65話 闇との対決
「しかしダークライって奴は卑怯な奴だなヘイヘイ!!」
『シリウス』が自分たちの存在が必要ないものではないと安堵して少し経った後、イトロがそう声をあげた。
それにルーナは頷き、忌々しげに言い放った。
「決して表には出ず、裏で糸を引き、こちらが追っても必ず逃げる。それがダークライのやり方です」
だからダークライは夢の中で、わざわざルーナに化けて『シリウス』に接触してきた。そうしてパルキアをも騙した。
それにスウィート達の未来があったということは、星の停止≠一度は成功させている証拠である。――つまり、ディアルガさえも欺いたということである。
狡猾な策士――それが、ダークライなのだろう。
「でも、そのダークライが今回に限っては『シリウス』に来いと言っている」
「“闇の火口”、ですよね……」
「はい。確かに私は場所を知っていますが……」
そこでルーナが言い淀む。
スウィートとアルはどうしてかを察したが、シアオは「どうしたの?」と首を傾げた。察せというアルの目は無視である。
「ルーナさんは、今回の……ダークライがスウィート達をわざわざ呼び出すっていうのを、罠だと思ってるんだね?」
「……はい。間違いなく。彼が正攻法でくると思いません」
そこでロードが口を挟んだ。口調はいつも通りだが、表情はいたって真剣である。それにルーナもしっかり頷く。
まあそれもそうか、と『シリウス』も納得する。
というか今まで夢の中で姿を偽って自分たちを狙ってきた輩なのである。真っ向勝負を仕掛けてきた方が不気味である。
スウィートは3匹を見る。すると、ちょうど全員と目があい、何を言うのでもなく頷きあった。
「罠だろうと何だろうと関係ないです。止めないと大変なことになるっていうのは分かってるんですから」
「そうよ。それに相手が待ってるって言うんだったら探さないでいいんだし言葉に甘えましょ」
「――だから、僕らは行くよ。“闇の火口”へ」
シアオがはっきりそう言い放った。
しん、と静まった広場。スウィートは目を伏せて、静かに口を開いた。
「私は、ダークライの真意を知りたい」
何故こんなことをするのか。星の停止≠起こし、悪夢に包まれた世界――そうすることに、何の意味があるのか。
倒さなければいけないのは確かだ。それでも、話は聞きたい。
「闘うにしても、話し合うにしても、会わなければいけない」
とりあえず、真っ向から話がしたい。
「それができるのなら、罠でもなんでも……行かなきゃ」
――負けない自信なら、あるのだから。
目を開けて現れたスウィートの瞳は、揺るがない。固い決意は、強い口調からも分かるものだった。
止めても無駄だろう、と思ったのか、ルーナは静かに息を吐いた。
「……分かりました。貴女がたの意思を尊重します。
ただし、私も行きます。私はずっとダークライを追っていたけれど、ずっと逃げ続けられた。でも、今回は向こうが待っている。そこで決着をつけたい」
「ワタシも行きますわ!」
「あっしも行くでゲス!」
その言葉に続き、ギルドの面々が「行く!」と挙手をし始める。
何とも頼もしい先輩であるとスウィートが嬉しく思っていると、「あの」と落ち着いた声が騒がしい場所に響いた。声の主――凛音はいつものような無表情で言い放った。
「あまり大勢で行くと、警戒されるのでは。ただでさえ裏で先輩がたを嵌めようとしていたのだから、不利だと思ったら逃げると思いますが」
「うぐっ……」
「そ、それもそうかもしれないです……」
「行くー!」とはりきっていた相棒のメフィを含めギルドの先輩にこう冷静に切り出す凛音はさすがとしか言いようがない。物怖じしないとはこういうことだろう。
ぐっと言葉に詰まるギルド面子に、ルーナは申し訳なさそうに頭を下げた。
「お気持は嬉しいのですが、彼女の言う通りです。ダークライは自分が不利な状況であれば姿を現さないでしょう。
ですからここは――私と、スウィートさんと、シアオさんで行かせてください」
「え、」
「あ、あたし達も?」
ルーナの言葉に、『シリウス』が全員目を丸くする。
何故フォルテとアルを抜かすのか。当人たちも大きく目を丸くし、不思議そうな様子を隠そうともしない。
ただルーナはしっかり頷いた。
「はい。フォルテさんとアルナイルさんには、他にお願いしたいことがあるんです。推測を、確信に変えるために」
少し納得いかなそうなフォルテとアルを他所に、ルーナはスウィートに目を移した。
「……ダークライは、『シリウス』に来いと言いましたが、おそらく一番の狙いは、一番消したがっているのは、スウィートさんです」
「わ、私……ですか?」
いきなり「ダークライが一番消したがっている存在」として名指しされ、スウィートは戸惑いの声をあげる。それは本人だけではなく広場に集まっている面子全員だった。
ルーナは少し迷った素振りを見せ、それから困った顔をした。
「何故かは、私にも分からないんです。でも、明らかに、ダークライは貴女を一番警戒しながら、強い憎悪を持ち、一番に消したがっている」
「憎悪……?」
「はい。彼が貴女を見る目を見れば、その感情が読み取れました。隠そうともしない、憎悪と殺意」
向けられたことのない感情のような気がした。
確かにゼクトから、フィーネやシャオから、殺されそうになったことはある。しかし、憎悪は向けられていなかった。だって、彼らはスウィートを憎んで消そうとしたのではないのだから。
今回は、違う。ダークライは、自分を、憎んでいる。
誰かに憎まれるという、そんな感情を向けられたと知らされ、スウィートは困るしかなかった。
でも、それだからこそ、自分さえ行けばダークライが迎えうって来る可能性は高くなることも分かっている。何とも言えない気持ちに見舞わるしかない。
「その次に警戒しているのは、“時限の塔”でディアルガと戦ったシアオさんです」
「うぇ!? ぼ、僕!?」
「なんでシアオ……」
いきなり名を出されたことにスウィートと同じように驚くシアオ。そして納得いかなさそうに呟いたフォルテに関しては、目ざとく「ちょっと!!」と反応した。
しかしルーナは反応せず、淡々と理由を告げた。
「ディアルガは時を司る伝説のポケモン……、そんなポケモンと戦い、勝利した貴方を警戒しているのです」
「なるほど。シアオ自体を警戒してるってわけじゃないのね」
「ねぇフォルテ何でそんな辛辣なの。いつものことだけど! いつものことだけど納得いかない!!」
「もちろん、フォルテさんとアルナイルさんも消そうと目論んでいるとは思います。……ですが、ダークライはきっとスウィートさんを消すことを一番に願っている。そしてそれさえ成功すれば……、世界を闇で包むこともできると確証している」
ひたすらいつものように罵倒するフォルテとわめくシアオを他所に、ルーナの言葉にしか耳を傾けていなかったスウィートは落ち着けるように深呼吸をする。
1番狙われているのは自分だ、ルーナは断言した。
(大丈夫。――私は、負けたりなんかしない。この時間の、未来の笑顔を守るためにも)
星の停止≠防ごうとしたのだって、そのためだ。
あの闇のディアルガ≠ナさえ倒した。あの未来を防ぐことができた。それならきっと、今回だって自分たちはできる。
「……私とシアオとルーナさんで行きましょう。ダークライの企みを止めに、“闇の火口”へ」