41話 暴露
ガサッガサッ、そんな音がたつ。
しかしそんなことは全く気にせず、草木を掻き分け進んでいく。
「はっ……はあっ……!」
荒々しく息を吐き、その者はただひたすら草草をおしのけ前へ前へと進んでいく。前は草で覆われて何も見えないというのに、ただひたすら進む。
「っ……! く、そっ……!!」
途中、草むらにあった根にひっかかって転びそうになるのを必死に耐える。
それに対してか、それとももっと別のことなのか。その者は悔しそうに吐き捨て、そのまま前方へ進む。
そしてその者が大きな草を払いのけると、ある物が見えた。
「あれ、は……」
ポケモンの形をしたテント状の幾つかの建物に、木造の建物。そして周りには綺麗な水が流れている。
その者がいるところはそこからは遠く、その場所より上のところだ。要するにその者は今その場所を遠目から見下ろしている形になっている。
しかし遠目でも水が綺麗で澄んでいることが確認できた。つまりその場所とその者がいる場所は、そこまで遠くないということ。少し下に下っていけば、その場所に辿り着けるということを鮮明に表してた。
「……は、やくっ…………!!」
その者は元きた道を少し戻り、また違う道に進むため、草木を掻き分け進んだ。
ふわふわとした、不思議な空間。
これは……あの夢。この世界に来る前と、少し前にみた夢と同じ。
この夢は、何か意味がある夢なのだろうか。
すると、私の耳に何か聞こえてきた。これは……声、だ。
《…………さん…………クレ……ア……さん……クレディア……さん……》
名前を、呼んでいる……?
今までになかった変化。上手く聞き取れている訳ではないけれど、かすかに聞こえてくる声。
《おねが……たす…………たすけ…………………》
何て、何て言っているの……?
分からない。貴方は誰? どうして私に語りかけてくるの? 私に何を伝えたいの? 貴方は今どこにいるの?
ダメだ、声が小さくなってきた。聞こえない。
待って、あと少し、もう少し、話を――!!
ぱちりと、クレディアが目を開く。見えるのは、見慣れた天井。
「…………覚めちゃった……」
残念そうにクレディアが呟く。
そしてのそのそと体を起こし、ぼけっと夢について考えた。
(どうして、また夢を見たんだろう……)
「……おい、クレディア。どうかしたか?」
物思いに耽っていたため、いきなり聞こえてきた声にクレディアが体を揺らす。御月はそれを見て「わりぃ、ぼーっとしてたから」と謝ると、クレディアは「う、ううん。気にしないで」と首を横にふった。
そして朝食作りに戻っていった御月の後ろ姿を眺める。
(そういえば…………私、みっくんには言ってなかったな。元人間だってこと)
今クレディアが元人間だと知っているのは、隣ですやすやと眠っているフールと、クレディアと同じ元人間だというシャドウだけだ。
クレディア自身、隠すつもりは全くないのだが、話す機会がなく話していない。
それを証拠に今更ながら「言っていなかった」と思うのだ。隠しているのなら罪悪感などというものも湧いてくるが、そんなものはこれっぽっちも湧いてこない。
少し悩んでから、ベッドから移動して、フールを起こさないよう小声で御月に話しかけた。
「あのさ、みっくん」
「あ? ……畑を見に行かなくていいのかよ」
「ちゃんと後で行くよ。ちょっとみっくんにお話があって」
「話?」と訝しげな顔をする御月に、クレディアは微笑みながら「うん」と頷く。
御月はその笑顔を見てそこまで深刻そうな話でもないと判断したのか、目を手元の調理中の材料に戻した。そのまま木の実を切り分ける。
クレディアは御月が拒否しないことから、話していいと判断し、勝手に話し出した。
「私ね、元人間なんだよ」
「…………は?」
少し間が開いてから、御月が素っ頓狂な声をあげた。目線も、またクレディアの方に戻ってしまっている。
しかしクレディアは御月の様子を気にしていないのか、続けた。
「フーちゃんと会う前、私この世界とは違う世界にいたの。その世界では、私、人間だったんだよ。でもこの世界にきたらポケモンになってて――」
「ちょ、ちょっと待てクレディア。何の冗談だ?」
クレディアの説明を慌てて御月が遮る。
いきなり何を言い出しているんだコイツは。何でこんなわけの分からない話をしだす? 御月の心中は大体こんなものだった。
しかしクレディアはにっこり笑って、こう言い放った。
「冗談じゃないよ。ぜんぶ、ホント」
その言葉を聞いて、御月が固まった。
クレディアは「あれっ?」と首を傾げる。
(えっと……あれ? 唐突、すぎちゃった……? せ、説明がちょっと大雑把すぎるのかな……?)
どうして御月が固まるのかが分からず、悩んでいた。
クレディアは話したら全て信じてもらえると思っていた。話した前例たち、つまりフールとシャドウがすんなり信じたため、全員が全員、すぐに信じると思ったのだ。
しかしこれはどうも理解しているといった態度ではない。本気で冗談だと思っている。
ようやくそのことに気付いたクレディアが弁解しようとすると、御月が大きなため息をついた。それにクレディアは更にワケが分からないといった顔をする。
御月は呆れた顔をしながら、クレディアに話しかけてきた。
「…………続きは」
「えっ」
「続き」
それだけじゃ分かんねぇだろうが。
ぶっきらぼうに言った御月だが、少なくとも話は聞いてくれるようだ。それに、分かろうとしてくれているというのはクレディアにも分かった。
それにクレディアは大きく「うん!」と嬉しそうに頷いて、説明を続けた。
クレディアが全て説明し終わった後、作り終えた料理を並べながら御月は呟いた。
「つまりお前が出会った当時に技が全く出せなかったりしたのは、ポケモンの体に全く慣れてなかったせいか……。それに知ってて当たり前の、常識程度のことも知らなかったのはこの世界について知らなかったから。納得がいった」
「……みっくん、信じる? こんな突飛な話」
「さっきも言ったとおり、幾つか思い当たる点があるしな……。……クレディア、最近フールに足型文字の読み方を教わってたろ。ポケモンなら足型文字なんて、よほどのことがない限り誰でも読めるはずだ」
御月も引っかかりを覚えていた箇所はいくつもあったらしい。それが今回のクレディアの説明と全て繋がったのだ。
フールとは違い、御月は確証があるからこそ信じるようだが、クレディアは全く気にしていなかった。
「しかし……もう1つの世界、なんてものがあるんだな」
御月が顔を顰めながらそう呟く。何だか、少し皮肉そうに吐き捨てたように見える。
クレディアはそんな御月の様子に首を傾げながら、自分の世界のことを思い出して笑った。
「こっちの世界は人間がお伽話の存在って聞いたけど……。でも、私の世界では人間とポケモンが仲良く暮らしてるんだよ」
「人間が存在すること自体驚きなのに、ポケモンが仲良く暮らしてるのにも驚きだな」
「えへへっ、すっごく楽しいよ? 言葉は通じないけど、何ていうのかな、皆どっちのことも考えながら、うまくやってるの」
嬉しそうに、クレディアが話す。
それを横目で見ながら、御月は無意識に右手にある皿に力を込めてしまった。クレディアから目をそらし、静かに問いかける。
「そっちの世界は、平和そうだな」
嘲るように言った最後の言葉に、クレディアは悲しそうに微笑んだ。
「……それは、こっちの世界が今そんないい状況じゃないからっていう、そういう意味が含まれてる?」
「…………あぁ」
それを聞いてから、クレディアは声の調子をあげ、いつものへにゃりとした笑顔を御月に見せた。
「だいじょーぶ! こっちの世界だって、今はそうかもしれないけど、きちんと変わるよ!
だってこっちの世界も綺麗だもの! 綺麗な自然があって、優しい心を持った人たちがいて、笑顔がある。……これだけで、十分綺麗で、素敵な世界だよ。確かに今は色々とあるけど……すぐに変わるよ」
そう言いながら笑うクレディアに、御月もつられるように笑う。
すると、「んー……」という眠そうな声が聞こえてきた。
「あっ、フーちゃんおはよう! ってあぁ! まだ畑のお水やりに行ってない! あわわ、レーヴ畑に行ってくるね! すぐ帰ってくるから!」
「何だレーヴって!?」
「くれでぃあがつけた畑のなまえらしーよ……ふあぁぁぁ……いみ、は……夢、だっけ……」
すぐにでも夢の世界に旅立ちそうなフールを見て、御月はため息をついた。
それから畑の水やりも終わり、手を洗ったクレディアを加えてフールと御月は朝食を食べていた。
クレディアが畑の水やりに行っている間に、御月はフールにクレディアのことを聞いたと報告した。フールはどうすることもなく、ただ意外そうに「言ってなかったっけ?」と首を傾げたが。
そして黙々と食事を食べていると、クレディアが唐突に口を開いた。
「そういえば、私、最近変な夢を見たんだけど……」
「変な、夢?」
きょとんとフールが首を傾げ、御月は怪訝そうな顔をしながら木の実を口にする。
そのままクレディアは続けた。
「えっと、2匹には話したはずなんだけど……私、この世界に来る前に声を聞いたって言ったよね?」
「この世界を助けて欲しいっていう声でしょ?」
「うん。その声がいつも聞こえてくるときには、私は同じ場所にいるんだ。ふわふわとした、温かいような、何かほんわかする空間……」
「その空間の説明は省け。めんどくせぇ」
空間についてのクレディアの説明を聞いていてもムダだと判断したのか、あしらうように手をふって御月がそう言う。
それからクレディアは思い出すように少し上を向いて話し始めた。
「でね、昨日と……私が熱を出した日。その2つの日にね、この世界に来る前に聞いた「助けて」っていう声が夢の中で聞こえてきたの」
「夢の中で!?」
フールの驚きの声に、クレディアは首を縦に動かす。
御月は少し考えた様子で、フールはただただ驚愕をしているようだ。クレディアはフォークでリンゴを刺し、リンゴを口の中に入れる。
それからフールが「ふむ」と声をあげて、問いかけた。
「それで、その声はなんて?」
「んー……何ていうか、上手く聞き取れなかったんだよね……。声が聞こえたのは分かったんだけど、何ていうかノイズが混じってるような……靄がかかっているような……。とにかくはっきり聞こえなくて、何ていってるか分からなかったの。
でも……熱をだした時より、昨日の方がよく聞こえた……。……聞き取れはしなかったけど」
「そっか……」
クレディアの返答に、フールが考えた様子を見せる。
すると黙りこくっていた御月が口を開いた。
「……クレディアに助けを求めたソイツ、テレパシーで何かを交信しようとしてるんじゃないか?」
「えっ?」
御月の言葉に、クレディアが目を丸くする。
するとフールは「ナルホド」と言って、片手を顎にあて、考えるポーズを見せた。
「此処に来て最初の頃は、夢の中にすら出てこなかった。そうだよね?」
「う、うん」
「でもそれは違うかもね。夢の中に出てこなかったんじゃない。届かなかったんだ。多分、そのポケモンはずっとクレディアに助けを求めて発信してたんだ」
「ずっと……?」
ゆっくりとクレディアが首を傾げる。クレディアにはなかった発想だからだ。
ただ夢の中で声が聞こえた。それだけの認識しかなく、声の主が無事だということ以外は考えもしていない。ましてや、ずっと発信していたなどとは考えていなかった。
ほほうとクレディアが納得していると、御月は「ただ、」とフールの説明をとった。
「何かしらの理由でクレディアが聞き取ることが出来なかった。そういうことか」
「えぇ。でも進歩はしてると思うの。熱の時より昨日の方がよく聞こえたってことは……波長がだんだん合ってきてるってことだと思うの。
だから、これからどんどん聞こえてくるかもね」
「ほえぇ……。私には全く考えつかないことだよ……」
関心して声をあげると、あははとフールが笑った。そして付け加えて「はっきりそう言える訳じゃないけどね」と言った。御月も「まだ情報が足りないしな」と言ってから、木の実を口に放り込んだ。
クレディアもリンゴを口に入れ、もしゃもしゃと口の中で潰す。
(……夢が手がかりかぁ。自分が何故この世界にきたのか、何をすればいいのか……。謎をとく手がかりは、ぜんぶ夢の中。
とりあえず次に夢を見れるのを待たなくちゃ)
ごく、とクレディアが口にあったリンゴを飲み込む。見ると、朝食は全てなくなっていた。3匹はそれぞれ「ごちそうさま」と言い、食事を片付けだす。
不意にフールが口を開き、クレディアに笑いかけた。
「そのポケモンの居場所が分かったら、すぐに助けに行こう。私たちも協力するしね」
「……勝手に俺を混ぜてるよな…………」
「あら、私は『プロキオン』のことを言ったんですけどー」
ふふんと得意気に笑ってフールが食器を洗う。御月は完全に呆れ顔だ。
クレディアはそんな2匹を見て、笑った。
「……そうだね。今度は、私も――……」
誰にも聞かれないように呟き、クレディアは目を伏せた。