ダイエットにはちょうどよかったんじゃにゃっと?」
「ドクドクドクッ! ダイエットが必要なのはお前だロッグ!」
2匹はじりじりとエーフィ近寄ってくる。エーフィは距離を一定に保ちながら後ずさる。
「ドクドクドクッ! さあ出せ!! 持ち物を全て出すロッグ!」
後ずさっていたエーフィだが、足が崖のすれすれまできて、その足を止めた。あと一歩でも足を進めれば、落ちる。
絶体絶命。どうすることもできない。エーフィは表情を硬くした。
何も言わない、何もしないエーフィに痺れを切らしたのか、ファットは強引な手に出た。
「ブニャニャニャニャッ! 言ってもどうせ聞かないにゃっと! 自分たちで調べた方が早いにゃっと!」
「あっ……!」
持っていた鞄をとられ、エーフィは「しまった」という顔をする。それを見て、ファットとドグロッグ――ログッドはにやりと笑みを濃くした。
そしてファットは意気揚々と鞄を探り始めた。
しかし時間が経つにつれ、ファットの表情はだんだんと焦りに近いものになっていく。その様子を変に思ったのか、隣にいたログッドがファットに問いかけた。
「ん? どうした?」
「コイツ、鞄の中に何も……! 何も入ってないにゃーーーっ!!」
焦った様子のファットがそういうと、ログッドは目を丸くして、すぐさまエーフィを見た。
「はぁ!? なんだと!? おい、エンターカードをどこに……! どこに隠したロッグ!?」
「……馬鹿ね、言うわけないでしょ? 此処まで追っかけてきて、残念、だったわね……。言ったでしょう? ……絶対に渡さない、ってね」
にやりと、エーフィは笑った。
それにファットとログッドの怒りは頂点に達した。
「ブニャーーーッ! 言わにゃーなら力ずくではかせるだけにやっと! 覚悟するにゃっ――」
「待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
ファットがエーフィに攻撃をしようとした瞬間、声が邪魔をした。
「は?」とファットとログッドが後ろを見る。エーフィも呆然としながら、声の主を見た。
「よかった、間に合ったみたい……!」
エーフィの姿を見て、ほっと息をついたのはフール。
右前足につけてある銀色の腕輪、そして追いかけられている様子。このエーフィこそフィーネ≠ナ間違いない。フールはすぐさまそう考えた。
フールの隣では威勢よさげなレトがファットとログッドを睨みつけている。ただ後ろで
咳でむせ返ってるクレディアと、なんともいえない顔で背中をさする御月の姿で色々と変な絵面となっている。
しかしフールは全く気にせず、びしっとファットたちを指さし、声をはりあげた。
「ちょっとそこのデブ2匹! フィーネから離れなさい、今すぐに!!」
「デブッ……なんにゃ、お前たち!?」
青筋を浮かべながらファットが声を荒げる。
しかしフールは「反論は許さない」とばかりに矢継ぎ早に言った。
「いいから離れろって言ってんの! そしてどっか行きなさい! これ以上フィーネとシャオに付きまとわないでくれる!?」
その言葉に、ファットたちはようやく合点がいったようだった。
「シャオ……? まさかアイツ、助けを呼びやがったロッグ……!」
やはりコイツらか。フールたちはそう確信した。
するとファット達はフィーネから、フールたちの方に体を向ける。それを見てフール達も戦闘態勢に入った。
「仕方ないにゃっと。さっさと片付けるにゃ!」
ファットは鋭い爪をぎらぎらと光らせながら、ログッドは手を紫に怪しく光らせながらとびかかってくる。
レトは飛んで避け、フールはクレディアをひっつかんででんこうせっかで避けた。御月は前足2本でファットの攻撃を受け止め、にやりと笑った。
「ま、突っ込んでくる方が悪ぃってことで」
「ぶにゃっ!?」
後ろ足で地面を強く蹴り、尻尾を思い切り振って、技でもなんでもなく、ただ尻尾で思い切りファットの顔をぶん殴った。
それから容赦なくログッドの方へ鋭い針を投げる。ログッドはどくづきでその針をはじき、そして御月に攻撃をしかけようとした。
「御月だけじゃねぇんだぞ! スパーク!!」
「チッ、」
レトが割り込んできて、ログッドは御月には攻撃せずレトの攻撃を避ける。
その間にと、フールはクレディアに耳打ちをした。そしてクレディアは「オッケー!」と元気よく頷き、フィーネの方へ駆け寄って行った。
それを見届けてから、フールはばちりと体に電気を纏わせた。
「さぁて、いっちょやりますか!!」
〈とりあえずフィーネにオレンの実を渡して回復させて。最悪の場合、相手が強すぎたら逃げるから……フィーネも動けるように、ね。
それが済んだら相手の不意をついてグラスミキサーよろしく〉
(フィーさんに、オレンの実、オレンの実……)
クレディアは鞄を確認しながら、岩の陰で戦闘の様子を伺っているフィーネに近づいた。
「えっと、あの……こんにちは?」
「!」
とりあえず声をかけよう。そう思ってクレディアは不謹慎ではあるが挨拶をした。因みにクレディアは不謹慎などとは全く思っていない。
声をかけられたことに驚いたのか、フィーネはびくりと体を揺らした。そしてクレディアを見る。
クレディアはいつものようなふにゃりとした、なんとも緩み切った笑顔でフィーネにオレンの実を差し出した。
「とりあえず、食べて、ください。フーちゃん、今戦ってるピカチュウの女の子なんだけど、に、そう言われてて。あ、ちなみに私の名前はクレディア、です!」
「えっと……とりあえずありがとう、クレディアちゃん。私の名前は……知っているのよね」
害がないとすぐに分かったのだろう(ただクレディアのグダグダな言葉には戸惑っていたようだが)。フィーネはクレディアから素直にオレンの実を受け取った。
そして戦闘を横目で見ながら、フィーネは問いかけた。
「貴方たちは……シャオに頼まれたの?」
「はい! シャオさん、自分でフィーさんのこと探したがってたんだけど、傷が治ってないから代わりに私たちがーってなって」
「……そうなの。ありがとう。それとクレディアちゃん、無理して敬語使わなくて大丈夫よ」
「あう……ごめんなさい」
敬語を使うと絶対に最後に言われてしまう一言。クレディアは少々項垂れながら、フィーネに謝った。
フィーネは一口オレンの実を含み、戦況を見た。
何をすることもなくクレディアがぽかんとしていると、フィーネは息を吸い込んだ。そして真っ直ぐ、真剣な目つきでクレディアを見た。
「クレディアちゃん。私は見ての通りだけど、満足に戦える状態じゃないわ」
「え、あ、はい」
「だから――ほんの少しだけ、皆で時間を稼いでちょうだい」
その言葉に、クレディアは固まった。
フィーネは怪我人で、戦わせるべきじゃないというのは一目瞭然。きっと今も体中は痛いはずだ。きっと、こうやって話すのだって辛いはずなのだ。
フィーネは時間がないと言わんばかりに矢継ぎ早に言う。
「この状態でも、できる技がある。ただちょっとだけ休ませてほしいの。私が技を発動させたら、相手は怯むはず。その間に貴方達で畳みかけて倒してほしい。
――こんな恰好だから信用ないかもしれないけれど……私、けっこう強いのよ?」
そう言って、フィーネは自信に満ちた、ボロボロの恰好に似つかない、余裕の笑みで、お茶目にウインクをしてみせた。