18話 レトとクライ
――――トントン山 東の丘――――
「やっぱ同じようなモンか……」
「あっ、丸太! 倒してきていいかな?」
「あーうん。もう勝手にしていいよ。ただ目の届く範囲にいてね」
「うんっ!」
クレディアが意気揚々と丸太を倒しに行く。御月は心の中でフールに「クレディアの母親か」とツッコんだのだが、やはり面倒ごとは避けたいらしく胸の中にしまっておいた。
その間にもクレディアが丸太を倒し、同じように梯子代わりの丸太をわたる。フールも御月もそれを渡った。
そしてフールが立ち止まり「うーん」と声をあげる。
「依頼主のクライ・タミディット≠ウんっていうのはいないね……。何処にいんだろ……」
「もうちょっと先に行けばいるんじゃないかな?」
「誰だ!? そこにいるのは!?」
聞きなれない声がし、3匹が声がした方を見る。
声の主はクレディアたちのように丸太を梯子代わりにして、クレディア達の方に駆け寄った。その声の主はエモンガ。
そのエモンガは御月を見るや否や「え、」と言った。
「御月かよ!! あー、もう、ビックリさせんなよ……」
「やっぱお前も来てたか、レト。まあ、クライ絡みならんなことだろうとは思ったけど」
エモンガは心底安心したような表情をし、御月はやれやれといった表情をする。
それにフールは首を傾げた。
「……誰?」
「レクイット・ディセガ。通称レト。俺らが探してたクライ・タミディット≠フ友達」
「は……。はぁ!? てか君まさか依頼主と知り合い!?」
その言葉に御月がしまった、といった表情をする。それにフールは目を光らせ、鋭く御月を睨んだ。
それを見ながらエモンガのレトが首を傾げる。
「依頼って……。あ……あぁ! あの掲示板の! あんなに安い依頼でも受けてくれる奴はいるんだな……。まあ御月はお人好しだし……」
「だから俺はお人好しじゃねぇっての」
言いながら、レトは苦笑を漏らした。御月は反論するが、正直にいうとあまり意味はない。
するとクレディアが会話に加わった。
「えっと、とりあえず自己紹介だよね。私はクレディア・フォラムディです」
「あー、私はフール・ミティス。で、君……レトでいいのかな。レトもクライ・タミディット≠探してるって……」
「あぁ。クライは俺の友達なんだ」
なるほど、とフールが納得したような素振りを見せた。それはクレディアも同じようだ。
「ただ……」とレトは困ったような笑顔をつくった。
「何かと臆病でさ……失敗することが多いんだ。それで何かするたびに誰かの世話になることが多々あるんだよ。その誰かのいい例がここに」
「あぁ……」
「おい、何だその「やっぱりコイツか」みてぇな目は」
ここ、とレトが指したのは御月。それを聞いてフールが御月を見たのだが、その視線に御月が苛立ったように抗議する。微塵もフールはそんなことを気にしていない。
レトは困ったようにため息をついた。
「でもまあ心配だし……だから俺もこうやって探してるんだけどさ。とりあえずお前らも見つけたらよろしくな。じゃっ」
「あぁ。お前も気ィつけろよ」
レトは丘の上からジャンプし、エモンガの膜で飛んでいった。
それを見てから、フールがぽつりと呟く。
「もうクライでいいかな……。クライって、何だか色んなポケモンに迷惑をかけてるのね……」
「本人は迷惑をかけるつもりじゃねぇからな」
「大変だね〜」
クレディアが言葉を発したことにより、フールも御月もクレディアを見る。ただ当本人は首を傾げるばかりだ。
フールと御月は「クレディアも似たようなもんだよなぁ」と同じことを考えたが、当の本人は何も気付かず、「どうしたの?」と疑問符を頭に浮かべるだけ。それを見てフールと御月は本日何回目か分からないため息をついた。
フールはとりあえず、という風に両手を叩いた。
「あそこにもまた縄梯子あるし、下に下りよう。もしかしたら橋になってるかもしんないし。……梯子を最後に下りんのは御月ね」
「ざけんな。お前が下りろ」
先ほど梯子から落ちたクレディアを最後に行かす、という選択はないらしいが、自分が最後になるつもりも2匹はないらしい。
そんなこんなで睨みながらフールと御月が言い合いをしていると、
「きゃっ!」
ブチッ、とどこかで音がし、さらに聞きなれたクレディアの声が聞こえた。見るが、クレディアはいない。
2匹が縄梯子にないことに気付き、丘の上から下を見ると、クレディアと、無残なことになっている梯子。
「また壊れちゃった……」
「何やってんのさ、クレディア! 私が下りらんないじゃん!?」
(梯子が壊れたのはただクレディアの梯子の下り方が悪かっただけか……!!)
青い顔をしながらフールはクレディアに抗議し、御月は頭を抱える。
クレディアは何回か瞬きをしてから、普段の柔和な笑顔を作った。
「じゃあ頑張って縄梯子、私が修復するねー!」
「できんの!?」
「やったことないから分かんない!」
あぁもう駄目だ。フールも呑気な彼女の顔を見たり言動を聞いたりして、頭を抱えた。クレディアはそんなことも露知らずに梯子を直そうとしているが。
御月は大きなため息をついてから、フールの名前を呼んだ。
「おいフール。こうなったら飛び降りんぞ。そこまで高くねぇし」
「飛び降りる!? 本気で!?」
「いくぞ」
「わ、わぁぁぁぁ! ちょ、ちょっ、待っ――」
御月はがしりとフールの手を掴んで丘から飛び降りる。フールが直前に真っ青な顔をしていたのを無視して。
そして綺麗に着地した2匹に、クレディアが感嘆の声をあげた。
「ふわぁぁぁ……フーちゃん、みっくん、凄いね!!」
「お前のせいだけどな」
全く罪悪感がないクレディアを責めることもできず、御月はそう言うだけで留まった。クレディアはきちんと意味を理解していないようだが。
するとフルフルと震えていたフールが御月に抗議し始めた。
「ちょっと! 君死んだたらどうしてくれんのさ!?」
「これぐらいで死ぬか。頭から落ちねぇ限り死なねぇよ」
「それでも危険でしょーがっ!!」
「けっきょく怪我もねぇんだからいいだろ、別に!!」
「あっ、川に橋ができてる。これでいけそうだね〜」
わざとか、それとも特性のようなマイペースさで気付いていないのか、クレディアが2匹が喧嘩中にも関わらず呑気に話しかけた。
それに毒気を抜かれ、勢いづいていたフールも御月もため息をつくことしかできない。クレディアは悠々と橋を渡り、呆れている2匹に対して嬉しそうに川の向こう側で「ちゃんと渡れたー!!」と報告している。
「……クレディアの天然さはなんなの…………」
「何言ってもムダだろ」
そう言いなが2匹も橋を渡り、そして3匹は穴に入っていった。
――――トントン山 中央の穴――――
中央も西と東の穴とほぼ同じようなもので、ダンジョンに住んでいるポケモンも同じだった。
そして今、フールの目の前にはクルミルがいた。
「いくよ……でんじは!!」
微弱な電気をチュリネに喰らわせる。するとクルミルの動きがとてつもなく鈍くなった。
それを見ながら御月がクルミルを指さす。
「よし、あそこまで動いてなかったら流石のお前でも当てられんだろ」
「うんっ! 蔓のムチ!」
クレディアが勢いよく蔓をだす。そして命中率の悪かった蔓はきちんとクルミルに当たった。
その後に御月が攻撃をする。
「おいうち」
クレディアの攻撃で弱っていたので、おいうちの攻撃力があがり、クルミルが倒れる。
それを見てからフールがふぅ、と息をついた。
「暫くは私が動きを止めて、そんでクレディアが攻撃してた方が楽かもね」
「まずクレディアがまともに戦闘できりゃいい話なんだけどな……」
「だいじょーぶ! 何とかなるよ」
「「それが全くなってないんだよ」」
フールと御月が揃ってクレディアの言葉を打ち消す。打ち消されてもクレディアはよく分かっていないようでただただニコニコしているが。
それから何とか階段を見つけ、登ると少し広い場所に出た。
「……やっぱ、クライはいないね。もうちょっと進んでみよっか……」
「フーちゃん、みっくん! すっごいの発見!」
「はいはい、どうせくだらな――」
どうせクレディアのことだからしょうもない物でも見つけたのだろう。そう思ったフールだが、クレディアが見ているものを見て目を丸くした。
御月も興味をもったようで、クレディアの隣に並ぶ。フールも少し遅れて並んだ。
「これは……クリスタル、だな」
「わぁ……! すっごい透き通ってるけど反射してキラキラ光ってる……! あっ、此処は鏡みたいに自分の姿が見える!」
きゃあきゃあとはしゃぐフールに、御月は小さくため息をついた。
そしてフールはクレディアの手をひいて、自分がいた場所にクレディアを立たせた。
「ねっ、見えるでしょ?」
「わぁっ、ホントだ!」
青い目をしたツタージャがうつる。右手をあげたりしたら、そのツタージャも同じように右手をあげる。それは確実にそのツタージャがクレディアだということを表していた。
それを見ながら、ふとクレディアは心の中で呟いた。
(……今更だけど……本当に、私は今ツタージャなんだ……)
無意識に、右手につけている薄桃色のリボンをぎゅっと握る。そして少し目を伏せ、また開いた。やはり映っているのは青い目のツタージャ。それにクレディアは少し微笑んだ。
そうこうしている間に、フールが近くにあったクリスタルを拾っていた。
「これ、家に飾るといいかも。――って、はっ! こんなことをしてる場合じゃ……」
「今更かよ……。早く進むぞ」
御月が先陣きって進んでいく。それに倣うかのようにクレディアとフールも先に進んでいった。
「あっ、あそこに誰かいる!」
「……あぁ、ようやく見つかったか。あれがクライだ」
穴を進み、光が差し込んできたところまで来た。そこまで来てから、ノコッチが見えてきた。どうやら御月の言葉を聞く限り、彼がクライらしい。
3匹は少し進んでから、最初に御月が声を張り上げた。
「おい、クライ!」
「ひっ……! ……あ、御月……」
御月と分かるとほっとしたようにクライが息をつく。そしてクライは不思議そうにクレディアとフールを見た。
「え、えっと……貴女たちは……?」
「あっ、私はクレディア・フォラムディ」
「私はフール・ミティス。君の依頼を見て助けに来たの。怪我はない?」
「えっ、け、怪我はないです。た、助けに来てくれてありがとう……! 本当に、ありがとう……。うわぁぁぁぁぁんっ!」
「いちいち泣くなよ……」
号泣するクライに御月がため息をつく。フールは困り顔で、クレディアは「無事でよかったねぇ」と呑気にぼやいている。
未だ泣いているクライにどうしようかと悩んでいると
「クライ!!」
「あっ、レ、レト……!」
レトがこちらに駆け寄ってきた。レトはクライの無事を確認すると、ほっと息をつく。
「よかった。此処にいたんだな。また御月には助けられちまったな……。とにかくありがとな」
「いーえ。とにかく戻ろう」
フールの言葉に頷き、5匹が帰宅のルートを歩いていった。
パラダイスに戻ったクレディア達は、とりあえず掲示板の前にいた。そこでクライがお辞儀をする。
「クレディアさん、フールさん、それに御月も! 助けてくれて本当にありがとうございました!」
そういって500ポケと、そして赤い鍵が渡される。フールはそれを「ありがと」と言ってバッグに入れた。
そしてセロが歓喜の声をあげた。
「初めての依頼が成功してよかっただぬ〜!!」
「うんっ! ありがとね、セロさん!」
クレディアとセロがニコニコとそんな会話をする。フールが「傍からみたら凄い図だな……」などと思っていたのは本人しか知らない。
レトは「でもさ」と言ってクライを見た。それに反応して全員の裕目がそちらにうつる。
「助かって本当によかったけど……でももう無茶するなよ」
「うぅっ……。……うん。僕、本当は助けるほうのポケモンになりたいんだけど……強くないし……すごく怖がりだから……肝心なところで勇気が出なくてこんな風に助けてもらうことになっちゃうんだよね……。
やっぱり僕、冒険家にむいてないのかなぁ……」
しゅん、と落ち込んだ様子でクライが呟く。元気がなく、とても塞いでいる様子だ。
それに慌ててレトが声をだす。
「そ、そんなことないぜ! 確かにクライは臆病なところがあるから上手くいかないけどさ、気持ちは真っ直ぐじゃないか! 今の世の中じゃ珍しいくらいにさ」
「クライも冒険家になりたいんだ」
そうフールが言い、クレディアは不意に初めてフールと会ったときのことを思い出した。
〈私は自分の視野を広げたいし、もっと色んなことを知りたい! 私は冒険家になりたいの!〉
クライも、というのはフールも同じだということ。やはりあの言葉に偽りはなかったらしい。
元気よくクライはフールの言葉に頷く。
「うん! 僕、一流の冒険家になるのが夢なんです! 冒険家として色んな場所を探検するのもいいんですが……。
それより僕は、世界中の困っているポケモンを助けたい! 苦しんでいるポケモンに勇気や希望を与えたい! 少しでも皆の役に立つポケモンになりたいんです!」
「私とは少し違うけど……でも素敵ね」
「クーくん、私と仲間だね!!」
「「「「「えっ?」」」」」
クレディアの言葉に全員が素っ頓狂な声をあげる。ただクライは「ク、クーくん……?」と名前に困った反応を見せているが。
それに気付いていないのか、クレディアはニコニコしながら続ける。
「私もね、困ってる人や苦しんでる人たちを助けたいの!」
「え、じゃ、じゃあクレディアさんも冒険家に……?」
「うーん、今はフーちゃんのお手伝いだけど……とりあえず私の夢はお医者さんになることだよ」
「お医者さん!?」
フールが驚いた声をあげる。クレディアは驚かれた理由が分からず、きょとんとした顔で首を傾げている。
「え、ちょ、」と慌てた様子でフールが何とか言葉を紡いだ。
「え、医者? クレディア本気で?」
「うんっ! 小さい頃からの夢なんだー、お医者さんになるの。私はね、病気で苦しんでる人たちを助けたいの。やり方は違えど、クーくんと同じでしょ?」
(……それは先に聞いておきたかったよ…………)
えへへ、とクレディアが笑った。フールはそれで驚きがぶっ飛んだように、がっくり肩を落とした。
するとクライもフールと同じ状態になった。
「でもまあ……理想と現実の差は激しく……何をやっても駄目でして……」
「そうやってすぐに悲観的に考えるから駄目だっつぅの……」
「そうだよ! 「あなたの夢は何か、あなたが目的とするものは何か、それさえしっかり持っているならば、必ずや道は開かれるだろう」っていう名言もあるしね!」
「もうクレディアは黙ってて」
クライの言葉に呆れたような反応を見せたのは御月。励まそうとしたのはクレディアだが、フールによって「煩い」と同じようなことを言われた。
それに苦笑いしかできなかったレトだが、「でも」と首を傾げた。
「どうしてまた“トントン山”に?」
「その……クリスタルが欲しかったんだ。“トントン山”のクリスタルが凄く綺麗だって話を聞いて……」
「……クリスタル?」
クライの言葉の一部を、フールが復唱する。クリスタル、といえばクレディアもフールも御月も思いつく物があったからだ。
「もしかして」と言いながら、フールがバッグを漁る。そして“トントン山”を登る最中に拾ったクリスタルを手にとった。
「これのこと?」
「わっ、わぁ! そうです! 僕が欲しかったクリスタルです! うわぁ、凄い綺麗だなぁ……!」
キラキラと光るクリスタルを、目を輝かせてクライが見る。レトもクリスタルに驚いたのか「おぉ」と声をあげた。
フールはクライの様子を見て、「そっか」といって微笑んだ。
「じゃあクライにあげる」
「え、えぇっ!? い、いいんですか!?」
フールの言葉に、クライが驚きの声をあげる。フールは気にしていないようでなんでもないように「うん」と言った。
「綺麗だから何となくで拾った物だし……。それだったら必要としているクライの手元にあった方がいいでしょ」
「気にすんな。コイツは本当にしょうもない理由で拾ったから」
「御月、黙らないと殴るよ。はい、クライ」
「あ……ありがとう!」
少しクライに近づき、「はい」とフールはクライにクリスタルを手渡した。クライはとても喜んでいるようで、フールもそれを見て顔を綻ばせる。
だが少し考えてからでも、と首を傾げた。
「何でクリスタルが欲しかったの?」
「そっ……それはっ……! そのう……」
フールの質問に、口ごもるクライ。心なしか、顔が赤面している。その様子を見て、合点がいったようにレトが声をあげた。
「もしかして……ははーん。そういうことか」
「「…………?」」
「………………。」
クレディアとフールは首を傾げ、御月はあからさまに顔を顰める。レトはニヤニヤしており、クライは掲示板の方を向いて皆から顔が見えないように隠している。
そしてクレディアが「まさか……」と声をあげた。
「そのクリスタルには希望が詰まってるの……!?」
「クレディア、馬鹿なの?」
クレディアのお馬鹿な発言に慣れているフールと御月は、どちらも同時にため息をついた。