50話 きっと、まだ
「「あ、」」
ばったりと出会った者の顔を見て、フールとその者は声をあげた。
依頼から帰ってきて、御月以外のメンバーと別れ家に帰ろうとパラダイスセンターを通ったところ、鉢合わせになった。
フールはやぁ、と片手をあげる。
「ちょっと久しぶり、かな。……ドライは?」
「ナンパしに行ったゼ」
ケタケタと笑いながら答えるのは、チーム『陽炎』のリーダーであるシャドウ。隣には本を真剣に読んでいるアリスと、フールを見た瞬間に面倒くさそうな顔をした水芹。
シャドウの言葉を聞いて、フールは隠しもせず安堵の息をついた。
(ドライいなくてよかったー……めんどいんだもの)
第一印象最悪で、フールにとって苦手であるドライがいないのは都合がいいことだった。それに彼女がいたのでは話がまともにできない。
そんなことを思いながらフールが安心していると、御月が話しかけた。
「依頼にいく……わけじゃねぇよな。何やってんだ」
「依頼に行ってちょーど帰ってきたとこだヨ。そんでアリスがぼそりと「……『プロキオン』、どうしてるだろ」とか言うから様子を見にゴフッ!!」
「…………言わなくていい」
自分の名前が出てきたからか、本を読み終わったのか、アリスは本を閉じて、それでシャドウの腹を思い切りチョップした。よほど痛かったのか、シャドウは蹲りながら体を震わせている。
これももはや恒例だな、御月が頭の片隅で考えているとフールがアリスに話しかけていた。
「アリスって本好きなんだねー。何読んでの?」
「……物語。『アンデラ冒険書』、っていう……」
「あっ、知ってる! 私それ読んだ!!」
フールがそれを合図かのように「主人公が凄いよね! 何ていうか何をしでかすか分かんなくって」と、つらつら感想を述べていく。アリスは表情の変化こそあまり見えないが、目を輝かせながらコクコクとフールの言葉に頷いたり、意見を言ったりする。
何だか勝手に盛り上がりつつある女子組に、御月がため息をついた。
「……仲良しなこって」
「僕としてはどうでもいいけど。というか御月、クレディアはどうした」
「ソウソウ。ずっと一緒にいるもんだと思ってたけど、もしかしてそーでもねぇノ?」
「何か用事があるとか何とかで、今日は別行動。珍しくな」
ふぅん、とシャドウが頷く。水芹は少し考え込むような素振りを見せた。
それに御月は訝しげな目をむける。しかしシャドウに話しかけられたため、それもすぐ逸らす羽目になった。
「そういや最近、宿場町周辺に怪しい奴がいるとか何とからしいガ……けっきょく捕まったノカ?」
「いや、怪しい奴ってーかなんていうか……」
言葉を探しながら、御月はシャオのことを話す。倒れていたこと、『プロキオン』のメンバーの1匹が知り合いであること。
すべて聞いたシャドウは「何ダ」と声をあげた。
「つまり捕まってねーノカ。物騒だナー」
「お前が言っても全く物騒に聞こえねぇからやめろ」
「ヒデェ!!」
そう言ってげらげら笑いだすシャドウに、御月は冷たい目を向ける他なかった。
すると「あーっ!」と、御月にとって聞きなれた声が聞こえた。その声はだんだん大きくなることから、こちらに向かってきているのが分かる。
「シャウくん、アーちゃん、せっくん! 久しぶりー……? あれ、ライちゃんは?」
「今はいねぇヨ。てか何だクレディアその姿」
その声の主、クレディアはニコニコと5匹の方へ向かっていった。
クレディアの疑問を返したシャドウは、にやにやとしながらクレディアの恰好について追及する。シャドウの隣にいる水芹と、前にいる御月はクレディアを見て怪訝な表情をした。
そう、クレディアの恰好。体にも顔にも、ところどころに泥がついている。
それを全く気にせず、いつものようにふにゃりと笑ってクレディアは返した。
「しゅぎょー! リィちゃんに手伝ってもらってたの! あとね、せんせーにも助言をもらったり……何か色々とやってたら泥んこになっちゃった!」
「……とりあえず家に入る前に体洗えよ」
「だいじょーぶ! 抜かりないよー!」
何がだ。御月はそう言いたくなったが、何を言っても無駄だと思いやめておいた。
水芹は足のつま先から頭のてっぺんまでクレディアを見て、ため息をついた。
「ガキかお前は……」
「私はまだ子供だよ?」
意味が通じていないことをすぐに悟った水芹は頭を抱えた。どうすればいいものかと。そんな水芹の隣ではシャドウが「ぶっははははは! マジ面白イ!」と大爆笑している。
フールは「どうしようもないな」とため息をついた。
するとスッとアリスが前に出て、クレディアの前に立った。
「んむ、」
「顔くらい、きちんと、拭かないと……」
バッグから真っ白なハンカチを取り出し、クレディアの泥をふき取る。真っ白なそれは、どんどん茶色い滲みを作るが、アリスは全く気にしない。クレディアはただされるがまま、大人しくしている。
ぽかん、とフールが見てから笑い転げているシャドウにどすっとチョップをかましてから質問をぶつけた。
「なに、アリスって妹とか弟かいるの? 実は面倒見いい系なの?」
「チョップしたことは無視なのネ。いンや、あれは周りにそういう奴がいねぇからダロ。ほら、面倒見のいいといったらそこに格段上の奴らぐふぅッ!!」
「その奴らに僕が含まれているのだとしたらもう一度殴るぞシャドウ。僕が動かされるのはお前らが僕にとっての面倒事をおこすからであって、僕に害がなければ動かない」
「わぁお、辛辣……」
「奴らで俺も入ってんならお前ぶっ殺すぞ」
蹴られた腹がよほど痛いのか、シャドウは蹲りながら震えた声で返す。水芹は全く気にせず、逆に「足りなかったか」みたいな表情をしていた。御月も声を低くしながら文句を言う。
フールはその一連の流れを見てから、クレディアたちにまた視線を移す。
クレディアの顔に付着してた泥は、乾いてこびりつたもの以外はほとんど落ちていた。
「んん、ごめんねアーちゃん。こんな綺麗なハンカチ……洗って返した方がいい?」
「……いい。やりたくて、やったから。でもクレディア、帰ったら、きちんと洗う」
「りょーかいっ!!」
すっかりお姉さんだな。そう思うとともに、クレディアだからだろうなぁとも考えた。
どこか抜けていて、純粋でまっすぐで、言動行動ともに子供っぽいところがあるために面倒が見たくなる。アリスもそんなところだろう。
すると「あぁぁぁぁぁ!!」という声が聞こえてきた。聞き覚えのある声に、フールは顔をしかめた。そしてどうしたものかと悩んで数秒、すぐさま近くにいた御月の後ろに隠れた。御月からは「ふざけんな」と文句が投げかけられるが、無視だ。
クレディアはそれとは真逆で、嬉しそうに「あ、」と声をあげた。
「ライちゃん久しぶり―!」
「うん、こんにちはクレディアちゃーん! 今日も可愛いね! あたしのお嫁さんになりませんか!?」
「おいコラ」
「った! 何すんのよ水芹!」
そう、来たのはドライ。そのドライの頭を水芹が叩いた。
叩かれたことへの文句をドライがぶつけると、水芹は冷静に「ソイツただでさえほんとか冗談か区別つかねーんだからヤメロ」と言った。しかしドライは「あたしはいつだって本気ですぅ」と返す。
そしてすぐさまふいっとふ水芹から視線をはずし、御月――の後ろにいるフールに話しかけた。
「フールちゃんこんにちは! あたしとしてはそのキュートなお顔が見たいなーなんて!」
「くたばれ!!」
「フールちゃんがそう言うのなら喜んで!!」
「変態かコイツ」
フールは威嚇、しかしドライは全く気にしないらしい。御月が引き気味でそう零すと、「男は黙っとけ」と睨みながら返された。そのとき御月が「うぜぇ」と心の中で零した。それは完全に表情に出たが。
そんな状況を見てから、アリスははぁ、とため息をこぼした。
「……フールさん、嫌がってるから、ダメだよ。あと、御月さんに、失礼」
「男の扱いなんざこんなもんでしょ。あとフールちゃんについては大丈夫! どんなフールちゃんも可愛い! 女の子最高!!」
「黙れ変態ほんとに黙れ。いい加減キモイ」
「てかアリスさんヨー、御月に失礼っていうなら俺らもそうじゃネ? 俺らも毎度言われてんだケド?」
「シャドウに対してなら、何でもいい」
「俺の扱いはいつも雑ダナ!!」
ケタケタ笑い出したシャドウに、「煩い」と言って水芹のチョップが決まる。ついでとばかりに水芹はドライにもチョップを食らわせて黙らせた。
はぁ、とため息をついてからアリスは頭をさげた。
「……ごめんなさい。馬鹿、ばっかりで」
「いやぁ、こっちも似たようなもんだしね。ってか、アリス。私のことフールって呼び捨てでいいから! あとクレディアには敬語使ってないのに、私には敬語使うってのもサ。私としてはタメがいい!」
フールが元気にそういうと、アリスは渋る様子を見せた。
しかしドライには「フールちゃんのお願いだ! ここは聞かなきゃアリス!!」と言われ、水芹には肩をすくめられ、シャドウには「いいじゃねーカ。ただでさえ友達すくねぇんだから大切にしねぇト!」と笑いながら言われ、どうすることもできなかった(シャドウはもちろんのこと叩いたが)。
それからアリスは「……うん」と控えめに頷いた。
「……とりあえず帰るぞ。様子も見れたしもういいだろ、アリス」
「ん、」
アリスの短い返答を聞いてから、「じゃあな」と言ってすたすたと水芹は歩いて行った。
クレディアは慌てて「あ、うん。またねー!」と手を振り、フールは「あ、そういえば鼠って呼ぶのやめろチビ!」と声をあげた(もちろん「チビじゃない」とすさまじい速さで返された)。御月は眉をひそめる。
水芹の背を見ながらドライは「今日はえらいせっかちね」とこぼした。
「……無茶しないと、いいけど」
周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、アリスが呟いた。
「無茶?」とクレディアが首を傾げる。アリスが答えると思いきや、シャドウが笑いを交えながら答えた。
「アイツぜーんぶ自分で抱えるタイプだから、よくあることなんだヨ。馬鹿だよナー」
「いや、お前には馬鹿って言われたかねぇよ」
「ブッハハ! 水芹と全く同じで容赦ねぇナ、御月!」
ばしばしと御月を叩きながらシャドウが爆笑すると、「叩くんじゃねぇ!」と御月は思い切りシャドウの手を叩いた。
ドライはいつの間にかクレディアを口説きに入っている。残念ながら意味は通じていないが。
すると控えめに、アリスがシャドウとドライの手を引っ張った。
「早く、行かないと、水芹に、おいてかれる」
「へーへー。同じチームで同じ男で俺リーダーなのにこんな扱いが違うとさすがにひでぇヨナー」
「何言ってんのシャドウ。水芹 女じゃん」
「ヨッシャ、それきちんと水芹に伝えとくゼ、フール」
「ごめんなさいやめて」
ハッハッハ、と笑いながらシャドウが去る素振りを見せる。
「…………え、」
その一瞬、ほんとうに小さな声で、聞き間違いともとれるかの音量で、シャドウの言葉がクレディアに届いた。
シャドウは「じゃあナー」と前と、丘で話した時と同じように歩いていった。ドライは「またね! またねクレディアちゃん! フールちゃん! またすぐに会いに行くからぁぁぁぁぁ!!」と、アリスに半ば引きずられる形で去って行った。
ドライの発言、行動にフールと御月がドン引きしている間、クレディアの頭の中ではさっきのシャドウの言葉がぐるぐる回っていた。
〈アイツらのことは、詮索してくれるなヨ〉
(アイツら……それは、せっくんと、アーちゃんのこと、なのかな。『陽炎』全体のことか……)
よくわかんないなぁ。シャウくんは何を隠したいんだろう。何を伝えたいんだろう。
うむむ、クレディアが唸っていると、
「ちょっとクレディア? もう行くよ」
「えっ、あ、うん!!」
フールに話しかけられ、すぐさま考えるのをやめた。
「まあいいや、今は分からなくても。今の私には分からない」。そう思って、クレディアはフールと御月の後を追った。