夢と星に輝きを ―心の境界― - 4章 不穏な影
49話 強く
 うーん、そうフールが呟くと、そこにいたメンバーが反応した。

「どうした、リーダー。腹でも減ったか? 昼までまだまだなのに。大食いだな」

「私を馬鹿にするのを忘れないよね君って。違うよ、クレディアのことだよ」

 声をかけたのは言わずもがなルフト。他のメンバーというのはクレディアとレトとクライを除けた『プロキオン』のメンバーのことだ。
 レトとクライはあれから「用事がある」とのことで、今日は休み。
 その2匹のことではなく、フールが気にかけているのはクレディア。

「だってさ、今まで出撃メンバーについて何も言わなかったのに。急に「今日はちょっとやりたいことがあるから」って……」

 そう、クレディアが出撃メンバーにいない理由。それがフールの一番の気がかりだった。
 「出撃メンバーに入りたい」「今日は控える」などとクレディアは一度も言ったことがなかった。だからこそ、フールにとって意外であり、心配になったのだ。
 理由を聞こうとも、すぐさま走っていってしまったために、聞けなかったのだ。
 御月はそれを聞いて隠しもせず呆れを表情に出した。

「ガキっぽいけどそこまで小さいガキじゃあるまいし、んな心配しなくていいだろ。どうせ歌いたいとか探索したいとか、そんなんじゃねぇの?」

「あの天然っ子だからな。可能性はありうる。それ以外が考えられないっていうのがクレディアの面白いことだよな」

 「くくっ」とルフトが笑うと、御月は「アンタはいつもそうだよな」とため息混じりに言う。
 シリュアは小さく笑ってから、腑に落ちない表情をしているフールに話しかけた。

「私もそこまで心配しなくても大丈夫だと思うわ。クレディアって確かに抜けているけれど……でも、あの子は自分で考えて動くことができる子だから」

「うん……。……また何かに悩んでいるようだったら聞いてあげればいいかなぁ?」

「えぇ。その時は快く悩み事を聞いてあげてたらいいわ」

 そのシリュアの言葉を聞いてから、フールは小さく「うん」と頷いて、笑った。




「さんじゅー、さんじゅいーち、さんじゅにー」

「っ……!」

 次々と撃ちだされる球を、クレディアは避ける。球がどこから出てきているかと言うと、どでかい機械からだ。その隣にはリゲルが立っている。
 クレディアは汗をかきながら、どんどん早くなっていく球を避ける。

「さんじゅさーん」

「あ、きゃっ!!」

 バシッとクレディアの右足に球が直撃し、クレディアが倒れる。するとリゲルが機械のボタンを押し、球だしを止めた。
 それから起き上がろうとしているクレディアに近づく。

「クレディア、大丈夫なのだ?」

「だっ、だいじょー、ぶ……」

 息を切らしながらクレディアが頷く。それから深呼吸したかと思うと、クレディアは仰向きで地面に倒れた。
 胸をせわしなく上下させながら、クレディアは目を閉じる。

「やっぱ、かんたんに、強く、なれない、ね」

「んー、リィはそいうこと分かんないからどうとも言えないのだ。ただ何事も簡単にいくようなら、この世はとてもつまらないと思う」

「はは……だよ、ね」

 うん、そうだ。そう呟きながらクレディアが起き上がる。
 額についた汗を拭うと、リゲルは機械の近くまで走っていき、そしてタオルを持って戻ってきた。それを「ん、」と差し出してくるのでクレディアはお礼を言いながら受け取った。
 受け取ったそれで汗を拭いていると、クレディアとリゲルの耳に足音が聞こえた。それは2匹の近くにくると止まる。
 クレディアがそちらに視線を向けると、彼女は足音の原因を見た途端にぱぁっと表情を明るくした。

「せんせー! おはようございます……じゃなくて、こんにちは?」

「あっ、先生こんにちはなのだ!!」

「………………。」

 そこに立っていたのはユノ。本人にそんなつもりはないのかもしれないが、目からは威圧感を感じる。
 どこまでも無口だが、クレディアとリゲルは全くと言っていいほど気にしていない。むしろ笑顔でユノに話しかけるのだった。

「今リィちゃんにお手伝いしてもらいながら修行してるんです!」

「リィの発明品も使っているのだ!!」

 何も聞いていないというのに、2匹は勝手に説明しはじめる。
 ユノはちらりとリゲルの発明品という機械を見る。それはクレディアが避けていた球を次々と出していた機械。
 それからユノはクレディアたちに視線を落とす。

「…………ミティスたちはどうした」

「フーちゃんたちは『プロキオン』の出撃メンバーだから、いません! 私は自分から言って今日は出撃メンバーから外してもらいました!」

「……そうか」

「そうです!!」

 素っ気ない言葉ではあるが、これがユノの通常運転だとわかっているクレディアはニコニコしながら返事を返す。ユノもクレディアのペースに流されず、自分のペースを保っていた。
 すると横からぬっとリゲルが入ってきた。

「先生は何を?」

「…………煩かったから見に来ただけだ」

「「ごめんなさい!!」」

 声を揃えるとさらに煩いということに気づかないのか。
 しかしユノは不快そうな顔をすることなく、表情を全く変えずに2匹を見ていた。あれを不快と思わなかったのか、もう慣れたのか、はたまた気にしてないのか。
 ふーっとタオルで汗を拭うクレディアを見て、ユノはまたしても問いかけた。

「…………修行?」

 今更な質問。ユノも大概マイペースである。
 そんなユノに負けず劣らず、クレディアも気にせず返した。

「修行、です! えっと……その……」

 それから言いにくそうに言いよどむ。視線を彷徨わせてどう言おうか悩んでいるクレディアを見て、ユノは疑問を覚えた。
 まずクレディアが言い淀むことなど滅多にない。そしてその前、「修行をしている」という発言。クレディアの夢は「医者になること」であり、修行など必要ないはず。寧ろそれならば医療についての知識を蓄えた方がいいはずだ。
 なかなか言わないクレディアに見かねてか、言いたいことがまとまったからか、ユノは口を開いた。

「……誰かに何か言われたか」

「えっ、や……。…………は、い」

 恐る恐るといった風に、クレディアは控えめに頷いた。気まずそうに、俯きながら。
 その様子を見て、またしてもユノは「おかしい」と感じた。それから、その原因を考える。
 よほどクレディアにはその「誰か」に言われたことが応えたのだろう。そのため様子がおかしく、修行などといったことをやりだした。大体そんな感じだろう、ユノは勝手に結論付けた。

「……そ、の……やっぱり、弱かったら、みんなの力にはなれない、って。ちょっと、そう、思えちゃって」

 ぽつりぽつりとクレディアが言葉を零す。自信なさげなクレディアの言葉は、何だか弱弱しく、壊れそうだった。
 暫くしてからユノは口を開いた。

「……お前は医者になりたいんだろう」

「え? あ、うん。じゃなくて、はい」

 そんなことを聞かれるとは思わなかったのか、クレディアは敬語が外れながら答えた。ただ、その肯定の言葉は、しっかりとしていた。
 ユノはそれを聞いて、静かに目を伏せてから目を開けた。

「誰かが怪我をしたのを手当てする。……それも、力にならないと思うか?」

「い、いいえ」

「……それが分かっているならいい。何を言われたかは知らないが……行くべき道を見失うな」

 ぽん、と自身の頭におかれたユノの手に、クレディアは嬉しそうに微笑みながら「はい!」といつもの調子を取り戻して返事をした。
 すると隣にいたリゲルが「あーっ、ズルイ!」と騒ぎ出したので、ユノは同じように頭にぽんと軽く手をおいた。かなり雑なような気もしたが、リゲルは満足しているようなのでいいのだろう。
 それからユノはおもむろに口を開いた。

「……力は、」

「?」

「膨大にあっても、それが誰かの役にたつとは限らない。時には、他人を傷つける刃となる。時には、誰かを狂わせる。時には、とても邪魔な代物に成り果てる。それは、覚えておけ」

「は、い?」

 よくわからないいった様子でクレディアは頷いたのだが、ユノはそれ以上は発言しなかった。
 それを理解してか、クレディアが「あのマシン、」とリゲルの機械を指さした。

「今日、まだ使ってもいいかな? リィちゃん」

「ん? リィは別に構わないけど……先生に修行やめとけって言われたのではないのだ?」

 リゲルはちらりとユノを伺うが、表情から何も読み取れなかったのかすぐにそらした。
 にこりとクレディアは微笑んで、「だいじょーぶ」といつもの口癖を2回繰り返してからえへへと笑った。

「せんせーは、別に修行するなって言ってるわけじゃないと思うよ。ただ、やりすぎ注意ってことだけ! それにあのマシン、まだ稼働したばっかりだしね」

「ん、ならリィは稼働準備してくるのだ!」

 たたっと小さな足で機械の方まで駆けていくリゲルの背中を眺める。
 それから未だ隣から動かないユノをちらりと見た。リゲルの方を見ているが、瞳には何も映していない。いつも、そう。見ていると思いきや、何も見てない。
 一度だけそれが気になってクレディアが聞いたところ、「何にも関心がいかないため」と言われた。

(……せんせー、何かやりたいこととかないのかなぁ)

 そうしたらもっと楽しいのに。クレディアは心の中でそう付け加える。
 ユノが全てにおいて関心が薄いのと反対に、クレディアは好奇心旺盛で何事においてもすぐに関心を示す。クレディアにとっては、ユノの関心の無さは、つまらないことに見えてしまうのだ。
 全く正反対であるのに、好感をもてるのは互いの性格故だろう。

「……せんせー、」

「…………何だ」

 ユノの言葉から、数秒してクレディアは応えた。

「私、やっぱり強くなりたい、です。戦う力じゃなくて、もっと、違うところで。みんなを支えられるぐらい……強く、なりたい、です」

 私は、弱いから。みんなみたいに、強くないから。

 クレディアがそうぽつりと呟くと、ユノがまたしてもクレディアの頭にぽんと手をおいた。そして小さく何かを呟いたと同時に、クレディアがばっと顔をあげる。
 それから何も言わず、ユノは背を向けその場から去って行ってしまった。
 ぽかんとしながら、クレディアは自身の頭に片手を置き、ユノの背を呆然と見る。

「クレディア―? こっちは準備できたが、やっていいのだ?」

「えっ、あ、うん! お願いします、リィちゃん!」

 リゲルの声で、すぐにクレディアは意識を戻す。
 それから機械をしっかりと見据え、ふと小さな笑みを浮かべた。

(せんせいに、またお礼言わなきゃなぁ)

 頭の中で、さきほどのユノの小さな呟きが響く。ついつい緩みそうになる頬を引き締めながら、クレディアは修行を再開するのだった。



〈――頑張れ。〉




■筆者メッセージ
テスト終わりましたー……。疲れた。
アクア ( 2014/07/02(水) 23:21 )