36話 指導者
絶対に間に合わない。ムリだ、私じゃ助けられない。
失いたくない。私の大切な、本当に大切な友達。失いたくない、絶対に。絶対に、失いたくない。
誰か助けて――……!!
……そうは思ったけどさ、めっちゃ怖そうな方に助けて欲しいとは願ってない。
「………………。」
じっとこちらを見てくるキリキザンを、クレディアは瞬きをしながら見つめた。
ギギギアルに襲われて、絶体絶命のまさにピンチといえる時、音が聞こえたと思ったらこのキリキザンがいて、ギギギアルが倒れていて。
……あれ、つまり私は助けられたってことなのかな?
クレディアはようやく自分がおかれた状況を理解し、慌てて立ち上がって頭を下げた。
「あ、あのっ、ありがとう! ございました!! 助けてくれた、んですよね!」
キリキザンが放つ威圧感を感じないのか、分からないのか、クレディアはふにゃりと笑ってお礼を言った。
それに後ろにいるフールと御月はげっといった顔をする。2匹はキリキザンが放つ威圧感をひしひしと感じているし、只者ではないことも雰囲気ですぐに理解した。だからこそ、迂闊に何かすることができないのだ。
お礼を言われたキリキザンは無言。フールと御月が冷や汗をたらすと
「…………大丈夫か」
ぽつり、と小さな声で低い声が聞こえた。それは間違いなくキリキザンのもので。
クレディアはそれに顔を明るくして、ニッコリ笑った。
「だいじょーぶ! です!! え、えっと……えっと、私はツタージャのクレディア・フォラムディっていいます!」
いつもの調子でクレディアが自己紹介をする。
キリキザンが殺し屋か何かに見えている2匹はダラダラと冷や汗をたらす。助けに行かなければならないと思いつつ、足が竦んでいる。
やはりキリキザンは黙ったままだったが、小さく言葉を発した。
「……ユノ。種族は見て分かるだろう」
「はいっ! キリキザン、ですよね!!」
しかし返事はない。クレディアは何とか会話をつなげようと必死だ。
すると何を思ったのか後ろにいる2匹を指さした。さされた2匹はビクリと体を揺らす。
「あっちのピカチュウの子はフール・ミティスちゃんで、ゾロアの子は朝比奈 御月くん、です! 私たち冒険チーム『プロキオン』っていいます!!」
「…………バッチを見れば分かる」
「あ、そっか」
腑に落ちたというようにクレディアがバッチを見る。
さすがに御月は慣れてきたのか、フールの手を引っ張ってクレディア達の方に近づいた。フールはビビっているのか、顔を真っ青にしている。
そしてクレディアの隣に並ぶとぴたりと止まり、キリキザンのユノを見た。
「……助けてくれてありがとうございます。助かりました」
「…………いや」
喋られねぇなこのポケモン。御月はそんなことを考えながら、ユノを見る。
元々ユノといえば強いイメージがある。さらに熟睡中のポケモンを一撃で倒したのだ。それに右目の痛ましい傷が加担しているのだろう。だからこそ威圧感は驚くほどに感じてしまう。
ただクレディアの言葉に返すあたり、悪いポケモンではないことは分かった。
「…………。」
「わっ、」
するとユノが何かを投げた。
それが投げられた方向にはクレディアがおり、クレディアは慌ててそれをキャッチした。投げられた物を見ると、瓶。その中には透明な液体が入っている。
それにクレディアも御月も首を傾げていると、ユノが予想外のことを言った。
「………病み上がりだろう」
「えっ」
「飲んでおけ。……治ったと思って治っていないことはよくある」
何故クレディアが病み上がりだということが分かるのか。
恐怖より驚きの方が勝ったのか、フールが恐る恐るユノに尋ねた。
「な、何でクレディアが病み上がりって……」
「……顔色を見れば分かる」
バッと御月とフールがクレディアを見る。しかしいつも通りへらっと笑われ、2匹は「分かるか!」と心の中で怒鳴った。あくまでも心の中で。
するとクレディアが少しばかり目を輝かせながら聞いた。
「ユノさん、は、薬剤師とか、お医者さんとか?」
「……ただの旅人だ」
「旅しながらお医者さんしてる、んですね! 流しのお医者さん?」
「すみませんコイツ馬鹿なんで」
これ以上変なことを言わせまいと御月がフォローに入る。ユノの表情は全く変わらない。
フールは「クレディアのあほ……」と小さく呟いて、ユノに話しかけた。
「あの、本当にありがとう」
「…………あのホイーガは放っておいていいのか」
すっと3匹が逃げてきた道をユノが指さす。
あ、そういえばお尋ねものを放ったまま逃げようとしてたや。
ようやくそのことに気付いたフールは御月とクレディアに「いこっか」と声をかけるが、クレディアが動かない。じーっとユノを見ている。
するとクレディアが口を開いた。
「ユノさん! んん、せんせい! ――弟子にしてください!!」
「…………。」
「「……ハァ!?」」
いきなりぶっ飛んだことを言い出したクレディア。
ユノは無反応、フールと御月は顔を青くさせながら、目を輝かせているクレディアを見たのだった。
「ていうわけで師匠! よろしくお願いしまーすッ!」
「せんせー、お願いします!!」
「何やってんだお前ら!!」
元気よくユノにお辞儀する2匹を御月が勢いよく叩いた。やはりユノは無反応である。
あの後けっきょくゴタゴタしたのだが、御月が「ユノさん、とにかくダンジョンから出ないっすか」と言ってパラダイスセンターに来たのだ。確かにダンジョンで話すより、安全な場所で話す方がいいだろう。
ホイーガをセロに渡し、処理を任せたところで冒頭に戻る。
ユノと向かい合うような形でクレディアとフールの2匹、その後ろに2匹を叩いた御月。
「ユノさんまだ何も言ってねぇよ!? つーか何でフールまで混じってんだよ!!」
「だって強かったじゃん! 強くなるためには強いポケモンに教えを乞うのが1番でしょう!?」
「私は薬について教えて欲しい、です!」
「お前らの事情なんて知るか! 1番大事なのはユノさんの意見ですけど!?」
御月が声を大きく張り上げて2匹を怒鳴る。
1度大きなため息をついてから、御月はユノを見た。
「ユノさんは、これからどうするんすか」
「…………特に無い」
「じゃあ! お願い、師匠に!!」
「フールお前は黙ってろ! そしてクレディアも黙ってろ!!」
「はぁーい」
お口チャック、と何かしてみせるクレディアを無視して御月はユノに目を向ける。フールの口は手で塞いでおいて。
するとユノはおもむろに辺りを見た。
「……ここは、宿場町の近くか」
「はい」
「………………そうか」
ユノの様子に、御月は首を傾げる。口を塞がれたフールも、口を一の字にしているクレディアも。
そんな3匹の様子に気付いていないのか、ユノはふと上を見上げた。
「…………教えるのは断る」
「あんぐぇ!?」
(口塞いでるからめっちゃ変な声……)
ユノの言葉に、フールが声をあげるが不発に終わった。その原因である御月はさすがに悪いと思っているのか、目を逸らしていた。
すると「お口チャック解除!」と言いながら、クレディアが話しかけた。
「お薬についても、ですか?」
「……お前は何故そこまで薬にこだわる」
「お医者さんになりたいから、です!!」
真っ直ぐユノを見て、クレディアがそう言う。ユノの目は相変わらず鋭く、怖い。しかしクレディアは全く怯まない。
するとユノが小さく嘆息をついた。
「……とりあえず暫く宿場町に居座る」
「え……。ちょ、ユノさん。コイツらに合わせなくていいんすよ」
「みひゅひははれ」
「お前が黙れ」
御月はユノに気を遣ってそういうが、フールはそうでないらしい。しかし口を塞がれているため何を言っているかは全く分からない。
ユノは小さく首を横にふり、静かに言った。
「……元々宿場町には来る予定だった」
「やっぱり宿場町って有名なんだぁ……」
「…………暇で聞きたいことがあったら、少しは答えてやる」
ぽん、とクレディアの頭に手をおいてユノは宿場町の方向へ歩いていってしまった。
クレディアは自身の頭に手をおき、御月とフールはぽかんとしながらユノが去っていった方向を見ていた。
そんな中、1番にクレディアが声をあげた。
「やったぁ! 教えてくれるって!! わぁい!」
「無理やり感が半端ない……」
「ふぉふね――って君はいつまで口を塞ぐつもりだ! 窒息死するわ!!」
「お前が失礼なことを言いかねねぇからだろうが!」
「言ってないし言わないし!」
クレディアは嬉しそうにはしゃぎ、御月とフールは口喧嘩をし始める。
「……何やってるのかしら」
「げ、元気だよね……!」
「何かクレディアが変な小躍りしてんだけど」
しばらくして別の依頼に行っていた3匹に冷めた目(クライはフォローしようとしてた)で見られるのだった。