34話 急変
ふわふわとした、不思議な空間。
私はこの空間を知っている。ポケモンの世界にくる前の、夢の空間。
……どうして私はまた、この空間にいるんだろうか。
最近の生活で忘れていた、夢のこと。
そう、全てはこの夢から始まった。なのに、どうして私は忘れていたんだろうか。……やっぱり、最近の生活が楽しかったからだろうな。
しかし夢の中では何もできない。ただその空間を眺めることしか出来ない。
すると、ピュンと何かが光った。
《助けてッ!!》
「っ……!! はっ、はぁっ……」
勢いよくクレディアが体を起こした。額には汗が滲み、息は荒い。
そしてクレディアはぐい、と片手で額の汗を拭う。その手は、カタカタと小さく震えていた。
「はっ……はー……」
汗を拭ったのは違う手で、胸に手をあてて深呼吸をする。
不意にクレディアは自分の隣を見た。そしてほっと安堵の息をつく。
(よかった……。起こしてないみたい……。やっぱり夢、だったんだ……)
フールと御月は静かな寝息をたてて寝ている。
カタカタと震えている右手を逆の手で押さえ、何とか震えをおさえる。
「助けて=c…か……」
クレディアが小さく呟く。窓を見ると、月明かりが差し込んでいた。
(二度目だ……。あの声を、聞くのは二度目。最初はココに来る前、だよね)
クレディアは窓の方に寄って、窓に手をあてて外を見る。とても大きな満月が、雲に隠れたり現れたりしていた。
それをぼんやりと見ながら、クレディアは考える。
(「ポケモンの世界を助けて欲しい」と言われて、それからフーちゃん達と普通に暮らしていたけれど……自分が何をしたらいいか、まだ分からないし……。
暫くしたら分かるって思ったんだけど、やっぱり全く分からないし……)
ふぅ、と息をつく。震えは完全に止まり、汗ももう滲んでいなかった。
(……さっきの夢が、手がかりなら…………あのポケモン……本で見たことがある。確か、ムンナだ)
追われていたピンク色のポケモンを思い浮かべる。クレディアは自分の世界で見覚えがあった。そう、そのポケモンの種類はムンナ=B
それからクレディアは少し視線を上に向けた。
(大丈夫、かな……。……きっと無事だからこそ、また声が聞こえたんだよね……?)
ぎゅっと右手首につけてある薄桃色のリボンを握る。
すると、クレディアの目にじわりと涙が浮かんだ。クレディアはそれを慌てて拭う。
(無事だ。絶対に無事だから。大丈夫、だいじょーぶ)
「だいじょーぶ……だから……」
拭っても、涙がボロボロとこぼれる。無意識に出してしまった口癖は、弱弱しく震えている。
クレディアは両手で目を覆った。
「……はやく、助けなきゃ……。……はやく…………はやく、」
うわ言のように、クレディアが呟く。
そして、本当に小さく、震えた声で言った。
「お願い……守って……。……お姉ちゃん…………」
縋ったような声を、御月は目を薄く開いて黙って聞いていた。そして、静かに目を閉じた。
太陽が昇った後も尚、クレディアは窓の傍から動かなかった。
そしてムクリと御月が起き上がり、ずっと動かず黙っているクレディアに話しかけた。
「おい、クレディア」
「…………。」
おかしい。反応がない。
御月はそれに首を傾げ、クレディアの肩を掴む。
「クレ――」
そして、目を瞠った。
「クレディア!?」
ぐらりと、クレディアの体が傾いたからだ。慌てて御月はクレディアの体を支える。
すると眠っていたフールが、御月の慌てた声を聞いて起きた。不機嫌そうに目を擦りながら、小さく欠伸をする。
「なんなの……みつき……。うっさいんだけど……」
「それどころじゃねぇんだよ! ……熱っ!?」
御月がクレディアの額に手をあてた瞬間、すぐさま手を退けた。異常な熱さだったからだ。
それを見てからようやくフールも思考がしっかりしてきたのか、御月たちの方に寄ってきた。少し慌てた様子で。
「ど、どうしたの!?」
「……熱がある。ぶっ倒れた原因はコレか」
クレディアのベッドに運び、そっと寝かせる。
額に汗を滲ませながらいつもより少し顔が赤いクレディアを、フールが心配そうな顔をして覗き込む。それを横目で見ながら御月は近くにあったタオルをとる。
そして家のドアに向かいながら喋った。
「フール、とりあえず俺はタオル冷やしてくるからクレディアの様子見とけ。いいな」
「う、うん……」
フールの戸惑ったような声を聞きながら、御月は家をでる。
そして近くにある小さな川でタオルを十分に濡らし、タオルを絞ってから家に戻った。その後に手早くクレディアの額にタオルをのせる。
するとフールが心配そうにたずねてきた。
「だ、大丈夫だよね……?」
「あぁ。ただの熱だろ。大した病気じゃない」
御月がそう言うと、フールはほっと息をついた。
少しの間 沈黙がうまれると、フールが小さく呟いた。
「私、どうしていいか分かんないんだよね」
「…………何が」
「こうやって友達が倒れたときに、何をしてあげたらいいかとか。全く、全然」
ぎゅっとフールがクレディアの片手を握る。心なしか、手が震えて見えた。
御月は天井を見て、小さく呟く。
「俺だって知らねぇよ。熱で倒れるやつなんざ、そうそう近くにいなかったからな」
「…………そう」
フールが元気なく、そう答える。それを御月は横目で見る。
手を握って、目にはじわりと涙が浮かんでいる。それほど、心配しているということなんだろう。
御月は「あー……」と考えてから、口を開いた。
「傍にいるだけでいいんじゃねぇの?」
「……へっ?」
フールが素っ頓狂な声をあげてから、隣にいる御月を見る。
すると御月は暫く黙ってから、我に返ったように少し顔を赤くしながら立ち上がった。
「と、とりあえず! 俺はクライ達に事情説明するために家の外にいるからな! きちんとクレディア見てろよ!?」
「お、おう……」
御月の勢いにおされて、フールが呆然と返事をする。返事を聞くや否や、御月は凄い速さで外に出て行ってしまった。
それを見て、フールが笑う。
「ははっ……なーんか、御月らしくないなぁ。励ましのつもりだったんだろうけど……」
変なの、とフールが呟く。
そしてぎゅっとクレディアの手を握った。
「……だいじょーぶ=Bクレディアが起きてたら、言いそうだなぁ」
クレディアの口癖を呟きながら、微笑みながら、呟く。
起きたら、まず「おはよう」って言おう。それでクレディアの好きなリンゴを切って……御月に切ってもらおう。私が切ってもいいけど、御月が煩いし。それでリンゴを一緒に食べよう。
あと、あと……。そんなことを考えている間に、フールの意識は落ちた。
家に寄りかかりながら、「はー……」とため息に近い息を吐いた。思わず頭を抱えて、自嘲気味に笑った。
「……なに、アイツの言葉を引用してんだ、俺」
なっさけな、と呟いた俺の言葉が、誰かに拾われることはない。誰もいないのだから、当たり前だろう。
不意に、「アイツ」のことを思い出す。
「……傍に、いるだけで…………か」
あの時「アイツ」はどんな気持ちだったのだろうか。俺より何十倍も苦しい思いをした「アイツ」は、俺のことをどう思ったのだろう。
アイツが傍にいることさえできなくなったのは、俺が原因なのに。
もう会わない相手のことを考えても、仕方ないのだが。
……らしくないことを自分で言った。今頃フールが笑ってんだろ、「変だ」って。自分でもそう思うのだから、おそらく同じだ。
「はぁ……。次から気をつけよ。今日はいいとして、次変なこと言ったら弱み握られそうだ……」
今回はフールもからかってこないだろう。場合が場合だ。
しかしクレディアが倒れるとは思わなかった。昨日は元気だったはずだ。俺もフールも、少なくともそう思っている。
……だったら、考えられるのは昨日クレディアが起きた要因が原因と考えるのが妥当か。
するとクライたちが来たのが見えた。もうそんな時間か、と思いながら家に寄りかかるのをやめる。
面倒ごとがまたおきそうだな。そんなことを頭の片隅で考えた。