51話 ダンジョン研究家の焦り
いつも通りの朝は、またしても訪れない。
「おーーーーーいッ!」
「……またか」
バカでかい声で呼ばれて家を出る。昨日もそうだったのに、今日もそうなるとは。
心の中でうんざりしながら御月が最初に家を出る。クレディアとフールも、最後の食器をしまってから家を出た。
家の前にいるのは、レトでもクライでもなく、マハトだった。
「シャオ、って奴が、話できるまで回復したって。けど、すぐに宿場町を出るって言い出してよ……」
「は? 早くない? てか傷は……」
不審げな目でフールが尋ねる。
見た限り、シャオの怪我は昨日寝ただけで治るものとは到底思えない。話ができるまで、は納得しても、宿場町を出て歩けるのかと言われれば頷けない。
するとマハトは眉をハの字にして答えた。
「傷も完璧に癒えてねぇ。だから「まだ無理するな」って言ってんだが、聞きやしねぇ。とにかく焦ってる様子で話をまともに聞こうともしないし……。
それでフール達を呼んできてくれって、ママさんが……」
「ん、了解。すぐに行く。とりあえずクレディアと御月、皆を呼んできてくれる? あ、ルフ兄は見つかんなかったらいらないわ。とにかく特にシリュア。知り合いがいれば話を聞いてくれるだろうしね。
私は先に行って止めに入ってくる。マハト、行くよ」
「お、おう」
「わかった! シーちゃん呼んでこればいいんだね!」
「おいクレディア! 先行くのヤメロ! どうせお前迷子になるだけだろうが!!」
フールはマハトと食堂に、クレディアと御月は『プロキオン』のメンバーを呼びに行くのだった。
走っていく際にクレディアが急ブレーキをかけ、ド派手に転んで御月にため息をつかれたのは、2匹しか知らない(クレディアについては御月がため息をついていたのを知っていたか否かも微妙ではあるが)。
「おい、まだ動くなって! 傷が完璧に癒えてるわけじゃねぇんだからよ!!」
「っ……はやく、フィーネを……!!」
ふらふらの状態で進もうと、シャオが一歩足を踏み出す。しかしそれはとても小さく、お世辞にも歩いているとは言えない。
しかし一歩一歩小さくても、シャオは進もうとする。
「ぁぐっ……!!」
「ほら言わんこっちゃねぇ! 大人しくしてろって!!」
激痛で声をあげ、倒れそうになるシャオをポデル、ヴィゴ、レアが支える。それでもなお、シャオは「はやく行かないと……」と呟く。
すると階段を上ってきたフールがいち早く声をかけた。
「……ちょいちょい、ぜんっぜん傷治ってないじゃん」
するとふとシャオが顔をあげる。その目はフールをとらえた。
フールは呆れた顔を隠しもせず、「あのね、」とシャオに話しかけた。
「君ちょっと落ち着きなよ。1つ聞くけどそのフィーネってポケモンわかんの?」
「だから探しに……!!」
「君一匹で探すのと、大勢で探すの、どっちが効率がいいかなんて分かるデショ。ちょっと落ち着いて待って。シリュアもあとちょっとで来るから」
それでもシャオはしかし、と渋る。
するとフールは近くにあったテーブルをありったけの力で叩いた。バンッ、という痛々しい音が部屋に響く。
全員の視線がフールに向く。彼女は、にっこりと笑った。
「とりあえず寝ろって言ってんの。何度も言わせないでくれる? 私、気が長い方じゃないの」
その笑顔はどう見てもいい方向の笑顔ではないことは確かで。寧ろ冷汗を感じるようなものだった。
マハトがひそひそと「一旦ベッドに戻るか、座った方がいい! 本気で殺られちまう!!」と失礼極まりないことをシャオに耳打ちする。しかしその言葉通り、今にもフールは電気を浴びせそうだった。
それでもシャオに頭の中には、助けに行かなければいけないという意識しかなかった。
「悪い、けどっ……今、そういうのに、構う余裕は、ない。っぐ……!」
「マジで麻痺させてやろうか」
「だだだだダメですよフールさん! 怪我人!」
本当に技を出しそうなフールをポデルとマハトで止める。
すると階段からドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。その音はどんどん近づき、2階に上がってきた。
「シャオ!」
「っ……シリュア。君が、誤解……解いてくれたらしいね。ありがとっぅぐ……! ゆっくり、お礼言いたいけど……ごめん、時間が、ない」
そして一歩シャオが足を踏み出した瞬間、「い゛っ……!」と声を出して体が床に崩れ落ちた。フールをおさえていたポデルが慌てて支えた。
やはり本調子ではないし、傷も治ってない。いかせるのはよくない。
そう判断し、とりあえず一時的でもいいから引き留めるためにシリュアは話しかけた。
「ねえシャオ。とりあえず話を聞かせてくれないかしら。貴方とフィーネに何があったの? 知り合いがこんな状態なの、さすがに私も心配だから」
シリュアがそう言ってから数秒、シャオは「……わかった」と小さく頷いた。
とりあえずシャオは壁に寄りかかり、安静な姿勢を保ちながら話し始めた。
「俺とフィーネは何者かにいきなり襲われた。それでとりあえずバラバラに逃げたんだ」
「……襲われた?」
フールが眉をひそめる。
シャオはそんなフールに構わず続けた。
「ボクは運よくこの町に逃げ込めた。けど……フィーネは……フィーネは、まだ、逃げ回ってるかもしれない。だから早く……見つけ出さないとっ……!」
最後の方は悔しそうな、苦しそうな表情で、ぎりっと歯を軋ませた。内に占めるのは後悔、そして焦り。
全員が黙った中、レトが腑に落ちたというように発言した。その後すぐにわからないといった表情になるのだが。
「なるほどな。しかしよ、何でシャオたちは襲われたんだ? 何か心当たりはないのか?」
「たぶん……これ、エンターカードを狙ったんだだと思う」
机の上に置いてあった自分のバッグを手繰り寄せ、シャオがある物をだした。全員の視線がそれに向く。
2枚の金属製のカード。どちらも太陽の絵が描かれているが、太陽の絵は異なっている。
「これ、って……?」
「僕がダンジョン研究家ということはシリュアから聞いてるんだろう? 僕らはダンジョンを含めた不思議な土地のパワーを調べててね。
ここらの土地の不思議なパワーには、少なからず法則があるんだ。それを地脈という。地脈の流れがその土地の……まあ、いわゆる不思議度を左右してるんだ。であれば、その地脈の流れを操ることができれば色々なことができるのではないか。そう思ってダンジョン研究家の間で考え出したものが――このエンターカード。
それでこのエンターカードでどんなことができるかというと――ってみんな寝てる!?」
エンターカードを見ながら説明していたシャオが顔をあげると、ほとんど全員が寝ていた。こくりこくりと舟を漕いでいる者もいれば、ぐっすり寝ている者もいる。
起きていたフールが「はー」と息をつく。ダメだこれは、とあきれ顔で。
「私はこの先が聞きたいってのに……ちょっとみんな起きて! 起きない奴は順に電気ショックくらわすからね!?」
フールがそう言い放つと、寝ていた者たちがハッとして頭をあげた。
「俺たち……寝てたのか」
「あぁ……何か強力な催眠術をかけられてたような気がするんだが……」
「私はいい夢が見れてすっきりしたよ」
ヴィゴとレトがまだ眠そうに、レアは茶目っ気に笑った。クレディアがまだ舟を漕いでいるが、フールは気にしなかった。
その様子を見ながら、シャオが申し訳なさそうな顔をした。
「ごめん……説明が難しかったか……。実際に見てもらった方が早そうだね。外にっ……!」
「だ、大丈夫ですか!?」
体を起き上がらせた瞬間、激痛がはしったのかシャオが小さな悲鳴をあげた。クライが慌てて声をかける。
その様子のシャオを見かねてか、ヴィゴは弟子2匹に声をかけた。
「おめぇら手伝ってやれ」
「「へい!!」」
両方向から支えながら、よろよろとシャオが歩く。その様子を心配そうに見ながら、他の者たちも続いた。
御月は隣のクレディアの頭をばしりと叩いて起こし、「行くぞ」と言って。クレディアが「え、あれ? シャオさんは?」と首を傾げていたのはガン無視し、丘の上へと向かっていくのだった。