66話 干渉
目を開いたその先は真っ白。見渡しても白が途切れることなく延々と続いている。そんな空間に、スウィートはぽつんと立っていた。
驚くことはもちろんない――だってここは、サファイアの中なのだから。
「……みんな、いるかな。ちょっと話したいんだけど」
「うむ、おるぞ」
スウィートが呼びかけると、すぐさま返事が返ってきた。見ると、後ろに難しい顔をしたミングが立っていた。
「他の皆は?」と聞くと、「ちょっとな」と言葉を濁されてしまった。ただ言いたくないわけではなく、どう説明するかを考えている最中、みたいな。
そしてひねり出したかのように、はあとため息をついた。
「まあ、スウィートと同じじゃ。星の停止≠ェ意図的に起こされたなんて誰も思っていなかったからな……」
〈もともと星の停止≠おこすために、“時限の塔”が壊れるように仕組んだのは……ダークライなんです〉
少し前の時間、ルーナの言った言葉が頭の中で繰り返される。
スウィートが来たのは勿論そのことでである。
シアオたちは心配してくれていたが、生憎だが笑って誤魔化した。正直に言うと、彼らに自分の心情を明かしても共感し辛いと思ったからである。
だからこそ、此処にきたのだ。同じ未来の者であった者のところへ。
「……率直に聞くね。ミングは、それについてどう思った?」
そう聞くと、ミングは眉間にしわをよせ、真剣な表情で唸る。いつものような飄々とした雰囲気はなかった。
「まず忘れてならないのは、“時限の塔”は常に、ディアルガが守っていること。それはわしらの時間でも、ここでも変わらなかった」
「……うん」
「星の停止≠ニいうのは、“時限の塔”の破壊によっておこるもの。わしらは調べに調べて、“時限の塔”が時の歯車≠ェ持つ時の浄化の力で直ると分かった。
――ただ、“時限の塔”の破壊については分からなかった」
「……どういうこと?」
なんだか分からない方向に進んでいるぞとスウィートが口を挟むと、「まあ聞け」とミングに制された。
「ワシが言いたいのは……ルーナとやらが言ったことが真実だった場合、ダークライがどうやって“時限の塔”を破壊したかじゃ」
ミングは目を細めて、難しい顔で一方を睨んでいる。いや、何も見ていないのかもしれない。それほど、ミングは集中して考えていた。
今喋っているのも、スウィートに話しているというより、自分の考えをまとめているように見えた。
「“時限の塔”はどういう条件で壊れていくのか、“時限の塔”を修復する力を持っているディアルガは初期の段階に気づかなかったのか、ディアルガの目をどう欺いたのか――」
少し俯いて暗くなったミングの瞳は、少し怖い。ぞっとするほど落ち着いた声で、様々な考えを出していく。
しかしミングがいきなり「はーっ」とどでかい声をだしたことによって、それもすぐ終わった。
「まあ、疑問が湧いてばかりでな。情報が足りなさすぎる。ダークライがいつ“時限の塔”に干渉したかにもよるが……」
「ディアルガにばれず、本当に遠いところから干渉したって線はあるのかな」
「……それが1番妥当なんじゃ。何故なら“幻の大地”には資格≠ニ、そしてラプラス……ラウルの協力が必要なはず」
資格=\―、シアオが持っていた、遺跡の欠片=B
〈あの模様は確かに“幻の大地”へと繋がるものです。“幻の大地”にはディアルガがいる“時限の塔”があります。ディアルガは時間を司る塔に色々なものが訪れるのを恐れました。
そして……“時限の塔”を守るため、“幻の大地”を時の狭間に隠したのです〉
〈ディアルガは1つだけ“幻の大地”に入る資格を設けたんです。それが不思議な模様のかかれた特別な欠片です〉
シアオがその資格≠持っていたからこそ、自分たちは“幻の大地”に行くことができた。
ただ、その資格≠ダークライが持っていたとは思えない。
ディアルガは、“時限の塔”の破壊は何を招くかを分かっていたはずだ。だからこそ資格≠設けた。それなのに、あのような悪しき者を資格者≠ニするだろうか。
「ただ、“幻の大地”は時の狭間にある。簡単に干渉できるとは思えん」
「……でも、“幻の大地”に行った線の方が可能性は低いんでしょう?」
「普通に考えればな。ダークライとやらがどんな能力を持っているのかが分からないことは何とも言えん」
分からないことだらけだと、スウィートとミングは同時にため息を吐いた。結局はダークライに聞かなければわからないということである。
今は話し合えることはないか、とスウィートは苦笑を浮かべた。
「ルーナさんが嘘をついてるとは思えないし……今日は聞き損ねちゃったけど、また今度 詳しいことを聞いてみるね。他に何か知ってるかもしれない」
「うむ。とりあえずそこからじゃな」
うん、と言って、それからスウィートはゆっくり目を閉じた。
ざあざあという波の音とともに磯の香が鼻につく。目を開けると、いつもの見慣れた海岸が目の前に広がった。
スウィートは勝手に、この海岸をシルドたちと自分たちを繋ぐ場所≠セと思っている。
未来からこちらに来る時に最初に目が覚めたのも、未来から再びこちらに来た時も、消滅から目覚めた時も、何故か始まりはこの海岸だった。
だから、ここからだと、シルドやレヴィに言葉が伝わるのではないかと思ってしまうのだ。
「私、ダークライのこと、許せないと思うの。たとえ、彼が時の停止≠フ意味をよく理解していなかったとしても、とても辛くて同情しそうな事情があったとしても」
ゼクトに無理やり連れていかれた時に、時の停止≠フ状態を目の当たりにした。
それに、記憶はなくても何となく頭は覚えているのか、あの時間がとても嫌なものだったという感覚が強い。
「……きっと、このことだったんだね」
はぁ、とスウィートは息を吐いた。目には、強い意志が宿っていた。
「いってくる。――私たちは絶対、負けないから」