45話 クレディア・フォラムディ
「だいぶ奥まで来たよね……」
薄暗い森の中を歩きながら、クルマユ――ククリはそう呟いた。
するととても広い場所に出た。ククリは辺りを見渡しながら、満足げに頷く。
「うん。ここなら何か見つかるかもしれない。いいものがあるといいなぁ……。探してみよ……あれ?」
ククリが辺りを見渡そうとすると、おかしな部分を見つけた。
そこへ近寄ると、ほんの少し盛り上がっている地面。自然にできた突起には見えず、人工的に作られた突起のようだ。
ククリもそれに気付いたようで、首を傾げた。
「何か……埋まってるみたい。掘り返してみよっ」
そしてククリが掘り返すと、綺麗に光る赤い石、地面で汚れた白色の小さな巾着袋、そして見慣れない模様が描かれているカードが出てきた。
ククリはその赤い石を発見すると、目を光らせた。
「わぁっ、赤い色の石だ! 何て綺麗なんだろう……!! これを持って帰ったら喜ぶかなぁ……?」
ククリは赤い石に気を取られ、気付かなかった。近づく気配に。
「はっ……はぁっ……! ――ッ!?」
その者は、ククリの姿を目に入れた瞬間に立ち止まる。ククリは、赤い石に気を取られ、気付いていない。
ごくりと唾を飲み込み、その者はククリに近づいた。
「あっ……!」
そして、その者がククリに十分近づいてやっと、ククリが後ろを振り向き、驚愕で目を丸くした。
どうして、何で。この子は、誰。この子は、何者。
クレディアは混乱する頭で、必死に考えていた。目の前のツタージャは焦った様子もなく、ただにっこりと笑っている。
このツタージャは、自身のことをクレディア≠セと言った。更に、クレディアと同じ青い瞳を持ち、同じ声をしている。まさに、クレディアの、鏡。
(何で――)
「どうして、」
クレディアが必死に考えていると、クレディア≠ェ口を開いた。
驚いて反射的にそちらを見ると、微笑んでいるクレディア≠ニ目があう。その瞬間に激しくなる、警鐘。
逃げろ、ここに居てはダメだ。早くその者から離れろ。
本能が訴える、危険。
ただ足を動かそうにも、動かなかった。否、何か足に蔓でも巻きついているような、何かにきつく縛られているような、そんな感覚に陥って動けなかった、と言った方が正しいだろう。
そんなクレディアの事情を知る由もなく、目の前で微笑んでいるクレディア≠ヘ同じ声で言い放った。
「貴女が、クレディア≠ネの?」
はっ、クレディアが息を吐いた。手には、尋常でない汗。
足を動かそうにも、縫い付けられているように動かない。声を出そうにも、喉がカラカラで声させ出ない。
クレディア≠ヘ、不敵に笑った。
「――偽者には、消えてもらわなくちゃ」
「っ!?」
いきなり蔓のムチを出してきたクレディア=B
クレディアはようやく足が動き、スレスレでその攻撃を避ける。反射的に動いたため、地面にゴロゴロと転がり、クレディア≠見据えながら起き上がる。
それを見て、またしてもクレディア≠ヘ笑った。
「へぇ、避けるんだ。でも、攻撃はしてこないんだね」
「あ、なた、はっ……」
声もようやく出てきた。しかし、それは言葉にならなかった。
「攻撃しないと、死んじゃうよ?」
「……!!」
クレディア≠ェ攻撃してきたからだ。
グラスミキサーがくると分かったクレディアは、慌てて右に転がる。すると左スレスレにグラスミキサーが通った。地面を見ると、抉られている。
尋常じゃない、威力。クレディアとは比べ物にならないほどの力。
(どう足掻いても勝てない……!)
直感的に、そう思った。
あちらの方が一枚も二枚も上手だ。技の威力も、戦いも、恐らくあちらが慣れている。
それに比べてクレディアは戦いは素人だ。ようやく技がまともに打て出し、戦いもやっと慣れてきたところだというのに。
どうやったって、勝てないのは明白だった。しかし、
(嫌だ、こんなトコで死にたくない……!)
咄嗟にクレディアはそう思った。
体に土がついているのに構わず、クレディアは立ち上がる。それを見てクレディア≠ヘ楽しそうに笑った。
「あははっ、戦う気になった? でも、私に勝てるかな?」
「っ……!!」
おいうちを仕掛けてくるクレディア≠ノ、蔓のムチを出す。しかしそれも軽く避けられてしまい、更には
「グラスミキサー」
「あぐっ!!」
攻撃を喰らった。それも、威力が強いものを。
ヨロヨロと起き上がるクレディアだが、クレディア≠ヘ容赦がなかった。そのまま攻撃をしかけてくる。
「蔓のムチ」
「っ――きゃっ!!」
まともに避けられず、蔓のムチによって地面を転がる。
何とかクレディアが起き上がろうとするも、体に力が入らない。入れようとすれば、体が痛いと悲鳴をあげる。挙句は意識まで朦朧としてくる始末だ。
すると目の前で、ザッと音がした。恐らく、クレディア≠ェ目の前に立っているのだろう。
「弱いね、偽者さん。ちょっと残念だよ」
薄くクレディアが目を開き、クレディア≠見る。
無表情で、見下ろしていた。するとクレディア≠フ右手に小さな葉が生え、それが鋭い刃物へと変化する。クレディアに止めをさすための、刃物へと。
朦朧とする意識の中で、クレディアは呑気に考えていた。おそらく、リーフブレードだと。
何もできないクレディアに、クレディア≠ヘ話しかけた。
「死ぬかもしれないっていうのに、何にもできないなんて。情けないよ、私の偽者。こんなんじゃ、あの子たちの近くいたって、迷惑かけただけ。ただのお荷物だよ」
「…………。」
「だから弱い私≠ヘ死んで。――さよなら、私の偽者さん」
ヒュッ、と風を切る音。
静かに、諦めたクレディアが目を瞑った、瞬間だった。
「――――クレディア!!」
聞きなれた高い声に、クレディアがぱちりと目を開く。
目線をずらすと、心配そうな顔をして駆け寄ってくるフールと御月が見えた。
「あ、れ……?」
そして、クレディアは目を丸くした。
先ほどまで目の前にいたはずのクレディア≠ェ、いないからだ。まるで、元からそこにいなかったかのように、いなくなっていた。
すると、クレディアの耳に、キン、という音が聞こえた。
「…………?」
「クレディア、大丈夫!? 傷だらけだし大丈夫じゃないよね……お、オレンの実……」
「落ち着けフール。おい、クレディア食えるか?」
駆け寄ってきて慌てるフールに、冷静に行動する御月。
そんな2匹をぼけーっと見てから、クレディアは無意識に口を開いた。
「……クレディア=Aは…………?」
「は?」
クレディアの言葉に、不思議そうに首を傾げるフール。御月も怪訝そうな表情をしている。
その様子に、気付いた。
2匹は恐らくクレディア≠見ていない。きっと、自分がただ地面に倒れている所しか見ていない。それを証拠に「さっきのは誰だ」と聞いてこない。
大人しくクレディアは御月からオレンの実を受け取り、それを齧った。
「……美味しい…………」
そう呟くと、フールと御月がぎょっとしたのが分かった。
「だ、大丈夫クレディア!? どっか痛いの!? 先にパラダイスセンターに帰る!?」
「と、とりあえず泣き止め! 何処が痛いんだ!?」
そう言われて、クレディアは初めて自分が泣いていることに気付いた。ぽたりぽたりと、温かいモノが頬を伝っていく。
クレディアは無意識に、近くにいたフールの片手を握った。
それにフールが戸惑い、地味に御月に助けを求めていると、クレディアがぽつりと言葉を漏らした。
「私、は……此処に、いて、いいよね……?」
「え…………?」
「此処に、いても、いい、ですか……? 此処に、私、なんか、が、いても」
一言一言、確かめるように、縋るように言うクレディアに、フールと御月はますます分からないといった表情をした。
しかしフールはクレディアをぎゅっと抱きしめ、背中をぽんぽんと叩いた。
「いいに決まってるでしょー。いきなり何を言い出すかな、クレディアは」
小さな子どもをあやすように、安心させようとフールが一定のリズムで背中を叩く。
クレディアは嗚咽を漏らすまいと、唇をかみ締める。ただ涙を拭うことはできず、涙は重力に逆らうことなくポロポロとこぼれた。
御月はそんな2匹を黙ってみてから、静かに目を伏せた。
数分たってから、クレディアが「ごめんね」と言って涙を拭った。ぐすぐすと鼻を啜らせ、目を赤くしている様は幼い子どものようだった。
不謹慎だと思いながら、その様子を見てフールは小さく笑う。御月は見守るのをやめ、そこら辺を散策していた。
クレディアが落ち着いたことを確認してから、フールは声の調子を穏やかにして話しかけた。
「で、何があったの?」
そう聞くと、クレディアはびくりと体を揺らし、俯いてしまった。
「あっ、べ、別に話したくないならいいから! ……また、落ち着いたときに、クレディアが話そうと思ったらでいいから。ね?」
ぐすっとクレディアが鼻をすすりながら頷いた。それを見てフールはクレディアの頭をポンポンと優しく撫でる。
ふとクレディアが目を動かすと、ふと視界の隅にある物が入った。
「……! こ、れ……!!」
「え?」
クレディアが慌てて地面に落ちていたそれを拾い上げる。そして両手にちょこんとのせる。それを、フールは不思議そうに見た。
それを見たクレディアは、またしても汗が吹き出るのが分かった。
(な、んで……。これ、は、)
そしてクレディアはあることに気付いた。
クレディアは「……あ、」と声をあげ、口元を押さえた。偶然には、できすぎた偶然。つまり偶然と考えないほうがよいのだ。
しかし、それはクレディアを更に混乱へと貶めることになっていた。
それがあった場所。それは、先ほどまでクレディア≠ェいた場所だった。
クレディアの手の中にあるそれ、赤、黄、青の3色の、2つで1組になっているヘアピン6つが、きらりと光った。
フールは分からず首を傾げる。
そんなフールの様子に気付かず、ただクレディアは呆然とするだけ。そして、ぎゅっとそのヘアピンを握った。
するとそこらを散策していた御月が戻ってきた。
「パンジーが近くに生えた穴があった。……ククリは見当たらねぇし、とっとと進むぞ」
「うん。クレディア、いける?」
「……ん、だいじょーぶ」
こくりとクレディアが頷いたのを見て、御月は見つけた穴の方に進む。
クレディアはヘアピンを失くさないよう、鞄の奥底へと大事そうにしまう。
フールは少しでもクレディアを安心させるために、クレディアの右手をとって、手を繋いだ。いきなりのことにクレディアはばっと顔をあげてから、また少し俯き気味になりながら繋いでいる手に少し力をこめた。
「……あーあ、」
3匹が去った場所に、1匹のポケモンが佇む。
そのポケモンは、ツタージャ。青い目をした、そう、クレディア≠セ。
「ちょっとやりすぎちゃったかなぁ。怒られちゃうや」
反省しているような口ぶりではあるが、クレディア≠ヘニコニコしている。反省の色はなしだ。
それからクレディア≠ヘ3匹が去っていった方向を見た。
笑みを引っ込め、複雑な顔をしながら呟く。
「……皮肉なものね。何もかもが、似すぎている。まるでココは物語の中のようだわ」
明らかにクレディアとは違う話し方をするクレディア=B
クレディア≠ヘ目を伏せ、そして静かに開く。そこにはクレディアと全く同じである綺麗な水色の瞳。
そしてクレディア≠ヘ笑みを浮かべた。
「だからこそ、迎えるであろう終焉は防いで頂戴、――」
そう呟いて、クレディア≠ヘ元々そこにいなかったように、姿を消した。