52話 うごめく影
「おーっと、何の集まりだコレ?」
「あたし最近ほんっとツイてるかも……! 昨日だけじゃなくて今日も天使たちに会えるなんて……って、あれ、可愛い女の子が増えてる!?」
楽しそうに笑みを浮かべるシャドウに、感極まって少し声が震えているドライ。
宿場町の丘の上、沢山のポケモンが集まっていた。シャドウは何の集まりか検討がつかず、首を傾げる(ドライは気にした様子が全くない)。
すると集まりの中心部にいたクレディアが「あ、」と声をあげた。
「シャウくんにライちゃんだ! おはよう!!」
「おはようクレディアちゃん! 今日もすっごい可愛いねぇ!!」
「オハヨ。何してんダ?」
「んー、よく分かんないけど楽しいことする! ……みたいな?」
「ぶっ、アバウトすぎて分かんねぇ……!!」
「クレディアちゃんマジ天使。嫁にほしい。ほんと私の嫁に、」
「クレディアに近づくな変態。てか何でいんの」
にゅっとクレディアの後ろから顔を出した、不機嫌オーラ丸出しのフール。
シャドウは何がツボったのか、さらに大爆笑しだす。ドライは刺々しい言葉を投げつけられたに関わらず目を輝かせて「おっ、フールちゃんのツンデレ健在ー! ツンの次はデレがほしいなーなんて!」と軽い調子で話しかけてくる。
フールは嫌そうな顔を隠しもせず、それからきょろきょろと辺りを見渡した。
「……アリスと水芹は? 昨日は一緒だったじゃん」
「アイツら忙しーからサ。今日というか暫くは別行動ー。悪かったナ、アリスがいなくテ」
「ほんっと何で君たちなの……。まだアリスと水芹のセットの方がマシだわ」
うんざりした様子でフールが呟くと、今度は御月が顔を出した。そして2匹を視界にとらえた瞬間、フールと同じように顔をしかめる。
それを見てシャドウが大爆笑し、ドライは「何よ、男に文句とか言われる筋合いはないわ」と打って変わった態度を見せる。
御月はため息をつきたい衝動をおさえた。
「シャオさん、もうやるらしいぞ」
その言葉に「そう」とフールは頷いてから、クレディアとともに前の方へ出た。御月はシャドウとドライを見て「お前ら暇人か」と呟いた。すぐさまドライに「あんただって同じ暇人だからいるんでしょバーカバーカ」と返されたためにすぐ前へ向き直った。シャドウは大爆笑してドライに蹴られていたが。
シャオは地面をじっと見つめてから、静かに目を閉じた。そしてゆっくりと開く。
「……うん、この辺がいい。皆、危ないから少し下がってて」
『プロキオン』、ヴィゴたち、そして野次馬となっているポケモンたちが数歩後ろに下がる。何がおこるのかという楽しみと不安とが入り混じっていたが、ほとんどのポケモンが楽しみだと思っていた。
そんな他のポケモンのことは露知らず、シャオは「いくぞ」と小さく呟いた。
シャオが地面に紫色の縁の黒いボードを置く。そのボードの正方形のくぼみに2枚のエンターカードを斜めにはめた。見る限り、あと2枚のエンターカードがはめられそうだが、シャオは2枚しかはめない。
そしてまたシャオが小さく目を閉じた。
するとどんどんボードにパワーが集まっていき、ボードの周りが光りだした。
「わわわわっ、光が!」
「わぁー、すごいね! 綺麗!」
「いや、そうじゃねぇだろ」
クライの慌てた声と、クレディアの能天気な声にツッコむ御月。他のポケモンたちは驚ろいているようで、小さく感嘆の声を漏らしていた。
会話はそっちのけで、光は全く止まらない。
シャオが目を開くと同時、光に包まれて見えなくなったボードの場所がまばゆい光を放ち、光の柱を作った。そして柱が消えたかと思うと、地面にオレンジ色と白の光の大きな円ができた。
「う、わぁ……」
誰かが、呆然と声をあげた。誰かが、息をのんだ。
フールはそろりと不思議な光の円を覗き込んで、そしてシャオに目をやった。
「これって……?」
「"マグナゲート"。ダンジョンへの入り口だよ」
「ダンジョンへの入り口!?」
シリュアが驚きの声をあげる。他のポケモンたちもどよめいていて、驚きを隠せない様子だった。
円を見ながら、シャオは続けた。
「まだ不完全だけどね。読み取りたい地脈をエンターカードにあらかじめ細工し、カードの配置を組み替えることで地脈の流れを様々な形に変え、ダンジョンの入り口を作ることができるんだ
特に今ここに現れているダンジョンの入り口は誰も呼び込んだことのない特別なもの。僕とフィーネが研究を重ねてやっと見つけ出したものだ。太陽と月の力を借りて複雑な地脈を操っている」
ふぅん、とフールが相槌を打った。
何匹かはまた頭をこんがらがせて、寝たり、「えっと……」と戸惑った声をあげている。クレディアはにこにこしていて分かっているのかいないのかが全く分からないが。
フールはじっと円を見つめて、またしても疑問を口にした。
「じゃあこれでダンジョンにいけるの?」
「いや、今おいてあるエンターカードだけではパワーが足りない。入り口を完成させるためにはあと2枚のエンターカードが必要なんだよ」
シャオがすっと手をあげると、どこからか風がおこり、ボードとエンターカードがシャオの手元に戻った。
すると今度はフールではなく、シリュアが納得いったといったように声をあげた。
「なるほどね。なんとなくわかったわ。つまり残りのエンターカードはフィーネが持っているんでしょう?」
「そういうこと。僕のエンターカードとフィーネのエンターカード。この組み合わせによって僕たちの研究もやっと完成が見えてきたところだったんだ」
エンターカードを見ながら、シャオが呟く。そして、俯いた。
「襲われたのはその直後。だから敵の目的はエンターカードなんじゃないかって……僕はそう考えている」
考えているのは、おそらくフィーネのことなのだろう。
俯いて言葉を発しなくなってしまったシャオを横目に見ながら、レアはふうと息をついてフールたちに話しかけた。
「宿場町まで襲ってこないところを見ると、騒ぎは起こしたくないのかもね」
「わからねぇぞ。そう思わせてガツンとくるかもしれん」
まず自分たちは見たこともない敵だ。聞いただけの敵の動きを想像しても分からない。
ヴィゴの言葉に全員が黙る。下手したら、宿場町まで襲い掛かる可能性も無きにしも非ずだ。宿場町だって、安全ではない。
シリュアは少し考え込んでから、難しい顔をした。
「とにかくシャオはここに残っておいた方がいいわ。この中で一番襲われる可能性が高いのは貴方なんだから。フィーネは私たち『プロキオン』で何とかしましょう。ね、フール」
「うん。それが一番妥当だと思う。ね、シャオ。フィーネってポケモンがどこら辺にいるか分かる?」
フールがそう問いかけると、シャオが顔をあげた。申し訳なさそうな、それでいて悔しそうな表情だった。
「……何から何まですまない。この恩は必ず返すよ。フィーネはたぶん……“ドウコクの谷”あたりに逃げ込んだんだと思う。別の追手たちが“ドウコクの谷”の方へ行くのを見た。恐らく、複数で追ってる」
「“ドウコクの谷”ね……」
「あと、フィーネなんだけど……種族がエーフィですぐわかるとは思うけど念のため。これと同じ模様をした銀色の腕輪をしてる」
これ、と示された物を全員が見た。右前足につけてある、金色の不思議な模様が描かれている腕輪。フィーネは銀色の腕輪をしているらしい。
模様をしっかりと目を焼き付け、フールはしっかり頷いた。おそらく間違えることはない。
するとその場に、静かで小さいのに、しっかりとした声が耳に届いた。
「フィーネは、独りが苦手なんだ。独りを怖がってる。今も……もしかしたら、怖がってるかもしれない」
クレディアが、目を丸くした。
他のポケモンたちは黙ってそれを聞いた。シャオの声音が、あまりに真剣なものだったからだ。
そして、シャオはしっかりとフールの方を見た。
「本当にすまない。……フィーネのことを、頼むよ」
「……うん、まかせて。必ず無事に保護するから」
シャオの頼みに力強く頷いたフールが、『プロキオン』のメンバーを見た。
「出撃メンバーは私と、御月と、レトと……クレディアで行くよ。追手が宿場町に来ないとは限らない。シリュアとクライはヴィゴたちと協力してシャオと宿場町を守っててほしいの。ルフ兄はいないから頼りにならないけど……いたなら引っ張ってでも参加させて」
「はい!」
「わかったわ」
クライとシリュアが頷く。フールがヴィゴたちをみると、「まかせろ」と言わんばかりに頷かれた。
ふと視界にシャドウとドライが目に入る。シャドウは肩をすくめて、ドライは「フールちゃんのお願いとあればあたしもはりきっちゃうよー!」と笑顔で返された。そのドライを見て頼むのが嫌になったフールであったが、状況が状況なので頼むことにした。
すると御月が顔をしかめながらぽつりと零した。
「……クレディアで大丈夫かよ。おいてった方がよくねぇか。追手がどれだけのレベルかもわかんねぇのに」
「何しでかすか分かんないこそクレディアでしょ。それに何か修行とか何かやってたみたいだし、いい機会っしょ。ね、クレディア」
「ん、頑張るー!」
「ちなみにレトは空からの偵察隊」
「おい!!」
レトの抗議は完璧に無視して、フールはぐるりとルフトを除く『プロキオン』のメンバーを見た。
ふと、クレディアの口癖が浮かんだ。「だいじょーぶ」と。
その本人を見ると、ちょうど目があった。そしてへらりと笑顔を向けられた。
つられて笑ってから、フールは両手で自分の両頬を叩いた。他のメンバーからはその行動に目を丸くされたが、気にしない。
「……よしっ、みんな、早くフィーネを見つけて保護するよ! 『プロキオン』、」
「「「「「「レッツシャイン!」」」」」
「お前らよくその掛け声のタイミングわかるよな……」
掛け声をかけ、気合を入れる(御月はタイミングが計れなくて掛け声はかけなかったが)。
そして、各々が自分の役割を果たすため、動いた。
「……頑張るネェ」
「ちょっと動きなさいよシャドウ。フールちゃんのお願いを無碍にするとかマジ男とか信じらんないわ」
「アレ? そんな変なこと言ってねーのにひでぇ言われヨウ」
『プロキオン』や他のポケモンたちが丘の上から去っていくのを見る。ドライは「これでフールちゃんの中のあたしの株を少しでも上げて見せるわ……!」とかなんとか言っている。
それを見てシャドウは笑いをグッとこらえ、ドライに話しかけた。
「ドライさんヨー、アリスは怒らえねぇとしても水芹に怒られるゼ。仕事放棄はよくねぇヨ?」
「別にあんただけでも十分なんでしょ? あたしはフールちゃんのお願いを聞きますー」
「じゃ、頼んだわよ」と言ってドライはすたすたと下りて行ってしまった。
シャドウは右手で頭を掻き、「ハハハ」と笑った。そして「あー……」と唸ってから上を見上げた。
「ぜってぇ水芹に俺が怒られんだろうナ……。……まっ、いっカ。
――ところでヨ、さっきからそこに隠れてんのか隠れてねぇのか分かんねぇ奴。もう出てきてもいいんじゃねぇノ?」
「…………。」
がさり、そう音をたてて出てきた者に、シャドウは笑みを濃くした。
へらりとした笑みを浮かべながらも、どこかその者を見定めるような鋭い目。そしてその者を見つめながら、シャドウはつらつらと軽い調子で述べた。
「俺としては下手な動きしたくなかったんだけどナー、何かすげぇ見られてるシ。それとも見てたのは俺じゃなくてあのシャオって奴か、エンターカードか――あぁ、クレディアか?」
最後の言葉の瞬間、スッとシャドウが目を細める。そして、不敵な笑みを浮かべながら、問いかけた。
「俺に何の用カナ?」