16話 初めての依頼
「んん……」
クレディアが小さく身じろぎ、目を開ける。
目に飛び込んできたのは昨日できたばかりの家。そして隣を見ると、寝息をついているフールの姿。スヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。
それに微笑んで、クレディアはその奥――御月がいる場所を見た。しかし、いると思った者はいない。
(…………?)
むくりと起き上がる。そしてもう一度 御月の寝床を見るが、やはりいない。
するとふわりとした良い香りが鼻孔をくすぐった。クレディアがつられるように匂いがする方を見ると、そこはキッチンだった。
クレディアは起き上がり、キッチンに近づく。すると先ほどいなかった人物がいた。
「早起きだね、みっくん」
「うわっ!? い、いきなり話しかけんな。心臓にわりぃ……」
「ごめんね。みっくん、おはよう」
「あー……おはよう」
ペースを崩されていたのを何とか直し、御月もクレディアに朝の挨拶をする。そしてクレディアは御月の手元を覗き込んだ。
「何してるの?」
「朝食作り。軽いもんくらい食ってた方がいいだろ」
クレディアが御月の手元を見る。何やら実を切って何か作っていた。
それを見るや否や、クレディアが目を輝かせた。
「私もやりたい!」
「…………できんのか?」
「やったことないから分かんない!」
ニッコリという効果音がつきそうないい笑顔でクレディアが言い放つ。それを聞いた御月はため息をついた。
そして木の実を渡し、包丁を渡す。
「いいか、絶対に指を切るなよ。切り方は――」
真剣な顔で、御月がクレディアにできるだけ分かりやすく説明する。クレディアもしっかりと聞いて、必死に手を動かす。
そして暫くして起きたフールが首を傾げるのだった。
(……新婚カップル…………?)
普段では考えないようなことを考えながら。
無事に朝食もでき、フールも完全に目覚めてから、3匹はテーブルを囲むようにして座っていた。そしてテーブルに置いてあるスープとサラダを食べる。
静かに朝食を味わっていた中、フールが口を開いた。
「にしても……家っていいもんだね。寒くないし、起きた瞬間にこうやってゆっくりできるし」
「何を今更。……あぁ、お前ら最初ここ来たとき野宿したのか。アホだろ」
「アホいうな。仕方ないでしょ。そうするしかなかったんだから」
「なかなか楽しかったよ? あ、みっくんも今度やる?」
「やらねぇよ」
小話を挟みながら朝食を平らげていく。ゆっくりだが、ちゃくちゃくと減っていくおかず。
そして不意に御月が「あ」と声をあげた。
「今日はどうすんだ。家は出来たんだから、本格的に活動してくんだろ?」
「そのつもりではあるけど、私的にはポケモンパラダイスを広げたいと思ってるよ。とりあえず……施設を作りたいかな」
「「施設?」」
フールの言葉にクレディアと御月が首を傾げる。クレディアは不思議そうに、御月は顔をしかめながら。
そんな2匹の様子を気にすることなく「うん」と頷いて、フールが説明を続けた。
「木の実を増やす畑とか、技を鍛えてもらえる道場とか……とにかく、冒険に役立つ施設を増やしたいの。そしたら私たちの冒険も多少は楽になるし、他のポケモンたちの役にもたつパラダイスになるでしょ?」
「まぁた大掛かりなことを考えてんな……。どんだけ大規模なことをやるつもりなんだよ」
「楽しそうだよね! 他のポケモンが喜ぶ施設とか……ほら、レジャーの施設もあったらいいと思うなぁ」
「あっ、それいいね!」
何だか規模が拡大しているような。
盛り上がる2匹を他所に、御月はそんなことを思った。そんな御月の心情など露知らず、フールとクレディアは意見の出し合いをしている。
そんな2匹にため息をつきながら、御月が話しかける。
「てかセロさんから聞いたけど、この土地よくわかんないんだろ? 掘り返したらダンジョン……みたいなこともありえるんじゃねぇの?」
「まあそうだけど……とにかく、私はこの土地を開拓して発展させたいわけ。ダンジョンだったらダンジョンだったらでその時!」
あまりに大雑把な説明に、御月が再びため息をつく。
そしてフールは日の光が差し込んでいる窓を見ながら言った。
「あと……信頼できる仲間も必要かな。あと1匹いればチームとして登録できるし、冒険が楽になるからね」
「……変な奴は仲間にするなよ。特にクレディア。お前は独断で決めんな、絶対に!!」
「んん、わかった」
御月に強く言われ、クレディアが頷く。頭に疑問符を浮かべているような様子なので、意図は全く理解していない。
そんな様子のクレディアを見て、フールと御月が同時にため息をついた。勿論クレディアは首を傾げるばかりで、どうして2匹がため息をついたかなど、全く分かっていない。
朝食も終わり、片付ける物も片付けてクレディア達が外に出る。終わりにフールと御月が言い合いを始めたので、1番にクレディアが外に出た。
クレディアは外に出た瞬間、目を瞬かせた。そしてすぐさまふにゃりとした笑顔になる。
「おはよう、セロさん」
「おはようだぬ。建てたばかりの家の寝心地はよかっただぬか?」
「うんっ! 皆ぐっすり寝てたよ!!」
クレディアが元気よく答える。それに「それはよかったぬ」とセロも笑った。
そしてようやく言い合いが収まったのか、それともセロに気付いてか、フールと御月がセロの方を向いた。
「おはようございます」
「おはよ、セロ。どしたの、こんな朝早くに」
首を傾げながらフールが聞く。
フールの言うとおり、訪ねるには早い時間だ。それに用件も、今しがたでは検討もつかない。
そんなフールにセロは「起きてくるのを待ってたんだぬ」と言った。
「こっちにくるだぬ。いい物が見られるだぬよ」
「いいもの……?」
フールがセロの言葉を復唱しながら首を傾げる。
セロは3匹に背を向けて、歩いていく。クレディアたちは顔を見合わせ、怪訝そうな顔をしながらセロの後に付いて行った。
セロの後を付いていき、辿り着いたのは掲示板の前。昨日まで何もなかったはずの場所に、立派な掲示板が作られている。
セロは「これだぬ」と指さした。それにクレディアが目を瞬かせた。
「掲示板、だよね……」
「そうだぬ。ワシからのプレゼントだぬ。その名もおしごと掲示板≠セぬ」
「ぷれぜんと? おしごと?」
クレディアがますます分からないといったような感じで首を傾げる。フールと御月は掲示板をただただ眺めるばかりだ。
セロはそんなことを気にせず、説明を続けた。
「ここには冒険に関しての情報。おたずね者や悪者をこらしめてくれといった依頼。そうかと思うと近所でのちょっとした相談事とかものってたりと……バラエティーに溢れる情報が集まってるだぬ」
「ふぇぇぇぇ……。何か……よくわかんないけど、凄いね!」
「いや、フツーに分かれよ」
「あ、そっか! ここの依頼をこなせばポケや道具も集められるってワケね!」
クレディアの発言に御月がツッコミ、それを無視してフールは合点がいったように手を叩く。
セロは「あと」といって右斜め後ろを振り返った。釣られるようにそちらを見ると、宿場町で見た紫色と黄色の箱。
「あっ、あずかりボックスだ」
「そうだぬ。一応ここにも置いただぬ。道具やポケの出し入れに使うといいだぬ」
「うわぁっ、わざわざありがとね、セロ! これならわざわざ宿場町に行かなくて済むし、すっごい便利だわ」
関心したようにフールが呟く。その目は多少だがキラキラと輝いていた。
そして「最後に」とセロが付け足した。
「今日からワシも店を始めただぬ」
「おみせ?」
クレディアが首を傾げると、「あそこだぬ」とセロが指さした。
預かりボックスの近くに、ヌオーのテントが張ってある。何とも誰が店主か分かりやすい店である。
「品揃えは粗末だぬが……ワシに話しかけてくれれば売り物を見せるだぬ。欲しいものがあったらぜひ買ってくれだぬ」
「セロさんよくやるっすね……。俺より世話焼き……」
「いや、君も大概だから」
御月が悟りきったような目でそう言ったのに、フールがツッコむ。それからフールが複雑そうな顔で聞いた。
「何ていうか……すっごい有難いんだけど、ちょっと疑問が……。なんでセロはここまでやってくれるの? 流石に親切すぎでしょ……。家のことといい、今のことといい……ホントに御月以上になっちゃうよ? 御月のは親切とは言わないけど」
「どういう意味だそれ」
ギロリと効果音がつきそうな形相で、御月がフールを睨む。しかしフールは全くといっていいほど気にしていない。
セロは「ん〜っ」と首を傾げ、少し上を向いた。どうやら言葉を捜しているらしい。
「ワシにもよく分からぬだぬ……。だぬが、多分……多分クレディア達が頑張っているからだぬ。頑張ってる姿を見てたら何か応援したくなっただぬ」
「何それ。セロも変わってんね……」
呆れたような、困ったような、苦笑いのような表情でフールが言う。御月は完全に呆れたような表情だ。
「ワシ普段はぬぼーっとしてるんだぬが……クレディア達を見てると何故か熱い気持ちがこみ上げてくるだぬ。…………ぽっ」
(何で顔を赤らめた?)
何故か最後に顔を赤くしたセロに、心の中で御月がツッコむ。すぐにセロが「さ、さてと……」と言ったので口には出さなかったが。
セロは掲示板の方を向く。クレディアたちも同じようにもう一度掲示板に向き合った。
「おしごと掲示板の使い方を説明するだぬ。よく聞いとくだぬよ」
「はーい!」
クレディアだけが、大きく手をあげて返事する。行動が子どもっぽいとか思いながら、フールと御月は黙っておいた。
気にせずにセロは続けた。
「おしごと掲示板には色んな依頼のメモが貼られているだぬ。この中から受けたい依頼メモを選んで剥がすだぬ。そしたら次にそのメモをこっちの依頼カウンターに持っていって、メモを渡すだぬ」
「カウンター係のマリルリのロナ・イミュリーです。依頼を受けたい場合はワタシにメモをお渡しください」
ニコリと笑って、マリルリのロナが挨拶をする。
クレディアが始めに「よろしくお願いします!」と挨拶すると、フールと御月も同じように挨拶した。ロナも笑顔で挨拶をする。
「そうすれば依頼のダンジョンへ行くことが出来るだぬ。説明はざっとこんなもんだぬ」
「かなり簡単だったな……」
御月が小さく呟く。確かにやり方はかなり簡単である。
そんな呟きを気にせず、セロは「さあ」と続けた。
「さっそく掲示板の中から記念すべき最初の依頼を選ぶだぬ」
「あっ、私が選びたい!」
「私は別に何でもいいよー」
「……どーせ俺の意見は反映されねぇんだよな」
クレディアはニコニコと、御月は諦めきった表情でそう言う。
それぞれの様子を見て、「選んでいい」と判断したフールは掲示板の方を向いた。そして「うーん、どうしよ……」と声をあげる。
そして暫くしてから1枚のメモに手を伸ばした。
「決めた。これにする」
ペリッという音をたてて、メモが掲示板からフールの手に渡る。そしてフールはロナの方へ向かった。
そしてロナは笑顔で「ようこそ依頼カウンターへ!」と言った。
「どの依頼へ向かいますか?」
「これをお願いします、っと」
フールがロナにメモを渡す。ロナは一通り目を通してから「分かりました」と言葉を返した。
「では出発の手続きをいたします」
そう言った瞬間、少し向こうにあったドアがギギギ……という音をたてて開いた。
クレディアが「すごーい!!」と目を輝かせるなか、フールと御月は頬をひきつらせていた。そして御月が小さく呟く。
「いきなり開いたし……自動ドアかよ……」
「依頼ゲートをオープンしました! 頑張って行って来てくださいね!」
ロナは気にすることなく、笑顔でそう言いきった。
クレディアだけが「頑張る! ます!!」と言う中、フールがセロの方を向いた。
「こんな感じでいいの?」
「ん〜っ、バッチリだぬ。あとは依頼ゲートから出るだけで依頼のダンジョンにいけるだぬ。あぁ、地図は持ってるだぬか?」
「それは抜かりないよ」
ほら、と言ってフールが鞄から地図を取り出す。使い込んでいるのか、お世辞にも綺麗とはいえない地図だが、場所は把握できる。
それに頷いてから、セロは「因みに」と言った。
「フールはどんな依頼を選んだぬか? ちと興味あるだぬ。ワシにも見せてほしいだぬ」
「あっ、私も見たい!!」
「俺もさすがに自分が行く依頼は何か知りてぇ」
「それじゃあ私が読みますね」
ロナがフールから受け取ったメモを手にとり、声に出して読み出した。
「『トントン山から出られなくなっちゃったんです! この程度の山なら自分だけでも行けると思ったんですが、気が付いたらどっちにいったらいいかも分からなくなってしまって……。すみません! そんなワケで助けてください!! ― クライ・タミディットより ―』……という依頼です」
「……ん〜っ、何かパッとしない依頼だぬぅ。因みにお礼はどれくらいなんだぬ?」
「500ポケ、ですね」
「ぬぬ……。お礼のポケも大したことないし……ホントにこの依頼でいいだぬ?」
「うん。掲示板の中ではいちばん困ってそうだったから。困ってるポケモンを助けるのが1番大切かなって思って。御月には文句言われそうだけどさ」
ちらっとフールが御月を見る。それに気付いた御月は肩を竦めるだけし、他に反応を見せなかった。
セロは少し黙ってから、いきなり涙を流し始めた。それにロナを含めた3匹がぎょっとした表情をする。セロは気にしていないようだった。
「か……感動しただぬ……! ヌシ達やっぱりいい奴だぬ……。うっ、ワシは気にせず依頼に行くといいだぬ……うぅっ……」
「セロさん、だいじょーぶ……?」
「と、とりあえずセロの言うとおり行って来るわ……」
「クレディア、気にすんな。セロさんは涙もろいんだから相手にするだけ無駄だ」
泣いているセロを心配するクレディア。ドン引きしているフール。そして心配するだけ無駄ときっぱり言い切った御月。
セロを未だ心配するクレディアを引っ張って、3匹は依頼ゲートをくぐるのだった。