63話 一筋の光
ルーナの登場に、自然とパルキアが体をずらした。そのためにルーナと真っ向から対峙する形となる。
とても綺麗な、それでいて不気味に微笑むルーナはきょろきょろと真っ黒な世界を見渡した。
「闇も既にここまで広がっているのですね……。やはり、貴方たちを早く始末しなければ、すべて手遅れになってしまう」
そう言いながら、ルーナはスウィートたちの方へとゆっくり進んでくる。殺気を感じた『シリウス』はルーナと距離が縮まらないように、あわせて後ずさりした。
(どうしよう、どうしよう)
スウィートの頭の中ではぐるぐると「どうしよう」と考えていた。
しかしすでに希望は失われた。自分たちが、シアオたちが消えないでいい方法は、ない。世界を救うためには、消えるしかないのだ。
それを分かっているはずなのに、スウィートの頭はそればかりを考えていた。
「……やっぱり、無駄、だったのかな」
ぽつり、シアオが呟いた。
「諦めないように、努力して、頑張ってたけど……だめ、なんだ」
後ずさっていたシアオが、足をとめた。
そして俯いていた顔をあげて、目の前に迫っているルーナを見た。
その行動に驚いてか、それともシアオと同じ諦めからか、3匹を少し遅れて足を止めた。
「ルーナ。もう1度、聞かせて。僕たちが消えれば、本当に、世界は救われるの?」
シアオの問いに、ルーナは頷いた。
「はい。間違いなく世界は救われます」
ルーナはシアオの目の前に立つと、攻撃の準備をする。それを3匹は咎めることも止めることもできなかった。
それをルーナはちらりと見たが、すぐにシアオに視線を戻した。
「心残りはないですか?」
「……そりゃ、沢山あるけどさ。でも、僕らが消えることで世界が救われるなら……僕は受け入れるよ」
(シアオ……)
ギルドの、トレジャータウンの、この世界にいるポケモンたちのために、自分の命を捨てる。
もう、シアオの声は震えていなかった。覚悟が、決まっていた。
それに、スウィートは泣きそうになる。
星の停止≠フ未来を変えることは、確かにこの世界にいるポケモンたちのためで、それには、シアオたちも含まれていた。ただ、彼らに笑ってほしいと願った。
今はもう、叶わないことなのだろうか。
(なんで、)
「……ルーナよ」
涙が零れそうになった瞬間、思わぬところ――パルキアから衝撃の発言が出た。
「俺はさっきまで怒りに任せてコイツらを襲ったが……ただ、こうしてみると、俺にはそんなに悪い奴には見えん。いぜん夢の中でお前はコイツらを殺さなければ世界を救えないと言っていたが、本当か?」
(……え、)
その言葉に、スウィートは目を見開いた。
(パルキアさんの夢の中で、ルーナさんが言っていた……?)
「世界を救うためにはお前たちがこの世界から消えるしかない」、その言葉は空間の歪みの状況を見たパルキアの考え≠ゥらできたものだと思っていた。
でも、違う。それは、ルーナの言葉に、ルーナの言葉だけ≠ノよるもので。
真っ暗で、何も見えなくなっていたところに、光を見つけた。
「パルキア、今更何を言っているんです? ここで始末すれば、すべてが救われる」
体についていた重い錘がはずれて、軽くなっていく感覚がした。
(すべては、ルーナさんが言っているだけに過ぎない!!)
「シアオ! まだ希望を捨てちゃダメ!!」
「え、」
「――さようなら!!」
ルーナは既に、シアオに攻撃を仕掛けようとしている。今からでも、間に合うのかは、定かではない。
シアオの前に出よう、そう駆け出そうとした――
「そうです!! 希望を捨ててはダメ!!」
その声とともに、いきなりスウィートとシアオの目の前に、見たことのある、そしてありえない姿が現れた。
黄色い体に、ぼんやり綺麗に光る赤いベールをまとった、
「……え、ル、ルーナ……?」
――ルーナが立っていた。
『シリウス』も、そしてパルキアも目を丸くする。
悔しそうな表情をするシアオを襲おうとしたルーナ≠ニ、それを等に見つけるスウィートとシアオをかばうように立つルーナ≠ェ、向かい合っている。
異質なこの光景に、5匹は目を白黒させる他なかった。
「なっ、な、」
「どういうこと……!?」
もう意味がわからない、とでもいう慌てっぷりで狼狽えていると、スウィートとシアオをかばうように立つルーナ≠ェ光を放つ。
その瞬間、シアオを襲おうとしたルーナ≠フ形がぐにゃりと変わった。
「え……?」
「な、なんだコイツは……!?」
そこにいたのは、真っ黒な体をした、神々しい光を放つルーナと真逆、禍々しい雰囲気をまとったポケモンだった。
いきなり変化し、全く見覚えのないポケモンになったことに驚愕して『シリウス』とパルキアは後ずさる。
しかしルーナはずっとその黒いポケモンを睨みつけたままだった。
それを見て、チッと黒いポケモンが舌打ちをする。忌々しげにルーナを睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「……あと少しでトドメをさせたというのに、まだ邪魔をするか」
「間に合ってよかったわ。また随分と卑怯な手を使ってくれたわね」
2匹の会話についていけず、他の5匹は首を傾げて様子を窺う。
ルーナは黒いポケモンを睨みつけたまま、静かに5匹に語り掛けた。
「『シリウス』、パルキアさん、よく聞いてください。貴方たちと今まではなしていた私……ルーナ≠ヘ、ただの幻影であり偽物です。貴方たちは今まで騙されていたのです、そこにいるダークライによって!!」
「は、……?」
幻影? 偽物? 騙されていた?
いきなり入ってきた情報に、驚いて言葉も出ない。頭の整理をしようとしても、ごちゃごちゃになった頭ではまともに整理もできない。
唖然としている5匹をよそに、ルーナは黒いポケモン――ダークライに話しかけた。
「私の偽物を使って騙す辺りは貴方らしいわね。でも、いつも後ろで暗躍し、面に出てこない貴方が今回は自分からトドメをさしにくるなんて、随分と珍しいじゃない」
「…………。」
ルーナの言葉に、ダークライは返事をしない。
しないどころか、興味はないとでもいうように、ルーナから目線をはずした。そして見据えたのは、スウィートだった。
それからシアオ、フォルテ、アルに目を向けた。
ダークライは、心底つまらなさそうに言った。
「『シリウス』……本当のことを教えてやろう。
空間の歪みを利用し、世界を悪夢に包み込もうとしているのは他でもない、この俺だ」
「……!」
「お前らは俺の邪魔をしてくれたから、先に始末してやろうと思ったんだがな」
世界を悪夢に包もうとしている黒幕。
そして、ルーナの姿を騙り、自分たちをだまして消そうとした。
いきなり色んな情報が頭の中に入ってきて、シアオとフォルテは頭がこんがらがり、スウィートとアルは必死に整理しようとしている。
それでも1つだけは、すぐさま理解した。
――止めなければならない。
それだけははっきりしていて、ダークライを睨むように見つめる。
しかしその目を受けても、ダークライの冷ややかな、つまらないといった顔はまったく変わらなかった。
ダークライは斜め後ろにいるパルキアを見て、『シリウス』を見て、ルーナを見て、小さくため息をつく。
「……さすがに不利か」
呟くとほぼ同時、ゆらゆらとダークライの姿が歪に揺れ始めた。
それを見て、ルーナがはっとして攻撃をしかける。
「待ちなさい!!」
しかし、その攻撃が届く前にダークライの姿は消えた。
きょろきょろと辺りを見渡しても、やはりどこにもいない。だが『シリウス』のいる空間には不気味にダークライの声が響いた。
「ルーナ・ユエリア……お前に俺を捕まえることはできない。絶対にな」
まるでルーナをあざ笑うかのような声音で、ダークライの声が響く。
「『シリウス』」
「「「「!」」」」
自分たちのことを呼ばれ、スウィートたちは身構える。
ダークライは落ち着き払った声で、淡々と告げた。
「俺の企みを止めたければ、“闇の火口”に来い」
「……“闇の火口”?」
「あぁ。場所ならルーナ・ユエリアが知っているだろう」
聞いたことのない地名に、スウィートが首を傾げる。
そんなスウィートの様子を気にした様子もなく、ダークライは殺意のあふれた声で低く低く言い放った。
「今度こそ消してやる――絶対にな」
声は、それきり聞こえなくなった。
もう敵はいない。その安堵感から、スウィートの体から力が抜けた。
緊張が解けて、息をふと吐くと、頭の中がどんどん冷静になっていく。
どこまでが本当なのか、それとも真実など何一つなかったのか、消えなければいけないのか、生きていていいのか。
今はっきりしたことは、わかっていないけれど、
「――“闇の火口”。」
今すべきことだけは、確かにわかった。