12月14日 「一からやり直そう」
朝、起きた。……何故ここにいるんだ。リフィネにシィーナに……申し訳なさそうにしている翡翠はおいておこう。
いつ家に入ってきたかは知らんが、呑気に寝てやがった。
翡翠に説明プリーズという目線を送ると、「その、サーナイトさんを助けに行く前に応援を、と……。そう、仰っていました」と言っていた。あぁ、つまりこの2匹は邪魔しに来たのか。
怒鳴りたかったがそれは面倒なのでやめた。
コイツらが起きたら即刻家から放り出してくれ。俺はもう行く。
そう言うと「はい。すみません……」と翡翠が言うものだから翡翠は悪くないと言っておいた。
外に出ると、ソヤがいた。コイツ案外 早起きだなとか思いながら「ケケッ。よし、“闇の洞窟”に行くぞ!」と言われ、「おー」とやる気のない声を出してついていった。
“闇の洞窟”は名の通り暗い場所で、不気味なところであった。別にそういうのが苦手でもない俺はフツーに進んだが。ソヤもゴーストタイプだし、ていうかむしろ面白がっていた気がする。
それにしても……シファラの祟りをとこうなんて、本当に何で思ったのだか。少し、不思議であった。その時は。
しかしソヤに聞いても絶対に答えてくれないのは分かっているので聞かなかった。ムダなことはしたくないし、それを聞いてソヤが拗ねたりしても中々に面倒だったし。
そのまま進んでいくと、1番奥であろう場所についた。結構長い道のりだった……。
ソヤはくぼみを見つけると、一目散に駆け寄っていって石をはめた。少しは警戒しろとか思った俺は間違っていないと思う。
しかし九尾の印≠くぼみにはめたとき一瞬光っただけで、何もおこりはしない。
俺とソヤが首を傾げていると、どこからか声が聞こえ、そしてちゃんと聞こえてくると、ソレはとても明るい声で言った。
「ようこそ、“闇の洞窟”へ! 私は闇の審判! あぁ、心配なさらなくて結構です。怪しいものではございません」
いや十分怪しいだろうが。心の中に押し止めた俺は偉い。
中性的な声の言葉を怪しみながら聞いていると、スッと真剣な声音になった。
「先ほど、封印を解除する石がここにはめこまれました。これは、サーナイトがうけた祟りですね?」
それを聞くと、ソヤは愉快そうに笑って「そうだ! その祟りをといてくれ!」と言った。
しかしまあ、そんな簡単にいくはずもなく、「それはできません」とその声はいった。ソヤと俺が怪訝そうな顔をすると、そのまま説明を続けた。
「その前に、貴方にその資格があるのか試させてもらいます。貴方の本当の気持ちをみせてください」
そのとき、不意にロフェナの言葉が過ぎった。「まだ揺れている」。それは……おそらく、気持ちのことを今思えば言ったのだと思う。
ソヤはそんな俺の気持ちも知らず、呑気にボスと戦ったりするのか? と首を傾げている。しかし声は「いえいえ」と明るい声音で否定した。とても明るいが、何だかその声が俺は怖かった。
「そんな野蛮なことはいたしませんよ〜。質問に答えてくださるだけで結構です。た・だ・し……」
するとソヤが「な、何だ!? か、体がうごかねぇぞ!?」と声をあげた。驚いてソヤの方を見ると、確かに身動きをしていなかった。ソヤは何とか体を動かそうとしているのか知らないが、体が小さく震えていた。
そしてそんなことは知りません、とでも言うように声はこう告げた。
「質問に答えるのは……蒼輝さん。貴方です」
は!? と俺とソヤの声が洞窟内で響いたのを覚えている。
ソヤは「おい、俺にやらせろ! 蒼輝なんかが俺の気持ちを代弁できるか!」と喚いており、俺も「俺もお前の気持ちを代弁なんざしたかねぇよ!」と言い返してしまった。絶対に無理だって誰でも思うだろ。
しかしシファラを助けたい。だから俺はくぼみの前に立った。
ソヤはまだ何か喚いていたが、声が静かに言った。
「ソヤさん。貴方の心は複雑に絡まっています。貴方は本当の心を決して見せはしないでしょう。今から蒼輝さんは貴方の心の中に入ります。
蒼輝さん、貴方はうまくソヤさんの気持ちを誘導してください」
すると、いきなり“闇の洞窟”から、夢で見るような靄がかかった場所にうつった。
「もし蒼輝さんがうまくソヤさんの気持ちを誘導できなかった場合……祟りは二度と解けないでしょう。チャンスは1回だけです。蒼輝さん、頑張ってください」
声の言葉に、俺は盛大に顔を顰めた。何だって俺がこんなに重大な役目をまたしても任されるんだ……と思っていると後ろからソヤに「適当なこと答えたら承知しねぇぞ!」と怒鳴られた。
俺だって……俺のせいで、シファラが助けられないなんてことにならせたくない。
すう、と息を吸って、声に耳を澄ました。
正直、キュウコン伝説にあったときの出来事を聞かれ、そしてソヤの心情を聞かれただけだった。
すらすらと答えていった。声は、あったことをキツイ言葉で言っていった。ソヤの表情が、どんどん苦々しいものになっていくのが見えた。
最後「……そうであれば、私の質問は終わりになります。これで、よろしいですね?」と聞かれ、俺は「ああ」と答えた。
そして、元の場所へ、“闇の洞窟”へと戻った。
声は「今から結果をいいます」といったので、俺はくぼみの前から退いた。邪魔だろう、と思ったから。
声は、無情だった。
「……祟りは、消すことができませんでした」
息を思わず呑んでしまった。俺は、失敗したのか。
するとソヤが「待て……」と小さく呟いた。それに俺は気付いて、ソヤを見る。声は気付いているのか気付いていないのか、そのまま続けた。
「残念ですが、サーナイトさんの祟りは永久にとかれることはなく……」
「待ってくれッ!!」
ソヤが大声を張り上げた瞬間、パリンッという音ともに、ソヤがくぼみに近づいた。どうやら体が動くようになったらしかった。
ソヤは重い口調で、告げて言った。
「確かに、俺はサーナイトを……シファラを見捨てて、逃げた。祟りが自分にかかるのが怖かったから。自分だけが助かればいい……そう、思ったんだ」
これは、ソヤの本当の気持ちなのだと理解した。
ソヤは苦々しい顔で、重い口調で、しかし一生懸命に言葉をつむいで言った。
「しばらくして、俺は祟りのことも、シファラのことも忘れてしまった。……そうして、時間はどんどん過ぎていった。それでも……シファラは、俺を忘れてなかった。
ある晩、俺は蒼輝の夢の中に入った。そのとき、シファラはこう言ったんだ。大切な友達だし、また会えると信じているって……」
……あの時か。俺も思い当たる節があって、納得した。
シファラは悲しそうな顔をしていたが、それでも、笑顔だった。本当にソイツが大切なんだな、って、赤の他人の俺でも、そう思えた。
「こんな俺でも、シファラは俺を信じてくれていたんだ。……俺を、思い続けてくれてたんだ。
俺は、本当に、ほんとうに、我儘だった……! 今まで……今まで、当たり前のように生きてきたが……本当に、俺は身勝手だったんだ……」
するとポロポロと、ソヤの目から涙が零れ落ちた。きっと、後悔の念が押し寄せてきたのだと思う。
「シファラだけじゃねぇ……。そこにいる蒼輝だって、俺の我儘に付き合って、ここまで来てくれた……。
そこで、ここまできて、ようやく分かったんだ。俺に足りなかったものが何だったのか。俺に足りなかったものは……皆に対しての、感謝の気持ちだったんだ。
頼む……! もう俺はどうなってもいいからっ……だから、シファラを、シファラの祟りを、祟りを……」
――――解いてくれ。
そうソヤが言う前に、パリンッパリンッという音が洞窟内で響き、声が静かに、ぽつりと呟くように言った。
「……祟りを解く鍵が、開かれました」
そう言ったと同時に、いきなりシファラが現れた。しかし、気を失っているようで目は瞑ったままだ。
ソヤが慌てて駆け寄るのを呆然と見ていると、俺たちが来た道から足音がした。そちらに目を向けると、何故かロフェナがいた。
どうやら、祟りがとけたようだな。
ロフェナは、どこまでも冷静だった。……いや、少しだけ、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をしていたが。
ソヤが「俺には何が起こったのかさっぱりわからん」というと、ロフェナが説明してくれた。
「言っただろう。私はお前の卑怯な心に怒り、祟りをかけたのだと。しかしその祟りは、お前の心に足りなかったものが満たされればとける。
それが……感謝の気持ち≠セったのだ」
それは今、満たされた。だから、祟りが解けたのだ。
それを聞いて、とりあえず「よかった」と思った。
しかし、ロフェナは聞き捨てならない言葉を言った。
「……サーナイトは、お前のパートナーだったことは忘れているだろう」と。俺もソヤも目を見開いた。俺は咄嗟に眠っているシファラを見たが、未だ眠ったままだ。
あんなに……大事に思っていたソヤのことを、忘れる?
ソヤにとっても……おそらく、過去のシファラも……とても、辛いはずだ。
しかしソヤは「……それでも、いいんだ」と言った。
「シファラが戻ってきた。それだけで、十分だ。
……俺はシファラを見捨てて逃げて、挙句 一度は忘れてたんだ。これは、俺への罰だ」
それに俺が頑張れば、また過去のように戻れるはずだから。
それ以上のことは言わなかったが、ソヤはこれからもっと大きく変わっていくだろう。
シファラも……過去の記憶がなくても、幸せになれるはずだ。俺だって過去の記憶はないが……友達≠ノ支えられて、十分幸せに生きている。ソヤがシファラの友達になって支えてやれば、シファラだって幸せになれる。
その後とりあえず帰り、途中でシファラが起きた。
「私……祟りが、解けたんですね。ありがとうございます。名前もわからない方なのに……本当に、なんてお礼をしたらいいのか……」そういって、シファラはソヤにまた礼を言った。
本当に忘れてしまったんだな。改めて実感すると、何だか苦しかった。
ソヤは俺にお礼を言ってから何個か道具をくれようとしたが、道具は断っておいた。俺も、シファラを助けたかったのだから。別に、俺が勝手についていっただけである。そう思ったから。
そのままソヤが去ろうとすると、シファラが呼び止めた。そして「お名前を教えていただけませんか?」というと、ソヤは悲しそうな顔をしたが、すぐに笑みを作った。
「俺の名前はソヤ・シロヴァンだ。よろしくな」
「私の名前はシファラです。宜しくお願いします」
どうか、昔のように戻れますように。そう願わずにいられなかった。
その後、隠れていたリフィネとシィーナを引っ張り出し、そして途中でばったり出会った翡翠とともにシファラの家探しをした。
一応、場所はソヤにも教えておこう。
……きっと、戻れるよな。
(夢についての報告)
「……ばぁか…………」
震えた声で、泣きながら恐らく俺に言ったであろう言葉。
それは、何故だか分からないが、とてもその子にはとても不似合いな言葉だったと感じた。
とても、不慣れで……俺に、ではなく、自分に言っているように聞こえた。