20話 強さと変化
「どこ行っちゃったんだろう……」
適当に宿場町を探し回った3匹だが、クライだけでなくレトもいない。
すっかり困り果てて3匹が宿場町の出入り口付近で話し合っていると、そこから見慣れた者が入ってきた。
「あっ、セロさん! ねえセロさん、聞きたいことがあるんだけど……」
入ってきたのはセロだった。それにいち早く気付いたクレディアはセロに近づく。
その様子にセロは首を傾げる。クレディアは気にすることなく、今探しているクライについて聞いた。
「あのね、クー君を見なかった?」
「クー、君……?」
「セロさん、クライです。クライ・タミディット。俺たちの初依頼の依頼者」
クレディアのあだ名のせいでセロに通じず、御月がすぐさまフォローをいれた。セロは御月の言葉を聞いて、セロは納得したような顔をしている。
「それならちょっと前に見ただぬ」
「えっ、ホント!? どこで!?」
セロの言葉にすぐさまフールが食いつく。
少し考えてから、セロは後ろを振り返り、十字路の方を指さした。
「あっちの方ですれ違っただぬ。なんか見知らぬポケモンも一緒にいただぬな……」
その時のことを思い出すように、セロが上を見上げる。
「ワシが歩いていたら3匹で話しているのが聞こえてきただぬ。何か「ポケがあるか」「“荒れ果て谷”で簡単に強くなれる」とか……」
それってヤバイ話じゃ……。
フールと御月がそんなことを思っているのも露知らず、セロはそのまま続けた。
「相手は……コマタナの2匹だったぬ。そのままその2匹にクライは付いて行ってただぬ」
「いやそれ超ヤバイでしょ!!」
「……? そんなにだぬか?」
フールがそういうが、セロは気付いていないようで、首を傾げている。それはクレディアも同じようで、ずっと分からないといった表情をしていた。
するとセロはフールの様子を見て思い出したように「そういえば」と言った。
「さっきクライのことを聞いてきてヌシ達と同じ……ほら、依頼のときに一緒にいたエモンガも、同じ反応をしただぬ。話を聞いた後フールと全く同じことを言って、血相を変えてどこかに飛んでいっただぬ」
レトも同じことを思ったらしい。しかし相手は2匹とはいえ、レトがクライを庇いながら戦うというのもマズイ。フールは冷や汗を流した。もうかなりまずいことになってるじゃないか、と。
そしてフールはクレディアの手を掴んだ。
「いくよクレディア! “荒れ果て谷”に!!」
「え、えぇっ! フ、フーちゃん急すぎるよ〜!!」
「御月もグズグズしない!!」
「……はいはい」
フールがクレディアを引っ張り、御月がその後をついていく。
風のように去っていた3匹の背を見ながら、セロは話についていけず、呆然とする他なかった。
その一部始終をシリュアが見ているのに気付かずに。
――――荒れ果て谷――――
“荒れ果て谷”は名の通り、少し荒れている状態のダンジョンだった。雑草がそこらから生え、地面もごつごつとしていて安定しない。そして少し暗い場所だった。
そこをフール達は早足で進むが、途中ぴたりと止まった。
「クレディア……。いける?」
「だ、だいじょー、ぶ……!」
細い、何とか頑張って絞りましたみたいな声をクレディアが出す。汗を大量にかき、息をきらしている様は全く大丈夫そうではない。
クレディアは体力がない。それは一般人以下程度に。
「……山のダンジョンとか行けないんじゃね?」
「だいじょ、ぶ……! こう、いうのは……慣れだよ!!」
言い切ったクレディアに、フールと御月は微妙といった表情をする。その言葉を信じる信じない以前に、心配なのである。
そしてフールが手をさしだして、クレディアの手を少し引っ張って歩き出した。
「でもとりあえず……クライに何かあったらいけないし急ご」
「あぁ。……何もなきゃいいんだけど、何かあんだろうしな……」
セロから聞いた話から、何もないということはないだろう。
少し早足で、しかしクレディアのペースにあわせながらフールたちは進んでいく。できるだけ早くクライを見つけるために。
するとフールが何かを思い出したように、御月を見た。それに御月はすぐに気付いたようで、不機嫌な顔をする。
「……んだよ」
「いやー。この中では御月にしか答えがわかんないと思うから聞くけど……やっぱ好きな子のためだとみんな頑張れるワケ?」
「は……はあ!?」
いきなり切り出された話題に御月は一瞬ついていけなかったが、意味を理解した途端に顔が赤くなった。そしてその元凶であるフールを睨みつける。
それに動じもせず、フールは続けた。
「だってさ、クライがそのコマタナについてっちゃったのも、シリュアのためっしょ? 友達になるために強くなりたい≠チて……。普通は冷静になったらコマタナの話が変だって気付くのに気付かないのっておかしいなぁって。
やっぱ恋は盲目的な? そんな感じ? 答えをどうぞ、一途な御月くん!!」
「うぜぇし長ぇ!! つーか俺に聞くな!! そしてその話題を掘り返すな!!」
自分の恋の話はできるだけ隠したいらしい御月は懸命に火消しに取り掛かる。しかしフールが止まることもなく、フールは好奇心プラス悪戯心で聞いてくる。
すると御月の視界の端に、ダンジョンにいるポケモンが目に入った。
「とりあえずあっちに専念しろ! 呑気にやってるけど此処はダンジョンだからな!?」
「チッ。うまくかわされた感が半端ない……。まあいいや。クレディア……いける?」
「お、おっけ……! だいじょーぶ、大丈夫……!」
いかにも私はいけますという素振りをクレディアが見せるが、全く大丈夫そうではない。しかし戦闘が不慣れなクレディアには、こういった機会に戦闘に慣れてもらわないと困るので、休ませることも出来ない。
そしている間にも敵ポケモン――ヒトモシとシママが近づいてきていた。
「とりあえず……でんじは!!」
「ばっ……あぁもういいわ! おいうち!」
フールがヒトモシにでんじはを食らわせ、罵倒を吐こうとした御月がそのまま効果抜群の技でヒトモシを倒す。でんじはで麻痺状態になっていたため、効果が強まってすぐに倒れた。
その間にシママは動き出していた。
「でんこうせっか!」
「ん……? ふにゃっ!?」
シママの速さにクレディアがついていけるわけもなく、変な声をあげながらクレディアが技をうけてゴロゴロ転がっていく。
やっちまった、みたいな顔をしてフールと御月がシママの方へ向かった。
「今ならいける気がする……でんこうせっか!」
フールが素早く動き、そのままシママに攻撃をする。でんこうせっかは今までフールが使ったことがなかった技だ。
そして御月がみだれひっかきで止めをさした。
「おぉ……! でんこうせっか収得……! あっ、クレディア大丈夫!?」
「ら、らいひょーふ……」
グルグルと目をまわしている様は、どう見たって大丈夫ではない。フールが手をかしてクレディアを起き上がらせる。
それを見てから御月がため息をついた。
「クレディアうかうかすんな。やられるぞ」
「うぅ……気をつける……」
注意をつけてクレディアはしゅん、と落ち込んだ様子を見せる。今回は完全に自身の落ち度をきちんと分かっているのだろう。
それから、と御月はフールを見た。
「お前はあのシママの特性が避雷針だったらどうするつもりだアホ!! 少しは考えろ!!」
「私とクレディアに対する態度がすっごい違うんですけど!? 気持ちは分からなくないけど! ていうか別に避雷針じゃなかったから結果オーライでしょ!」
御月に怒鳴られて、フールも負けじと怒鳴り返す。
するとクレディアがふら〜っとどこかに行こうとしているので、慌てて言い合いをやめてついていく。本当に目が離せない、と頭の片隅で2匹が思ってしまったのは言うまでもない。
〈せめて強ければ友達として少しは考えてもいいんだけど……強ければ、とりあえずはお互い支えあえるからね〉
シリュアの言葉が頭に響く。
もともと強くなりたいと思っていた。そして、今回のことがきっかけでなりたいという願いが強くなった。
だからコマタナの兄弟の「簡単に強くなれる方法」に頼ろうとした。
でも、それは本当に正しいのだろうか?
ぴたりと止まって、考え直してみる。
自分が止まったのに気づいてか、前を歩いていたコマタナたちも止まった。そしてこちらを振り返り、首を傾げる。
「ん? どうした?」
「あの……やっぱり…………やっぱり僕、帰ります」
勇気をふりしぼって、クライは声をだした。声は小さいが、コマタナたちには届いたようだ。
いきなりのクライの発言にコマタナは僅かに目を丸くし、話しかける。
「どうしたんだよ?」
「……じゅ、十字路の所では余裕がなくて……「はやく強くなりたい!」って思ってたけど……それで、此処まで来ちゃったけれど……。
でも……簡単に強くなるのは、何か違うかな、って」
「………………。」
クライの中では不安と恐怖が心の大半を占めていた。そして、後悔も。
どうして十字路でコマタナたちの話に疑問を抱かなかったのだろう。どうして疑いもせずに、ついてきてしまったのだろう。どうして、こんな簡単なことに気付かなかったのだろう。
クライは次の言葉を言うのは怖かった。それでも、この場から逃げ出さなければならないと思った。
そして、口を開いた。
「それに……どれだけ頑張ったって……簡単に強くなんか、なれない、よね……」
「………………。」
コマタナたちは黙って聞いていた。賛同することもなく、否定することもなく。
それが逆にクライにとっては怖かった。足が竦みそうになりながら、喉がカラカラになりそうになりながら、言った。
「だ、だから僕……帰ります……。ご、ごめんなさい!」
さっと身を翻して帰り道に急ぐ。
コマタナたち反応していない。これなら何もなく帰れる――
「待ちな、坊主ッ!!」
「ひぃっ!」
そんなことを思ったクライだったが、コマタナの大音声ですっかり動けなくなってしまった。立ち止まった途端に体が震えだす。
そんな状態のクライに構わず、コマタナたちはクライに近づいた。
「へへへっ、よく気がついたな……って言ってやりたいが、ちょっと遅すぎたとも思わないかい?」
「そうだよ。オメェの言うとおり、簡単に強くなる方法なんてないんだよ! カカカッ!」
その言葉に、クライが目を少し丸くする。頭ではクライも分かっていたことだが、改めて言われると反応してしまう。
騙された、そう気付くのは確かに遅かった。何せ“荒れ果て谷”にはほとんどのポケモンが近づかない。つまり、助けを呼ぼうにも呼べないのだ。
「俺たちが欲しいのはポケだ。とりあえずポケと持っている全ての道具を出してもらおうか。大人しく出せば、ここは見逃してやるぜ」
「う、ううっ……」
怖い、殺されるかもしれない。そんな感情がクライの中に渦巻く。
はやく、はやく言う通りにしなければ。そうしなければ恐ろしいことになる。頭では分かっているのに、体が動かない。
早くしなければ。そうクライが焦っていると
「クライに触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
どこからか電気ショックがはなたれ、コマタナたちがそれを軽く避けてクライから離れる。
その隙に、電気ショックを放った人物はクライを庇うように出てきた。
「お前ら! 手を出すな! クライは俺の友達だ!!」
「レ、レト……!」
助けに来た友人に、少し緊張がとれたのかクライが涙目になる。
レトはコマタナたちを鋭く睨んで、威嚇している。しかしそれを嘲笑うかのようにコマタナは笑った。
「カカカッ。ふぅん、友達ねぇ……。ま、どうでもいいが戦うのか? 勝てるのかよ? お前らなんかで」
「丁度言い。オメェの分まで剥ぎ取ってやるぜ」
「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ!!」
またしても誰かが来たようで、レトと同じように叫びながら来た。
そしてそちらを見ると、怒りを隠そうともしないフール。少し後ろに咳でむせ返ってるクレディアと、無言で背中をさする御月の姿があった。
何とも決まらない登場であるが、フールは気にした様子もない。レトは微妙な表情をしているが、クライは助けに来てくれた人物の名前を感極まった様子で呼んだ。
「フールさんにクレディアさん……! 御月まで……!!」
「よかったぁ、間に合って。あ、あとクライ……宿場町ではごめ――」
「んな呑気な会話してる場合か!? 完全に敵が目の前にいるけど! 不意つかれても文句は言えねぇけど!?」
「そ、そんなこと分かってるわよ……」
御月が凄い勢いでツッコむ。ツッコミの内容を受け入れたくないフールだが、受け入れるしかないので渋々といった感じで返事をした。
それを見ながら、レトは胸をはってコマタナたちに言葉を投げかけた。
「どうするよ? 状況は変わったぜ?」
不敵に笑うレト。今の状況は2対5。どう見ても有利なのはレトたちのほうである。
しかしコマタナたちは大声で笑い出した。
「へへヘヘッ!」
「カカカカッ! おいレトとやら! 多勢に無勢ってことが言いてぇのか? テメェは。数が多い方が勝てると思ってンだな?」
「だったらよ……これでどうだ!!」
「……! おいおい、随分と用意周到なこって……」
1匹のコマタナが片手をあげた瞬間、フシデとデンチュラが2体ずつ出てきて、レトたちを囲んだ。
御月はそれを見て目を瞠らせ、苦笑いを浮かべる。
「レトよ。状況がまた変わったな。カカカッ!」
「数で勝つんじゃなかったのか? へヘヘッ!」
コマタナ達がじりじりと寄ってくる。それに、レトたちも一歩ずつ後ずさる。相手を見ながら、5匹は背中合わせのような形になる。
御月は頭の中で今の状況を見ながら、冷静に考える。
(いよいよ分が悪くなってきやがった……。数で負けてる上、こっちには戦闘慣れしてないクライとクレディアがいんだぞ。それに――)
ちらり、と御月がクレディアを見る。
ヴィゴとヴェストと戦ったときのようなクレディアではない。いつも通りの、戦闘慣れしていないクレディアだ。
どうしたもんか、と御月が考えていると
「みんな!」
いきなりクライが声を張り上げた。
それに目を丸くしながら、全員が敵から目を逸らさずに耳を傾ける。互いに背中を預けた状態で、クライの言葉を待った。
「僕は戦う! 戦うよ!」
その言葉に、レトが目を丸くした。ずっと一緒にいるからこそ、レトは1番驚き、そして嬉しくなった。
クライはそのまま続ける。
「守ってくれなくていい! 絶対に怖がらないで戦う! だから皆も……!」
それにレトたちは笑った。
「クライ、よく言った!」
「カッコいいね〜」
「その意気なら私も心配しないからね!」
「……とりあえず、安心はした」
クレディアだけ呑気だったが、全員その意気込みをきちんと汲み取ったようだ。全員の目に火がついたようだった。
コマタナはそれに気付いていないのか、嘲るように声を出す。
「あ〜あ。完全に囲まれちゃったなぁ」
「さて、じゃあそろそろ……。ヤローども! 一斉にかかれぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
そうコマタナが言って、全員がきちんとした攻撃態勢に入った時だった。
「待ちなさい」
場に、凛とした高い声が響いた。それに全員の動きが止まる。
声がした方を見ると、レトたちも予期していなかった人物がそこにいた。
「シ、シリュアさん……!?」
クライが驚きの声をあげる。レトもフール御月も驚きを隠せないようで、目を丸くしていた。クレディアだけは嬉しそうな笑顔だが。
全員が驚いている様子を気にせず、シリュアは目を伏せた。
「コマタナ、貴方さっきフール達に「完全に囲まれた」って言ったわね。でも……」
そういって、シリュアは目を開き、不敵な笑みを浮かべた。
「囲まれているのは、どっちかしら?」
「ドテッコーーーーーーーーーツッ!!」
「なっ、ヴィ、ヴィゴ!? って、マハトにポデルまでぇ!?」
左右からマハトとポデルが、そしてシリュアと反対方向からヴィゴが出てくる。突然の登場に、フールが驚きを隠せない様子で声をあげる。
するとヴィゴがギロリとコマタナたちを睨んだ。
「おい、コマタナ兄弟。クレディア達はな、俺たちの大事なお客さんなんだよ!」
「そのお客さんに何かあったら……」
「ただじゃおかねぇからなッ!!」
その言葉にクレディアが「ふあぁぁぁ……!」と訳の分からない声をあげる。フールによってすぐに黙らされたが。
シリュアはコマタナたちを見下すかのように、そんな声音で話した。
「クライの心の弱みにつけこんでこんなことを企む……貴方たち、本当に最低ね」
「くっ……! オメェらなんぞんに負けるかよ!」
コマタナたちが攻撃体制に入る。それと同時に、フールたち全員も攻撃態勢に入った。
そして、コマタナが大声を張り上げた。
「いくぞ、ヤロどもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」」」
かくして戦闘が始まった。