53話 馬鹿はどうしようもない
「はぁっ……はっ……」
荒々しく呼吸をしながら、無我夢中で駆けていくポケモンが1匹。鞄を揺れるのを全く気にせずに走り続ける。
曲がり道をうまく曲がり、直線になればスピードをさらにあげる。
そうして走っていたが、少し広めの場所に出て立ち止まった。そしてちらりと後ろを見る。
「はぁっ……っ、はっ……いな、い……? うまく、まいた、かしら……」
途切れ途切れにそう呟く。そして汗を拭った時だった。
「ブニャニャニャニャッ! 逃げても無駄にゃっと!」
どこからか高い声が聞こえて、びくりとそのポケモン――エーフィが体を揺らす。そして辺りを見渡した。周りには誰もいない。
「どこ……!?」
「ドクドクドクドクッ! さぁな。知りたかったら探してみロッグ」
今度は低い声。敵は、2匹。
エーフィは冷静に、と深呼吸をした。そして呆れ顔で、見えない相手に言葉を返した。
「……貴方たち馬鹿なの? 逃げているのは私なのだけれど。その私が何で追ってきている相手を探さなきゃならないの……。付き合ってられないわっ……! 」
言ってから、エーフィは足に力を入れて駆けだした。
「貴方たちが狙ってるものは分かってる。私は捕まらないし、ソレも渡さない……! 絶対に!! 」
そう言い捨て、エーフィは走るスピードをあげた。
エーフィが去った後でも、相手は気楽に会話を交わしていた。
「ブニャニャニャニャッ。気が強くて困るにゃっと!」
「ドクドクドクドクッ。だがだいぶ疲れてきてるロッグ。捕えられるのも時間の問題だロッグ」
愉快そうに笑う、不気味な声。
「早く終わらせないと……今度はアタイたちにとばっちりがくるにゃっと」
「ドクドクドクドクッ! 分かってるロッグ! それじゃ、仕上げにかかるロッグ! アイツをとらえるロッグ!」
“ドウコクの谷”は名の通り谷で、とても高い場所だった。下を見ても見えるのは雲で、地面は全く見えない。それくらい高い場所だ。
フールと御月は周りに気を配りながら突っ立っていた。クレディアは下をのぞき込んで、じっと雲を見ている。
すると空からレトが下りてきた。
「ダメだ、こりゃダンジョンだな。それに雲でほとんど見えねぇ」
「空の偵察できないのね……。仕方ない、普通に進んで探すしかないわね。逃げてるなら奥の方へいるだろうし」
「敵と戦うってんなら特注針リゲルにもっと注文しときゃよかった……」
「技使いなよ。道具にこだわりすぎでしょ。クレディアいくよ。てか落ちるよ」
「大丈夫! 空から落ちたときも大丈夫だったし、今回も――」
「やめなさい」
フールがクレディアの首根っこをひっつかんで、先に進む。御月は鞄の中をあさって道具の確認をしていた。
レトはそんなメンバーを見ながらため息をつく。
「お前ら緊張感ねーよな。敵がいるって分かってんのにそこまで普通でいられるか?」
「……あのねぇ、レト。私けっこう気ィ配ってるってば。それに相手をどうやって打ちのめすかも考えてる」
「平和的解決が一番だと思うぞ」
「できたらね」
やる気ねぇな、そう思いながらも御月も頭の片隅で「平和的解決はないだろう」と考えていた。
何せシャオがあそこまでボロボロになっていたのだ。簡単に諦めるとは思えないし、さらに言うならば、シャオは"襲ってきた"と言っていた。話し合いができるような相手だとは到底思えない。
するとクレディアが緊張感のない声で、笑顔で言った。
「ね、ね、何かふわっふわしたポケモンがいるんだけど、触らせてもらってきてもいいかなぁ?」
「あーうん、ドウゾ……ってダメダメダメだから!! それ敵!」
慌ててフールがふらりと敵の方に行きそうになったクレディアの肩を掴んで止める。
クレディアが言ったふわっふわしたポケモンとはエルフーン。クレディアたちのやりとりでこちらに気づいたようで、せいちょうで攻撃ととくこうを上げている。
御月はエルフーンの姿を確認するや否や、針を投げた。そして一気に距離を詰める。
「かぜおこし!」
「だましうち」
エルフーンが針に気を取られている間に、御月が攻撃をしかけて命中させる。
それに負けじとフールも動いた。
(とりあえず……挑戦、ってことで――)
左手で右手をがっちりとつかみ、集中してパワーをためる。エルフーンに狙いを定めてから、撃った。
「10万ボルト! ――うわっ!!」
10万ボルトは撃てたのだが、やはり反動でフールの体がひっくり返る。
エルフーンは素早くかぜおこしをして、ふわりと宙にういて10万ボルトをうまくかわした。それに御月が忌々しげに「チッ」と舌打ちする。
そして宙に浮いたままエルフーンが攻撃をしかけようとしたときだった。
「俺を忘れんなよ! スパーク!!」
いつの間にか空を飛んでいたレトが、体に電気を纏わせながらエルフーンにたいあたりする。それも、かなりの勢いで。
エルフーンが地面に落ちた。レトは落ち着いた様子で地面に下りる。
御月は「おー」と声を漏らし、エルフーンを見た。完全にノびている。
「フール、お前10万ボルトなりふり構わず撃つのやめろ。反動でひっくり返るわ、相手には当たらないわ……意味ねぇだろ」
「い、意味なくないし! 見てなさい……これを私の最強必殺技にしてやるんだから……! って、クレディアは?」
切り替えの早い奴である。
怒った後、何か熱意に燃え出したと思ったらきょとんとしてクレディアを探し出すフールの様子を見て、御月はそう思った。
そして自身もクレディアの姿を探し、見つけた瞬間、目を見開いた。
「……え、クレディア……それ、何?」
「フーちゃん! 私一人で倒せたよ!!」
クレディアの近くに転がっているウリムー。そのウリムーの頭にはどデカイたんこぶができている。
それを見ながら、3匹は悟った。
「きっとクレディアが放った攻撃を避けようとして転んだか、岩に当たったかで気絶してんだろうな」と。他に外傷が見られないのだから、そうとしか考えられない。
知らず喜んでいるクレディアに、フールは冷めた目でこういうしかなかった。
「うん……ヨカッタネ」
それが棒読みに関わらず、「うん!」と最上級並みの笑顔を見せられてしまえば、フール達は何ともいえない気持ちになるしかなかった。
「あっ、ルフ兄!」
宿場町を守れとリーダーであるフールに言われ、宿場町で待機していたクライ。そのとき、宿場町に歩いてくる一匹のポケモンを見て声をあげた。
そのポケモン――ルフトは呑気にそばまでやってきた。
「ん? あ、ようクライ。何だ、今日はモモンガちゃんとは一緒じゃないのか?」
「またレトに怒られるよ……。そうじゃなくて、今すっご大変なことになってて……」
今の今まで何をしていたかは知らないが、見たところなぜか枯葉やら土やらをつけていたのでいつも通り放浪していたのだろう。
ルフトはクライの言葉に首を傾げ、続きを促した。
「シャオっていう……ダンジョン研究家のポケモンが怪しいポケモンに追われてるらしくって、それで、その恋人さんはまだ追われてるらしくて、今フールさんたちが助けに……」
「待て待て待て。説明がアバウトすぎて何が何だか俺も理解できん。……ていうか、ダンジョン研究家って、」
「知ってるの!?」
「名前の通りダンジョン研究する奴のことじゃないのか?」
「うん、いや、そうなんだけど……」
くつくつと笑うルフトは誠意もへったくれもない感じで「悪い」と謝った。
すると今度は後ろから「あら、ルフト?」というソプラノの声が聞こえた。そちらを見れば、こちらに近づいてきているシリュア。
「帰ってきてたのね。状況は分かってる?」
「いや、全く。俺さっきまでポケモンパラダイスの建設予定地の冒険してたしな。あれほどの荒地はなかなかないと思うぞ」
「フールに言ったら怒られるわよ」
またしてもルフトは可笑しそうにくつくつと笑った。
そして笑いがおさまると、ルフトはきょろきょろと宿場町を見渡した。
「何が起こっているのかは知らないが……まあ、リーダーたちが何とかするんだろう? なら俺はまたしても放浪しに――」
いつもの弱気なクライはどこにいったのか、すごい勢いで去ろうとするルフトを引き留めた。
「いや、だからダメだってば! フールさんに引っ張ってでも参加させてって言われるんだよ!」
「何だかんだ言ってフールはルフトのこと頼っているものね」
「俺はじっとしてるのが苦手なんだ。分かってくれ」
「ならせめて宿場町の中を放浪してよ!」
「こんな狭いトコで放浪して何が楽しいんだ。大自然を放浪するからこそ楽しいんだろう。崖から落ちたり川に流されたり……」
ダメだこの人。そう思いながらも、クライはフールの命に従うために懸命にルフトを引き留めるのだった。ちなみにシリュアは一部始終 傍観していた。