15話 新しい家
「おなじ空の下でいっしょに笑いあってー」
「何か、クレディア休憩中に会話なかったらずっと歌ってるよね……」
だんだん家も原型を止め、家らしい物になってきた。
そんな中レアが作ってくれた間食をクレディアとフールは休憩時間に食べていた。そしてクレディアが食べるのを一旦やめ、歌い始めたのだ。
フールはレアが作ってくれた物を頬張りながらクレディアを見る。クレディアも歌うのやめ、フールを見た。
「よく歌ってからねー。なんか、落ち着かなくって」
「よくって、どれくらい?」
「うーん。……そうだなぁ、多くて半日くらい」
「半日!?」
クレディアの返答に、フールがぎょっと目を丸くさせる。その反応に気にした様子もなく、クレディアは「うん」と返した。
そしてフールは「えぇ……」と頬をひきつらせながら疑問をぶつけた。
「よく喉がもつね……。そんなに歌うのが好きなの?」
「喉は、時々辛くなったかな。歌うのは好きだよ。あと読書も好きだし、手芸も好き。あと絵を描くのも……」
「好きなもん多すぎでしょ……。ていうか色々とやりすぎだし」
「んー、やりたいって」
楽しいよ、とクレディアが言うとフールは疲れたように「あぁ、そう」と返した。フールにとっては理解できないらしい。
今度はクレディアがフールに質問した。
「フーちゃんは? 好きなことは?」
「えー、好きなことは……冒険」
「ふふっ、フーちゃんらしいね」
返された返答に、クレディアが笑いながら返す。そのままフールは「あとー」と言いながら会話を続けた。
「本を読むのは私も好き。ただあんまり字が小さいと寝そうになるんだけど……」
「ぽかぽかの陽気の中で読むと寝ちゃうよね」
「そうそう! あの暖かさが眠気を誘うの!!」
何故か本の談議で盛り上がっている2匹。中身は世間一般のガールズトークとは少し違うが、2匹は構わないらしい。
きゃーきゃー、と盛り上がっているといきなり声がかかった。
「何やってんだお前ら」
「うわっ!?」
「あ、こんにちはみっくん」
話しかけてきたのはバイトが終わってやって来た御月。
一応は御月はクレディアたちの仲間、ということになったのだが家ができるまではバイト優先にしている。家ができたらそこに住むことになり、本格的に冒険にいったりすることになるのだが。
最初はしつこく文句を言っていた御月だが、レアによって黙らされた。今は言いたくても言えないような状況である。
クレディアはニコニコとした笑顔で御月に話しかけた。
「みっくんは好きなことは?」
「は? ……特にねぇけど。強いていうなら寝ること」
「何てつまらない回答……」
御月の返答を聞いて、フールがはあとため息をつく。クレディアは笑顔を崩さない。それも作ったものではなく、純粋なものを。
そしてため息をつかれていい気ではない御月が顔をしかめる。
「いきなり何なんだよ」
「好きなことが寝ることって……もっと違うことないわけ? あー、なら得意なことは?」
「得意? ……まあ、家事一般は、」
「家事ぃ!?」
御月の言葉をフールが大声で遮る。どうやら相当驚いたらしい。
遮られた御月はまたしても顔をしかめる。しかし、クレディアは気にしていないようで「へえー」と感嘆の声をあげた。
「みっくん、家事が得意なんだ。いい夫さんになりそうだねっ!」
「……ぜんっぜん嬉しくねぇけどソレ」
「か、家事って君……料理とか、裁縫のこと言ってんだよね? あ、ありえない……!」
「そのありえねぇってのはどういう意味だ!!」
失礼極まりない言葉に聞こえた御月はフールに突っかかる。
しかし、会話を続けようにも「おい、オメェら。いつまで休憩してんだ」と言ったヴィゴによって会話を終了させられた。そして中途半端なまま、作業に戻った。
「疲れたぁっ……」
ぼふんっと、クレディアがベッドに寝転がる。フールも同じベッドに座った。
ここはレアの宿。「ちょうど開いてるし、使えばいいよ」といわれ、言葉に甘えているのだ。食堂の2階にあり、2匹はレアと少し雑談を交わしてから此処に来た。
御月は下でなにやらレアと話しており、今は2階にいない。
「しっかし、家けっこう出来てきたよね。あとちょっとで住めるようになるんだよなぁ……」
「楽しみだね!」
「うん。やっぱ……自分の家となると、楽しみだよね」
へへ、とフールが笑うとクレディアも笑った。
すると階段をのぼって御月が2階にやってくる。その手には何枚か布があった。それにフールが首を傾げた。
「あれ? どしたの御月。その布」
「テーブルクロス作るんだよ。ヴィゴ達がテーブル作ってくれてるらしいし……やっぱ、何ていうか、そういうインテリアはあったほうがいいだろ」
「あっ、じゃあ裁縫やるんだね! 私もやる!!」
「……できんのか?」
「うんっ! 手芸はできるよ!」
笑顔のクレディアに、御月は布と糸と針を渡す。
そしてベッドに座っていたフールに「ほら」とついでとばかりに渡した。それにフールが「げっ」という顔をする。それを見逃さなかった御月は、眉をひそめて聞いた。
「お前、できねぇのか」
「で……できるに決まってるでしょ!」
ほら渡した、渡した! とフールが一通りの道具を奪うようにとる。そんな様子のフールに違和感を抱いた御月だが、無視することに決めた。
そして簡潔にやり方を説明して、縫い始めた。直後、
「いった!」
フールの声が響いた。
クレディアと御月がそちらを見ると、痛みに悶え苦しんでいるフールの姿。そんなフールにクレディアは「大丈夫?」と声をかけている。
御月は布とフールを見て、ぽつりと呟いた。
「やっぱできないんじゃ、」
「できるってば! このくらい歩くことと同じくらい簡単だし!!」
そういって、フールはまた縫い始める。
御月はそんな様子のフールにため息をついて、作業を続ける。クレディアはフールをちらちらと心配していたが、やがて作業に没頭し始めた。
しかし、何度か「っ!」や「いっ!?」という声が場に響いた。音量は小さくしてあるが、かなりの頻度でそれが聞こえる。暫くは耐えていた御月だが、いい加減イラついたのかフールの方を見た。
「おいフール。いい加減見栄はってねぇで、」
そして、絶句した。クレディアは気付いていない。
フールはもう涙目で、そして手にある布は悲惨な状態になっていた。
「どうやったらそんなことになんだお前は!!」
思いきり大声をだした御月に、クレディアがびくりと体を揺らして御月を見た。しかし御月は気付いておらず、フールの方を見ている。クレディアも何事かと思いそちらを見ると、酷い有様になっていた。
フールが受け取った布はオレンジ色。しかし、それが赤く染まりつつあるのだ。決して模様ではない。
それを見ながらフールは涙目で反論した。
「しっ、仕方ないでしょぉ……!? だって裁縫やったら布が赤くなるんだもん……!!」
「それはお前が自分の手を針で刺してそうなってんだよアホか!!」
「わっ、フーちゃん大丈夫!? ち、血が……」
慌てて御月が布と針をおき、ダッシュで下に降りていった。
クレディアはフールの手をとって、赤くなっている手を見る。痛いのか、フールは完全に涙目だ。
「だいじょうぶ?」
「何でクレディアも御月もやってて赤くならないのさぁ……!!」
フールがそう言う。しかし本来それが当たり前の形である。返答に困ってしまったクレディアは「うーん」と悩む。
そして御月が下から何か箱を持って上がってきた。おそらく治療箱だろう。
それを見るや否や、クレディアが「私がやる!」と挙手をした。一度ぴたりと動きを止めた御月だが、大人しくクレディアに渡した。治療箱を受け取ったクレディアは意気揚々と、手際よく治療していく。
御月はそれを見ながら、そしてフールを見てため息をついた。
「できねぇならそう言えばいいものの……」
「できないんじゃない。布と手が真っ赤になるだけ」
「それをできないって言うだよ!!」
頑なにできないことを否定するフール。しかし布と手を見る限り、できないのは明白である。
御月がクレディアがやっていた布を見ると、綺麗にできている。御月的にはクレディアもできないイメージがあったのだが、それは覆された。因みに御月がやっていた布も見事な出来栄えだ。
「もう何もするな。つーかその手じゃできねぇだろ」
「なっ、できるし! この通り動く、」
「フーちゃん、ごめんね。手を動かされると包帯が巻けない……」
「あっ、ご、ごめんねクレディア」
手際よく、綺麗に包帯を巻いていくクレディア。治療は慣れっこらしい。フールは御月の言い分に腹がたったのか、膨れっ面だ。
そんな様子を見ながら、御月は深いため息をつくのだった。
数日たったある日、クレディアとフールと御月、そしてセロとヴィゴとその弟分の2匹は全員おなじ方向を見ていた。
クレディアは目を輝かせて。フールはとても嬉しそうな顔で。御月は少々ひきつった笑みに関わらず、少し嬉しそうで。セロは関心したように、大工の3匹はただただそれを満足そうに見ていた。
そんななか、クレディアが口を開いた。
「いっ、家だぁ……!!」
とても嬉しそうに、クレディアがそう言った。
そう、ついに家ができたのだ。
木でできた所々草がでている、可愛らしい家だ。少し不恰好ではあるが、綺麗に出来上がっていた。
「ん〜っ、なかなか味のある家になっただぬ」
「セロさんに同意。ていうかよくここまで出来たよな……」
セロと御月が家を見ながら呟く。
たった7匹、大工1匹とまだ修行中の弟分2匹と素人4匹で建てたのだ。そう考えれば立派にできた方なのだろう。
その家を見ながら、ヴィゴは申し訳なさそうにフールに話しかけた。
「ボロくてすまんな。前だったらもっと上手く建てられたんだが……今の俺じゃ、これが限界だ」
「いやいや! これだけ立派な家ができたんだよ!? 誇っていいくらいじゃない!?」
「凄いよねー。可愛いし、温か味があるし……うわぁ、住むのが楽しみだなぁ……!」
フールは家を見ながらヴィゴの言葉に「とんでもない」といったように返す。クレディアは両手をあわせて、顔を綻ばせた。
そしてポデルが家に目をやってから、クレディア達の方を見た。
「でも……俺は楽しかったですよ」
「俺もだ。今までで1番楽しかったぜ。何ていうのかなぁ……」
マハトが家を見ながら呟く。言葉を捜しているのか「うーん」と呟きながら。
ようやく言葉をぽつりぽつりとだが、紡ぎだした。
「確かにボロいんだけど……ボロくないっていうか……不思議なんだけど、デキについは妙に満足してるんだよなぁ……」
うんうん、とクレディアとフールが頷く。その後のマハトの言葉には頷かなかったが。
「でもやっぱり……見た目はボロい」
「ボロい言うな! そう思うからそう見えるの!! 錯覚よ!! いいじゃない! 皆の気持ちがこもってる家なんだから!!」
必死にフールが訴える。しかし、マハトから見えるとボロく見えてしまうらしい。ヴィゴもポデルも同じ面持ちだ。
するとクレディアが微笑みながら話しかけた。
「ヴィゴさん、マーくん、デルくん。家を建ててくれてありがとう。セロさんもみっくんも手伝ってくれてありがとね」
「困ったときはお互い様だぬ」
「俺は此処に住むことになっちまってるからな……」
御月の言葉にクレディアは「楽しみだね!」と笑いながら返す。御月が死んだような目をしているのには気付いていない。
フールは家を見ながら満足げに笑った。
「とにかく此処が! 私たちの新しい……家だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「家だーっ! ッ、ゴホッゴホッ」
「うるせぇ……」
「クレディアさん大丈夫ですか?」
いつも決まらないクレディアとフールであった。
「で、この前つくったテーブルクロスはここでいいよね?」
「わぁっ、小さいけどキッチンもあるね〜」
「おい変に弄うなよ、クレディア」
ヴィゴたちが帰った後、クレディアたちは食堂においてあった荷物をとりに行き、そしてレアにお礼を言ってから出来たばかりの家に入っていた。そして作っておいた装飾品を飾る。
もう夕方になっており、窓からは夕日特有のオレンジ色の光が入り込んでいた。
「晩飯は俺が作るからな。……どうせお前ら作れねぇだろ。特にフール」
「できるし! 真っ黒にはなるけどできるからね!!」
「それをできねぇって言うんだよ!」
「私はやったことないから出来ない、かなぁ。あっ、でもお手伝いすることがあったら言ってね!」
フールと御月がにらみ合い、クレディアは険悪なのに気付いていないのかニコニコしている。
そして結局は御月がため息をつくことで終着した。終着といってもフールは少し怒っているし、ただ御月が折れただけだが。
(戦闘はフールだとして……家事系はクレディアだな。料理もまあ、クレディアは教えれば何とかなるか……)
フールは変わらなさそうだが、と失礼なことを考えながら御月がフールを見る。瞬間に睨まれ、すぐさま目を逸らした。
そして御月がキッチンに立ち、レアから「おすそ分け」としてもらった材料で簡単な料理を作る。
その間、クレディアとフールは家の装飾をしていた。
「この布ここに飾ればオシャレじゃない?」
「あっ、それナイス!」
「じゃあこれは此処で――」
そういうことに関してはノリノリで、笑顔を交えながら装飾を施していく。クレディアもフールもそういったことは好きなようだ。
そしてセンスは壊滅的というわけでもなく、至って普通。ただやはり2匹とも女なので、可愛らしく装飾がなされていく。この家はどう考えても「おしゃれで可愛い家」になるのだろう。
「…………。」
御月は盛大に顔をしかめた。
そんな家に住むのは、やはり男として抵抗があるらしい。しかし装飾はピンクやオレンジといった、女子が好きそうな色でなされていく。
クレディアとフールはこれっぽっちも御月のことは考えていない。クレディアは考えてないというより気付いていないといった方が正しいだろう。フールはわざとか、本気で考えていないかのどちらかだ。
どちらにせよ、御月の気持ちを汲み取っていないのは明らかである。
(フールはまだ仲間を増やすって言ってたか……。……さすがに女はもういい)
むしろ男が来い。つーか増えろ。
どんどん乙女ちっくな家になっていくのを見ながら、御月はそんなことを考えるのだった。