31話 隠しごと
あの後フールの言うとおりに真っ直ぐ帰ったクレディアだが、置手紙を残して宿場町の丘の上まで来ていた。
辺りはすっかり暗くなってきている。クレディアは座りながら、上を眺めていた。
「んー……あと何分かすれば、綺麗に見えるかなぁ」
そうクレディアが呟く。かれこれ30分以上はクレディアは座っていた。
置手紙は「天体観測してきます」という何とも簡潔に書いた。色んなものが欠落した置手紙だが、クレディアは「これで問題なし!」とそう思って家を出た。
「此処なら高い場所だし、見晴らしもいいし、綺麗に見れると思うんだけど……」
クレディアは、この前外にでてみた星をどうしても忘れられなかった。だから、こうして天体観測という名目で星を鑑賞しに来たのだ。
しかし来るのが早すぎたため、星がよく見えない。なので座って暗くなるのを待っているのだ。
飽きもせずクレディアが上を見ていると、サクッと足音が聞こえた。
「まっさか、また会うとは」
聞き覚えのある声。
クレディアは後ろを振り向いて、声の主を確認する。そして見るや否や、パァッと花が咲いたような笑顔を見せた。
「あっ、シャウくん! さっきぶり!」
「ホントさっきぶりだよナー」
食堂でともに話していた、シャドウ。笑いながら、クレディアの隣に座る。
そしてクレディアに疑問を投げかけた。
「フールと御月は?」
「まだ帰ってなかったから、置手紙してきたの。「天体観測してきます」って」
「ブフゥッ! ま、またフールが心配しそうな置手紙……! ぷくくっ……!!」
耐え切れなかったようでシャドウが笑い出す。クレディアは首を傾げるが、とりあえず釣られるように笑っておいた。
少ししてから、クレディアも質問する。
「シャウくんはどうしたの?」
「んー、丘の上から見る景色がすげぇっていうから見にだヨ。アリスとか水芹とかドライも誘ったんだけど、見事に断られちまッタ」
断れたことを特に気にした様子もなく、笑いながらシャドウが答える。食堂で見たシャドウの扱いを見れば、大した驚きもないが。
するとクレディアが上を見た。目的の天体観測。星は、まだ見えない。
「うーーん……。星はまだ見えなさそうだなぁ」
「そりゃまだ早いダロ。でもまあ……あと少ししたら見えなくもないナ。快晴だシ」
「だよねぇ」
クレディアとシャドウが空を見上げる。青い空は、赤に変わり、そして黒に染まってきている。
沈黙に耐え切れなかったのか、それともただ純粋に疑問に思ったのか。クレディアが再び疑問を投げかけた。
「そういえば、アーちゃん達どうして来なかったの?」
「アリスは「そんなことするくらいなら本を読む」、水芹は「お前と違って暇じゃない」、ドライは「気持ち悪い」。ブッ、気持ち悪いッテ……!!」
「アーちゃん、本読むの好きなんだなぁ」
シャドウが笑ったのに対し、クレディアはアリスの本好きに反応した。
その反応を見て、シャドウがその話題を続けた。
「アリスは本の虫だからナー。さらにアイツ、一度読んだ本の内容は二度と忘れねぇシ」
「えっ、本当に!?」
「ホントホント」
シャドウの答えに、クレディアが「ふぇぇ」とわけの分からない声をあげる。それに反応してシャドウがまた笑い出した。
そして不意にクレディアが空を見上げる。すると、星が光っているのが見えた。
「あっ、星が見えてきた!」
「おっ、もうそんな時間になったんだナ」
キラキラと光る星が見えてきて、2匹がともに空を見上げる。空ももう真っ暗になってきてい、とても綺麗に輝いてきた。
するとシャドウが「あ」と声をあげた。
「クレディア、ちょっと聞きてぇことがあるんだケド」
「ん? 何?」
クレディアが疑問符をうかべながら、シャドウを見る。シャドウは依然として空を見上げたままだ。
そして、シャドウが口を開いた。
「お前、本当にポケモンか?」
変なイントネーションもなく、真剣な声音で、そうシャドウが言った。
その質問に、クレディアが目を丸くする。シャドウは上を見ながら、ちらりとクレディアを見る。そしてまた空に視線を戻した。
暫くその場が沈黙に包まれたが、クレディアが口を開いた。
「今は、ポケモンだよ」
ニッコリ笑いながら、クレディアがそう言う。
するとシャドウも「ハハッ」と笑い、空を見上げるのをやめてクレディアを見た。
「今は、か。つまりその前は違うっていう意味ダロ?」
「うん。――元々は人間です!!」
何の躊躇いもなく、明るい笑顔でクレディアはそう言った。シャドウはそれを聞いて、きょとんとした表情で目をぱちぱちと瞬かせた。
クレディアはそんな様子のシャドウを見て、困ったように笑う。
「信じられないかもしれないけど、事実だよ」
「……ハハッ、そんな風に暴露されるとは思わなかッタ」
お手上げ、というポーズをシャドウがする。つまり、両手を上にあげた。
クレディアはそれを見て微笑み、またしても空を眺めた。シャドウも同じように空を見上げた。そして、小さくだが呟いた。
「レプリカ、ガーネット、ムーンストーン……。これに心当たりは?」
「? うーん…………全く分かんない。でもガーネットとムーンストーンは誕生石だよね?」
「……だナー」
シャドウは、それ以外、何も言わなかった。クレディアは首を傾げるが、何も聞かなかった。
そしてクレディアは控えめに、尋ねた。
「……シャウくんは、信じるの?」
クレディアがそう聞くと、シャドウは黙る。そして暫くしてから、口を開いた。
「まあ、信じるかナ。ていうか鎌かけたのは俺だゼ?」
「あ、そうだったね! 忘れてた」
えへへ、とクレディアが笑う。釣られるようにシャドウも笑った。
空は真っ暗になり、星がよく見える。この前クレディアが見たように、キラキラと輝いていた。月も、辺りを照らしている。
すると急にシャドウが立ち上がった。
「っと、ちょっと居過ぎたカナ。怒られちまうワ」
「ん、そっか。私はもうちょっと見てから帰るね」
「オウ」
帰るために、シャドウが階段まで歩く。そしてその直前でぴたりと止まった。
「クレディア、お前は正直に明かしてくれたから、一応だけど言っておくヨ」
「ん?」
「俺も、人間だった」
クレディアが目を見開くと同時に、シャドウは「じゃあナー」と言って梯子を降りていった。まるで、追求を避けるかのように。
その言葉に呆然としていると、「クレディア!」と先ほどシャドウが下りていった階段からフールが上がってきた。後ろには御月もいる。
「置手紙には「いつ何処で」も書かなきゃダメでしょ!? あと帰る時間も!!」
「お前はクレディアの母親かよ……」
「えと……ゴメンね?」
クレディアが曖昧に笑って謝罪の言葉をのべる。フールの言葉に、御月は呆れているようだが。
もう1度クレディアはシャドウが去っていた方向を見た。
〈俺も、人間だった〉
後ろ姿だったため、どんな表情をしていたかは分からない。
(……でも、聞いて欲しくないことなんだよね)
すぐに去っていた姿を思い浮かべる。あれは「これ以上は聞くな」といっているようにクレディアは思えた。
なら、何も聞かないでおこう。
クレディアはそう考え、ニコリと目の前の2匹に笑いかけた。
「フーちゃん、みっくん、満点のお星様! 綺麗だよねっ!」
「……うん。そうだね。……こういう自然のものって、いつ見ても飽きないんだよなぁ」
「…………否定はしねぇよ」
3匹は、空を見上げ、しばらくクレディアの目的である天体観測をするのだった。
クレディアと話し終わった後、シャドウは階段をゆっくりとした足取りで下りた。
そして全段を下りおわってから、口を開いた。
「なーに盗み聞きしてんのかナー、水芹ちゃん」
「殴られたいか? ……盗み聞きとか人聞きの悪いことを言うな。お前が中々帰ってこないせいで僕が此処まで来る羽目になったんだ」
シャドウの言葉に返したの者――水芹は、階段から少し離れた場所にいた。
水芹は一通り言いたいことを言うと、シャドウを一瞥してから先に歩き出した。
「ちょ、そこは合わせるとかねぇノ!?」
「知るか。僕が待つ必要はない」
スタスタと歩き出す水芹に、シャドウが並ぶ。
無表情の水芹をちらりと見てから、シャドウは笑顔を浮かべて楽しげな声音で話しかけた。
「いやー、俺あんま驚いたりしねぇんだケド、さすがに今回はヒビッたネ。まさか元人間がこんな身近にいるとは思ってなかったワ。
――今回も、お前の勘が当たったナ」
シャドウの言葉を聞いて、水芹はシャドウを一瞥してからふいっと目を逸らした。
真っ暗な道を歩きながら、今度は水芹が口を開く。
「……僕は本人に聞けとも、自分のことをバラせとも言ってないが?」
真剣な声で、声を少し潜めて水芹が言うと、シャドウはにやりと笑って見せた。
「いや、いくら水芹が百発百中の勘を持ってるっつっても「アイツは人間な気がする」とか言われて信用できねーカラ。最初こそ冗談だと思って笑い転げたのにヨ、そのあと容赦なく水芹に殴られるシ」
「真剣に話してるいるのにお前がアホみたいに笑うからだろ。自業自得だ」
ふぅとため息をつきながら水芹が言う。それに大してシャドウは「ハハッ」と笑った。
未だ愉快そうに笑っているシャドウを尻目に、水芹が歩きながら空を見上げる。そして静かに訊ねた。
「それで……どうだった?」
「ん? 何が?」
「……お前、絶対にわざとだろ」
「ワリィ、ワリィ! 嘘ついてる様子は一切ナシ。あれだったら俺じゃなくて水芹でも嘘じゃないかどうか見抜けたと思うゼ」
「もしアイツが嘘をつくのが上手かったらどうするつもりだ」
水芹が前に視線を戻す。すると宿場町の近場に建てた自分たちの家が見えてきた。
それを見ながら、水芹が呟いた。
「アリスとドライには言わなくていい。面倒くさいことになる」
「へいへい。仰せのままニー。……てかドライは分かるとして、アリスには言う必要あるくネ?」
「必要ない。雑念が生まれるだけだ。今の作業を没頭してもらいたいから、今は言わなくていい。言うときがきたら言う。……口を滑らすなよ、シャドウ」
「わー、俺まったく信用されてネー」
そんな軽口を叩きながら、2匹は家に入った。
水芹の右耳につけてある赤紐。それについている赤い石が、揺れた。