46話 母と子
「ククリー!!」
ダンジョン内を進みながら、クレディアとフールがククリの名を呼ぶ。
クレディアも落ち着いてきたようで、いつもの調子とはいかないが、普段どおりの調子を取り戻しつつあった。
御月はきょろきょろと辺りを見渡し、ククリを探す。そしてため息をついた。
「だいぶ奥まで来たな……。できれば“スズカゼ草原”とか宿場町近くとか、安全な場所で見つかってくれてたらいいんだが」
「まあ此処らにいたらかなり危険だもんね……」
“シキサイの森”にいるとは限らない。“スズカゼ草原”や見落としていた宿場町の近く、もしかしたら家に帰っている可能性だってあるのだ。
クレディアたちはだいぶ奥まで来たが、ククリの気配はない。
こんな奥まで進んだというのならば、かなり危険である。“シキサイの森”のポケモンは少しレベルが高い。だとしたら、この場所で見つからない方がいいと思うのが普通だろう。
するとクレディアが「あ、」と声をあげた。
「あそこ、たぶん広いところにでると思う」
「あ、ホントだ」
出口と思われる方向へと3匹が歩いていく。
そしてそこを出ると、広い場所に出た。スタート地点より薄暗く、風の音しか聞こえない静けさ。人気がないのはすぐに分かった。
そしてフールは「あーっ!!」と大きな声をあげた。
「ククリ! やっと見つけた!!」
「うわぁっ!?」
フール達の方に背を向けていたククリは大きく体を揺らす。それもそうだろう。突然後ろから大きな声で自分の名前を呼ばれたのだ。驚きもする。
ククリは慌てて後ろを見てから、フール達の姿を見てほっと息をついた。
「な、なんだぁ……。御月兄ちゃんか……」
「何だじゃねぇよ。何やってんだお前」
ため息混じりに御月がそう言うと、ククリは言葉を詰まらした。そして口ごもりながら「その、」と言っている。
そんなククリの様子に3匹は首を傾げる。しかしククリが何か言うことはなさそうだった。待っていても仕方ないとフールは判断し、ククリに近づいた。
「あのね、ククリ。私たちは君を迎えに来たの。ファムさん……お母さんが心配してるよ? 早く帰ろう?」
「迎え……? ボクちょうど今から帰ろうと思ってたんだよ? 此処にもよく来るし……いつも平気だし……そんなに心配しなくても大丈夫だよ?」
ククリは全く分からないといった様子で小首を傾げ、言葉を並べる。
そんなククリにフールは苦笑した。小さな子どもは注意力が足りないから心配なんだよなぁ、などと考えながら。
「「外出は注意」っていうお知らせが出てるのは知っているよね? だったら気をつけなくちゃ。さっきも言ったように、お母さんさんも心配してるの。あまり困らせるのもよくないんじゃないかな?」
フールの言葉を聞いて、ククリは腑に落ちない様子で「……うん」と頷く。それを見てフールはまたも苦笑し、「またやりそうだなぁ」などと思った。
それから4匹は帰路を歩き出す。フールは歩きながら注意する口ぶりで話した。
「何か怪しいポケモンがうろついてるらしいし。だから此処も安全じゃないんだ。でも……そんなものに出くわさなくてホントよかったよ」
その時ククリはちらり、とある方向を見た。
クレディアとフールは気付かなかったのだが、御月はそれを見逃さなかった。
「……ククリ、お前、何かに会ったか?」
「えっ!? な、何言ってるのさ御月兄ちゃん。何にも会ってないよ」
明らかに動揺したように首を横にふるククリ。クレディアとフールはその様子のククリに首を傾げるだけだ。
御月は目を細めてククリを見た後、諦めたように「……ならいい」と言って顔を背けた。
パラダイスセンターに帰ると、既にファムとヨフト、そして朝にいなかったシリュアとルフトを加えた『プロキオン』がいた。
ファムはククリの姿を目に入れるや否や、ククリをぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫!? 怪我はない? 心配したのよ……!!」
「ご、ごめんね、お母さん……」
母親がここまで心配しているとは思っていなかったのだろう。少したじたじになりながら、涙声でククリが謝る。
そして言いにくそうに「あのね、」と切り出した。
「ボク、これを取って来たんだ」
その言葉に怪訝そうな顔をしながらファムがククリから離れる。そしてククリはファムにある物を手渡した。
ファムはそれを見て「これは……?」と首を傾げる。ククリは嬉しそうに、笑った。
「赤い石! なんか宝石みたいで綺麗でしょ? お母さん誕生日だから……何かプレゼントしなきゃって思って……」
その言葉に、ファムは目を丸くした。
自身の誕生日、そんなことはすっかり忘れてしまっていた。しかし我が子はそのことを覚え、こうやってプレゼントを用意してくれたらしい。サプライズの形で、“シキサイの森”などという、危ない場所にまで行って。
怒って注意しなければ。お礼を言わなければ。
頭の中でそんなことが過ぎったファムだったが、体がその前に勝手に動いた。
「なんて子……馬鹿ね……。……でも、ありがとう…………」
ぎゅうっと、ファムは強くククリを抱きしめる。それにククリは嬉しそうに笑いながら、「お誕生日おめでとう、お母さん」と言った。
するとヨフトが涙を溜めながら親子に近づいた。
「僕も心配したんだよ〜! 何で1匹で行っちゃったんだよ! プレゼントを探しに行くなら言ってくれよう……。僕も一緒に行ったのにっ……!」
「ゴメンね、ヨフト……!」
うわぁぁん、と泣き出してしまったヨフトを、母親との抱き合いをやめてからククリが抱きしめる。そして一緒にわんわん泣き出してしまった。
そんな2匹の頭を涙目になりながらも微笑んで、ぽんぽんとファムが撫でた。
そして暫くたってから、目を真っ赤にさせたククリとヨフトを背に、ファムが『プロキオン』の前に立って頭を下げた。
「『プロキオン』さん、このたびは本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……! そして、本当にありがとうございました! ささやかですがお礼を……」
そう言ってファムはフールにお礼、500ポケと木の実を数個手渡した。フールは断ろうとしたのだが、押し切られてしまった。納得いかなさそうに、それでも「ありがとう」とお礼はきちんと言ってから、フールはバッグにお礼をしまう。
ファムはそれからもう1度、深々と頭を下げた。
「それでは失礼します。ご迷惑おかけしました」
「心配かけてごめんなさい……」
「ありがとう! 『プロキオン』さん!!」
しょぼんと申し訳なさそうにククリ、とても明るい笑顔でヨフトがそう言ってから、3匹は去っていった。
するとルフトが「はっは」と笑った。
「いや、よかったよかった! な、リーダー」
「君なにしに来たの」
「迷子を捜しに光のごとく戻ってきた、とか?」
「ぶらぶらしてんの俺らに見つけられただけだろ! 嘘つくな!!」
ルフトの言い分にレトが噛み付くように言う。しかしルフトは否定するわけでもなく可笑しそうに「くくっ」と笑うだけだ。
そんな2匹はさておき、クライがほっと息をついた。
「ククリが無事でホントよかったです。一時はどうなることかと……」
「それにしても、彼らは仲がいいのね」
シリュアがそう言うと、周りは「うんうん」と頷いた。御月は「俺はいい遊び相手にされてたけどな……」と呆れた顔を見せる。
するとフールがふんわり微笑みながら、小さく声をあげた。
「……うん。見ててなんか和んじゃったよ。いいもんだね。家族や友達って……」
そう言うフールは、どこか寂しそうで、羨ましそうだった。
クレディアはそんなフールの様子に気付き、そしてフールの言葉を頭の中で復唱した。
(家族や友達、か……)
思い浮かぶのは、自分の世界にいる者たち。
そしてクレディアは誰にも聞こえないくらいの声で「あ、」と声をあげた。
( ……そういえば、フーちゃんの家族って、どうしてるんだろう……。“ポケモンパラダイス”の土地だって、自分でお金を貯めて買った、って言ってたし……)
ちらりとフールの方を見る。
「………………………。」
その答えは、表情からは見ぬけられなかった。