まずフールと御月が動く。フールの目は完全にヴィゴの方に向いている。それを見て、御月は標的をヴェストに変える。
　ヴィゴもヴェストもくる相手に備える。

「ねこだまし！」

「ひっかく！」

　フールと御月がそれぞれの相手に攻撃する。しかし易々と食らうほど、相手も馬鹿ではないらしい。
　ヴィゴは持っていた角材で攻撃を防ぎ、ヴェストは素早く避け、そして攻撃を仕掛けてきた。

「ずつき！」

「っと、」

　御月も戦闘に慣れているのか、軽々と攻撃を避ける。そして向かってきたヴェストの頭を踏み台のように扱い、そして軽く跳んでから後ろに回る。
　そして空中でうまいことを体をひねってヴェストの方を向き

「みだれひっかき！」

「っでぇ！」

　連続して攻撃をしかける。後ろに回られて反応できなかったのか、ヴェストは諸に攻撃をくらう。
　フールはというと、角材を大きく振りかぶられて少しヴィゴから遠ざかる。しかし、その後ろにいた者が攻撃をしかけた。

「マジカルリーフ」

「は……チッ！」

　何故か宙にいるクレディア。首元のところから蔓がでているところを見ると、おおかた蔓のムチでそこらにある木を利用して宙へあがったのだろう。
　ヴィゴは舌打ちしながらも角材で全てはじいた。そしてフールが隙を狙う。

「電気ショック！！」

「ぐっ！ くっそ、けたぐり！！」

「きゃっ！？」

　でんきショックを喰らいながらもヴィゴはフールに技をかける。そして尻餅をついたフールに腕を振り下ろす。

「かわらわり！」

「っ――きゃあ！？」

　痛みがくる、とフールが目を瞑るといきなり浮遊感が自身の体を襲う。驚いてフールが目を開くと、自分がいた場所にヴィゴがかわらわりをしているのが見える。
　ヴィゴは何事かとフールの方を見て、そしてクレディアを見る。フールの体にはクレディアの蔓が巻きついている。

（あの一瞬で判断して避けさせたのか……。洞窟に行ってきただけはあんだな）

　するとクレディアがフールに巻きついている蔓を動かす。そしてそのままフールを別方向へと投げた。
　それに驚いてヴィゴが目を見開くが、次のクレディアの声を聞いて意識を戻した。

「蔓のムチ」

「っ、っと、調子にのんじゃねぇぞ！ けたぐり！！」

　それも慣れているような素振りでクレディアはフールを投げたもう１つの蔓をつかって綺麗に避ける。ヴィゴが舌打ちをした。
　一方、投げられたフールは偶然か、それともクレディアが狙っていたのか、見事にヴェストの方向へ一直線だった。そして御月に集中しているヴェストに攻撃をしかける。

「下がってなよ御月、電気ショック！」

「げっ、」

「ぐぁぁ！？ な、お前っ……！」

　まさかフールが来るとは思っていなかったのか、ヴェストが表情を顰める。フールはそのまま綺麗にとは言わないが、地面に着地する。御月は見事にフールの技があたらない場所に移動していた。
　そして隣にきたフールに小さな声で話しかける。

「おい、クレディア放っておいていいのかよ」

「……何か今のクレディアさ、クレディアじゃないんだもん。それにこっちに来たのは不可抗力だし」

　チラリ、とフールが少し離れた場所で戦っているクレディアを見る。表情は無表情で、感情が一切ないように見える。
　昨日からの付き合いだが、ずっとニコニコ笑っていたクレディア。それがいざあそこまで表情を消すと、異様ともいえる。そして細められた冷めた目を見ると、フールも縮こまりそうになる程だ。

「不可抗力がどういうことか知らねぇが……クレディアがクレディアじゃないってのは一理あるな。つーかお前は知ってんじゃないのかよ。俺より長く一緒にいんじゃねぇのか」

「知ってるわけないでしょ。初めて会ったのは昨日なのに」

「昨日！？ ちょっ、じゃあお前ら互いのことそこまで知らねぇのかよ！？」

「きのう初めて会ったんだから当たり前でしょ！？ 」

　敵を目の前にして言い合いを始める。
　その敵、忘れさられているヴェストは青筋を浮かべた。余裕をこかれていると思ってしまうのも仕方のないことだろう。

「俺を無視してんじゃねえよ！！ すなかけ！！」

「危ね！」

「え、ちょ、うわ！？」

　御月は地を蹴って素早く避けたが、フールは反応できず諸に喰らう。
　目をごしごしと擦っているフールにヴェストが近づく。チッ、と舌打ちして御月は近くにあった木の枝をヴェストの足に投げると見事に命中した。

「ぐぇ！？」

「おい、前方に電気ショック！！」

「はぁ！？ あぁもう電気ショック！」

　フールが電気ショックをとりあえず前方に打つ前に、ヴェストの上に何かふってきた。それは、クレディアが蔓で投げとばしたヴィゴ。
　そして何にも見えてないフールはそのまま電気ショックをする。そのままヴィゴは態勢を整えられず、ヴィゴの下敷きになっているヴェストが動けるはずもなく、電気ショックをまともに喰らった。

「フール、今のうちに砂どうにかしろ」

「んなこといわれても……いててっ……」

　そう言いながらフールはパチパチと瞬きをして、どうにか砂を目からどけようとする。
　その間にもヴィゴとヴェストは動こうとしていた。
　
「ってぇ……おい、退けよ！」

「わかって……っ！」

「おいうち」

　態勢を立て直す前に、容赦なくクレディアが攻撃してくる。ヴィゴが何とか角材で防ぐ。そのまま蔓のムチで攻撃してくるクレディアは容赦がない。
　すると移動していた御月が後ろから仕掛けた。

「だましうち！」

「ぐあッ！！」

「っ？」

　ヴィゴとヴェストに攻撃を命中させ、御月は荒っぽくクレディアの襟首を掴んで移動する。クレディアも流石に予期していない事態に、目を丸くした。
　そんなクレディアの様子に構わず、御月は声を張り上げた。

「フール！！」

「分かってるっ……電気ショック！！」

　バチッ、と音をたててフールがヴィゴとヴェストに向かって容赦なく電気ショックを放った。咄嗟に反応できなかった２匹にそれは直撃する。

「あ、れ」

　クレディアがぱちぱち、と瞬きをする。そんなクレディアには気付かず、何とか砂を落としたフールと御月が構えている。ヴィゴたちがどういった行動をしてくるか、警戒して。
　しかしヴィゴが荒く息をしているのに対し、ヴェストがクレディア達を見て、声をあげた。

「ひっ、ひぇぇぇぇぇぇッ！！」

　そして、凄い速さで逃げ出した。いち早くそれに反応したのが御月だ。

「あぁ！？ ちょ、おいコラ待ち――」

「俺は、負けん……」

　しかし、ヴィゴが何かを呟いたために御月は追いかけることができなかった。
　ヴィゴは起き上がり、そしてまた立ち上がった。息は荒いが、戦意は喪失していないらしい。御月は小さく舌打ちした。

「いくぞ――」

「兄貴！ もうやめてください！！」

　再びヴィゴが戦闘を開始しようとした瞬間、場に先ほどまでなかった声が響いた。それは、４匹とも聞き覚えのある声で。
　その声とともに、足音が聞こえる。そちらを４匹が見ると、マハトとポデルが、走ってきた。

「な、何……！？」

　自分の弟子の登場に、ヴィゴは目を丸くする。フールも、だ。
　走ってきたからか、少し息をきらしているマハトとポデルが悲しそうに、ヴィゴに話しかけた。話しかけた、というより、懇願するといった方がいいかもしれない。

「兄貴……お願いだ！」

「こんなことは……こんなことはもうやめてください！！」

　弟子達の、正直な願い。それは、フール達にも伝わるほどだった。
　しかし、ヴィゴはそちらを気にはしていなかった。

「オメェらがどうしてここに……？」

　マハトとポデルが何故ここにいるか、そちらが問題らしい。
　しかし、次の瞬間ヴィゴは僅かに目を見開き、そして目に怒りの色を示した。

「そうか！ フール達に教えたのは……他でもねぇ、オメェらだったんだな！！ ドテッコーーーーーツッ！！」

「「ひぃぃぃぃっ！」」

　あまりの勢いに、２匹が後ずさる。フールも、ヴィゴの迫力に気圧されていた。
　しかし、何とかポデルが前に出た。

「あ、兄貴！ こ……こんなことをやるのは、もう、もう最後にしましょうよ！」

「なに……？」

　怒りの色を露わにしているヴィゴに、何とかマハトも前に出る。

「俺たち……もう、嫌になったんだ。仕事もしないで、悪いことばかりやって。そんな兄貴を見てるのが、もう……」

　今にも泣き出しそうな顔で、そう言うマハト。ポデルも同様の顔だ。

「昔の兄貴は違った……。仕事もしたし、優しかった。でも……今の、今の兄貴は……兄貴じゃ、ないです」

　ポデルが言った言葉は、場に沈黙を生んだ。その２匹の言葉は、本心だった。初めて、本心をさらけ出した瞬間だった。
　しかし、ヴィゴにはきちんと通じないらしい。

「オメェらこの俺に……この俺にたてつくって言うのか！？」

　その言葉に、マハトとポデルは顔を強張らせる。だが何とかそれに負けないよう、しっかりとヴィゴの目を見て言った。

「俺たちは……もう、悪いことをするのが嫌なんだ。お願いだ、兄貴。もう一度……もう一度、昔みたいな仕事ができないかな？ みんなで楽しく……仕事を、」

　言葉は、続かなかった。
　ヴィゴがマハトとポデルを殴ったからだ。クレディアが両手で口を覆い、フールと御月が顔をひきつらせる。
　そして呆然としていたフールが何とか声をあげた。

「な、何するのよ！？」

「オメェら、覚えておけ」

　フールの問いには答えず、ヴィゴは静かに、弟子達に背を向けながら、言った。


「もう昔には……昔には、戻れねぇんだよ」


　そう言って、静かに先に歩いていってしまった。
　クレディアも、フールも、御月も、黙って見ていることしか出来なかった。