8話 理解不能
「クレディア! 御月! 急ご!!」
「あいあいさー!!」
「クレディア、口を動かす前に足を動かしやがれ」
フールが先頭でニコニコしながら小走りで前を進む。それにクレディアと御月がついて行っているという感じだ。
クレディアはそこまで早く走れないのでゆっくりだが、御月はそれにあわせている。フールは小走りではあるが、時折止まっては2匹の様子を伺っていた。
「家だー! イエーイ!!」
「いえーい!」
「お前ら本当に元気だよな……」
あまりの2匹のテンションの高さに御月は疲れている様子だ。その疲れさせている2匹は気付いていないようだが。
ついでにクレディアは不思議玉を手に持ち、掲げていた。もう行動の意味が分からない。御月はそんなことを思いながら小さくため息をついた。
そして宿場町まで着くと、よしっ、と言ってフールがクレディアと御月の方に振り返った。
「ヴィゴはきっと食堂にいると思うし……あっ、御月はどうすんの?」
「あ? あぁ、俺は……」
御月が言おうとした時だった。
「わっ!?」
「いたっ!?」
ドンッとフールに1匹のポケモンがぶつかる。
フールは「いったた……」とそのポケモンの方を見る。そのポケモンはズルックで、何やら慌てていた。
「す、すみません! ちょっと慌てていたもので……!! しっ、失礼します!!」
そのまま嵐のようにズルックは宿場町を出て行く。とても速く、クレディアとフールは咄嗟に反応できなかった。
しかし、御月は違った。
「あれか……!!」
小さく呟き、そのズルックを追いかけようとする。しかし
「はにゃっ!?」
「は――ぐえっ!!」
クレディアが持っていた玉がちょうど転げ落ち、そして御月がその玉によって見事に転んだ。
その場に沈黙。そしてクレディアが御月に話しかける。
「み、みっくんゴメンね! 大丈夫!?」
「ぜんっ……ぜん大丈夫じゃねぇ……! つーか何で不思議玉なんて手に持ってんだ! ダンジョンでもあるまいし!!」
バッと勢いよく起き上がり、御月がクレディアにツッコむ。
クレディアは数秒だけ不思議玉を見つめてから、ニッコリと微笑んだ。
「綺麗だったからつい!」
「あぁそうか。って納得できねぇよ!!」
どれだけ鋭いツッコミを貰おうが、クレディアは動じない。ニコニコとしているだけである。因みにその笑顔は純真なものだ。
するとキリがないと分かったのか、フールが2匹に話しかけた。
「とりあえずさー、食堂いかない? 確かにさっきのはビックリしたけど……」
「げっ……逃がした……」
チッ、と御月が舌打ちする。その意味はクレディアとフールには分からない。
クレディアはズルックが去った方を見て、そしてフールを見てから、御月に問いかけた。
「それで、みっくんは結局どうするの?」
「……一応、食堂についていく」
そう、とフールが返事をして食堂に向かう。
その間、御月がチラリとズルックが去った方を見ていたのは、誰も気付かなかった。
食堂に入ると、やはりヴィゴがいた。そしてその少し近くでマハトとポデルが談笑している。
因みに食堂に入ったのはクレディアとフールだけだ。御月は「外にいる」と言って食堂の外だ。別に強制する理由はないので、2匹は気にしなかった。
2匹が食堂に入ると、真っ先にヴィゴが気付いたようで、話しかけてきた。それにマハトとポデルも反応し、2匹の方を見た。
「おっ、取ってきたか?」
「うん!」
「よし、じゃあ約束どおり家を建ててやろう。とりあえず石を見せてくれ」
「了解!」
フールが元気よく返事をし、鞄を探る。クレディアはすることがなく、ただそこら辺を見ていた。
しかし、フールの一言によってクレディアは彼女を見ることになる。
「あれ? な、なんで!?」
フールがせわしなく鞄を探り始めた。その様子がおかしい、と気付いたクレディアはフールに声をかけた。
「フーちゃん? どうかしたの?」
クレディアがそう聞くと、フールが鞄を探っていた手を止めてポツリと、絶望的といったような顔をして呟いた。
「石が、ない……」
へ、とクレディアがきょとんとする。
しかしフールはそんなクレディアを関係ないといったように、鞄をまた漁りはじめた。
「な、何で!? 確かにちゃんと取ってきたのに……!!」
フールがそう言いながら探すが、水色の石はない。
クレディアもどうにかしようと自分ができることを探していると、いきなりヴィゴが「ドゥワハハハハ!」と笑い出した。クレディアもフールもそちらを見る。
「何だ、石を取ってきてねぇのか! それじゃあ家は建ててやれねぇな!」
その言葉にクレディアとフールが慌てる。
どうにか何か言おうと口を開き閉じを繰り返しているフールの代わりに、クレディアがヴィゴに言う。
「本当に取ってきたの! 私、ちゃんとフーちゃんが石を取るところ見たもん!」
「でも今渡すことは出来ねえんだろ?」
「うっ……」
クレディアがヴィゴの言葉に怯む。まさにその通りだからである。
そしてあからさまに落ち込み出すクレディアに、「まあ」とヴィゴが話しかけた。
「また取ってくればいいだけの話だ。頑張ってくれ」
「そんな……えー……あー……」
クレディアが訳の分からない言葉を発していると、フールが「……わかった」と言ってクレディアを引っ張り食堂を出た。クレディアはされるがままで。
そして食堂を出ると、御月が「どうだった?」と聞いてきた。フールは納得がいかないといった顔で結果を報告する。
「取ってきたはずの石がなくて……また、取ってくる羽目になっちゃった……」
「私がずっと後ろ歩いてたから落としてもわかるはずなのに……みっくんも落としたところ、見てないよね?」
「落としてたらフールの頭にでも投げつけたわ」
「ちょっ、何てこと言うのよ!」
ギャーギャーとフールと御月が騒ぎ出す。クレディアはうーん、と考え込んでいる様子だ。
しかしクレディアはすぐに顔をあげ、フールに話しかけた。
「でも家を建ててもらわなきゃ困るし……もう1回とりにいこう?」
「……うん。納得いかないけど」
「…………。」
クレディアの言葉にフールが渋々といった感じで頷き、御月は辺りを少し見てから「とにかく十字路に行くぞ」と言った。
そんな御月をクレディアが怪訝そうな顔をして見る。
「みっくん、付いてきてくれるの?」
「あー……まあな」
「おぉ、案外頼りになるね」
「お前よりかはな」
「君は私に喧嘩うってんの?」
フールが御月を睨むが、御月はそ知らぬ顔をした。
そんな2匹の少し険悪な雰囲気に気付いていないのか、クレディアは「よし、いこー!」と歩いていく。そんなクレディアを見て喧嘩する気もうせたのか、フールと御月はため息をついた。
そして宿場町の出入り口の近くまでくると、クレディアが「あれ?」と声をあげた。
「あのポケモンって……」
そのポケモンは、先ほどフールにぶつかったズルック。ズルックはクレディア達には気付かず、十字路の方まで早足で去ってしまった。
それを見て御月は「チッ」と小さく舌打ちした。そして駆け出そうとする。
「おい、ぶつかった時に落としたかもしれねぇし、あいつに聞いてみるぞ!」
「え? あ、あぁ、うん!」
「ふえ?」
呆然としていたフールだが、意味を理解したのかクレディアの手を引っ張る。クレディアは全く理解していないようで、未だ呆然としているが。
そんな3匹を「待ってください!」という声が引きとめた。
何事だ、と3匹が止まって後ろを見る。そこにはマハトとポデル。
「マハトにポデルじゃん。えっと……でも、ごめん。私たち、今急いでいるの!」
「……分かっています。ズルッグの……ヴェストの後を追うんでしょう?」
それを聞いて、クレディアとフールが驚いた表情をした。御月は驚いた様子もなく2匹を見ている。
フールは宿場町の出入り口方向を見て、そしてまた2匹に視線を戻した。
「あのズルッグ……ヴェストっていうの?」
「あぁ。奴の行く先なら……俺たち、知ってるんだ」
「「えっ!?」」
クレディアとフールがまた驚いた表情をする。御月はやはり驚いていないらしい。
マハトとポデルは俯きぎみで、いい顔をしていない。そして声も小さく、言うのを躊躇っているように思える。
すると何も喋らなかった御月が口を開いた。
「で? その場所は?」
「……“カゲロウ峠”、です」
「あっそ。やっと口を割る気にでもなったか?」
御月の言葉に2匹は表情を暗くする。クレディアは何か知っているような口ぶりな御月を見るが、御月の視線はマハトとポデルに真っ直ぐ向かっている。
そして躊躇っていたマハトが、声を発した。
「アンタ達……じゃなかった。貴女方に見込んでお願いだ。どうかヴェストを追って……貴女方の盗まれたもの……水色の石を取り返してきてくれ!」
「はぁっ!?」
「ぬ、盗み……?」
驚きを隠せないといったようなフールと、イマイチ理解できていないクレディア。
マハトとポデルは続けた。
「貴女方が食堂に入る前……ヴェストがフールさんにぶつかったときです」
「ヴェストはそのときに、水色の石を盗んだんだ」
2匹が言う事実に、フールは驚きを全く隠せていない。御月はやはり何か知っているのか、驚いた様子を見せない。
そんな中、クレディアが首を傾げて2匹に尋ねた。
「どうして……マーくんとデルくんはそのことを知っているの?」
するとマハトとポデルは互いの顔を見合わせた。そしてクレディア達の方を向くが、動揺しているようで、口を開いては閉じを繰り返した。
「そ、それは……」
「……ス、スマン! 勘弁してくれ!」
「えぇ!? ちょ、ちょっと! ちょっとーーーー!?」
「おい、フールやめとけ。どうせアイツら何も言わない」
去ってしまったマハト達を追いかけようとするフールを御月が引き止める。クレディアは未だ首を傾げていた。
フールは納得いかないような顔をし、御月はため息をついて2匹に話しかけた。
「とりあえず、ズルッグ……ヴェストの居所は分かった。それにお前らも聞いたろ? 「ヴェストが水色の石を盗んだ」って。とりあえず“カゲロウ峠”にいくぞ」
「うーん……。何か私、まだ色々と納得いかないんだけど」
「あの一瞬で盗んだってこと、なのかな? それって……可能、なの?」
「盗みの技術でもムダに高めてりゃ不可能じゃねえだろ。普通じゃ無理かもしれないが、可能かどうか聞かれると可能だ」
御月の答えに「ふえぇ……」とクレディアが関心したように声をあげる。関心するのはどうかと思うが。
フールは「でも」と未だ合点がいかないといった顔をしながらも言った。
「マハト達が嘘をついているようには見えなかったし……とりあえず、追いかけるしかないのかな」
「決まったらとっとと行くぞ。逃げられちまう」
御月がフール達を急かす。フールはそんな御月をじとーとした目で見た。
「ねえ。さっきから君も謎なんだけど。御月、君は絶対に何か知ってるでしょ?」
「……さあな。ま、どうせ“カゲロウ峠”に行きゃ全部わかる。“カゲロウ峠”も十字路から行ける。どうすんだ?」
「もちろん行くよ。盗まれたまんまってのも、このまま納得がいかないのも嫌だし。いいよね? クレディア」
「うん! マーくんとデルくんに「取り返してきて」ってお願いされちゃったし」
そういって笑うクレディアに、フールは「クレディアらしいなぁ」と感想をこぼした。御月に至ってはため息だが。
そんなこんなで、3匹は十字路から“カゲロウ峠”を目指した。