11話 悲痛な願い
「いてて……」
「あ、マーくんデルくん大丈夫!?」
声に1番にクレディアが反応し、2匹に駆け寄る。フールも御月もそれにようやく反応し、駆け寄った。
マハトとポデルは「何とか……」と言って起き上がる。そんな2匹に、フールはできるだけ声を和らげて言った。
「何か事情がありそうだね……。教えてもらえる?」
「はい……」
元気なくポデルが返事をする。無理もないか、とフールは心の中で思った。
事情が知らない自身でさえ、2匹が必死にヴィゴに何かを伝えようとしていたのは分かった。それが、ほとんど伝わっていなかったのだ。落ち込むのもしかないことだろう。
マハトはゆっくりと話しだした。
「あれでも兄貴は……昔は腕のいい大工だったんだ。兄貴が作るものはとても評判がよくて、俺たちもその腕に惚れこんで弟子入りしたんだ。兄貴と一緒に仕事するのは、それはとても楽しかった……」
懐かしそうに話す。時折、悲しそうな笑みを見せて。
そしてポデルが「でも、」と言って話しを続けた。
「ある時……兄貴は背中に大きな怪我をしてしまって……。それがきっかけで、体が上手くいうことをきかなくなってしまったんです」
そういえば、とフールがヴィゴの後姿を思い出す。
背中に痛ましい傷があった。それはとても痛そうで、色も少し変色していた。
「それが原因で大工の仕事もうまくできず……兄貴の腕はどんどん落ちてしまって……」
「それでも!! たとえ兄貴は腕が落ちようと必死に仕事をしたんだぜ!? 仕事に誇りを持っていたんだ!」
マハトが必死に、そう言った。
2匹にとっては敬愛している兄貴分だ。変な風に思われるのは嫌に決まっている。マハトは3匹に伝えようと必死に話した。
そんなマハトの目にじわり、と涙が浮かんだ。
「でも……あんなことが起こって……」
「あんな、こと?」
マハトの言葉にクレディアが首を傾げる。ポデルも悲しそうだった。その続きを聞きたいのだが、2匹は何故かなかなか言わない。そんななか、
「あるポケモンから、家を建てる注文がきたんだよ」
何故か御月が喋った。フールとクレディアが不思議そうに御月の方を見る。様子からして、御月は知っているらしい。
するとポデルが引き継ぐように話しだした。
「当時は仕事がもう減ってたんで……兄貴も俺たちも大喜びしました。そして魂をこめて……頑張って、家を建てたんですが、」
ぐっ、とポデルが口を噤んでしまった。
どうやら、余程いいたくない事らしい。マハトもポデルも涙目だ。悲しい、というより悔しそうだった。
そんな2匹を見てから、御月が代わりに言った。
「そのポケモンは出来ばえにいちゃもんをつけたうえ、家をヴィゴ達の目の前で壊したんだ」
「……!」
「はぁ!?」
クレディアが目を丸くし、フールが信じられないと言ったような声をあげる。御月もイラついたような表情をしている。
そして更にもっと驚くような事実がマハトから述べられる。
「最初は、最初は俺たちの腕が悪いから壊されたと思ったさ。それなら仕方ない、って……。
でも、でも最初から冷やかしだったんだ!! 元から家を壊すつもりで、俺たちに家を建てさせたんだよ!!」
「な、にそれ……」
フールが呆然と、それでいて怒りを隠せないような表情をする。クレディアも顔をしかめてそれを聞いている。
ぎゅっとポデルが手を握りながら、1つ1つ言葉を紡いでいく。
「代金も端から、いちゃもんをつけて踏み倒すつもりで……。兄貴の作った家をボロクソに罵り、ボロボロになるまで叩き壊したんです……」
「それを境に兄貴は自信をなくして……ヤケになって仕事もせず、今みたいなあくどいことをするようになったんだ……」
「……さいっていな話ね」
イラついた様子でフールがはき捨てる。本当に、酷い話だった。
そんななか、クレディアはゆっくりと首をかしげて2匹に問いかけた。
「でも……そのポケモンは、家のできがよかれ悪かれ、最初から壊すつもりで建てさせたんだよね? だったらヴィゴさんが自信を失くさなくてもいいんじゃないかな?」
そのクレディアの言葉に、マハトは静かに首を横にふった。
「俺たちもそう思って兄貴に言ったけど、全く聞いてくれなくて……。実際、腕が落ちているのは兄貴本人がいちばん感じてる。
それに頑張って建てた家を壊されるあの光景を目の前で見せられちゃ……自信を失くすのも無理ねえよ……」
それを聞いて、クレディアは「そっか」と小さく言った。
自分はその場にいたわけではないし、大工についてもよく分からない。ヴィゴについても詳しく知っている訳でもない。そうなると、全ての条件を満たすマハトが言っている言葉は正しいのだろう。
するとポデルが体を小さく震わせながら、涙をポロポロと流しながら必死に言葉を紡いだ。
「それ、でもっ……悪事を、悪事をはたらくのは、よくないことです……。俺たちは、兄貴に、もう悪いことをしてほしくないっ……! だからっ、今回のことがきっかけになればってっ……」
嗚咽を何とかださないようにしているのか、ポデルが黙ってしまった。聞こえるのは、ただただ悲しそうな声。
マハトはそれを見ながら、俯いた。
「兄貴は、変わらないのかな……。俺たちは、戻ってほしいんだ……。あの、楽しく仕事をしてた、前の兄貴にっ……」
ついに、マハトまでもがポロポロと涙を流しはじめた。
御月は黙って目を伏せ、フールはぐっと何かを言いかけて飲み込んだ。そしてクレディアの方を見た。するとクレディアは前に一歩でた。
「昔のようにって、完璧に戻るのはやっぱり無理だと思うんだ」
その言葉に2匹が涙を目に浮かべたまま顔をあげる。クレディアの言葉にフールと御月は目を丸くしていた。
クレディアはそれを気にせず、しっかり落ち込んでいる2匹を見据えた。
「でも、変わることはできると思うの。「スランプは、新しい飛躍のための鎮痛のようなものだ」って言葉があるんだけど……きっと、今はヴィゴさん的には今の状態はスランプみたいなものだと思うんだ」
次々と出される言葉を耳に入れていく2匹。クレディアは一言一言しっかり、2匹の目を見て告げる。
「今はすごく辛いんだと思う。私にはよく分からないけれど……でも、今の辛いときさえ乗り越えれば、きっと……」
ヴィゴさんも、2人が望む姿に変わってくれると思うんだ。
クレディアがそう言うと、また2匹がぽたぽたと涙を流し始めた。それを見て、フールが会話に加わる。
「だから……私たちはヴィゴにやっぱり家を建ててもらう!!」
「「えっ……?」」
フールの言葉に、2匹が目を丸くする。それに涙が一度ひっこむ。
いいよね、とフールが聞くとクレディアは「勿論」と笑った。そしてフールは笑顔で2匹の方を向いた。
「クレディアがいうスランプを抜け出すきっかけになるかもしれないでしょう? それに、私はヴィゴ達が魂をこめて作った家を見てみたい」
「大事なのは気持ちだもんね!」
ニッコリと、クレディアとフールが微笑む。マハトとポデルは戸惑いを隠せない様子で、それでいて涙が今にもこぼれそうだった。
「断られても頑張って頼んでみるよ。ヴィゴもどこかで家を作りたいって、大工を続けたいって気持ちが残ってるはずだから……。きっと、きっとやってくれる」
〈もう昔には……昔には、戻れねぇんだよ〉
そう言ったヴィゴだが、どこか声に寂しさが混じっていた。マハトとポデルの言葉を聞いて、揺れ動いた部分もある。
おそらく、完璧には割り切れてなどいない。それなら、まだ可能性はある。
すると引っ込んでいた涙がまた2匹の目からあふれ出した。
「あっ、ありが、ありがと、ござい、ます……!!」
「ほんとっ、……ほんとうに、ありがどうっ……!!」
嗚咽を漏らしながら、涙をボロボロとこぼしながら、マハトとポデルは必死に感謝の気持ちを伝えようとする。何度も、何度も繰り返して。
そんな2匹の頭をフールがぽんぽんと優しく撫でた。クレディアは後ろでその様子を見ながら微笑み、御月はすくめながらも、小さな笑みを浮かべていた。