67話 全ての根源を辿れ
「それで、“闇の火口”にはどうやって行くの?」
ギルドでルーナから真実を聞き、ダークライを倒すと決めたその翌日。
『シリウス』が暮らすサメハダ岩。そこでスウィートたちはルーナに向き合っていた。
「私とともにスウィートさんとシアオさんを直接“闇の火口”の入り口までテレポートさせます。それが体力を消耗することなく手っ取り早い方法ですから」
「ルーナさんは大丈夫なんですか?」
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。大人数を一気にテレポートさせるわけではありませんから」
ゆるりとルーナが微笑む。無理をするというわけではなさそうで、スウィートは安堵した。
そしてルーナに「準備はできていますか?」と聞かれ、スウィートとシアオは顔を見合わせてから力強く頷いた。それを見て、ルーナは次にフォルテとアルに目を向けた。
「それでは、フォルテさんとアルナイルさんもお願いします」
「とりあえず霧の湖に行けばいいのね」
「はい。ヒュユンの所に行くよう、ミュエムとファームに伝言を送ってもらっています」
ルーナのお願い、というのは各湖にある時の歯車≠守っていた3匹のポケモンに会うことだった。そこで彼女たちに確かめてもらいたいことがある、と。
聞くとルーナと3匹は知り合いだったらしい。ルーナに言われて、昨日のうちにギルドの弟子たちが3匹に伝言を回し、霧の湖でフォルテとアルが3匹と落ち合うことになっていた。
「……その、疑うわけじゃないんですけど、これが役に立つんですか?」
アルがそう言って手にしたのは、赤い布の切れ端だった。それも数センチしかない、本当に小さな布切れ。
フォルテとアルは、ルーナにこれを持って霧の湖に行ってほしい、と言われたのだ。
「ただの布切れに見えるかもしれませんが、それはダークライが持っていたものなのですよ」
「えっ」
思わずスウィートはアルの持っている布切れをまじまじと見た。しかしやはり何の変哲もないただの布切れである。
シアオもフォルテも「布切れが役に立つの?」と首を傾げた。
ルーナはそんな『シリウス』の面々の反応に苦笑した後、目を伏せた。
「……ダークライがただ持っていただけなら何の役にも立ちません。でも、これには強い思いが残っているんですよ」
「強い、思い……?」
そっと開いたルーナの瞳には、微かに悲しみが宿っていた。
「きっと彼は、私たちにとってはただの布切れにみえるコレに、よほど強い思い入れがあったのでしょうね……」
単純なものでは、ないらしい。『シリウス』はそれを察した。
「私にはこの思いがどんなものか、明確には読み取れません。でも決して正の感情ではないことは、私にも感じ取れました。ヒュユンたち3匹の力があれば、もっと正確に読み取れると思います。
……そうすれば、彼が何故こんな恐ろしいことを考えたのか、わかるかもしれません」
ルーナは、ダークライをただ敵としてみている訳ではない。ルーナは、ダークライを理解しようとしている。
ダークライのことを理解したうえで、説得しようとしている。
スウィートには、そう見えた。
「ダークライの動向を追うのが精一杯で、手が回らなかったんです。よろしくお願いします」
「あぁ。コレはきちんとヒュユンたちに届ける」
アルが力強く頷き、持っていた布切れを丁寧にバッグにしまった。
すると、ぎこちなくスウィートが「あの、」と声を上げた。シアオたちとルーナが首をかしげると、スウィートが言いづらそうに発言した。
「……えっと、ルーナさんが、時の停止≠ヘダークライが起こしたものだと仰っていたことで……その、ルーナさんがそれを分かったのか、聞きたくて……」
スウィートは最後に「疑っている訳じゃないんですけど」と付け足す。
ルーナが嘘を言っているとは思っていなかった。ただ、何故それが分かったのかがスウィートにとっても、サファイアにいる義兄弟たちにとっても疑問だったのだ。
「……私の憶測でダークライに聞いたところ、肯定が返ってきただけなのです。真実が分かっている訳じゃありません」
「じゃあ憶測だけでも、聞かせてもらえませんか」
スウィートのしっかりとした声を聞いて、ルーナはスウィートの目を見た。ぱちりと目が合った。
その目は、ただ真っすぐ前を見据えていた。
ルーナはゆるりと微笑むと、「そうですね」と頷いた。
「お話すべきでした。どこから話すか悩みますが……まず関連がないと思われるかもしれない所からで申し訳ないのですが、皆さんは時の歯車≠ノついてどれくらい知っていますか?」
「「「「え?」」」」
あまりに脈絡がなさすぎて、『シリウス』は素っ頓狂な声をあげ、きょとんとした表情になった。
しかし戸惑いながらも、顔を見合わせて各々口を開いた。
「え、えっと……時を動かす要因、ですよね」
「あと、壊れかけた“時限の塔”を直す力を持つ……。だから僕らが時の歯車≠収めることで“時限の塔”が治ったんだよね」
「概ねは合っています。まず時の歯車≠ニいうものについて、少し話しましょう」
スウィートは今まで見てきた時の歯車≠思い出した。
神秘的で、神々しい光を放つ歯車。
時を動かす要因とされ、“時限の塔”を修復させる力を持つ。それだけでも十分な代物であるのに、まだ意味を持つと言うのだろうか。
「そもそも時の歯車≠ヘ“時限の塔”という巨大なシステムから命令され、その区間の時を正常に動かす役割を持つ媒体にすぎません。時を動かす要は“時限の塔”です」
「ん?」とシアオとフォルテが首をひねるが、スウィートとアルは真顔で話を聞き続ける。
「だから、時の歯車≠取ったとしても一時的にその区間の時が動くなるだけで、しばらくすればまた時が動き出すってシルドが言ってたんですね」
「はい。“時限の塔”さえ無事であればまた時は動き出します。ただ、あの時は“時限の塔”は壊れかけ、正常に作動していませんでした。だからこそシルドさんという方が時の歯車≠盗んだ後も時は動かなかったのです」
なるほど、とスウィートとアルが頷くのとは正反対に、シアオが目を若干回しながら「ちょ、ちょっと待って」とストップをかけた。
「んん? えっと、じゃあ時の歯車≠ヘ何のためにあるの? 時を動かす要因が“時限の塔”であるなら、時の歯車≠チて……」
「全ての区域の時間を“時限の塔”が管理していますが、全てを把握するのはとても困難です。だから区域を分け、そこに時の歯車≠置くことによって、時間の異変を時の歯車≠ェ“時限の塔”に伝えるようにしていた、といえばわかるでしょうか」
「簡単に言えば、時の歯車≠ヘ区域ごとの時間の異変を“時限の塔”に伝えるだけのもの、ってことだ。まあそれだけではないだろうが、今はそう理解しとけ」
「そして、その異変を“時限の塔”に伝えることで、ディアルガさんや“時限の塔”がその異変を取り除いていた……。違いますか?」
「その解釈で大丈夫です」
アルとスウィートが付け足して、シアオはようやく「わかったような……?」と納得しているのかしてないのかわからない反応をみせた。ちなみにフォルテも同じである。
しかしスウィートも納得はしていない。これは、サファイア義兄弟も似たような解釈を持っている。既に知っている情報だ。
「……“時限の塔”の崩壊に、時の歯車≠ニダークライは関係しているんですか?」
〈“時限の塔”はどういう条件で壊れていくのか、“時限の塔”を修復する力を持っているディアルガは初期の段階に気づかなかったのか、ディアルガの目をどう欺いたのか――〉
ミングが知りたがっていたのは、“時限の塔”がなぜ壊れるまでに至ったのか。ダークライはディアルガに気付かれず、どうやって干渉したのか。
もしかしたら時の歯車≠煌ヨ係があったのだろうか。スウィートがそう考えたが、ルーナは「いいえ」と否定した。
「時の歯車℃ゥ体は関係ありません。私が言いたかったのは……そもそも時の歯車≠ェ何であるか=Aです」
「何であるか=c…?」
「時の歯車≠、その区間の時を正常に動かす役割を持つ媒体と言いました。ですがその媒体を悪用すれば、その区間だけでも永遠に時を停止させる――いわば星の停止≠一部だけで起こせます」
ひゅっとスウィートが息をのんだ。光はささない、風も吹かない、草木から落ちた雫は宙にとどまり、色を失った白黒の世界。
時の歯車≠セけでも、それが一部でできてしまうなんて。
「ですが、すぐに時の歯車≠ェないことで“時限の塔”が異変を察知し、すぐさまディアルガが対処するでしょう」
「そ、そんなものなんだ……?」
「それに時の歯車≠ヘ本来ポケモン達が立ち入らない場所にあったり、ヒュユン達のように特別なポケモン達が守ったりしています。そもそも悪用する前に倒されるか、大事になる前にディアルガに対処されるのです」
「そりゃ悪用されたら危険なものを放置するわけがないか……」
「ていうか、時の歯車≠ヘ何であるか≠ニ関係あんの?」
フォルテが難しい顔をしながら首を傾げた。
確かに時の歯車≠セけでも悪用すれば大変なことが起こることは分かった。しかし、ルーナは何であるか≠まだ答えていない。
しかし、スウィートはふと思い当たって口を開いた。
「……世界を変えるほどの代物=v
「え?」
「蒼輝さんの日記で、翡翠さんが言ってた」
救助隊『ベテルギウス』の蒼輝の日記で、翡翠は世界を変えるほどの代物≠ニ呼び、「ソレは凡人が触ってはならない物」と称していた。
スウィートの言葉に、ルーナは「その呼び名でも差し支えないでしょう」と頷いた。
「時の歯車≠セったらその区域に星の停止≠起こすことができる。その区域だけという単純なものではありません。綻びは伝染します。もし、そのまま何もせずに放置すれば時の停止≠ヘ起こせるのです」
「ただ、それが起きないのは“時限の塔”とディアルガが健在だから、ってことですか」
「その通りです。そしてここからが本題です。
時の歯車≠ヘ世界を変えるほどの代物=\―すなわち、この世界を支える媒体の1つです。しかし世界を変えるほどの代物≠ヘ何も時の歯車≠セけではありません。この世界を支えているものは、知られていないだけで、他にもあります」
スウィートはそこで気付いた。おそらくサファイア義兄弟も気付いたのだろう、サファイアから微かに反応があった。
ダークライが、星の停止≠起こせた理由。
「時の歯車≠ナはない、世界を変えるほどの代物≠ノ手を出し、その力を使って、ディアルガさんの目を欺き、“時限の塔”の破壊を促した……?」
シアオたちが目を丸くするのと対称に、ルーナは静かに目を伏せて頷いた。
世界を変えるほどの代物=Bそんなものを、よりにもよって世界を闇に包もうとするダークライイが所持しているなど、スウィートにとっては許せがたい事だった。思わずぎゅっと唇を噛む。
「ちょ、ちょっと待って」と、口を挟んだのはシアオだった。
「時の歯車≠ンたいに、そういう他の物も、誰にも分らないような場所にあったり、強いポケモンが守ってるんじゃないの? だって、世界を変えちゃうようなものなんでしょ?」
「勿論シアオさんの言う通りです。それらは、厳重に守られているはずなんです……。しかし、私の「貴方は世界の核にもなり得る物に手を出したのではないか」という問いにダークライは肯定しました。
私が分かっているのはそれだけです。どこでダークライがそれを手にしたのか、どうやってそれを盗み出したのか、それが何であるのか、私にわからないのです」
「申し訳ございません」と謝るルーナに、慌ててスウィートが「いいえ」と返した。
わかったのは、ダークライが世界を変えるほどの代物≠ノ手を出したこと。それの力を使って、何らかの形で“時限の塔”もしくはディアルガに干渉したこと。
それだけでも『シリウス』にとっては目が回るような頭の痛い話だ。
「最善はそれを奪い返すことです。同じようなことが起きないためにも」
ルーナのその言葉に、『シリウス』は強く頷いた。
時の停止≠起こさないためにも、悪夢から目を覚まさないポケモンを増やさないためにも、世界を闇に包まないためにも。
絶対に真相を突き止め、ダークライを止める。そう4匹は決意した。
それを確認し、ルーナは深呼吸をした。
「……それでは、今から“闇の火口”へとテレポートします」
いよいよ。いよいよ、最終決戦。これで、全てを終わらせる。星の停止≠フことも、空間のゆがみのことも――。
するとフォルテが不敵に笑い、アルが苦笑のような笑みを浮かべた。
「今まで騙された鬱憤を晴らすためにも、思いっきり殴ってやんなさい!」
「無茶するなっていうのは無理だと思うけど、程々にな」
フォルテとアルに、らしい激励をもらい、スウィートとシアオは顔を見合わせて笑った。
「うん、いってきます」
「大船に乗ったつもりでいてね!」
そうスウィートとシアオが言った後、ルーナとともに2匹はサメハダ岩から姿を消した。
そして残されたフォルテがぽつりと呟いた。
「いや、シアオの場合は泥船の間違いでしょ」
「気持ちは分かるがやめろ。縁起でもないことを言うな」
いつも通りのやりとりをした後、アルは「さて」と布切れを入れたバッグに目を向けた。
「それじゃあ俺たちも行くか」
「……おっけー、入り口で待ってるわ」
「ふざけんな。セフィンがいるとは限らないだろ」
フォルテがくるりと身をひるがえして逃げようとする寸前、アルがその首根っこを捕まえて阻止する。
“霧の湖”までは遠い。だが時間もない。そこでアルは事前にセフィンに連絡をとり、刃に“霧の湖”がある“熱水の洞窟”までの近道がないかを教えてもらおうと、カフェで会う約束をしていた。
ただ、目的は刃だ。セフィンではない。しかしセフィンがいないとは言い切れない。相手はあのセフィンである。
「絶対いるわよ! あいつ狙いすましたかのようにいるんだもの!!」
「……いや、状況も状況だから大丈夫なはずだ。行くぞ」
「いーやーだぁぁぁぁ!!」
フォルテも叫びもむなしく、アルは首根っこを掴んでズルズルとカフェまで引きずっていくのであった。