47話 それぞれの境遇
夜。クレディア達はそれぞれのベッドに寝転がり、目を瞑っていた。
「…………ねえ、クレディア、御月。……まだ起きてる? 今夜は少しむしむしして寝苦しいよね……」
すると突然、フールが喋りだしたのだ。
クレディアは閉じていた目を開ける。フールはちょうど背を向けていて、目を開けているのか瞑っているのかさえ分からない。
すると更に声が聞こえた。
「んなこと言ってねぇで寝ろ。気合で」
「気合で寝れたら苦労しないっての……」
御月の声はしっかりとしており、寝そうにはない。逆にフールはうとうとした様子で、今にも寝そうな声だった。
少し間が空いてから、フールは再び口を開いた。
「……私、さ。今日ククリたちを見てて思ったんだけど…………クレディアの世界、人間の世界にいるクレディアの両親や友達って、どんな感じなの?」
それに、クレディアは目を丸くした。まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのだ。ずっと聞かれなかったから、自分でも忘れそうになっていたのだ。
クレディアは口を僅かに開いて、そして閉じた。それから意を決したように口を開いた。
「私の両親は……お母さんは、私を産んだときに、亡くなっちゃったんだ」
クレディアがそう言うと、フールが息を呑んだのが分かった。気配で分かる。御月も驚いているようだ。
そのままクレディアは続けた。
「……私のお母さんはね、体が弱い人だったんだって。お医者さんはあらかじめ出産の危険をきちんと説明してたんだけど、お母さんは「どうしても産みたい」って聞かなかったらしいの。会ったことはないけど……凄い優しくて綺麗な人だったって、そう聞いてる。
お父さんは、そんなお母さんの分まで愛情をいっぱい注いでくれる人。お仕事で忙しいから、そんなには構ってもらえてはないけど……それでも時間を作って、私との時間をできるだけ取ろうとしてくれる、すっごくいいお父さんだよ」
「……優しい、お母さんとお父さんだね」
フールがそう言うと、クレディアは嬉しそうに「うん、」と頷いた。
「御月は?」
「…………。」
フールが訊ねたが、返事はない。答えたくないのか、寝ているのか。
それから少し間が空いてから、フールが口を開いた。
「……私、は…………私には、親がいないんだ」
クレディアは思わず「え、」と小さく声をあげてしまった。そのままフールは続ける。
「兄弟も、いない。……ううん、いるかどうかも、分からないの」
「…………。」
フールの表情は、見えない。クレディアはただ黙って聞いていた。
「物心ついたときから、ずっと1匹だった。友達もいなかった。……ほしかったけど、できなかったの。
今はポケモン同士の関係があまりよくないから……。もっとみんな仲良くすれば良いのに、いがみ合うポケモン達がいる。見た目は中がよさそうでも実は違っていたり……本音を言い合わなかったり……そういうのが私は嫌だった。だから、今まで友達ができなかった」
だからフールはヴィゴのときも、シリュアのときも、反論していたのだろう。そして“ポケモンパラダイス”という夢を抱いたのだろう。
フールの言葉を聞きながらすとん、と落ちていく感覚をクレディアは感じながら、黙って話しを聞いた。
「……でも、結局は、私もシリュアと同じだったのかも。騙されたり、裏切られたりするのが怖かっただけ。……自分が傷つきたくなかったのだけかもしれない」
フールはぽつりぽつりと呟く。それはれっきとしたフールの本音で、誰にも言えなかったフールの思いなのだろう。
「けど……ずっとほしいと思ってたの。上っ面の付き合いじゃなくて、心から信頼しあえる、本当の友達。……そんな友達と一緒に「何かやりたい!」って思いついたのが、この楽園作り。
楽園作りを一緒にやっていれば楽しいし、皆が笑顔になって、上っ面だけの付き合いもなくなると思った」
語られていく、ずっと胸の奥にあったであろうフールの本音。
告げられる言葉はとても重みがあり、クレディアの心にも響くものがあった。
「だから……今は、毎日が楽しい。たくさん友達ができて……『プロキオン』の皆が家族みたいで……温かくて、賑やかで……。本当に、本当に楽しいの。
ありがとね、クレディア、御月。これからも……よろ、し、……」
く、と続くことは無く、代わりにスゥスゥという寝息がクレディアの耳に聞こえてきた。フールを見ると、体が一定のリズムで上下に揺れているのが見た。どうやら寝てしまったらしい。
そしてクレディアはむくりと体を起き上がらせた。
「みっくんは、話したくなかったの?」
「…………起きてるのは想定済みかよ」
それを聞いてクレディアはにっこりと笑う。
目を瞑っていたものの、起きていた。つまり御月もフールの本音を聞いていたのだろう。心なしか優しげな表情に、クレディアには見えた。
御月は面倒くさそうな顔をし、ごろりと寝返りをうってフールと同じように背を向けてしまった。するとぽつりと零した。
「お前とは、逆だよ」
「え?」
「父さんは死んで、母さんは生きてる」
そう言われて、クレディアは納得した。確かに逆だ。
しかしクレディアが思っている「逆」は、御月の言った「逆」とは範囲が違ったようで、御月は更に衝撃的なことを続けた。
「兄弟はいない。一人っ子だ。……お前とは、全く違う。いい家庭には恵まれなかった」
「…………?」
「母親は、とんでもないロクデナシだった。お前の父親とは正反対。お前の父親がお前に愛情を必死に注いだのなら、俺の母親は俺に恐怖を生みつけた。……言えるのはこれだけだ」
それから、御月は一言も発することはなかった。
クレディアは首を傾げながらも、これ以上問うということはしなかった。ごろりとベッドに寝転がり、自分のバッグを漁ってある物を取り出す。
「…………。」
手の中で光る、赤、黄、青とそれぞれ2つずつの、計6つのヘアピン。
(私の世界の引き出しにしまってたはずなのに……)
それが何故、こちらの世界にあり、クレディア≠ェいた場所に落ちていたのか。それより前、あのクレディア≠ヘ何者なのか。クレディアには全く検討がつかなかった。
ふとクレディアの脳内に、クレディア≠フ声が響く。
〈私の名前は――クレディア・フォラムディ≠チて、いうんだよ〉
〈どうして、貴方が、クレディア≠ネの?〉
〈偽者には、消えてもらわなきくちゃ〉
〈死ぬかもしれないっていうのに、何にもできないなんて。情けないよ、私の偽者。こんなんじゃ、あの子たちの近くいたって、迷惑かけただけ。ただのお荷物だよ〉
〈だから弱い私≠ヘ死んで。――さよなら、私の偽者さん〉
「っ……!」
思わず拳をつくり、ありったけの力で握ってしまう。ヘアピンが手の中でぶつかり、カチンと小さく音をたてた。
クレディアがクレディア≠ノ抱いた感情。それは、膨大な恐怖だった。
得体のしれない、全く同じ姿のクレディア=Bクレディアとは違う、圧倒的な力。恐ろしく冷徹な声。
最後の心底冷えた声が、どうしても耳にこびりついて離れない。
手の力をゆるゆると弱め、ヘアピンを見る。そしてクレディアはある仮説を思いついた。
(ドッペルゲンガー……)
自分の世界にある、そんなオカルト現象。
しかしクレディアはそれを否定した。あのクレディア≠ヘ、自分が知っているドッペルゲンガーの特徴と違うところが多々あるからだ。
それならばあのクレディア≠フ正体は、
「………………。」
ぎゅっと、ヘアピンを右手にうつし、左手で自分の手にある薄ピンクのリボンに握った。それから深呼吸をし、自分を落ち着かせる。
そしてヘアピンを鞄の中に戻し、リボンを握りながらクレディアは目を瞑った。
「だいじょーぶ……」
そう呟いたとほぼ同時だっただろうか、クレディアの口から寝息が漏れた。