28話 『陽炎』
「じゃあこうしようゼ。依頼主を先に見つけた方が勝ちで、勝者が報酬も貰ウ。文句ねーダロ?」
「……えぇ、いいわ。その勝負買った!!」
楽しそうに笑うコジョフーと、勝負腰なフール。
ことの発端は、ほんの数分前の話だった。
数分前。じょうぶなツタ≠とってくると言ったフールたち。依頼でクリアするともらえると聞いて、掲示板の前に立っていた。
そして「んー」と言いながら、フールが依頼を見る。
「じょうぶなツタ=Aじょうぶなツタ=c…」
「フーちゃん、手伝おうか?」
「ん、大丈夫。んー……」
必死になって掲示板と睨めっこするフール。依頼の紙はバラバラに貼られているため、被っていたりして見えずらい部分があるのだ。
飽きてきたのか御月は欠伸をして違う場所を見たり、クレディアはキョロキョロと辺りを見渡す。
数分してから、フールが「あ、」と声をあげた。
「じょうぶなツタ≠ェお礼でこれかぁ。丁度よくないかな――」
そして、フールが依頼を取ろうとした時だった。隣からスッと手がのび、同じ依頼をとったのだ。
ばっとフールがそちらを見ると、「あ」といわんばかりの顔をしているコジョフー。
「ハハッ、被っちゃったナ」
低い、男特有の声。イントネーションが変だが、今ツッコむべき時ではない。
フールは「あは、」とコジョフーと同じように笑った。
「そうねー、被っちゃったねー」
完全なる棒読みでフールが笑顔で言う。
2匹が依頼をずっと握り、「アハハハハ」とかなりの棒読みで笑っていると
「女の子と何顔を見合わせながら仲良くアハハウフフしてんだこのアホがぁぁぁぁぁ!!」
「グフゥッ!!」
声とともにコジョフーが吹っ飛んだ。思わずパッとフールが依頼の紙から手を放したせいで、依頼はコジョフーとともに飛んでいく。
その声でようやく気付いたのか、クレディアと御月がフールの方を見る。フールの目の前には、青いリボンをしたキルリアが立っていた。
キルリアは吹っ飛んだコジョフーの元まで行き、冷めた目で見下ろす。
「何、アンタ真面目に依頼を選ぶ気ないの? それともアレか? 他の2匹がいないと何もできないの? 殺すわよ? アンタなら何の躊躇いもなく殺れるわよ?」
「ぷっ、どーせ出来ないくせニナー」
小ばかにしたようにコジョフーが笑う。するとニッコリとキルリアが笑った。
「オッケー。殺す」
「え、ちょ、マジ? ちょーいと落ち着こうゼ、ドライちゃーん!」
「……よほど殺されたいみたいね」
「ちょ、ちょいちょい待った! そこのコジョフーはどうでもいいけど、そのポケモン今私が取ろうとしてた依頼もってるんですけど! 破られたらしたら困るんですけど!!」
「あれ、俺いまどうでもいいって言われたヨーナ?」
フールが慌てて殺気立っているキルリアとコジョフーの間に割ってはいる。コジョフーが何か言っているような気もするが気にしない。
キルリアは黙ったまま。フールがたらりと冷や汗をかくと、ガシッとキルリアに手を両手で掴まれた。
「!!??」
いきなり手を掴まれたフールは大いに驚き、掴まれた手とキルリアを見る。キルリアは俯いていて表情が見えない。
すると、キルリアがバッと顔をあげた。
「可愛いね、君! ねえちょっとあたしとお茶しない!?」
「……は?」
ひく、とフールが頬をひきつらせながら、一音だけ口にだす。
キルリアはキラキラと目を輝かせ、両手でフールの片手をがっちり掴んでいる。手を放してもらおうにも、力が強くて放れない。
そしてフールは冷静になって、頭で考えた。さっきキルリアが言った言葉はどう考えてもナンパでよく使う言葉。しかし、自分は女。そして一人称の「あたし」と言葉遣いから、どう考えてもキルリアも女、であるはず。
するとクレディアがのんびりと、コジョフーの方に駆け寄っていった。
「だいじょーぶ?」
「ん? あー、ダイジョーブ。いやー、容赦のない蹴りだったゼ」
手を差し出すクレディアに軽く首を横にふり、コジョフーが「よっこいセ」と言いながら起き上がる。
するとキルリアはクレディアを見るや否やまた目を光らせた。
「わぁっ、君も可愛いねぇ!! 名前はなんていうの!?」
「ドライさーん、完全にそのピカチュウの方がひいてますケドー?」
「黙ってなさい、シャドウ。アンタの目障りな声より、あたしは女の子の可愛い声の方が聞きたいのよ。そして死ね」
「ブッ、最後まったく関係ネェ……!!」
何でか大笑いするコジョフー。キルリアは引き続きずっと冷たい目でコジョフーを見ている。
全く進まない現状に痺れを切らしてか、ついに御月が会話に加わってきた。
「……おい、お前ら真面目にやれよ。コントしてる時間が惜しいわアホ」
不審物を見るような目で、御月が全員を見る。すると「あっ、ワリーワリー!」と、誠意が全くこもっていない軽い感じでコジョフーが謝った。
「俺はシャドウ・フィランツェ。種族はコジョフー。よろしくナ。まあイントネーションが変なのは気になるだろーケド、そこは気にしない方向でヨ・ロ・シ・ク☆」
ばっちりウインク付きでコジョフーのシャドウが自己紹介をしてくれた。フールと御月までもが冷めた目になっていく。
シャドウはそのまま続けるが、フールにとってはその時聞き捨てならないことを言った。
「そんで冒険チーム『
陽炎』のリーダー。あと2匹いんだケド、今は私用でいねーんだよナー」
「……冒険チーム!?」
フールが少し身動きしたお陰で、パッとキルリアの片手が放れる。しかしフールは今そんなことを気にしている暇はない。
その様子を見て、シャドウは「ハハッ」と可笑しそうに笑った。
「ンな驚くことカ? あっ、で、因みにこっちは同じチームの――」
「キルリアのドライ・アクロメネー。性別は♀だけど、好きなものは女の子です」
((うっわぁ……))
どうしよう。そんなことをフールと御月は頭の片隅で考えた。
キルリアのドライは至って真剣な顔をしており、嘘をついている様子はない。かなり面倒くさいぞこのポケモン。2匹の思考が一致したときだった。
クレディアは全く気にせず、元気よく自己紹介を始める。
「私はツタージャのクレディア・フォラムディだよ! えっと……冒険チームの『プロキオン』のメンバー、です!!」
「クレディアちゃん! 名前まで可愛いなんて!!」
がしっとまたしてもドライが相手は違えどクレディアの手を掴む。クレディアは何も分かっておらず、首を傾げるだけだ。
フールは微妙な顔をし、自己紹介をするか否か迷った。迷う理由はただ1つ。面倒くさいことになりかねないから。
「……同じくメンバー、ゾロアの朝比奈 御月」
「おっ? まっさか漢字≠フ名前がいるとはネ。噂は聞いてたケド、初めて会ったナ」
御月の名前を聞き、シャドウがいち早く反応する。その様子を別段気にすることなく、御月は黙った。おそらくこういう反応は慣れているのだろう。
ちら、と御月がクレディアの方を見るとドライは懸命にクレディアに話しかけている。クレディアも応戦しているが、折れるのはドライだろう。クレディアの天然さについていけるはずがない。
そしてフールに目を向けた。フールは嫌そうな顔をしたものの
「……『プロキオン』リーダー、フール・ミティスよ」
と本当に小さな声で言った。
「フールちゃんね! こっちも名前も可愛いんだけど! 何、天使なの!?」
「いや、違うし」
小さい声であったにも関わらず、地獄耳でも持っているのか、きちんと聞いていたらしい。ドライがすぐさま反応した。
御月は「男女差別とはまさにこのことだな」と思いながら、その様子を見た。
そしてフールは気を取り直して、というようにコホンとわざとらしく咳をしてみせた。
「……とりあえず、シャドウ、だっけ。その依頼うける気、だよね」
「ま、そのつもりダ。しっかし見るからにそっちも受ける気だったんダロ?」
ひらひら、とシャドウが手元にある依頼の紙を揺らす。
すると「おしっ!!」とシャドウがいきなり声をあげ、ぴっと指をたてた。
そして、冒頭に戻る。
御月は面倒くさそうにため息をつき、クレディアは「楽しそうだね〜」とどこまでも呑気だ。
するとドライがげしっとシャドウを蹴った。
「いっテ!?」
「何勝手な勝負してんのよ。馬鹿なの? あぁ、アンタ馬鹿だったわね。馬鹿は何を言ってもムダだったわ」
「いや、馬鹿いいすぎじゃネ?」
「アンタがリーダーだから今回は何も言わないであげるけど、後々後悔するわよ。それにあたしはアンタと協力なんてしないから」
「まー何とかなるッテ。しっかしツンデぐほぉっ!!」
シャドウが何か言う前に、ドライの容赦ない蹴りがシャドウの腹に入った。
腹を押さえて蹲っているシャドウを他所に、ドライは依頼の紙をシャドウから取る。そしてにっこりとフールたちに笑いかけて見せた。
「頑張ってね。あたしはシャドウにとりあえず付いて行くけど、フールちゃんとクレディアちゃんを応援してるから!!」
「……あぁ、うん。ありがとう……?」
フールが曖昧にお礼を言うと、ドライは「お礼はお茶してくれるだけでいいよっ!」と言った。そのとき咄嗟にフールが「誰がするか」と言ってしまったのは不可抗力である。
依頼の紙がロナに渡る。そして、依頼ゲートが開かれた。
「よっし、じゃあ先に依頼者を見つけるわよ」
「うん、頑張るねっ!!」
「……クレディア、余計なことはするなよ」
「ちょ、ドライ。まじ痛イ。せめて引きずんのは止めようゼ?」
「男の扱いなんざこんなんで十分だわ」
そして、2つの冒険チームの勝負が幕をあけた。