62話 平和のために
倒れることも、体勢を直すこともなく、ただ中途半端に立っているパルキア。
何か特別なことをした覚えもないために、『シリウス』はただ困惑するしかない。
「パ、パルキア……? ……ど、どうしたの!? ねぇ!!」
おそるおそるパルキアに近づき、シアオが声をかける。しかしやはりというべきか、返事はない。
なすすべもなく、『シリウス』は立ち尽くす。
「どういうこと……?」
パルキアが何故こんな状態になったしまったのか。
『シリウス』としては、パルキアが動かなければ帰ることも、真相を確かめることさえできない。そのためパルキアのこの状態をどうしても解決しなければならない。
「どうしよう……」
「殴ればまた襲い掛かってくんじゃない?」
「お前には元気があるかもしれないけど、俺にはまた戦う元気なんてないぞ」
心底めんどくさいといったような調子で言うフォルテに、呆れたように溜息をつきながらアルが返す。
シアオは既にパルキアのすぐ傍にいて、軽くパルキアを叩いていた。しかし動きはない。
4匹が顔を見合わせ、困った表情を浮かべた時だった。
《パルキアは悪夢に包まれたのだ。サフィアと同じようにな》
「!?」
どこから声がして、4匹は咄嗟に身構える。
辺りを見回すが、いるのは固まってしまったパルキアと自分たちのみ。
「ど、どこから声が……。」
「だ、誰!? それに、パルキアが悪夢に包まれたって一体どういうこと!?」
シアオが声を張り上げると、フロアに同じ声が聞こえる。壁や床から声があがってフロアに響いている、そんな感覚。周りに誰もいない。
《そこまで闇の力が広がっているということだ。このままだと世界が闇に覆われてしまう。……お前たち。パルキアの悪夢の中に入ってみるか?》
「……え?」
夢の中に、入る。その言葉を聞いて『シリウス』は耳を疑った。
できないことじゃないことは知っている。実際、『シリウス』はサフィアの夢の中に入ったことがあるのだから。
しかしそれはウェーズ否スリープという種族がいたからこそだ。
「……そんなことできるのか?」
《勿論できる。悪夢の中に入れば、何故パルキアがお前たちを襲ったのかもわかるだろう。どうする?》
アルが戸惑いを含みながらそう尋ねると、声は肯定した。
得体の知れないこの声を信用していいのか。本当に夢の中に入ることができるのか。
「……夢の中に、入ろう」
不意に、スウィートが発言した。
他の3匹は目を丸くする。それを見越してか、スウィートは他が口を挟む隙を与えず続けて発言した。
「私は、パルキアさんの話をきちんと聞きたい。折角会えたんだし、あっちが敵意をむき出しにしていても、意見を聞く価値はあると思うの。いきなり襲ってきたけど、パルキアさんは悪いポケモンじゃないと思うし、事情を詳しく聞きたいって言ったらきちんと話してくれると思うの。
それに、このままじゃここが地図上でどこか分からないからトレジャータウンにも帰れないし」
「……それもそうだよねー」
シアオが「あーやだなぁ!」と声をあげながら、スウィートの意見に同意した。「また襲ってきたらどーしよ」なんて言っているあたり、入る気はあるようだ。
スウィートが他の2匹に目を向けると、アルは仕方ないといった顔で小さく頷いた。フォルテは心底嫌そうな顔を隠しもしなかったが、小さく「わかったわよ……」と同意した。
あの調子だと話を聞かずに襲ってくると『シリウス』全員が思っており、なおかつ声の主が姿を現さないことから疑っている。だからこそ夢の中に入ることを渋る。
しかし、4匹には時間がない。タイムリミットは、どんどん近寄ってきている。
「……あの、夢の中へ、お願いします」
「わかった。ではお前たちをパルキアの悪夢の中に送りこむ」
声がそう言った瞬間、意識がぼんやりとしてきて、重くなる瞼に抗わずに目を閉じた。
そして目を開けると、白とピンクが目に入った。
「う、うわぁぁぁぁぁあ!? パ、パルキア!!」
「なっ、どういうことだ!?」
目の前にいたのは、パルキアだった。
スウィートとアルは「わっ」と小さく驚きの声を上げたのに対し、先ほどのことがあってかシアオは悲鳴を、フォルテは驚いた後に舌打ち(幸いシアオの声にかき消されたが)してみせた。
スウィートが辺りを見てみると、サフィアの時と同じように、紫色や黒が多い何か突き刺さるようなものを感じる空間にいた。
(あの声は嘘をついているわけではなかった……)
ここは、悪夢の中だ。経験上から、スウィートがそう確信する。
「……いや、そもそも俺はお前たちと戦っていたはずだ。その俺がどうして夢を見ているんだ!?」
夢を見ていることには気づいているらしい。ただ戦闘をした最後の方はおそらく記憶にないのだろう。
おそるおそると、シアオが真実を告げた。
「えっとね……パルキアは悪夢に包まれちゃったんだ。それで、」
「な、何だと!? 悪夢に……、チッ、やはありお前たちを生かしておくわけには――!!」
「ちょっと待って! お願い少しだけ待って!!」
「話を聞きなさいよこのデカブんぐっ!!」
「お前はややこしくなるから話すな」
攻撃してこようとしたパルキアに、シアオが叫んで待ったをかける。その際にフォルテが余計な暴言を吐こうとしたところをアルがすぐに口を抑えて止めた。
パルキアが動きを止めたその一瞬に、シアオは言葉を投げた。
「ど、どうしてパルキアは僕らを消そうとするの?」
その言葉を聞いて、とりあえずパルキアは攻撃の体勢だけはやめた。しかし依然『シリウス』を鋭く睨みつけたままである。
「そんなの決まっている! お前たちが勝手に空間を歪めているからだ!!」
《汝の存在が空間の歪みを引き起こしている……。》
“光の泉”で言われた言葉。
「空間の歪みが大きくなると闇の力も増幅される。そして世界全体が悪夢に包まれてしまう」
《…………空間の歪みが大きくなると、闇の力も増幅される。やがて世界は悪夢に包まれてしまうんですよ》
ルーナに言われた言葉。
「それを止めるにはお前たちに消えてもらう必要がある」
あぁ、本当なんだ。すとんとパルキアの言葉が胸に落ちてきてしまった。
「ほ……他に……他に、方法はないの……? だ、だってパルキアは空間を支配してるんでしょ? だったら空間の歪みを抑えることはできないの……?」
「確かに俺は空間を自在に操れる。しかし今回に限っては何故かコントロールがきかなくなっている。それどころか空間の歪みがどんどん増幅されている。
もはや世界を救うためにはお前たちがこの世界から消えるしかないのだ!!」」
《1つだけ、――貴方たちが、消えることです》
「そ、んな……」
そう呟いたのは、誰だったか。
4匹全員が顔を真っ青にした。何も言えず、絶句した。
――希望は、消えた。
ふらり、シアオが泣きそうな顔で3匹の方を振り返った。
「やっぱりルーナの言っていたことに嘘はなかったんだ。やっぱり僕たちは……僕たちは、消えるしかないのかも……」
「っ……」
どうしよう。どうすれば。でも、どうしようもないじゃないか。
ぐるぐるぐる。助かる方法を、もう一度希望を見出そうとしても、すぐに消えてしまう。希望の光は、既に見えなくなっていた。
「……お前たちには、悪いと思っている」
黙ってしまった『シリウス』の前で、今までで一番落ち着いた声音でパルキアが話し出した。
まさかパルキアから謝罪の言葉が出ると思っておらず、『シリウス』は驚いた顔でパルキアを見る。
「しかし平和のためだ。わかってくれ……」
「パルキア……」
別に、理不尽に消されるわけではない。
このままみんな悪夢に包まれたら、星の停止≠フような、いや、それより酷い世界になってしまうかもしれない。誰も目覚めず、ただ眠り続け、いつかこの世界から誰もいなくなる。
それを防ぐため。そうして世界を守るため。
世界にいるポケモンたちの、トレジャータウンの、ギルドの皆の笑顔と平穏を守るために。
その元凶である自分たちを、消さなければならないのなら、
「――ここにいたのですね」
凛とした声が響き、はっとしてスウィートは俯いていた顔をあげる。
「ルーナ……!」
パルキアが振り返った先、そこには綺麗に微笑むルーナがいた。