48話 怪しい者
「はっ……は……」
悲鳴をあげている体を叱咤し、前に進む。
目の前は霞んで見えるし、足元はフラフラで、意識も朦朧としてきて、自分は何をやっているのかさえ分からなくなってくる。
それでも、進まなければ。
「ぁぐっ……!」
途端に激痛がはしる。倒れそうになる体を必死に持ち直し、足を前へと突き出す。
すると階段が見えてきた。さほど段差もない階段を、一段一段ゆっくりと上って行く。階段を上ることがこんなに困難なことなどと考えたことはあっただろうか。
そして最後の一段を上がったとき、足元がフラついた。
「っ……!」
何とか踏ん張ろうとしても、踏ん張れない。そのまま地面に倒れ、周りには静かに土煙が舞った。
ダメだ、このまま倒れるわけには……! 早く助けなければ……!!
「っ…………ーネ……」
呟いた名前は、とても小さく、誰にも拾われることもなく、消えた。
クレディア達が朝食を片付け、さあ外に出ようかというところだった。
「クレディア! フール! 御月! ちょっと出て来てくれーーーッ!!」
慌てたような、そんなレトの声が聞こえてきたのは。
首を傾げながら、3匹が外に出る。そこには声の主が汗をかき息をきらしていた。そして3匹を見るや否や、口を開いた。
「あっ、現れたんだよ! 宿場町に! 怪しいポケモンが!!」
その言葉に、クレディアは分かっていないのか小首を傾げる。フールは「えぇ!?」と反応し、御月は訝しげに目を細めた。
「えっ、それって“わくわく冒険協会”からのお知らせにあったあの……!?」
フールがそう問うと、レトは静かに首を横にふった。
「そこまではわからねぇ。宿場町の途中で行き倒れになってたみたいだし……」
「行き倒れに……?」
ふとフールの頭に浮かんだのは、意地の悪いメンバーの1匹。んなワケあるかとフールは首を横にふった。
そんなフールを放り、御月は詳しい情報を得ようとレトに話しかけた。
「で、ソイツは今どこに?」
「宿に運ばれてレアさんの世話になってる。俺もチラッと姿を見たけどよ、あんまり怖そうな奴じゃなかった」
「じゃ、悪いポケモンってことはないね」
「おい、見た目で決め付けんなよ。外面で判断してっと足元すくわれるぞ」
「わ、分かってるし……」
少したじろぎながら、御月の言葉にフールが頷く。
レトは「御月の言うとおり、」と神妙な面持ちで説明を続けた。
「ここらに住んでるポケモン皆が見たことないっていうから……怪しいことには変わらねぇ。ヴィゴなんかはもう悪者だと決め付けて、そのポケモンを責めるようにガミガミやりはじめてるからタチ悪ぃんだ」
「えっ! ダメ! 私、ヴィゴさん注意してくる!」
「はいはい。勝手に行動しない」
駆け出しそうなクレディアの襟首を寸のところでフールが掴む。そしてレトに視線を向けた。
「分かった。私たち宿に行ってみる」
「そうしてくれ。俺は他の連中も呼んでくるからよ」
じゃ! そう言ってレトは駆け出していった。恐らくクライやシリュア、ルフトなどを呼びに行くつもりなのだろう。
それを見送ってからクレディアがうずうずしながら指さした。
「ねっ、ねっ、早くいこ? 責められてるの可哀想……」
「あぁ、うん、そうだね。てか何やってんのさヴィゴ……」
「疑い深くなるのも、分かる気はするけど。状況によるな、こりゃ」
それから3匹は少し駆け足になりながら、宿に向かった。
宿の入口に行くと、沢山のポケモンが群がっていた。
それにフールはひくっと頬をひきつらせる。中々に面倒だな、そう思ったのだ。
しかしクレディアはそれに動じもせず、ずんずんと宿に向かっていく。それに慌ててフールと御月もついていった。
「ごめんね! ちょっと通らせて!!」
すると入口への道をふさいでいたポケモンたちは素直に道を空けてくれた。クレディアはたたっと駆け出し、宿に入る。
そして食堂から宿に繋がっている階段を上っていると、怒号が聞こえてきた。
「しらばっくれやがってこの野郎! 正直に言えっつーの!! オメェ何を企んでこの町に来たんだよ!?」
「ちがっ、ぅぐっ……!」
階段を上りきって見ると、ベッドに寝ている黒いポケモン。そしてレア、ヴィゴ、マハト、ポデル、そしてシュダがいた。
するとレアがヴィゴを制した。
「ヴィゴ。まだ傷が癒えてないんだから無茶言わないの」
「うぐぅっ……し、しかしよォ!」
「ヴィゴさんめーっ!! そのポケモンが可哀想!!」
「うわっ!? い、いきなり声あげんなクレディア!!」
クレディア達に気付いていなかったヴィゴは大げさなほど体を揺らした。クレディア達が登ってきた階段に背を向けていたので、気付かないのも当たり前だろう。
それからクレディアがひょこりとベッドに寝ているポケモンを見た。続いてフールと御月も顔を覗かせる。
「種族はブラッキーか」
「まあ、確かに見た目は怖そうじゃないってレトの言葉も分からなくない」
御月とフールが見たまんまの感想を述べる。
ベッドに寝ているのは御月が言ったとおり、ブラッキーだった。いくつか包帯を巻かれており、苦痛で顔を歪めている。
するとクレディアは誰にも聞こえないほど小さく声をあげた。右腕につけてある物を見たからだ。
(金色の、腕輪だ)
きらりと光るソレは、何故か目を惹いた。よくよく見ると見たことがない模様が掘られている。
ほへぇ、とわけの分からない声をあげながらクレディアがブラッキーを見ていると、ヴィゴがまたしても声をあげた。
「傷ついたフリしているのかもしれないぜ? 皆が油断した隙をついて何かするかもしれ、」
「そんなワケないでしょ」
ばっさりとレアが切り捨てると、ヴィゴが「うっ」と言葉を詰まらせた。そのままレアは止めの一撃をさした。
「昔のアンタじゃあるまいし」
「……すみません」
昔のことを掘り返されたら何も言い返せない。ヴィゴは大人しく口を閉じた。
するとまじまじとブラッキーを見ていたフールが口を開いた。
「このポケモンが倒れてたんだよね?」
「そうなんじゃよ」
フールの問いかけに応じたのはシュダだった。フールがそちらを見るが、シュダはブラッキーから目を離さず続けた。
「朝、散歩してたら宿場町の入口近くに倒れておってな。そりゃもうビックリじゃったよ」
「悪そうには見えねぇんだが……何せここらじゃ見たことがないからさ、」
マハトが続きを言う前、「おーい!」と階段の方から声がした。
全員がそちらを見ると、駆け寄ってくるレト。後ろにはクライとシリュアがいた。ルフトが見当たらないところを見ると、見つからなかったのだろう。
3匹が少しベッドに近づきブラッキーを視界に捕らえると、シリュアが目を丸くした。
「シャオ!?」
「えっ!?」
「はっ?」
シリュアの言葉に全員が目を丸くする。しかしシリュアは気にすることなくベッドの近くにいき、ショックを隠せない様子で呟く。
「シャオ……どうして、」
信じられない、そんな言葉がぴったりなシリュアの様子だった。
それからシリュアはぐっと言葉を飲み込み、シャオと呼んだブラッキーを見てからレアに目をむけた。
「どんな様子なの?」
「大丈夫。傷もあるけど……それよりも疲れがだいぶ溜まってるようなんだ。時間がたてば回復すると思うわ」
「そう、よかった」
ほっとシリュアが息をつく。
これらの行動からして他のポケモン達も予測がついているが、フールが代表してシリュアに問いかけた。
「シリュア、このポケモンと知り合い?」
「えぇ。名前はシャオレア・レスファイ。愛称はシャオ。ダンジョン研究家よ」
「……ダンジョン、けんきゅうか……?」
しっくりこないようで、フールが不思議そうな顔をして首を傾げる。
シリュアは「えぇ」と頷いてから、説明をした。
「この地方がもつダンジョンもふくめた不思議な土地のパワー、シャオはその研究をしているの。特に大氷河を調査していたの」
「だ、大氷河を!?」
驚いたレトの言葉にシリュアが静かに頷く。そしていつの間にか寝てしまっているシャオを見た。
「前に皆で蜃気楼を見たとき、私が言ったことを覚えてる? 海沿いの山の上から大氷河を眺めたことがあるって。シャオとはその時に知り合ったのよ」
「ほっほっほっ、そうじゃったか。安心したぞい。どうやら悪いポケモンじゃなさそうじゃのう」
そういってシュダが笑うと、じとーっとした目線がヴィゴに送られる。代表してクレディアが「ほらー!」と言った。
その視線に耐えかねてか、ヴィゴは気まずそうな顔をした後
「……すみません」
小さく謝った。
それからシリュアが「でも、」と声をあげた。
「私がその時に会ったのはシャオだけじゃなかったわ。もう1匹いたの。
名前はフィネスト。フィネスト・イレクレス。愛称はフィーネで、シャオの恋人。シャオとフィーネは一緒に大氷河を調査していたのよ」
「もう1匹? それに恋人って……。ていうかそのそのフィーネっていうポケモンはどうしてるんだろう?」
うーんとその場に居る者達が首を傾げると、ヴィゴがおもむろに声をあげた。
「ド派手に喧嘩して別れたとか?」
「それは絶対にないと思う。ラブラブだったし」
(((((…………。)))))
あまりに早い即答に全員が微妙な顔をして黙ってしまった。ただし、クレディアを除く。
付け加えるように「2匹とも大人らしい、喧嘩するような性格じゃないしね」とシリュアは言った。知り合いのシリュアがそういうのだから、きっとそうなのだろう。
フールはちらりとシャオを見てから、はぁっと息をはいた。
「……何にしても、シャオって呼んでいいのか知らないけど。シャオから聞いてみないと分からないってことね」
「今日は難しいけど、シャオが回復したらすぐに知らせるよ」
そのレアの言葉に、「ん、よろしく」とフールは頷いてから『プロキオン』のメンバーに「パラダイスに戻ろうか」と言い、メンバーは宿を後にした。