64話 ダークライ
トレジャータウン広場。いつもなら和気藹々とポケモン達が過ごしている場所は、今は騒然としていた。そこにはトレジャータウンにいつもいるポケモンたち、さらにギルドの面々も揃っている。
ざわざわとしているポケモン達を、スウィートはぼんやり見つめていた。
『俺の企みを止めたければ、“闇の火口”に来い』
『今度こそ消してやる――絶対にな』
ルーナの姿を騙り、自分たちやパルキアを陥れようとした正体――ルーナはダークライ≠ニ呼んだ。
そのダークライは最後にそう言って消えた。
絶対に罠だとは分かっている。相手は自分たちを消そうとした人物なのだから、そこに罠でもしかけて再び消そうとしているのは分かる。
しかし、あのポケモンを放っておいてはいけないことも理解していた。
そればかり考えていれば、「スウィート?」と呼ばれた。はっとして振り返れば、不思議そうな表情を浮かべたシアオ。
「何回も呼んだけど返事なかったから……大丈夫?」
「えっ、ご、ごめんね。大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」
へらりと笑うと、シアオも安堵の表情を浮かべた。
そして騒いでいる面子に目を向けたので、スウィートもつられるようにそちらに視線を向ける。
「サフィア、起きてよかったね。一時はどうなるかと思ったけど」
「そうだね……。ルーナさんがいてくれて本当によかった」
あの後、誤解が解けたパルキアから謝罪を受け、ルーナとともにトレジャータウンへ帰してもらった。パルキアは“空の裂け目”で空間の歪みをできる限り抑えるつもりらしい。
そして帰ってきた後、シアオがぽろりとルーナにサフィアのことを零すと、ルーナはそれならばと言った。
『私には闇を振り払う力……悪夢を振り払い、夢から覚めさせる力があります。サフィアさんという方の悪夢も、私が振り払いましょう』
そのおかげで、サフィアは無事に目を覚ました。
悪夢のせいかサフィアは起きた瞬間に泣き出し、傍にいたアイオも泣きながら必死にサフィアを宥めていた。
一しきり泣いた後、兄弟2匹はルーナに、アイオとともにサフィアの看病をしていたウェーズに、そして『シリウス』にも今までの緊張が和らぐような笑顔でお礼を言ってくれた。
今は念のためギルドでアメトリィに診てもらっている。
それに付き添っているため今この場にルーナはいないが、サフィアのことが終わった後でトレジャータウンのポケモン達に事情を全て話してくれるらしい。
そのため、今『シリウス』を含めたポケモンがトレジャータウンの広場に集まっている。
「あっ、サフィア!! 大丈夫だった?」
シアオの声で、ルーナ、アイオ、サフィア、アメトリィ、ロード、ディラがギルドの方向からやってくるのに気づく。
子供らしい無邪気な笑顔で「だいじょうぶ! ありがとう、シアオさん!!」と言ったサフィアに、先ほどまで不安そうにしていたトレジャータウンのポケモンたちも頬を緩ませる。
スウィートはほっと息をついてから、ルーナに目を向けた。
「闇を振り払う力……サフィアちゃんを悪夢から救うのも、パルキアさんの悪夢から私たちを引き戻したのも、その力を使ったんですね」
ディラから聞いていたけれど、あの時はダークライのせいでルーナを信じられなかったため、信用していなかった。しかしパルキアの悪夢からでていくときの、サフィアを治療するときの、優しく温かい光は確かだった。
結果サフィアは目を覚ましたのだから、その力は本物だ。
「はい。……その逆の力を持つのが、ダークライなのです」
ルーナの口から出たダークライ≠ニいう名前に、場が凍り、緊張感が走る。
「『シリウス』さん。貴女がたが偽物の私……つまりダークライと会っていたのは、現実ではなく、すべて夢の中ではなかったでしょうか?」
「えっ? ……そういえ、ば、」
記憶をたどると、確かにそうだった。
最初の方は、自分の夢の中。次はサフィアの悪夢の中で、最後はパルキアの悪夢。サフィアとパルキアの場合、自分が夢を見ている感覚がなかったからそう思えなかったが、考えてみれば夢の中だ。
現実では、一度も会ったことがない。
「ダークライは夢の中で幻覚を見せることができる。その幻覚を利用して――『シリウス』を消そうとしていたのです」
ルーナの発言から、ぽかんと一瞬だけ間が空いて、
「「「「「えぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」
『シリウス』とルーナ以外のポケモンが叫んだ。
あまりの煩さに『シリウス』は顔を顰めたものの、気にすることはなくルーナに向き合う。4匹にとって自分たちを消そうとしたという事実に驚くことはとうの昔の話のようなことなのだから。
その中でもアルは訝しげに首を傾げた。
「でもどうしてそんな手の込んだことを? わざわざ幻覚なんて見せずに、不意をつくとかそういった手で俺らを消しに来た方が早かったんじゃ……」
「……おそらく、ダークライは『シリウス』を恐れたんだと思います」
「私たちを、恐れた……?」
ますます意味がわからず、首を傾げることしかできない。
ルーナは少し黙った後、「これは憶測でしかありませんけれど、」と前置きをしてから続けた。
「『シリウス』は、“時限の塔”が壊れるのを、星の停止≠防いだ」
そこで言葉を区切り、ルーナはちらりとスウィートに目を向けた。不自然な行動に、スウィートは首を傾げる。
そしてルーナは言いづらそうに、口を開いた。
「もともと星の停止≠おこすために、“時限の塔”が壊れるように仕組んだのは……ダークライなんです」
「……え、」
――ダークライが、星の停止≠もくろみ、おこした原因?
思わずスウィートは息を止めた。
トレジャータウンのポケモンたちが一斉に騒ぎ出す声は、どこか遠い場所から聞こえているかのように、スウィートの耳には響かなかった。
あれは、自然発生的に起こったものではなかったのか。……あれは、そんな人為的な、勝手なもので起こったことなのか。
「誰のせいでもありません」。ディアルガにはそう言った。
だって、あんなことを、誰かが望んで起こしたなんて、考えもしてなかったから。
手が震えるのは恐怖なのか、怒りなのか、それとももっと別のことなのか。大丈夫かと、誰かが問いかけてきたのに、無意識に「大丈夫」と答える。何が大丈夫なのかはスウィートにはわからなかった。
サファイアの中でも、全員が絶句した空気を感じた。
「ど、うして……どうして、そ、そんなこと、」
ルーナに問いかけるスウィートの声は、微かにだが震えていた。表情はないが、スウィートの顔は真っ青だった。
それを心配するようにフォルテがルーナを見た。シアオも、アルも。
「ダークライは、星の停止≠起こしたことを認めました。「この世界を暗黒に堕とすためだ」と」
そんな勝手な理由で、あんなことを行ったというのか。あの世界がどんなものだったのか、知っているのだろうか。
絶句するスウィートをルーナは一瞥し、それから申し訳なさそうに目を伏せてから、また視線を全員に向けて話し出した。
「星の停止≠ノ失敗したダークライが次に目を付けたのは空間の歪みです。空間の歪みが大きくなれば、ダークライの悪夢を見せる力も強くなる。そしてすべてのポケモンを悪夢に包み込もうと目論んだのです」
「……でも、空間の歪みって、俺たちも引きおこしてるんですよね?」
重々しく、アルがルーナの説明に口を挟んだ。その表情は凄く苦々しいが、それでもアルははっきりと口にした。
「それだったら、その力を強くするために、俺たちはいた方がよかったんじゃないんですか。俺たちがいるだけで、空間の歪みは大きくなるはず……何で、俺たちを始末なんか、」
「それについて、誤解があります。というより、ダークライがうまく騙したのでしょうね」
「誤解?」
シアオが首を傾げ、アルも訝しげに眉間にしわをよせる。ルーナはふと微笑んで、安心させるような声音で告げた。
「確かに貴方たちの存在も空間の歪みをひきおこしています。でもそれはとても小さなものであり、空間の歪みを大きくするほどの力は持っていません」
「え……じゃ、じゃあ、ぼ、僕らは、僕らは空間の歪みを大きくしてる原因じゃないの?」
「はい。全ては貴方たちを精神的に追い詰め、抵抗なく消そうとたくらんだダークライの罠です。空間の歪みは、ダークライが意図的に大きくしているにすぎません。
『シリウス』――貴方がたが原因ではありません」
ルーナがそう断言した瞬間、『シリウス』はほぅと安堵の息を吐きだした。
スウィートとアルはとにかく安心したといった顔で、フォルテはへなへなと座り込み、シアオはばっと涙目になりながらそんな仲間の方へ振り返り笑いかけた。
「スウィート! フォルテ! アル!ぼ、僕ら、消えなきゃいけない存在なんかじゃなかったんだ……! いらない存在じゃ、なかったんだ……! この世界で、生きて、いいんだ……」
情けなく涙をこぼしながら「よかったぁ……」とぐちゃぐちゃに笑うシアオに、ついスウィートも微笑んだ。フォルテは「情けないわよ、気持ち悪い」と自身も情けない顔になりつつ憎まれ口をたたき、アルも「鼻水はだすな汚い」と辛らつな言葉を言い放った。
ただ、それでも4匹には安堵が1番大きかった。
――消えなくていいのだ。
ルーナがそう断言してくれた。全てダークライの仕業で、自分たちは関係ないと、そう言ってくれた。
ようやくし辛かった呼吸を気持ちよくできる気分だった。
するといつも通りニコニコ笑ったロードが、安堵の息をついたり情けなく泣いたりする『シリウス』に優しく声をかけた。
「何があったのか分からないけど……でもね」
すっと、いつもは見ない真剣な表情をして、ロードは強い口調で言った。
「スウィートも、シアオも、フォルテも、アルも、この世界に要らないなんてことはありえないよ。だってもし皆が消えちゃったら……ボクは悲しいもん……。それに、ギルドの皆だって凄く悲しむと思う……。
スウィート達がいるから僕たちは幸せなんだよ」それだけでも……生きる意味はあるんじゃないかな」
「ロード……」
「……此処にいる皆、世界にいるすべてのポケモンに、生きる意味はある。いらない存在なんていない。
だから、自分がいらないなんて思わないで。元気出して、ね♪」
にっこり、いつもの表情でロードは笑った。
そして、口々にギルドの弟子たちが「そうだそうだ!」「先輩信じろ!!」「いらないわけないでしょう!!」と同意してくれて、笑みがこぼれた。
「いらない存在なんてない」。その言葉に、ひどく救われた気がした。これから先、どんなことがあったとしても、きっとギルドの皆はそう言ってくれる。
自分たちの存在を、肯定してくれる。味方であってくれる。
なんて、力強い仲間なのだろうか。
「ありがとう……ロード……」
ぐちゃぐちゃの顔のままお礼を言ったシアオに、ロードは「どういたしまして♪」といつもの調子で返した。