42話 不安と陽だまり
クレディアたちが家の外にでた瞬間、バサッという音が聞こえた。
「ペリッパー……?」
3匹がその音につられるように顔をあげると、そこには1匹のペリッパー。
ペリッパーは空から何枚か紙を落とし、そしてまた違う方向へと飛び去ってしまった。ずっと紙を何枚か落としながら。
ひらりと落ちた紙を御月が見事にキャッチし、紙の内容を見た。
「これは……わくわく冒険協会≠ゥら、この周辺地域にいるポケモンへの知らせみたいだな」
「内容は?」
フールが尋ねると、御月が紙の内容を読み上げた。
「わくわく冒険協会≠ゥらのお知らせです。近ごろ宿場町の周辺で怪しいポケモンがうろついているとの情報がありました。念のため外出や戸締りには十分に注意しましょう。
……最近はこういう知らせがなかったから、珍しいな」
御月が紙を見ながら呟く。
するとフールが怪訝そうな顔をし、不満を漏らした。
「怪しいポケモンだなんて、前から宿場町にいたじゃない。コマタナたちとかさぁ…………あれ、コマタナだけ?」
あらら? とフールが頭を抱えて悩みだす。その様子を見てクレディアが割りと本気でフールを心配するが、すぐに御月が制した。
そして紙を見ながら、呆れたように御月が言った。
「こういう紙が配られるってことは、ダンジョン内の敵やコマタナごときの子悪党よりも、もっと危険なポケモンかもしれないからだ。……ま、念にこしたことはねぇだろ」
「何かあったら遅いもんね」
クレディアの言葉に、「そういうことだ」と御月が返事をするとフールは納得したようだ。
「宿場町は今どんな様子だろう。こんな紙が配られてるし……ちょっとした騒ぎになってるかもね。ちょっと気になる」
「見てもあんまおもしろくねぇぞ」
「……いいじゃん、気になるんだし。行ってみよー!」
「おー!!」
元気よくパラダイスセンター方面に歩いていくフールとクレディアに、御月はため息をつく。そして呆れ顔で2匹の後を追いかけた。
そしてパラダイスセンターに行くと、セロと目があった。
「おぉっ、ヌシ達! いいところに来ただぬ。ちょっとお使いをしてくないだぬか?」
「お使い?」
3匹がセロの元に寄ると、セロに茶色い袋を渡される。そして「お使い」の内容を説明してくれた。
「これを宿のママさんに届けてほしいだぬ」
「宿のママさんって……レアさんのことだよね? それにこの袋ってポケを入れる袋じゃ……」
「そうだぬ。これは昨日の食事代だぬ」
セロがそう言うと、「あぁ」と御月が納得したように声をあげた。レアの元で働いている御月だからこそ、すぐに何か分かったらしい。
御月は困ったように笑い、セロに話しかけた。
「食事代っすね。もしかして、ツケにしてもらったんすか?」
「そうだぬ。昨日ご飯を食べに食堂へぬぼーっと行っただぬが、あまりにぬぼーっとしてたせいかポケを持っていくのを忘れてただぬよ。思い出したのも食べ終わった後だぬ。後の祭りだぬ」
「あぁ、それで。でも何でお使い?」
この程度ならセロでも行けそうなものだが。
するとセロはあからさまに凹んだオーラを見せ、悲痛な事情を打ち明けてくれた。
「今日はちょっと腰の調子が悪くてだぬぅ……」
((あぁ……))
事情を聞き、フールと御月は悟ったような目をした。
確かに腰が痛いのは辛いし、本人の前では決して言ってはならないが、お世辞にもセロは若くない。つまり、無理をさせるのはよくない。
そんなことを考えていると、クレディアが元気よく声をあげた。
「あっ、私腰痛にきくマッサージ知ってるよ! やろうか?」
「やめときなさいクレディア。君がやったらセロが死ぬかもしれないから。わかった。どうせ私たち今から宿場町に行くつもりだったし、ついでに届けておくよ」
「助かるだぬ。スマンが頼んだぬ」
未だマッサージをやるとごねているクレディアを御月がひきずり、3匹は宿場町へと向かった。
そして、絶句した。
「う、わぁ……」
「誰も、いないね……」
そう、誰もいなかった。
店番をしているポケモンも、宿場町でのんびり立ち話をしているポケモンも、誰1人としていなかったのだ。
いつも賑わっている宿場町は、閑散としたとした町へと成り果てていた。誰もおらず音がないせいで、さらさらと流れる水の音がよく聞こえる。その水はまるで「寂しい」と言っているようだった。
呆然としながら、3匹は宿場町へ足を踏み入れる。
「だから言ったろ。楽しくないって。お知らせ初日は大抵こんなもんだ」
「いや、まさかこんな静かだなんて思ってなかったし……。皆あの知らせ聞いて怖がって出てこないって訳?」
「得体が知れてないからこそわくわくするのにね……」
「今そんな逞しさはいらない」
あれ、と首を傾げるクレディアは通常運転だ。
フールと御月はため息をグッと堪え、食堂に入る。食堂にはちらほらであるが、話をしたり食事をしたりと、ポケモンが集まっていた。
それを横目で見ながら、3匹はレアに近づく。
「レアさーん、これセロから」
「あら、フール達じゃない。というか、セロから?」
フールがレアに茶色の袋を渡すと、レアは合点がいったとばかりに「あぁ」と声をあげた。
「昨日の食事代ね。わざわざありがとう。こんなものいつでも良かったのに」
「ツケてもらった側はよかねぇよ」
「そういうもなのかね」
御月の言葉に、わからないといったようにレアは肩をすくめる。
クレディアはきょろりと辺りを見渡し、そしてカウンターにいるレアに話しかけた。
「食堂には、そこそこお客さんがいるんだね」
「あぁ、宿場町の周辺に怪しいポケモンがうろついてる、っていう注意があったから心配してくれてるのね。ありがと。ま、ああいうお知らせはよくあることだから、そんなに心配はしてないんだけどね」
「そっか、ならよかったー」
へにゃりとクレディアが笑う。
しかしレアはその笑顔を見て、困ったような笑顔を浮かべた。
「でも……これは今回のお知らせに限ったことじゃないんだけど……。……皆、不安は持っているわ」
真剣な声音で話し始めたレアに、3匹の視線が集まる。
クレディアははてなマークを浮かべながら、フールは悲しそうに、御月は深刻そうな顔をしながら、レアの話を聞いた。
「ポケモン同士のいざこざも相変わらず多いし、ぎくしゃくした関係が続いてる」
「希望の虹≠焉A今はかからんからのぅ……」
いきなり声が聞こえた方を見ると、ゆっくりと飲み物を飲んでいたハーデリアのシュダだった。隣には不安そうな顔をしているワシボンのワエトもいる。どうやらレアの話が聞いていやようだ。
シュダもワエトと同じような表情をしながら、続けた。
「ワシもふくめて宿場町のポケモンはみな、虹が見られなくなってからは、明日への希望もいつの間にか持てなくなってしまってるんじゃ」
「宿場町だけじゃねぇ」
今度はワエトが会話に加わっていた。
「この世界に住むポケモン達が希望を失くしかけているんだ。全部が全部とはいわねぇけど……。それで、何となくだがよ、ここままいくと…………嫌な予感がしてならないんだ」
「嫌な、予感……」
フールが難しい顔をして、ワエトの言葉を復唱する。レアも、御月もいつの間にか同じ表情になっている。
するとしみじみと、シュダも呟いた。
「わかるのぅ……その感じは……。恐らく、皆が心の奥底で思っていることじゃろう……。
このままだと、そのうち良くないことが起きるんじゃないか。明るい未来など来ないのではないか。……そんな、漠然とした不安が」
「かといって、不安があるからといってどうすりゃいいかも分からねぇ……。何かモヤモヤした感じなんだよな……」
シュダと、ワエトがそう言う。クレディアが他を見ると、レアも、御月も、フールも苦しそうな顔をしていた。
そして辺りを見渡す。そして、よく見る。
(あ……)
そして、クレディアは納得した。目を見て、納得した。
口にはしないが、みな心の中で、どうしようもない不安を抱えている。けど口にしたところでどうにもならないから、口にしない。ずっと、その不安を抱えて毎日を過ごしている。
じっとクレディアがフールと御月を見ると、2匹も同じだ。
どこか、不安がある。自分は他の世界の者だから、感じないのだろうか。2匹は、どこか不安を抱えている。それが恐らく、シュダが言っていた、漠然とした不安。
クレディアが明るい調子で声を出そうとすると、先にフールが発言した。
「でも!」
その少し大きめの声で、5匹はフールを見た。
フールは俯いた顔を、あげた。
「きっと、大丈夫。そんなの、すぐ、吹っ飛んじゃう、よ」
苦しそうで、辛そうで、無理をして作った笑顔。言葉は、まるで自分に言い聞かせているようで。
それに、クレディアも、そして御月も、レアもシュダもワエトも、何も言うことはなかった。否、言うことができなかった。
それから食堂を出たのだが、何だか思い空気になってしまった。
クレディアは何とか空気を変えようとするが、話題が見つからない。如何せんいつもは天然ゆえ無意識で変えているのだが、意識的に変えようとすると難しいらしい。
フールと御月は食堂を出たっきり黙ったままで、難しい顔をしている。
そしてようやくいい案が思いついたクレディアは、明るく2匹に話しかけた。
「ね、フーちゃん、みっくん。丘に行こう! 私、高いところで空が見たい!!」
「……どしたのクレディア」
「気分てんかーんッ!」
「あっ、ちょ、オイ!?」
強引と思ったクレディアであるが、断られたら意味がない。
そう考えたクレディアは一気に階段を駆け上がって丘まで目指す。フールも御月も慌てて追いかけてくれているようだ。
丘まで行くと、先客がいた。
「あーっ、クーくん、レッくん、シーちゃん、ルー兄! みんな揃ってる!!」
『プロキオン』総メンバーといったところか。
因みにルフトのことは既に3匹に紹介済みだ。クレディアとシリュア以外は「ルフ兄」と呼ぶことにし、クレディアは「ルー兄」、シリュアは「ルフト」と呼んでいる。 そしてルフトはクレディアから貰った白いスカーフ、勿論『Procyon』と刺繍してある物を右前足につけていた。
「おぉっ、天然っ子とリーダー様と苦労人がやって来たな」
「天然っ子?」
「……何か馬鹿にされてる気がしてならないんだけど」
「俺は苦労人じゃねぇ」
ルフトの呼び方に、それぞれが違った反応を見せる。その様子を見て、ルフトはくつくつと笑った。
するとクライが3匹に話しかけてきた。
「丁度シリュアさんとルフ兄の旅の話を聞かせてもらってたんです! 2匹とも凄く物知りで!!」
「おう! 特にルフ兄の森遭難話は大爆笑だったぜ!」
レトはそう言うと、「やべっ、思い出したら……!」と笑っていた。どうやらとても楽しい話だったらしい。
すると呆れたような顔をしながらも笑顔で、フールが呟いた。
「……何それ」
「あの時本気で死にかけたからな。あぁ、でもリーダーなら死んでたかもな?」
「なっ、死にませんー! ていうかいい加減フールって呼べや!」
未だルフトはフールの名前を呼んだことはない。その度にフールは抗議しているのだが、ルフトはその様子を見て笑うだけ。
今も同じことになっているのだが、違うのはシリュアが混じっていることだ。ルフトに弄られるフールを、シリュアは可笑しそうに笑う。フールはそれにさえも抗議し、ルフトがまた笑い、同じように逆戻り。
御月は爆笑しかけているレトを見て呆れ、クライと話している。
クレディアは、2匹の表情を見て、ほっと息をついた。
(よかった……。いつもの、いつもに戻った)
先ほどの難しい表情とは一転、楽しそうな笑顔に変わっている。
クレディアは「丘に来て正解だったな」と考える。そしてクライ、レト、シリュア、ルフトを見て、微笑んだ。
(これも仲間の、影響、だよね)
きっと、丘にくるだけじゃダメだった。丁度ここに、仲間が居合わせてくれたから。
じゃれている6匹を見て、クレディアは右手にあるリボンをぎゅっと握る。表情はとても柔らかい、優しい笑顔だ。
「……まるで、貴方たちを見ているよう」
温かい陽だまりで、貴方たちは笑っていて。そこへ私を引っ張っていってくれる。
「っ……!?」
一瞬、姿がダブった。フールと、御月の姿が、クレディアの知っている姿に。
思わずクレディアは頭を押さえ、目を瞑った。そして目を開いてもう1度フール達を見ると、変わらない姿でじゃれあっている。
そして微かに、クレディアは目を丸くした。
「まさか、」
クレディアがそう呟いた瞬間だった。
「ちょっとクレディア大丈夫? 何かぼーっとしてるけど。夢のせいで寝不足?」
ひょこりと顔をのぞかせ、フールが真っ直ぐにクレディアを見ていた。
暫くクレディアは目をぱちぱちと瞬かせてから、いつもと同じようにふにゃりと微笑んだ。
「ううん。みんな楽しそうでいいなぁって」
「楽しい!? いやさっきから私ルフ兄におちょくられてますけど!?」
「おちょくってない、おちょくってない」
「おーい、何でかレトが笑い死にしそうなんだけど」
「だ、大丈夫? レト」
「だっ……だいじょっ……!!」
「あら、確かにこれは重症ね」
陽だまりの中に、クレディアが駆けていく。
その背中を、誰かが少し遠くから見ているようだった。