43話 非常事態
「はあっ、はっ……!」
草を掻き分け、無我夢中に前へと進む。
まとわりつこうとする草を払いのけ、前を遮る草をどけ、足にからみつく草は蹴って進む。とにかく、前へ。
あと少し。テントのある町が見える。あと少し――!!
「今日は、夢を見なかったかぁ……」
クレディアが残念そうに呟きながら、食器を片付ける。朝食は既に食べ、3匹は初期の片付けをしていた。
するとフールが食器を片付ける片手間に話す。
「焦っても仕方ないよ、クレディア」
「ん、そうだね」
「喋ってないで手を動かせお前ら」
御月が呆れ顔でそう言いながら、食器を布で拭いていく。
そして全て片付け終わり、家を出るとクライとレトが既にいた。前までは家の前に集まるのが鉄則だったが、最近は暇だったら家の前に集まることになっている。
今日はシリュアとルフトは不在で、2匹だけのようだ。
「おはよ、レッくん、クーくん!」
「おう、おはよう!」
「おはようございます!!」
軽く挨拶を交わす。
そしていつも通りフールが「おしごと掲示板に行こう」と言おうとしたときだった。
「あ、あの!」
高い声が聞こえ、全員がそちらを見る。
するとパラダイスセンターの方からハハコモリとヨーテリーが歩いてきた。5匹とも、2匹に見覚えがあった。宿場町によくいるポケモンだ。
「あれ? ファムさんにヨフトじゃないか。どうしたんだ?」
レトが2匹に話しかける。
ハハコモリの方がファムで、ヨーテリーの方がヨフト。2匹の表情は穏やかではなく、焦っているようだった。
「すみません、お願いです! 私の子ども……ククリを探してほしいんです!」
ファムの子ども、と5匹が思い浮かべる。
そしてすぐさま思い出した。いつもフムトと遊んでいるクルマユのことだ。
「ククリを……? もしかしていなくなっちゃったのか!?」
レトが焦ったように聞くと、少し目に涙を浮かべながらファムが頷いた。
「朝起きたらすぐに出かけていて……。多分どこかに遊びに行ったと思うんですが、お友達のヨフト君に聞いてみたら一緒じゃないって言うんです……」
「おばさんから話を聞いて、僕も近所の遊び場所を探してみたんだけど見当たらないんだ……」
しゅんと落ち込んだ様子でヨフトが話し、俯いた。
ファムは心配だということを隠しきれない表情で、焦っているためか少し早口で話す。
「普段でしたらそんなに心配することもないんですが……最近、怪しいポケモンが此処らへんをうろついているって話でしょう? だからもういてもたってもいられなくって……!」
「あ、そっか……!」
すっかり忘れていた怪しいポケモンの存在に、5匹は少し顔を青ざめさせた。今そんな状況であるのに、勝手にいなくなっては心配するのも当然だろう。
するといの一番にクレディアが発言した。
「わかった! 私も探す! します!」
「もちろんチーム総出でね!」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!! わたし達も引き続き探しますので……」
クレディアとフールがそう言うと、ファムが目を潤ませながらお礼を言う。
すると1番重要であることを御月が聞いた。
「ククリが行きそうな場所は?」
その言葉にファムが答えようとすると、先にヨフトが話しだした。
「う〜ん。探してない場所は……“スズカゼ草原”と……あと、“シキサイの森”かなぁ……」
“シキサイの森”といった瞬間、フールとクレディア以外が反応を示した。驚き、そして焦ったように。
「えっ!? “シキサイの森”!?」
「まあ! 貴方たちあんな危ない所まで遊び場にしてたの!?」
周りのあまりの気迫に、ヨフトは慌てて頭を下げた。そしてしどろもどろに言葉を並べる。
「ご、ごめんなさい! だってあそこ、色々珍しいものが手に入るし……だ、から……」
「ま、まあまあ! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょう!? とりあえずククリを探して、それについてのお説教はそれから! ね!!」
今にも怒りそうなファムを、慌ててフールが制す。フールに言われ、ファムもすぐに何をすべきか分かったようで頷いた。
そして御月が少し考え込むような素振りを見せてから、顔をあげた。
「“シキサイの森”は俺らが探します。そっちの方が危険だし。ファムさん達は“スズカゼ草原”を探してください」
「わ、わかったわ。ごめんね、御月くん。『プロキオン』さん、すみませんがよろしくお願いします」
ぺこりとファムは頭を下げ、ヨフトとともに早足で去っていった。子どもが、友達が危ない状態かもしれないのだ。慌てるのも仕方ないだろう。
それを見てからレトがフールに話しかける。
「“シキサイの森”には誰がいく? 残った奴は他の場所を探した方がいいだろ」
「そうね。シリュアやルフ兄にも協力してもらって……」
「あ、あの、そのことなんですけど……」
フールの声を恐る恐るといった感じで遮って発言したクライに、全員の視線が集まる。レトは「あー」と納得しているが。
分からずクレディア達が首を傾げていると、クライが様子を伺うように言った。
「その……ルフ兄は「ちょっとそこらブラブラしてくるから」って言って行っちゃったから……多分いないと思います……」
クレディアは「ルー兄はのんびりやだねぇ」と的違いなことを言い、御月は「あの人ならやりそうだ」とため息をつく。
そして、ぶちりと音が場に響いた。
「あンの馬鹿ぁぁぁぁぁ!! こんな時に放浪癖発揮してどーすんのさ! 次会ったら電気技祭りだぼけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「まあシリュアとか、リゲルとかユノさんなら協力してくれんじゃね? それに今はルフ兄に文句いっている場合じゃないだろ」
レトにそう言われたが、「そうだけど……」とフールは納得いかなさそうだ。小さく青筋が浮かんでいることから、かなり怒っているのだろう。
しかしレトの言うとおり、今はルフトに文句を言っている場合ではないのだ。
フールはすぐさま真剣な表情に切り替え、今いる5匹に指示した。
「……そうね。とりあえず“シキサイの森”には私、クレディア、御月の3匹で行くわ。クライとレトはシリュア、リゲル、師匠、宿場町にいるポケモンに協力を呼びかけた後にククリの捜索に向かって頂戴」
「分かりました!」
「おう!」
それを聞いて、すぐさまクライとレトが駆け出していった。
フールはくるりと振り返り、クレディアと御月を見る。
「私たちも急ぐよ!」
「そうだね! ククちゃん、大丈夫だといいけど……」
「……とっとと探すぞ」
3匹は駆け出し、十字路に向かっていった。
――――シキサイの森――――
「ここから……しか、入れそうにないな」
“シキサイの森”は少し薄暗い草木が生い茂った森だった。風が吹けば、沢山の木の葉が舞い、草が揺れる。
御月が見つけた穴の近くには、黄色い花が咲いていた。
「パンジーだ! パンジーって言ったら、あれだよね!」
「どれだよ」
「確か……花言葉、赤だから「もの思い」だね。この花を贈るとしたら……「貴方のことを思いわずらっています」とか、かな?」
「だって御月、」
「俺にふるな!!」
からかおうとしたフールだが、すぐさま御月に怒られてしまった。クレディアは純粋に花言葉の報告をしたいだけだったようだが。
するとフールがパンジーを見ながら呟く。
「クレディア、花とか詳しいの?」
「え、あっ、うん。でも私が詳しいんじゃなくて、教えてもらってたから……」
「へーえ」
それでも覚えているのは凄いなぁ。フールはそんなことを思い、そして目的を思い出した。
今そんなことを言っている場合ではない。ククリが先なのである。
「と、とりあえずククリ探さなきゃ!!」
「かんっぺきに目的を忘れてたよな、お前……」
「早く見つけないと、ファムさんも心配してるしね!!」
そう言って3匹は“シキサイの森”にあった穴に入っていった。